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第5話 巫女の血族

 イルキュイエが「エスピアスの巫女」という、特殊な才能の話を知ったのは、今から六日前のことだった。


 無礼を承知でいきなり宮殿を訪れた辺境伯は、緊急事態だと謁見を所望。偶然父王と共にいたイルキュイエも同席し、彼らはプロフェンス辺境伯と向き直る。


「結界、だと?」


 そこで彼の口から語られたのは、辺境伯領・エスピアスの森と、そこに隣接するノクトリーの森との間に設けられた結界が、弱まっているとの話だった。

 魔物が棲むというノクトリーの森は、王国がいつでも危険視し、もし不穏な動きがあれば即座に軍を投入できるよう、強力な軍隊をプロフェンスの下に置いている。


 だが、王国の歴史を紐解いても、森の住人たちが国に侵入してきたのはたった一度きり。

 甚大な被害を(もたら)したその侵入は、白い竜を従えたひとりの巫女により治められ、女性はその後、森の守護者として生きたという。


 これがホワード男爵家の直接の祖先であるとのことだったが、イマイチ状況を把握しきれていない彼らに、辺境伯は重い口調で告げたのだ。


「ノクトリーの住人たちが結界を越えないのは、(ひとえ)にこの巫女との契約……。しかし今やそれも、瓦解(がかい)の危機なのです」

「どういうことぞ?」

「ええ、実は……」


 出来る限り淡々と簡潔に、彼は家に伝わる秘密の話を紡ぎ出す。


 当時魔物との抗争を収めた巫女は、ノクトリーの森すべてを焼き払おうとする王を説得し、彼らの居場所を守ることにも尽力。そして、魔物たちに「自分の血がこの王国で生き続ける限り悪さをしないこと、境界に結界を形成し、侵入を阻むこと」を秘密裏に約束させたという。


「……!」

「それ以降、巫女の血と才能はホワード家の長女に宿り続け、彼女たちはエスピアスの森にある碑石に手を添えることで、代々その血を証明してきたのです」


 そこまで語った辺境伯は一度口を閉じる。


 本来この秘密は、王家にすら漏らしてはいけない最重要の秘密だった。

 当時巫女は王の説得に成功したものの、自身の異能が露見することを恐れたのか、その方法を頑として語らなかったらしい。


 故に王家は、あの場に結界が形成されていることすら知らないままだ。


 時を経て魔法や異能に対する偏見は徐々に改善しつつあるものの、そのような存在が王国に知られれば、きっと忌避の対象になる。

 そして、もしその血筋が嫌われ、絶えるようなことがあれば、森の魔物たちは容易く境界を越えてくるだろう。


 そうなれば幾つもの(いさか)いが起こり、幾つもの命が散る。


 三代前の当主は、その可能性を見越してかの家と縁付きを行い、爵位の獲得と両家の蜜月関係をより強固にした。

 今の代にしてもホワード家の長女・フルーニーが巫女の才能を継ぎ、たとえ双子の妹が幽閉されようとも強固な結界は揺るがない。そう思っていたのだが……。


「ですが、妹のフィファニーが幽閉されて以降、年を経るごとに結界の力は弱まり、フルーニーと倅の間に生まれた女児にも、結界を形成できる見込みはなし。この数年で幾度か魔物の侵入を許した経緯も踏まえ、我々は巫女の血が妹の方に宿っていたのだと気付いたのです」

「……! フィファニー。我が息子を攫った魔女か!」

「ええ。で、ですがこのままでは国が……」


 緊急事態だと現れ、今まで王家にすら秘密にされてきた結界の話に、戸惑いを覚えながらも聞いていた国王は、フィファニーの名に大きく顔を歪めてみせた。


 あの誘拐事件でショックを受けた妃が幾度も寝たきりを繰り返していることから、攫いの魔女の話は禁忌とされ、この十七年、誰一人口にすることはなかったのだ。

 だが、今になってその名を聞かされるなんて……。


「父上、フィファニーの攫いは冤罪ですよ」

「……!」


 すると、明らかな嫌悪感を出し、フィファニー解放を望む辺境伯に睨みを利かす父王を見つめ、イルキュイエははっきりと口を開いた。


 この十数年、彼はこの話を父にしたくて何度も機会を模索してきた。

 だが、すべて拒否され続けてきた彼女の冤罪を立証できるチャンスは、今しかないだろう。

 遂に得た機会に一歩身を乗り出し、イルキュイエは辺境伯を見遣りながら、告げる。


「父上、フィファニーをどうか解放してください。プロフェンス殿の言葉を鑑みるに、このまま彼女の命が絶えれば、国そのものが危険に曝されます。そして彼女は罪を犯していない」

