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第8話 事件の概要を精査しよう

 どこか慌ただしい面会を終え、ようやく当初の目的へと戻って来たフィファニーは、宮殿の西にある資料室までの道のりを、イルキュイエと随分距離を取りながら進んでいった。


「フィファニー、ここが資料室です。そろそろ機嫌を直していただけませんか」

「……」


 当然原因は、先程の堂々たる睦言だ。

 (もっと)も、すぐにイルキュイエの執事が現れ、彼を引っぺがしてくれたおかげで、それ以上話は進まなかったものの、本当に、思い出しただけでも顔から火が出てしまいそうになる。


「フィファニー、寂しいです」

「……」

「もう二人きりのとき以外、しませんから」


 一方、重厚な扉の前で立ち止まり、三メートルも距離を取るフィファニーに、イルキュイエは泣きそうな顔で懇願した。


 婚約者の存在に動揺し、つい嫉妬と独占欲に走ってしまったのは事実だが、本気でそっぽを向かれるのは悲しくて。もちろん、だからと言って挫ける気はない上、旧婚約者(あの虫)対策は徹底するつもりだが、どうすれば彼女は、自分に心を向けてくれるだろう。


(もういっそ、誰の目も届かぬところに閉じ込め……)


「はぁ。大人げないわよね、私」


 と、その姿にため息を吐いたフィファニーは、小さな声でひとりごちた。


 正直、この件に決着がつくまで、彼から逃れられないのは分かっている。

 けれど、拒否の姿勢はしっかりと貫いておきたい。それが結果、彼のためにもなる。老嬢(ろうじょう)の自分は身分的にも不釣り合いなのだ。

 それに、彼を助けたせいでフィファニーは……。


「……。分かったわ、今行くからそこにいてね、イル」

「はい!」


 心の中にある幾つかの葛藤。それらを終えたフィファニーは、気を取り直すと、千切れんばかりにしっぽを振る彼の元へ勇み足で歩いて行った。

 そして観音開きの扉を開け、多くの書架が並んだ室内へと入り込む。


「ここにある資料たちは右から順番、年代別に収められています。今世紀の出来事は、左から三棚目、まだ空きの目立つあの辺りですね」


 すると、反省などどこ吹く風、彼女の手を引いたイルキュイエは、簡潔に資料室の状況を説明した。

 二階分吹き抜けの高い天井に彼の声が木霊し、響く靴音が緊張感を昂らせる。


 そして、辿り着いた目的の書棚には、背表紙ひとつひとつに西暦が振らた資料が並び、とても探しやすい仕様となっていた。


「これが調書と現場検証結果ですね。当時まだ魔法は畏怖と忌避の対象でしたので、あなたのせいと決めつけた警察の調書も、幾分杜撰(ずさん)なものです」


 すると、心なしか悔しげな口調で当時の資料を抜き出したイルキュイエは、慣れた手つきでページをめくると、フィファニーに手渡した。

 流麗な細い字で書かれた調書には、当時の状況が(おおよ)そ記載されている。


「……朝七時、世話役の目の前で王太子殿下が風に攫われる事態が発生。すぐに騎士団精鋭部隊が集められ、魔女の元へ出兵。翌朝、魔女宅で王太子を保護……。私がイルを見つけたとき、辺りは日暮れだったのに。そんなにも長く風に乗っていたの?」

「それは……。正直に申しますと、分からないのです。事態が呑み込めず、気付いたときには地面の上に転がっていて。徐々に暗がる森に涙していたところをあなたに救われました」

「そう」

「しかし、私がもっと状況を把握していれば……。あなたが捕らえられたときだって……」


 口元に手を当て、状況を把握すべく考え込むフィファニーを見つめ、イルキュイエは感謝と後悔を混ぜたような口調で呟いた。

 十七年間解凍を待ち侘びていたという彼にも、きっと思う部分があるのだろう。


 だが、あの殺気立った現場で、大人たちが五歳児の話を聞いてくれたかどうかは(はなは)だ疑問。

 彼を助けた時点で、フィファニーを待つ運命に変わりはないような気がしていた。


「ともかく、状況は分かったわ。確かに丸一日あれば、王都からエスピアスの森まで馬を全力で使えば到着できる。時間軸は、間違っていないようね……」


 と、落ち込んだ様子の彼に苦笑を返しながら、フィファニーはあの日のことを思い出そうとひとりごつ。


 皆にとっては十七年前の出来事も、彼女にとっては数日前の出来事だ。イルキュイエと違って、あの日のことは鮮明に覚えている。


 だが資料を見てなお、分からないことは多かった。


 特に分からないのは、真犯人はなぜ、イルキュイエを森に放置したかということだ。

 本来、王族の誘拐とあらば、犯人はそれを足掛かりに金銭か何かを要求したことだろう。もしくは彼の命が目的だったのなら、森に放置などせず、直接手に掛けた方が早い。


 それとも、誘拐は単なる囮で、真の狙いはフィファニーにあったのだろうか?

 実際、騎士団の到達があと二時間遅ければ、フィファニーは少年イルをプロフェンス辺境伯の元に連れ、素性の相談をしていた。


 その辺りの時間を計算し、フィファニーを捕らえるためにすべてを仕組んでいたのだとしたら。だがその目的は一体……?


