表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/19

第2話 言われなき罪の果てに

 目を覚ました彼女の耳に飛び込んできたのは、複数の足音と馬の(いなな)く声だった。


「な、何? 何事なの?」


 不穏な空気を傍に感じ、飾りと化していた護身用の長剣を手に、フィファニーは気配を窺う。

 仮にも屈強な軍隊を持つ辺境伯家と共に暮らす娘だ。フィファニーは自分の身はある程度自分で守れる。


 それに何より、今ここには幼い子供がいるのだ。

 賊だろうが不審者だろうが、簡単に怯え泣くわけにはいかない。


「大丈夫よ、イル。何も心配しなくていいわ」

「うん」


 しがみつくイルを気遣いながら、フィファニーは前を見つめ続けた。


「突入!」


 すると、一瞬の静寂を経ていきなり飛び込んできたのは、黒鉄(くろがね)を纏った騎士団の精鋭たちだった。

 鋭い剣と盾を持つ彼らは、警戒した様子でフィファニーと、その後ろに隠れるイルに目を向ける。


「……っ、殿下! ああ間違いありませんわ! 魔女の後ろに居られるのはイルキュイエ()()()殿()()でございます!」


 さらにその後ろから顔を覗かせた女性は、イルの姿を目にすると声高に叫んだ。

 メイド服姿の女性は恐れをなした表情でフィファニーを指差し、騎士団の後ろに隠れながら、やけに甲高い声を上げている。


 途端その場に衝撃が走り、騎士たちの殺気が今まで以上に強まった。

 今にも飛び掛かってきそうな彼らの気配に、だがフィファニーの困惑は増すばかりだ。

 少年を保護しただけでこの言われようは何であろうか。


(魔女? 私が? 確かに特殊な血筋なのは認めるけれど、どうして私が魔女だなんて……。そ、それより、王太子、殿下……?)


 金切り声を上げ、露骨に忌避の目を向ける女性の言葉を呑み込もうと復唱し、フィファニーはドレスの袖口を握るイルに目を落とす。

 騎士団の包囲と言葉に戸惑う彼女の一方、イルは随分と落ち着いた様子で、彼らを見つめている。


 けれど王太子殿下、……って、まさか。


「今だお前たち! 魔女をひっ捕らえろ!」

「……っ!」


 すると、冷や汗を浮かべるフィファニーがイルに注視している状況を好機と()ったのか、彼女が何かを言う前に、合図を経て騎士団員たちが傾れ込んできた。


 隙を突かれた彼女は抵抗する間もなく剣を奪われ、後ろ手に拘束される。

 あまりの乱暴さに腕が悲鳴をあげたけれど、そんなものには目もくれず捕らえられたフィファニーに、一歩前に出てきた指揮官らしき軍服の男が吐き捨てた。


(さら)いの魔女め。(おそ)れ多くも王太子殿下を攫おうとは極刑ぞ! 陛下の命により、お前を氷壁(ひょうへき)の塔へ連行する! 立て!」

「……! 氷壁の塔!? お待ちになって! 私は攫ってなど……!」

「何を今さら。世話役ミチェラの目の前で、殿下は魔法の風に攫われた。そして、彼女はお前を魔女と証言したのだ。弁解の余地はない。立て!」


 忌々しげな台詞と共に後ろ手を縛られ、弁解の機すらなく猿轡(さるぐつわ)を噛まされたフィファニーは、物のような扱いで、鉄格子の()められた汚い馬車の中に放り投げられた。

 そして丸一日、中に閉じ込められ、王都の端にある氷壁の塔へ連行される。


 氷壁の塔は、最重刑の者が氷漬けの罰を受けるために作られた塔だ。


 ウィングロード王国に古くから根付くその終身刑は、世界に数多存在する精霊たちに働きかけ、様々な事象を起こす“魔法”という手段を用いて行う、全細胞の永久凍結である。

 時と共に凍傷による劣化が罪人を蝕むこの刑は、最悪の刑とされ、人々から恐れられていた。


 王国が死よりもこの氷漬けを上位とする理由は、見せしめの意味が大部分と言えるだろう。死は誰にとっても重いものだが、どんな悪人も死んでしまえばいずれは人々の記憶から忘れ去られ、また罪人は生まれくる。


