『幸福アプリ』一話完結
スマホに通知が届いた。
『幸福アプリが公開されました』
国主導の新サービスだと、朝からニュースでも騒いでいた。
インストールは任意。登録も自由。
だが、導入すれば生活の最適化と幸福度の向上が見込めるらしい。
「またこういうのか」
画面を閉じる。
興味はなかった。
――――
数日後、会社の空気が少し変わった。
「最近どう?幸福度上がった?」
「俺、今78%。結構いい感じ」
そんな会話が普通に交わされている。
「それ、ほんとに分かるのか?」
思わず聞くと、同僚は笑った。
「ノリンが出してくれるんだよ。提案通り動くだけで、ちゃんと上がる」
画面を見せられる。
そこには「本日の幸福度:78%」と表示されていた。
……便利そうではある。
――――
アプリは急速に広がった。
SNSでは「幸福度の上げ方」が拡散され、
動画では“効率のいい行動”がランキング化されている。
・朝の挨拶で+5%
・カフェでの会話で+8%
・笑顔の維持で+12%
そんな数字が並んでいた。
「やらない理由ある?」
別の同僚が言う。
確かに、損はしないように見える。
でも、まだインストールはしていなかった。
――――
ある日、違和感に気づく。
フロア全体が、同じタイミングで挨拶をしていた。
同じような声量で、同じような笑顔で。
「おはようございます」
揃いすぎている。
偶然にしては、出来すぎていた。
――――
昼休み。
同僚たちは楽しそうに話している。
笑っているし、会話も途切れない。
でも、どこか軽い。
「それ、ノリンの提案?」
「うん。会話が弾む話題ってやつ」
やっぱりか、と思う。
正しい。効率的。
でも、それだけだった。
――――
帰り道。
駅前では、アプリの広告が流れていた。
『あなたに最適な幸福を』
人々は足を止め、画面を見る。
そして、ほとんどがその場でインストールしていく。
迷いがない。
――――
数週間後。
周りは、ほとんど全員が使っていた。
誰も怒らない。
誰も悩まない。
トラブルも減ったらしい。
社会は、少しだけ良くなっていた。
「最近どう?」
聞かれる。
「普通かな」
そう答えると、少しだけ間が空いた。
「まだ入れてないんだっけ?」
頷く。
「そっか」
それだけだった。
でも、その一瞬で
距離ができた気がした。
――――
気づけば、会話は減っていた。
誘いも来ない。
仕事は問題なく進むが、それだけだ。
困ってはいない。
ただ、少しだけ静かだった。
――――
夜。
スマホが震える。
『幸福アプリをおすすめします』
しばらく画面を見つめる。
周りは、満たされているように見える。
迷いも、不満もなさそうだった。
正しい気がした。
でも――
本当にそうなのかは、分からない。
画面に指を乗せる。
このままでもいい気がした。
でも、何かが違う気もした。
少しだけ考える。
その間にも、通知は消えずに残っている。
『あなたに最適な選択です』
――現在のあなたの幸福度は、推定58%です。
指は、まだ動いていない。




