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第15話 森の碑石に手をかざし

 エスピアスの森に形成された結界の力を保つため、屋敷を出たフィファニーとイルキュイエは、ここから北西にある碑石に向かい、森の中を歩き出した。


「フィファニー。碑石まではどのくらい歩くのですか?」

「十五分程度よ」


 代々エスピアスの巫女は、ここにある碑石に手を添えることで血を証明し、さらに森を渡る精霊たちに願うことで結界を維持してきた。

 今回は、もう一度血の証明を行うことで、結界を強固にすることが目的だ。


「ただ、碑石まで獣道を行くことになるから、そのスーツだと汚れてしまうかもしれないわ。屋敷で待っていてもいいのよ?」

「一緒に行きます。お散歩デートしたいです」

「虫もたくさんいるからね?」


 すると、彼のスーツを一瞥したフィファニーは、無駄な抵抗だと思いつつ問いかけた。

 案の定、イルキュイエは頑として同行を申し出て来たけれど、不安要素は多々見られる。


「う……」


 当然、別れを決めてなお、それを許さないと想いを告げてきた彼に傾倒しないよう、距離を置きたかったのも事実だが、この大自然と共に育ち、鳥はもちろん虫の類までかわいいと認識するフィファニーの一方、温室育ちの彼は毛虫一匹で大騒ぎなのだ。


 先日も宮殿の薔薇園を散歩中、葉の隙間から顔を覗かせた茶色い毛虫に飛び上がり、イルキュイエは子供のように抱きついてきた。

 さらにその現場を、散策中の国王と王妃に見られ、本当に恥ずかしかったのを覚えている。


 しかし、そんな彼女の心情など知る由もないイルキュイエは、虫の言葉に苦笑すると、どうしても苦手意識があるのか、足元の草に注視しながら言った。


「と、飛び上がるくらいは許してください。蜘蛛も毛虫も気持ち悪いです」

「うーん。カサカサ、うにょうにょ、かわいいのに」

「……」





 そんな話をしつつ森を進んだ二人は、しばらくして木々の間に広がる空き地へと辿り着いた。

 短い草が生い茂る空き地の中央には、白い石で作られた高さ二メートルほどの碑石が置かれている。


「これが巫女の血を証明するための碑石ですか。見慣れない文字が書かれていますね」

「ええ。言い伝えでは、『我ここにあり。この血を以って証明し、森の精霊に結界の形成を願い奉る』という初代巫女の願いが書かれているそうよ。この文字の最後にある窪みに手を触れることで、精霊たちは巫女の願いを聞き入れてくれる。もしかしたら、予めそう言う魔法が碑石にかけられているのかもしれないわね」


 美しく繊細な彫りが施された碑石を見つめ、関心と疑問を合わせた声音で呟くイルキュイエに、フィファニーは知り得ていることを口にした。


 先日、自身の先祖が魔法族だろう聞かされたときはショックを受けてしまったけれど、確かに魔法でもなければ、こんな技は成し得ない。だが、一先(ひとま)ず血を証明することで、森の結界は強固となり、魔物たちの被害を減らすことはできるだろう。