「そう言えば、あなたの世話役の女性は、どうして私を魔女と断言したのかしら? ミチェラさん。面識はないはずだけれど……」


 すると、当時の資料を確認したフィファニーは、ここでふと気になっていたことを口にした。


 あのとき、騎士団と共に現れたミチェラは、最初からフィファニーを「魔女」と呼んでいた。

 しかし、そう呼ばれるような粗相をした記憶はないし、そもそもフィファニーはデビュタントからまだ一年。幾つかの社交行事に顔を出せども、そこまでは交友関係は広くない。


 それに、エスピアスの巫女の話は、当時家族と辺境伯以外、誰も知らなかったはずだ。

 にも(かかわ)らず魔女と断言し、エスピアスの森へ向かおうと進言した根拠は、一体どこにあるのだろう。


「ええ、それは私も疑問でした。しかし彼女はあの日以降、心労で倒れてしまい、話は聞けないまま世話役を辞めてしまったのです」

「まぁ」

「とは言え、時も経ちました。現状把握がてら面会できないか、執事に確認させますね」


 疑問を浮かべるフィファニーに同意を見せたイルキュイエは、入口の方に目を配る。

 そこにはいつの間にか、先程まで姉や辺境伯らを見送っていたはずの執事がいて、御意にとばかりに頷いていた。

 いつもながら気配のしない彼に、フィファニーは驚いた様子だ。


「お姉様たち、お元気そうでよかったわ」


 だが、執事の登場に帰宅した姉たちを思いながら、フィファニーは何気なく呟いた。

 あの日、エスピアスの屋敷で一泊すると告げた会話が、最期のやりとりになるなんて、誰が想像していただろう。


 もっとたくさん話しておけば、なんて後悔は移送中、何度も思ったものだが、知らないうちに妹が氷壁(ひょうへき)の塔に送られたと知った姉たちの気持ちを思うと、心が苦しくなる。


「大丈夫ですか、フィファニー?」


 家族との再会に喜びと、一抹の申し訳なさを滲ませるフィファニーを見つめ、イルキュイエは優しく声を掛けた。

 もう二度と会えないはずだった彼らに対し、募る想いがあるのだろう。


「ええ。お姉様もエドガー様も幸せそうだし、ヴェイリー様にも会えたのだもの」

「そう言えばエドガー殿と姉君は随分仲が良いのですね。辺境伯家とは家族ぐるみの付き合いなのですか?」


 それでも平気を装い笑うフィファニーに、イルキュイエは思い出した顔で尋ねる。


 辺境伯家の軍隊を取り仕切るエドガーは、少々失礼だがトロルのような相貌の持ち主だ。

 美しく快活なフルーニーとはどうにも対照的で、二人の親密さを疑問に感じていたらしい。


「エドガー様はお姉様の旦那様よ。立場上、辺境伯家とは仲が良かったのだけれど、両親が流行り病で亡くなってからは、プロフェンス様が親代わりでね。一緒に過ごすうちに惹かれ合ったみたい」

「え、あのご子息とですか?」

「ええ。何か問題でも?」

「……」


 と、イルキュイエの何気ない問いかけに、フィファニーは笑顔で説明した。

 正直、最後に会ったときは婚約関係だったものの、先程の面会で結婚し、既に子供もいるのだと教えてくれた。


 一方、フィファニーの回答に、イルキュイエは目を見開くと、素で問い返してしまった。

 人の好みを否定するつもりはないのだが、醜夫好みというのは、なんだかもったいなく感じてしまう。


(ん? ではフィファニーも、ああいうのが好みなのだろうか)


 しかし、ここである重大な可能性に気付いたイルキュイエは、小首をかしげるフィファニーに、ハラハラした様子でひとりごちた。


 もし彼女が姉と同じような感性の持ち主ならば、きっと好みも似ているのだろう。

 そしてイルキュイエは容姿に関し、肯定的な褒め言葉をもらうことの多いタイプだ。

 もしかして求婚を受けてくれない理由は、攫いの犯人云々の前に、好みの問題なのだろうか。


「フィファニーもエドガー殿のような容姿の男性が好みですか?」

「えっ?」


 そう思うと悲しくなりながら、イルキュイエは自分を見上げるフィファニーに問いかけた。

 肯定されたら立ち直れなくなりそうだが、彼女の好みはどんな人なのだろう。


「うーん、お姉様の好みは斜め上なのよね。多少欠点のあった方がかわいいとは思うけれど、私は容姿はあまり気にしてな……いけれど、だからといって求婚は受けないからね、イル」

「……!」


 すると、突然の問いに目を瞬いたフィファニーは、冷静に答えた後で付け足した。


 つまりイルキュイエは、なんとか彼女の対象外を免れているのだろう。

 さりげなく求婚は拒否されてしまったけれど、それが退く理由にはならない。

 慌てて話を打ち切り、また資料に目を落とす彼女を見つめ、イルキュイエは心の中で誓った。


(いいえ。なれば何としても、求婚を呑ませてみせますよ、フィファニー)




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