 一方、氷壁の塔に罪人が幽閉されているという事実は、恐怖と侮蔑を()って心の片隅に残り続け、人々に語られることとなるだろう。


 王家に雇われた本物の魔法使いが管轄する塔で、王太子を保護しただけの自分が罰を受けることになるなんて。

 氷壁の塔について思い返していたフィファニーは、あまりの理不尽さに、涙を浮かべる。


 だが、魔法の風に攫われた王太子殿下と一緒にいたという事実は、早急な処罰を望む者にとって格好の餌食(えじき)なのだろう。たとえこれから捜査が進み、真犯人が捕まるようなことがあったとしても、王家の気休めとして捕らえられた自分に、未来はない。


 ガラガラと人生が崩れていく音が、すぐ傍で聞こえてくるような気がした。





「それではこれから刑を執り行う。具体的な説明を聞くか?」

「お任せします」


 絶望を知り、覚束(おぼつか)ない足取りで連れて来られた塔の中は、凍てつくような寒さだった。

 騎士団の団員たちは早々に去っていき、今ここにはフィファニーと、フードを被った一人の青年だけが存在している。

 感情の見えない声音で語るこの青年が、おそらく本物の魔法使いなのだろう。


 与えられた牢の中で、フードから覗く氷色の瞳に見据えられたフィファニーは、粗末な服の裾を見つめたまま頷く。

 すると青年は、静かに続きを語り出した。


「では念のため。貴女に処すのは全細胞の凍結だ。最低限の脈拍及び呼吸は魔法により管理されるため、即死はしない。だが、五十年もすれば凍傷による細胞劣化で人体は瓦解(がかい)し……――」


 顔を上げる余裕もないまま、滔々と語る彼の声を聞き、フィファニーはますます項垂(うなだ)れる。

 たとえ即死の刑でないとしても、このまま罪人としての名を残すくらいなら、いっそ今すぐこの命を終わらせてしまいたい。

 なけなしの矜持が心に訴えているような感覚がして、ついに涙が零れた。


「――……それでは横になり目を閉じて。お眠りなさい、永遠に」


 だが、涙如きで刑が軽くなるわけもなく、説明が終わると青年はフィファニーを促した。

 途端体の周りに冷気を感じ、急速に眠気が襲ってくる。

 このままもう二度と、フィファニーが目を覚ますことはないだろう。

 崩れ去って、氷の礫になるまで深く深く眠るのだ。永遠に。


(こんなことならあんな子、助けなければよかった。そうすれば私は……――)


 そのとき、不意に頭を過るイルの笑顔に恨みが浮かび、凍った。

 攫いの魔女と蔑まれ、フィファニーは眠る。





 ――十七年後。


 あれ以来誰も寄り付かない氷壁の塔は、寒々とそこにあった。

 だが、草木さえも凍りつくようなその場に、一台の豪奢な馬車が現れる。


 昇り始めた太陽が金装飾を施した白い馬車を照らし、キラキラと輝いていた。


「到着いたしましたよ、殿下」

「うん。では参ろうか。私の眠り姫をお救いに」


 やがて、馬車の中から姿を見せたのは、柔らかに揺らめくさらさらの金髪に、紺碧に輝く釣り目がちの瞳をした美貌の青年だった。

 まだほんの少しあどけない面持ちに長い睫毛を湛えた青年は、白皙(はくせき)の頬を薔薇色に染めると、周囲が華やぐような微笑みで、塔の上階を見つめている。


 始まりを告げる朝日さえも霞むような眼差し。

 熱を込めた視線は、揺るぎない。


「今参りますよ、フィファニー」


 どうやら彼女の運命には、まだ続きがあるようだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