 すらりとした手を伸ばし、フィファニーは早速証明を試みる。


「光の精霊――」


 と、そのときだった。

 不意に暗がりから声がして、目に見えない何かがフィファニーの足を掠めていった。


「……っ!」


 同時に彼女の青いドレスが破け、腿の辺りから血が滲んでくる。


「フィファニー!」


 あまりにも突然の出来事にイルキュイエは驚き、訳も分からないまま彼女を抱き留めた。

 しかし今のは一体……。


「その碑石に触れてもらっては困るよ、フィファニー」

「!」


 混乱と困惑。そして彼女に対する強い心配。

 幸い脚の傷は多量出血とまではいかないものの、早く手当てをしなければ、手遅れにだってなりかねない。そう思い、イルキュイエが彼女を抱き上げようとした、途端。


 森の奥から姿を現したのは、杖を持った男だった。

 灰紫の髪に同じ色の瞳、穏やかな笑みさえ浮かべるこの男は……。


「ヴェイリー、様……」

「ふむ、残念ながら少し逸れてしまったようだね。邪魔がてら足を貫けば、数分で失血死すると思ったのに」


 光の下に姿を晒し、残酷な言葉と共に現れたのは、行方を晦ましていたフィファニーの旧婚約者・ヴェイリー・ロットン。

 宮殿への招集命令が出ていたはずの彼は、まるで待ち構えていたように二人をじっと見据えている。


「これは何の狼藉だ。やはりお前が私を攫い、フィファニーを陥れた犯人なのか?」


 すると、フィファニーを庇うようにして地面に膝をつき、ぎゅっと抱きしめたイルキュイエは、警戒心を露わに彼を睨みつけると、単刀直入に問いかけた。


 正直彼らには、なぜヴェイリーが今、エスピアスの森に現れたのか。そしてなぜ杖を持ち、フィファニーを傷つけるのか。理由は何も分からない。

 だが、こうして現れた以上、彼が自分たちの味方でないことは明白。


 ならば、返ってくる答えにも(おおよ)その見当はついていた。


「やはり調べていたのだな。いくら僕から面会を申し込んでも「王太子の許可が出ない」の一点張りだったのに、いきなり招集命令と聞いて嫌な予感はしていたんだ」

「……!」

「だけどそうさ。あの誘拐事件はすべて僕が仕組んだことなんだよ」


 と、まるで悪びれた様子もなくにこりと笑ったヴェイリーは、小さく呟いた後であっさりと罪を認め、頷いた。

 心のどこかで彼が犯人なのだろうと覚悟はしていたけれど、実際に答えを聞くのは苦しくて。フィファニーの瞳から、知らず涙が零れてくる。


「……っ」

「目的はなんだ。彼女を傷つける理由は、一体何だというのだ!」


 そんな彼女の姿に心を痛め、イルキュイエは抱く腕に力を籠めると、いつになく荒い口調で問い質した。こんなにもあっさりと罪を認めておきながら、手の込んだことをしてまでフィファニーを陥れた理由が分からない。


「目的? そうだね。この結界を壊すこと、かな」


 そう思い叫ぶと、笑みを深くしたヴェイリーは、あたりまえのように呟いた。そして呆気に取られる彼らに、一拍置いて語り出す。


「僕はさあ、巫女とこの国の王家に恨みがあるんだよね。あれはもう随分昔のことだけれど、自由に暴れ回っていた僕らを、きみたちはこの狭い森の中に閉じ込めた。僕らから人をいたぶる楽しみを奪い、絶望に堕とした。だから結界を破壊し、あのころの自由を取り戻そうと思ったのさ」

「な……」


 爽やかな笑みをどこか極悪なものに変え、ヴェイリーは(わら)う。

 つまり彼の正体は、ノクトリーの森の魔物だと言うのだろうか。それも、随分長い間負の感情を募らせてきた、魔物。


 察した途端変な汗が滲むのを感じながら、イルキュイエは歯を食いしばる。

 まだ問い質し足りないことはあるのだ。


「ではなぜフィファニーを狙った。巫女の血はホワード家の長女に宿ると知らなかったのか」

「長女? へぇ。じゃあフィファニーはイレギュラーなのだね。僕はただ、きみが巫女――正確には北の魔法族の特徴を有していたから狙っただけだよ」


 すると、強がるイルキュイエを楽しそうに見つめ、ヴェイリーはフィファニーを指差す。


「北の魔法族の、特徴……?」

「そう、彼らは動物と意思の疎通ができる。そして強大な力の持ち主は竜をも従えるのさ。無意識かもしれないが、きみは鳥と話しているだろう? だからきみを最悪の方法でじっくりいたぶり、結界が消えるのを待っていたのさ」


 知識を持たない彼らを小馬鹿にするように、ヴェイリーはクックと笑う。


 確かにフィファニーは以前、そんな素振りを見せたこともあった。

 森で助けられたあの日、彼女は肩に乗るスプランティネアから話を聞き、イルがしばらくここで泣いていたことを知って、保護を決めたのだ。


 フィファニーの対応があまりにも自然で見逃していたものの、あの言葉の裏には鳥との対話があったと思われる。


 加えて彼は、ノクトリーの森に自分たちを閉じ込めた巫女と、森を焼き払おうとしていた王家に恨みを持っていた。

 だからイルキュイエを攫い、フィファニーを陥れ、人生をいたぶった。


 魔物もまた、身の内に魔力(エレメント)がある限り生き続ける存在だ。

 人間が氷漬けで瓦解(がかい)するまでの五十年など、彼らにとっては些末なものということだろう。

 もしかしたら王家自身に結界を維持する術を失わせることが、彼の復讐だったのかもしれない。


 だが、十七年の時を経てフィファニーが解凍され、結界の強化に来たのは想定外。

 おそらくここで始末をする心積もりと思われる。


「さて、おしゃべりはこのくらいでいいかな。結界を完全に壊し、あのころの日々を取り戻したい。二十年前、結界の綻びからこちら側へ抜け出して以来の悲願。僕はきみが絶望の中で死ぬことを願うよ、フィファニー」

「くっ……。これ以上、彼女に触れられると思うなよ。自白した以上、王太子誘拐事件の真犯人としてお前を連行する。フィファニーを傷つけた分、お前の罪は殊更重いと思え!」


 すると、一切悪びれた様子もなくフィファニーの死を望むヴェイリーに、イルキュイエは視線を鋭くしてブチ切れた。


「ふふ、王太子殿下はまだ状況を分かっておられないようだ」


 だが、紺碧の瞳に怒りを宿す彼を見つめたヴェイリーは、まるでかわいそうなものを見るような眼差しで嗤う。そして右手に持つ杖を掲げた彼は、意気揚々と語り出した。


「ロットン子爵家の者というのは、僕にとって仮の姿に過ぎない。気付いたと思うが、僕はその昔、この家の子息を殺して成り代わった魔法族だ。ただの人間に捕らえることなどできやしない。大人しく彼女を殺させておくれ?」

「……!」

「それとも、愛しき姫君と共にあの世へ行くかい、ぼうや?」




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