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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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5.「好き」も「嫌い」も

 からあげのおにぎりが3つ並んでいる木の丸い皿がテーブルに置かれる。

 思わず朋子の顔を見る。何日も食べてない人にいきなり3つ?

 朋子は結心の疑問には答えず、隣のテーブルから椅子を持ってきて、理子と結心の座るテーブルに設置した。そして、シャルルは奥の和室に移動させる。においがつかないよう、朋子なりの配慮だろう。障子を閉められる直前、シャルルはわずかに手をあげた。

 シャルルをとりあげられた理子は、また心細そうな表情になる。しかしすぐに、テーブルに置かれたおにぎりに目をやる。


「えっと……」


 これはすべて自分の分なのか、と不安そうな表情を浮かべている。朋子はパッと笑顔を見せた。


「私たちの分よ。食事はね、みんなで食べた方がおいしいんだから!」


 食べる相手にもよると思うが、と結心は思ったけれど黙っていた。今の理子にとって、ひとりよりも3人のほうが食べやすいだろう。

 朋子は席につく前にカウンターからお手拭きをとり、テーブルに置く。

 からあげのおにぎりを前に、なかなか手を出さない理子。その様子を見て、朋子はさっとおにぎりを手に取った。


「お先いただくわね。お腹すいちゃって!」


 あっけらかんとした物言いをして、朋子はためらいなくおにぎりを口に運ぶ。とてもおいしそうな表情で、自分の作ったおにぎりを食べていた。

 お客さんが先でしょうと言いたい気持ちをぐっとおさえる。

 理子は、朋子の様子を見てふっと表情をゆるめる。さっき、シャルルをなでていた時のような表情だ。

 視線を朋子からお皿に移した理子は、お手拭きで手を拭いたあと、からあげおにぎりにそっと手を伸ばす。

 両手でおにぎりを持ち、ためらうようにじっと見つめたあと……てっぺんにのせられたからあげごと口にした。小さく口を動かし、そして飲み込む。


「おいしい……」


 その後、続けておにぎりを食べ進めていく。結心も、おにぎりを手に取って口にした。

 大きめにカットされたからあげと、炊き立てのごはんはどちらも熱いくらい。そのおかげでお腹が温まり、心までもがほっとする。マヨネーズのコクとからあげの具材は少々油っぽさを感じるが、刻んだ生姜のしゃきしゃきとした食感と清涼感で中和され、とても食べやすい。

 ぱりっとした海苔は有明海苔、ふっくらとしたお米は新潟県産コシヒカリを使用している。原価は高くなるけれど、おいしいおにぎりには欠かせないのだという朋子のこだわりがあった。


 食べても崩れない。かといって餅のようにくっつかない。口の中で静かに米がほどけていく。

 口にするだけで、心があったかくなって、幸せを感じる。そんなおにぎりだった。


 悔しいけれど、朋子のおにぎりはおいしい。結心はそれを認めつつ、理子の様子を伺う。最初は恐る恐ると言った様子だったけれど、今は次の一口が待ち遠しいと言わんばかりに、おにぎりにかぶりついていた。よかった、おいしく食べられたみたいだ。

 おにぎりを食べ終えた理子は、ほぅとわずかに息を吐く。頬が赤く染まり、来店した時よりも元気そうに見えた。


「すごく、おいしかったです」


 夢見心地のような吐息交じりの声に、食事の満足度がうかがえる。


「いいえー。豚汁もあるけど、飲む?」


 朋子の問いかけに、理子は少しためらった後うなずく。


「いただきます」


「少し待っててね」


 カウンター内で朋子がお椀に豚汁を注ぐ間、理子はぽつぽつと口を開いた。


「実は……母が倒れまして」


「えっ……」


 理子と結心は同世代。だから親の年齢もさほど違わないはずだが……。カウンターの向こうのキッチンにいる朋子も会話を聞いているはずだが、作業に集中している風を装って口を挟まないでいた。


「今、集中治療室にいて……お医者さんからは、この数日が山だって言われています。うちは母子家庭で、ずっとふたりで手を取り合って生きてきたんです。だから、もしものことがあったら……」


 目に、また涙が浮かぶ。


「あんなに元気だったのに。このまま目を覚まさなかったらって思ったら怖くなって、夜も眠れないし、食べ物を受け付けなくなってしまって」


 ティッシュで再び目元を拭う。

 朋子が、お椀によそった豚汁を持ってきた。


 テーブルに並べられる豚汁。大根、にんじん、ごぼう、豚肉、こんにゃく、長ネギが具材。たっぷりの具材のおかげで、だし汁を使わなくてもおいしくできるのだと朋子は語っていた。

 ほかほかとした湯気がのぼる。今回も、理子だけでなく結心と朋子の分もあった。


「おいしそう。いただきます」


 理子は会話を中断し、割りばしを割って豚汁を口に運ぶ。結心も、お椀を手に取った。

 朋子の豚汁は、比較的小さく切られた具材が次から次へと口の中にやってくる。汁物とはいえ食べ応えのある印象の豚汁だけど、朋子の豚汁は飲み物の印象が強い。

 それを不思議に思った理子が、ちらりと朋子を見て言う。


「……なんだか、優しい豚汁ですね。具材が小さいから疲れない」


「でしょ。根野菜ってたくさん噛んでると、アゴ疲れない? 私はそれがキライで!」


 はっきりと、キライで! と物申す朋子に、理子はふふっと笑う。ここへ来て、はじめて笑った。


「私は、普段だったら具材が大きいほうが好きです。でも今日は、具材が小さくて助かりました」


「ナイスタイミングね! 疲れた日はまたここで食べてちょうだいよ」


「はい」


 ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑う。

 好きも嫌いも、朋子ははっきりしている。理子も、自分の意見を言いつつ今日は小さくてよかったという気遣いを忘れない。


 結心は「好き」も言えないけれど、「嫌い」も言えない。だって、それを好きな人がいたら傷つけてしまうから。嫌いなんて口にしない方がいいに決まっている。

 けれど……朋子はそんなこと気にしない。それを受け取った理子も、イヤな顔をせず「自分はそうではない」と伝える。お互いに押し付けはしないけど、自分の意見は口にする。

 おそらく朋子は、何も計算せずに、思ったことを言っているだけなのだろうけれど。考えて考えて、結局何も口にできない結心とは正反対だ。


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