第17話 血の証明をしなくっちゃ
執事の手によってぐるぐるに拘束されたヴェイリーは、これ以上うるさい口を利けないよう、薬草で眠らされた。
さらに、万にひとつも逃げ出すことのないよう、近くの木にぐるぐると拘束され、木々の精霊の力を借りて、ダメ押しのように蔦でも拘束される。
ここまですれば、馬車を借りに行っている間、彼がイルキュイエやフィファニーに危害を加えることはないだろう。
「殿下、一時傍を離れますことをお許しください」
「うん」
丁寧に頭を下げた執事は風に乗ると、常人ならざるスピードで森を駆け抜けていった。
「血の証明をしなくちゃ」
一方、執事とヴェイリーの対峙、その後の拘束までを傍で見ていたフィファニーは、不意に自らの使命を思い出して呟いた。
ヴェイリーの阻害により中断となってしまったが、フィファニーは血の証明をするためにここへ来たのだ。早く碑石に血を証明し、結界を強固にしなければ森が危ない。
決着がついてなお、自分を抱きしめて離さないイルキュイエを見上げ、フィファニーはもう一度口を開いた。
「イル、今のうちに血の証明を行うわ。もう大丈夫だから退いてくれる?」
「本当に大丈夫なのですね、フィファニー?」
「ひゃあっ」
すると、フィファニーの声掛けに視線を戻したイルキュイエは、先程ヴェイリーに傷つけられ、白竜により治癒された脚に手を滑らせた。
「な、なんで触っているのよぉ!」
途端フィファニーは変な悲鳴をあげてしまったけれど、彼の方は爽やかな笑顔だ。
「フフ、確かめたくて? 魔力を持つ者の治癒は把握していますが、やはり自分の手で確かめるに越したことはない。すべすべですね」
「――っ!」
にこりと笑顔で断言し、顔を真っ赤にするフィファニーを見つめたイルキュイエは、ようやく背に回していた手を離すと立ち上がった。そして彼女に手を伸ばし、二人はもう一度碑石の前に立つ。
その肩に、すっかり懐いた様子のスノーホワイトが乗り、クルルと鳴いた。
小さな竜は、とても愛らしい。
「クルルッ」
「なんてかわいらしい竜なのかしら。来てくれてありがとう、白竜さん」
その姿を横目に見つめたフィファニーは、鱗の流れに逆らって手を切らないよう注意しながら、そっとスノーホワイトを指で撫でてみた。
鳴き声を高くした白竜は、ご機嫌な様子でしっぽをゆらゆら揺らめかせている。
あまりのかわいらしさにフィファニーの笑みが深くなり、視線が白竜に固定された。
危機的状況に駆け付けてくれたスノーホワイトには、感謝しかなかった。
「フィファニー。血の証明、先に済ませましょう」
「そうね。では、始めるわ」
すると、フィファニーと戯れる白竜に嫉妬したのか、イルキュイエはわざとらしく咳までしてフィファニーを促した。
彼の声に我へと返ったフィファニーは、白竜を肩に乗せたまま、手を伸ばす。
「森を渡る精霊たちに願う。我エスピアスの巫女なり。この血を証とし、森を隔てる結界を強固にせよ」
そして前置きと共に息を吸い込み、心を落ち着かせたフィファニーは、碑石の窪みに触れると、精霊たちに願いを語った。
凛とした声が風に乗り、森を渡る。
正直、こうしたところで精霊たちがどう願いを叶えてくれるのか、それは分からない。
本物の魔法族は精霊と対話が出来るというが、当然フィファニーにはそんなことができるわけもなく、視認することもできない。
空を渡る鳥たちのように、その声を聞かせてくれたらいいのに。
心の中でひとりごちつつも、フィファニーは代々受け継がれてきた言葉に、願いを乗せる。
祈りを込めた沈黙が、一分ほど続いた。
