表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

第17話 血の証明をしなくっちゃ

 執事の手によってぐるぐるに拘束されたヴェイリーは、これ以上うるさい口を利けないよう、薬草で眠らされた。


 さらに、万にひとつも逃げ出すことのないよう、近くの木にぐるぐると拘束され、木々の精霊の力を借りて、ダメ押しのように蔦でも拘束される。

 ここまですれば、馬車を借りに行っている間、彼がイルキュイエやフィファニーに危害を加えることはないだろう。


「殿下、一時傍を離れますことをお許しください」

「うん」


 丁寧に頭を下げた執事は風に乗ると、常人ならざるスピードで森を駆け抜けていった。





「血の証明をしなくちゃ」


 一方、執事とヴェイリーの対峙、その後の拘束までを傍で見ていたフィファニーは、不意に自らの使命を思い出して呟いた。


 ヴェイリーの阻害により中断となってしまったが、フィファニーは血の証明をするためにここへ来たのだ。早く碑石に血を証明し、結界を強固にしなければ森が危ない。

 決着がついてなお、自分を抱きしめて離さないイルキュイエを見上げ、フィファニーはもう一度口を開いた。


「イル、今のうちに血の証明を行うわ。もう大丈夫だから退いてくれる?」

「本当に大丈夫なのですね、フィファニー?」

「ひゃあっ」


 すると、フィファニーの声掛けに視線を戻したイルキュイエは、先程ヴェイリーに傷つけられ、白竜により治癒された脚に手を滑らせた。


「な、なんで触っているのよぉ!」


 途端フィファニーは変な悲鳴をあげてしまったけれど、彼の方は爽やかな笑顔だ。


「フフ、確かめたくて? 魔力を持つ者の治癒は把握していますが、やはり自分の手で確かめるに越したことはない。すべすべですね」

「――っ!」


 にこりと笑顔で断言し、顔を真っ赤にするフィファニーを見つめたイルキュイエは、ようやく背に回していた手を離すと立ち上がった。そして彼女に手を伸ばし、二人はもう一度碑石の前に立つ。