「なにを……」

「なぜならあのときの私は五歳。まだ王国民の前に姿を見せる年齢ではありませんでした。にも(かかわ)らず、どうして彼女に私が「王太子」だと判断できたのでしょう?」

「……!」





「――そうして、プロフェンス辺境伯と私の話を聞き、父王はあなたの解凍を決定。しばらくは王家の監視下に置かれることでしょうが、これでずっと一緒に居られますよ」

「……っ」


 柔らかな陽光が差し込む宮殿の一室にて。

 優雅にダージリンを嗜み、解凍を赦された経緯を簡潔に話すイルキュイエに、フィファニーは手のひらを握りしめると、ショックを受けたように俯いた。


 森に存在する精霊たちに語り掛け結界を保つ力、それが代々受け継がれてきた巫女の才能なのは知っていたけれど、まさかそれが、姉ではなく自分に宿っていたなんて。


 王家に知られてなお、解凍して然るべきと判断されるほど、結界の維持が重要なことは理解できたけれど、やっぱり、信じられない。

 それに……。


「あの日から、十七年……」

「どうしました、フィファニー? 顔色が優れないですよ?」


 彼女にとって何よりショックだったのは、過ぎ去った月日のこと。

 あのとき五歳だったイルキュイエが、こんな立派な王太子になっているのだ。頭では分かっているつもりだった。


 だが、当時十七歳で凍らされたフィファニーが十七年後に目覚めたということは、彼女は今年で三十四になるということだ。

 あまりにも行き遅れ老嬢(ろうじょう)の出来上がりに、涙が出てきそうになる。


(ああ……分かっていたつもりだったけれど、こんなのあんまりだわ。殿下に出会いさえしなければ、私だって結婚して、幸せに暮らしていたはずなのに……!)


 眠りつく直前、一瞬心を過った恨みが再び湧き上がってくるような感覚に、思わず両手で顔を覆ったフィファニーは、しばらく心と葛藤し続けた。


 もちろん、あのときのフィファニーに男の子を助けないなんて選択肢がなかったのも事実だが、今年で齢三十四だなんて。

 細胞凍結のおかげで……というのも癪だが、見た目は十七歳のままに見えるけれど、これはもう、早々に辺境伯領に帰って、一人虚しく余生を送るしかないではないか。


 夢見た結婚、愛しい人との生活、それらがすべて塵芥となった現実に、辛くなってくる。


「フィファニー? 大丈夫ですか?」

「ひゃっ!」


 だが、どうにか心を持ち直し、すぐ右から聞こえてくる声に顔を上げた彼女は、じっと自分を間近に見つめるイルキュイエの美貌に、小さな悲鳴をあげてしまった。


 向かいのソファに座っていたはずの彼は、いつの間にか自分のすぐ傍に腰を下ろし、キラキラ煌めくような紺碧の瞳で、一心にこちらを見つめている。


「フフ。急なことでまだ心が追いつかない部分もございましょう。しかしご安心を。これからは私が傍にいます。「しばらくは王家の監視下」と話しましたが、叶うことなら永遠に私の監視下でいて欲しい……」

「え」

「結婚してください、フィファニー。助けられたあのときから、私の心はあなたのものだ。そして素敵な才能を持つあなたを虐げる者など、もうありはしない。どうか、これから先は私の傍で……」


 すると、目を瞬くフィファニーの両手を握りしめたイルキュイエは、愛おしそうな眼差しを乗せ切り出した。

 確か氷壁(ひょうへき)の塔でも、目覚め(がしら)に求婚された記憶があるけれど、まさか本気だったなんて。


 しかし、ある意味元凶とも言える王太子の求婚に、フィファニーが心をときめかせるわけもなく。沈黙の末、するりと手を解いた彼女は、丁寧に頭を下げた。


「お断りします」

「……!」


 途端イルキュイエは、ショックでまた子犬のようにいじけてしまったが、一方、顔を逸らしたフィファニーは、聞いた話の内容に疲れてしまったのか、瞼が重たくなるのを感じながら思考を巡らせる。


 正直、一回りも年下の彼の求婚になんて応えられるわけがないし、巫女の血故解凍された事実はあっても、「攫いの魔女」というレッテルが消えることは一生ないだろう。


 そんな行き遅れの老嬢である自分に、殿下を関わらせていいはずがない。


 それにもう、フィファニーは静かに暮らしたいのだ。

 巫女の役目まで放棄しようとは思わないけれど、殿下を助けただけで終身刑となるこの国で、目立つ行為は慎みたい。


 どうせこんな自分に真のもらい手などないだろうし、領地で暮らす平和な日々があれば、それでいい。


 奪われた時間は、何をしたって返ってはこないのだ。

 だからもうせめて、関わらないで欲しかった。




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