「……これで、私に宿る巫女の血が本物であれば、精霊たちは願いを聞き入れてくれるはずよ」
「ティレ、どう?」
凡そ一分に渡る願いの末、瞑っていた瞳を静かに開けたフィファニーは、少々不安そうに呟いた。
彼女の言葉に頷いたイルキュイエは、フィファニーに寄り添ったまま、いつの間にか幌馬車と共に帰って来ていた執事を仰ぎ、状況を見てもらう。
本物の魔法族である彼なら、何かの変化を見つけられるかもしれない。
「なんと。巫女の血とは素晴らしいものですね」
そう思い、静かに佇む彼に問うと、ノクトリーの森の方に目を遣った執事は感心の声を上げて頷いた。
どうやら彼女の願いを聞き入れた精霊たちは一斉に移動を開始。強いエネルギーの塊となって、森の狭間に結界を形成してくれているという。
「よかった。本当に、私がエスピアスの巫女なのね」
「ええ。改めて辺境伯や姉君にご報告しなければなりませんね。攫いの真犯人を捕らえ、あなたの潔白が真に証明されたこと。そして、森の結界は再び強固となり、魔物たちの侵入を防いでくれること。これですべての懸念事項は去りました。あとは……」
執事の報告に安堵し、ほっと胸を撫で下ろすフィファニーに、イルキュイエは真剣な眼差しで呟いた。途端、何事かと首を傾げる彼女を見つめ、ぐいと傍に抱き寄せる。
そのはずみで、肩にとまっていた白竜がふわりと舞った。
「クルル……」
小さく鳴いたスノーホワイトはどこか不満そうだ。
「ちょっとイル、白竜さんを驚かせるようなことをしてはダメよ」
「しゅん……。私よりスノーホワイトの方が大事なのですか」
「クルルル」
「強引なことをしてはダメと言ったのよ。白竜さんはもう、帰ってしまうみたいだし」
いつものようにしょげるイルキュイエを嗜め、フィファニーはスノーホワイトに目を向ける。
バサバサと翼をはためかせ、空を舞うスノーホワイトはじっと、彼女を見つめていた。
雪のように白い鱗を持つ、小さくて美しい竜。
ほんのわずかな邂逅だったが、逢えてよかったと心から思う。
叶うならまたいつか、逢いたいものだ。
互いに名残惜しいような沈黙の中、フィファニーはそっと手を伸ばす。
駆け付けてくれた白竜に、彼女は感謝していた。
「助けてくれてありがとう。またいつの日か」
「クルル」
心に想いを秘め礼を告げると、ホバリングをしていた白竜は、もう一度だけ彼女にすり寄った。そして、すぐさま高度をあげて去って行く。
おそらくは、自らの巣へと帰ったのだろう。
あの竜が、ヴェイリーの脅威からイルキュイエを守りたくて咄嗟に願った「自分も魔法を使えたら」という思いに応じ、現れたことはなんとなく分かったけれど、脅威が取り除かれようとしている今、巫女として必要な力以外、特別なものは何もいらない。
これでようやくフィファニーにも平和な日々が訪れる。
あとはイルキュイエの求婚をどうにか躱し、王家の監視下から解放されるのを待つだけだ。
姉たちの邪魔にならないよう、のんびりと余生を過ごしていきたい。
「さて、フィファニー」
そう思い、領地での安寧に思いを馳せた、ときだった。
ごほんという咳払いと共に、もう一度彼女の視線を攫ったイルキュイエは、その場にゆっくりと膝をついた。
そして、驚く彼女の手を取って真剣に見つめ、願いと愛を語り出す。
「これでもう、あなたが「攫いの魔女」と呼ばれることはありません。愛しい人。今度こそ私の求婚に頷いてくださいますね?」
「……っ」
「否なんて言わせませんよ」
紺碧の美しい瞳がフィファニーを見上げる。
どうやら彼女が思い描く平和な日々は、まだ遠く先にあるようだ。