 その肩に、すっかり懐いた様子のスノーホワイトが乗り、クルルと鳴いた。

 小さな竜は、とても愛らしい。


「クルルッ」

「なんてかわいらしい竜なのかしら。来てくれてありがとう、白竜さん」


 その姿を横目に見つめたフィファニーは、鱗の流れに逆らって手を切らないよう注意しながら、そっとスノーホワイトを指で撫でてみた。


 鳴き声を高くした白竜は、ご機嫌な様子でしっぽをゆらゆら揺らめかせている。

 あまりのかわいらしさにフィファニーの笑みが深くなり、視線が白竜に固定された。

 危機的状況に駆け付けてくれたスノーホワイトには、感謝しかなかった。


「フィファニー。血の証明、先に済ませましょう」

「そうね。では、始めるわ」


 すると、フィファニーと戯れる白竜に嫉妬したのか、イルキュイエはわざとらしく咳までしてフィファニーを促した。

 彼の声に我へと返ったフィファニーは、白竜を肩に乗せたまま、手を伸ばす。


「森を渡る精霊たちに願う。我エスピアスの巫女なり。この血を証とし、森を隔てる結界を強固にせよ」


 そして前置きと共に息を吸い込み、心を落ち着かせたフィファニーは、碑石の窪みに触れると、精霊たちに願いを語った。

 凛とした声が風に乗り、森を渡る。


 正直、こうしたところで精霊たちがどう願いを叶えてくれるのか、それは分からない。

 本物の魔法族は精霊と対話が出来るというが、当然フィファニーにはそんなことができるわけもなく、視認することもできない。


 空を渡る鳥たちのように、その声を聞かせてくれたらいいのに。


 心の中でひとりごちつつも、フィファニーは代々受け継がれてきた言葉に、願いを乗せる。

 祈りを込めた沈黙が、一分ほど続いた。





「……これで、私に宿る巫女の血が本物であれば、精霊たちは願いを聞き入れてくれるはずよ」

「ティレ、どう?」


 (おおよ)そ一分に渡る願いの末、瞑っていた瞳を静かに開けたフィファニーは、少々不安そうに呟いた。


 彼女の言葉に頷いたイルキュイエは、フィファニーに寄り添ったまま、いつの間にか幌馬車と共に帰って来ていた執事を仰ぎ、状況を見てもらう。

 本物の魔法族である彼なら、何かの変化を見つけられるかもしれない。


「なんと。巫女の血とは素晴らしいものですね」


 そう思い、静かに佇む彼に問うと、ノクトリーの森の方に目を遣った執事は感心の声を上げて頷いた。

 どうやら彼女の願いを聞き入れた精霊たちは一斉に移動を開始。強いエネルギーの塊となって、森の狭間に結界を形成してくれているという。


「よかった。本当に、私がエスピアスの巫女なのね」

「ええ。改めて辺境伯や姉君にご報告しなければなりませんね。攫いの真犯人を捕らえ、あなたの潔白が真に証明されたこと。そして、森の結界は再び強固となり、魔物たちの侵入を防いでくれること。これですべての懸念事項は去りました。あとは……」


 執事の報告に安堵し、ほっと胸を撫で下ろすフィファニーに、イルキュイエは真剣な眼差しで呟いた。途端、何事かと首を傾げる彼女を見つめ、ぐいと傍に抱き寄せる。

 そのはずみで、肩にとまっていた白竜がふわりと舞った。


「クルル……」


 小さく鳴いたスノーホワイトはどこか不満そうだ。


「ちょっとイル、白竜さんを驚かせるようなことをしてはダメよ」

「しゅん……。私よりスノーホワイトの方が大事なのですか」

「クルルル」

「強引なことをしてはダメと言ったのよ。白竜さんはもう、帰ってしまうみたいだし」


 いつものようにしょげるイルキュイエを嗜め、フィファニーはスノーホワイトに目を向ける。

 バサバサと翼をはためかせ、空を舞うスノーホワイトはじっと、彼女を見つめていた。


 雪のように白い鱗を持つ、小さくて美しい竜。

 ほんのわずかな邂逅だったが、逢えてよかったと心から思う。

 叶うならまたいつか、逢いたいものだ。


 互いに名残惜しいような沈黙の中、フィファニーはそっと手を伸ばす。

 駆け付けてくれた白竜に、彼女は感謝していた。


「助けてくれてありがとう。またいつの日か」

「クルル」


 心に想いを秘め礼を告げると、ホバリングをしていた白竜は、もう一度だけ彼女にすり寄った。そして、すぐさま高度をあげて去って行く。


 おそらくは、自らの巣へと帰ったのだろう。

 あの竜が、ヴェイリーの脅威からイルキュイエを守りたくて咄嗟に願った「自分も魔法を使えたら」という思いに応じ、現れたことはなんとなく分かったけれど、脅威が取り除かれようとしている今、巫女として必要な力以外、特別なものは何もいらない。


 これでようやくフィファニーにも平和な日々が訪れる。

 あとはイルキュイエの求婚をどうにか(かわ)し、王家の監視下から解放されるのを待つだけだ。


 姉たちの邪魔にならないよう、のんびりと余生を過ごしていきたい。


「さて、フィファニー」


 そう思い、領地での安寧に思いを馳せた、ときだった。

 ごほんという咳払いと共に、もう一度彼女の視線を攫ったイルキュイエは、その場にゆっくりと膝をついた。

 そして、驚く彼女の手を取って真剣に見つめ、願いと愛を語り出す。


「これでもう、あなたが「攫いの魔女」と呼ばれることはありません。愛しい人。今度こそ私の求婚に頷いてくださいますね?」

「……っ」

「否なんて言わせませんよ」


 紺碧の美しい瞳がフィファニーを見上げる。

 どうやら彼女が思い描く平和な日々は、まだ遠く先にあるようだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