4.福引のような
結心は、朋子と顔を合わせる。さすがの朋子も驚いたようだが、あっけにとられていた表情をすぐに引き締め、笑顔を作る。
「あらららら、どうしたの~。とりあえず座りましょ」
カウンターから出て、理子にかけよる。肩を抱いて、イートインスペースの椅子に座らせた。そして冷蔵ケースからペットボトルの水を取り出し、ボックスティッシュと共にテーブルの上に置く。
その様子を、結心はぼうっと見ているしかできなかった。目の前で泣き崩れる人を見たのは初めてで、驚きで体が硬直してしまった。朋子のように、素早く寄り添えなかった。
あっけにとられたままの結心をよそに、朋子は理子の正面に座って顔を覗きこむ。ティッシュで目や鼻を拭いながら水を飲んだ理子は、少し落ち着いたようで涙を流しながらも顔をあげた。
「すみません、いきなり泣いてしまって……」
普段は笑顔を絶やさない、明るく爽やかな女性だった。我を忘れるほど泣いてしまうとは、なにかとんでもないことが起きたのではないか。事情を聞くのが、少し怖い。結心は少し離れたところからぼんやりと見つめていた。
理子はそれ以上何も語らず、ただティッシュで涙を拭っていた。
ボサノバ調の音楽と鼻をすする音だけが店内に響く。
なんと声をかけたらいいか。結心が言いよどんでいると、朋子はためらいもなく口を開いた。
「おにぎり、なにか握るわよ」
手で、おにぎりを握る仕草をしている。ここに来たということはそういうことでしょと、疑いのないまっすぐな瞳だ。
詮索するでもない、ただおにぎり屋さんの店主としての言葉を聞いたからか、理子は表情をまた崩し、目に浮かべた涙をぼろぼろとこぼす。
「実は……食欲がわかなくて、ここ数日なにも食べられなくて……朋子さんのおにぎりなら食べられるかなって思って……」
ひっくひっくと声をもらすほどに涙しながら、状況を説明してくれる。数日まともに食べられないような精神状態だったのかと思うと、結心の中で緊張感が生まれる。朋子もきっとそうだろう。しかし、不安げな表情は見せず、いつもの笑顔を見せた。
「あら嬉しい。私のこと思い出してくれたのね。何がいい?」
理子はカウンターに置かれたメニュー表に視線を移すものの、迷うそぶりもなく「からあげのおにぎりを……」と言った。たしか、理子が毎回注文するメニューだったなと結心は思い返す。
「オッケー! 今からからあげを揚げるから、ちょっと時間ちょうだいね」
椅子から立ち上がると、朋子はカウンターの中へ。
朋子が少し離れた場所に行っただけで、ぽかんと穴が開いたような気持ちになる。
理子とふたりになってしまった。
どうしよう、泣いている人をどう慰めたらいい?
ヘタなことを言って傷つけたくない。でも、泣いている人を放っておけるほど薄情でもない。
さんざん迷った挙句、結心はぬいぐるみ然として畳に座るシャルルを手に取り、理子の前に座らせた。「何をするのだ」というシャルルからの抵抗をわずかに感じたが、結心の意図を理解してくれたのかすぐに力を抜いた。
理子はシャルルを見ると、少し表情を緩ませた。
「くまのぬいぐるみ……」
「シャルルって言います。ぬいぐるみって、触れるだけで心が癒されるそうですよ」
ぬいぐるみセラピーという言葉がある。かわいくて、ふわふわして、もこもこして、黙って側にいてくれるぬいぐるみ。手にするだけで、心が穏やかになる手助けとなるかもしれない。もっとも、普段のシャルルは黙ってはいてくれないが。
理子は、そっと手を伸ばしてシャルルに触れる。柔らかい毛並みが、理子の指を受け入れた。手のひらで頭を撫で、手に取って抱きしめる。
「あったかい……。子どもの頃を思い出します」
昔を懐かしむように、理子はぎゅっと目を閉じた。
シャルルは、当然何も言わずに抱きしめられていた。
店内に、からあげの香りが充満してくる。しょうゆの香ばしさとしょうがのスパイシーな香りが、油に包まれて漂っているよう。
シャルルは、油ものの調理の際は「においがうつる」といって姿をくらます。店の奥にある和室に避難することが多い。奥の和室は昔の長屋の名残で、猫が部屋間を移動できる小さなペットドアがついている。長屋カフェになる前は、長屋全体で地域猫の世話をしていたらしい。そのドアを使い、別の店舗のほうへ遊びに行っているようだ。
油の匂いをかいでいると、お腹が空いてきた。
そういえば、お昼ご飯はまだだったなと結心は自分のお腹に目をやる。会社員時代のように、昼休憩を1時間とるという概念はない。客が途切れたら、朋子と交代で食事を摂る。
結心はカウンター内の朋子に目をやる。
朋子のからあげおにぎりは、具材たっぷりでボリュームがある。からあげを小さくカットし、刻んだ生姜とマヨネーズとを合わせて具材にする。ごはんと海苔で包み、てっぺんにも具材を載せて完成だ。食べ応えがあるメニューとして人気がある。
一升炊きの大きな炊飯器をあけて、塩を付けた手にごはんを載せて具材を入れ、握る。炊き立てごはんを素手に載せてよく熱くないなぁと感心してしまう。最後に、海苔を巻いて完成。
木製の丸皿におにぎりを載せた朋子がカウンターから出てきた。
「お待たせしました~」
その声は、福引で当選を告げる人のような底抜けの明るさがあった。




