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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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31.ずっと、側にいてくれる

 月曜日は定休日。結心は家にいたくなくて、朝ごはんを食べてふらりと外に出かけた。


 家の中での会話はない。まったく、どうしてそこまで検査を受けようとしてくれないのだろうか。病院嫌いの人の考えはわからない。

 朋子のほうから拒絶されるなんて夢にも思わなかった時点で、自分はなんて子どもなんだろうと思った。朋子だって、ひとりの人間なのだ。そんなこともわからなかった。

 言い方、間違えたんだろうか。もし怒らせてしまったのだとしたら……やっぱり余計なことを言わなければよかった。言葉って本当に難しい。


 家の外に出ると、曇った空と強い風が結心を迎える。春っていつも風が強いし天気も悪い。真夏と真冬はずーっと晴れているというのに。


 行く当てはなかった。なんとなく駅に行き、電車に乗り、下りたのはとうきょうスカイツリー駅。長屋カフェの最寄り駅だ。定期の範囲内で行動してしまう自分が恨めしい。


 来てしまったからにはしょうがない。長屋カフェに行こう。シャルルがいるだろうから話を聞いてもらおう。月曜日は全店舗定休日だから、ひとりで寂しい思いをしているのではないだろうか。

 足ばやに歩いて長屋カフェに到着し、常に財布に入れている店の合鍵で引き戸をあける。


「結心だよ~」


 シャルルが月曜日の来客に驚かないよう、声を出しながら店に入る。奥の和室の障子をあけてみるが、シャルルはいなかった。


「他のお店かな……」


 おにぎりころろにいることが多いのに、なんで今日に限っていないんだ。猫用のドアを使ってた店舗にいるのだろうか。


「シャルル~!」


 大きな声をあげるが、返事はない。さすがに猫用ドアから他店舗の和室を覗くのは気が引ける。

 がっかりした気持ちで、和室に腰かける。

 寝ているのだろうか。いや、シャルルは眠るのだろうか? せっかくだし、今日いろいろと話を聞きたいと思ったのに。


「どうしようかなぁ」


 店を休む決断を朋子にさせるのは、難しい。結心に任せるという選択肢もなさそう。おにぎりひとつまともに握れない結心に店を任せる人はいないだろうが。

 シャルルがいてくれると思っていたのにいなかった喪失感で、ついぼんやりしてしまう。

 最初は、しゃべるぬいぐるみなんておかしな状況だと思っていたのに、今やだれよりも頼りにしてしまっているみたいだ。

 ぬいぐるみであるシャルルは突然倒れない。目の前で朋子が倒れているのを見てしまってからというもの、ぬいぐるみへの信頼が厚くなっていくのを感じる。シャルルはずっと、側にいてくれる。

 でも朋子はいつかいなくなる。分かってはいるが、受け入れたくない。離れて暮らしているときはなにも考えていなかった。頭をかすめることがあっても、自分事として捉えていなかった。

 目の前で、親が老いた姿を見ないことには。

 いつか、母も父も、いなくなる。聡もいずれ世界のどこかに旅立つ。いつかはひとりぼっちになる。


「……よくない」


 悪いことばかりが頭をめぐる。また、シャルルから「世界の終わりみたいな顔をして」と言われてしまいそうだ。

 人生って、ぼーっと生きていると悪いことばかり起きる。良いことが起きるには、努力しないといけない。夢を叶るといった大きなものだけじゃない。家族や友達と仲良くい続ける努力、家族や友達を作る努力、仕事を見つけて続ける努力……。

 考えるだけで疲れてしまう。


 今あれこれ考えても、生産的なことはなにも浮かばない。少し散歩でもしようか……。


 気持ちを切り替えなきゃと必死でいたとき、引き戸が揺れた。風だろうか、と視線をあげて引き戸のすりガラス部分を見てみると……人影が見えた。

 誰だろう。定休日だと知らずに来た人だろうか。

 カシャカシャと引き戸がゆれる。どうやら、ノックをしているらしい。

 和室から店に降りて「今日は定休日なんです」と声をかけようと引き戸をあけると……。


「聡さん!?」


 長屋カフェは全店舗定休日のはずなのに、聡が立っていた。


「こんにちは。店にいたら物音がして、もしかして結心さんが来ているのかな~、いや、泥棒だったら……って思って見に来ました。よかったです、泥棒じゃなくて」


 泥棒がいるかもしれない店をノックしたのか。変な人、と結心は内心笑ってしまう。


「泥棒ではないですが……聡さん、どうなさったんですか?」


 尋ねると、聡はあははと笑う。


「結心さんこそ。朋子さんに隠れて闇営業ですか? 僕は忘れ物を取りに来ただけです」


 そう言って、スマホをひらひらと掲げた。


「闇営業ではなく……あ、シャルルそちらにいませんでした?」


「いませんでしたよ。ワンブリッジの方じゃないですか?」


「そう、ですか……」


「元々、僕の店の方にはほとんど来ませんから」


 あはは、と自虐的に笑う。きっと、泉羽たちの店の方にいるだろうけれど……今、会いたかったのに。

 結心の様子をじっと見ていた聡は、にこっと笑顔を見せた。


「……結心さん、よかったら、ちょっと歩きません? おにぎり持って、どこか公園で食べましょう」


「え、わたしと……?」


「ほかに誰がいるんですか」


 柔らかい笑みを向けられて断れるわけがない。

 予想だにせず、聡とおにぎりデートをすることになってしまった。



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