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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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27.よく頑張りました

 三謝祭に来るのは、もちろんおにぎりころろの客だけではない。鉄板焼きワンブリッジにも、ティースタンド風音にも、たくさんのなじみ客が訪れていた。じっくりと見ていると、客層の違いが面白い。


 鉄板焼きワンブリッジは男性が多い。鉄板焼きという特性と泉羽目当てだろうか。

 ティースタンド風音は、圧倒的に若い女性ばかり。


 この三謝祭をきっかけに、それぞれの客が別の店を訪れてくれたらいいなと思う。

 それに……この調子なら本当に昼頃には商品を完売できるかもしれない。そしたら、三社祭に行ける。聡と、浅草デート……。

 どうしたって顔がニヤけてきてしまう。嬉しいことづくめだ。


「次の方ー」


 500円玉と100円玉と1000円札をキャッシュボックスに並べながら顔をあげる。見知った男性が、「あれっ」と声をあげたあと、困惑した表情で立っていた。

 この男性、知ってる人だけど常連客じゃない。誰だっけ。知っている顔なのに、すぐに思い出せない。

 結心と男性が無言で見つめあっていると、男性の隣にいた若い女性が口を開いた。


「俊介? どうしたの?」


 俊介。そうか、元カレだった。今日1日でいろんな顔の人が右から左に流れていて、咄嗟に思い出せなかった。

 結心に「俺のこと好きじゃないでしょ? 気持ちが全然伝わらない」といって一方的に別れを告げてきた人。もう未練も何もないはずだけれど……。


「この人は元カノ。こんな偶然あるんだな」


 若い女性に対し、なぜか嬉しそうに言う。

 体はカッと熱くなり、心はすぅっと冷える。

 どんなこともはっきり口にできる俊介を頼もしく思っていたこともあった。でも、いざ他人となってはっきり言われると屈辱的でもある。

 女性は今カノなのだろうか。距離感が友人のそれとは違う気がする。


 ……いや違う。今カノじゃない。妻だ。


 お互いの左手の薬指にある揃いのプラチナの指輪。そして、女性のバッグにつけられたマタニティマークと大きなお腹。

 ……ずいぶん展開が早いようで。まさか交際期間かぶってないよね?

 妻と思われる女性は、パッと結心を見て満面の笑みを見せる。


「えー、そうなんですね! 俊介がお世話になりましたっ!」


 ぺこり、と女性が頭を下げる。悪意がなさそうなところがまた、腹立たしい。


「三社祭に来たんだけど道に迷っちゃって~、うろうろしてたらなんか楽しそうなことやってる! って並んじゃったんです。とっても楽しそうでいいですね。いつもやってるんですか?」


 俊介は、こういうわかりやすい性格の人が好みのようだ。たしかに、楽しそうという言葉を何度も使ってくれて、聞いている方は心地よい。すてきな人なんだと思う。結心とは、正反対だけれど。

 明るいオーラに圧倒されつつ、結心はぎこちない笑みを浮かべる。


「いえ、今日は三社祭に合わせてお祭りをしているだけで……」


「そーなんだー! すっごいラッキー! お買い得だし、とってもおいしそう! あ、2人分お願いしまーす」


 そう言って、千円札を差し出した。

 俊介は、とろけるように目じりを下げながら妻の姿を見ている。ずいぶんと、幸せそうだ。

 ああ、なんだかつらい。目の前で、自分が答えられなかった問題の正解を見せつけられている。無能であると突きつけられているみたいに感じた。

 そんなこと、誰も言っていない。責める人なんていない。でも、結心はそう感じてしまう性格だ。

 さっさと、このふたりの前から消えたい。いなくなりたい。そのためには、接客業としての正解を出すしかない。

 できる限りわざとらしくならないよう、結心は笑顔を作る。あれだけ苦手だった笑顔も、いつの間にか出せるようになっていた。


「ご結婚おめでとうございます。では列に続いて、焼きそば、おにぎり、お茶を受け取ってください」


 俊介は、どこかホッとしたような笑顔を見せる。


「ありがとう結心」


 ここで言う「ありがとう」はどういう意味なのだろう。深い意味なんてないのかな。


「ありがとうございまーす! 優しい! 俊介の元カノさん、すてきな人ね!」


 そう言いながら2人は流れに乗り、焼きそばを泉羽から受け取っていた。その姿を見ながら思う。

 ああよかった。やはり沈黙は金だ。こんなところで怒ったり泣いたりしたら、三謝祭が台無しになる。みんなでここまで準備してきたことが無駄にならなくて安心した。


 けれど……心が苦しいことに変わりはない。


 ほんとうは、俊介の隣で笑っているのは自分でありたかった。俊介に選ばれたかった。俊介が幸せそうな笑顔を見せる相手は自分が良かった。

 どうしてうまくいかないのだろう。こんなことを、一生続けていかなくてはならないのだろうか。誰かと付き合っても、また不正解を叩きだしてみじめな思いをするのだろうか。

 ああ、苦しい。息が上手く吸えない。

 笑顔で、早く、次の人を呼びこまなきゃって思うのに、顔を上げられない。動いたら、ガマンしているものがすべて吐き出されてしまいそう。

 ここにいたくない。ひとりになりたい。


「結心さん」


 背後からの声に、結心ははっとなる。振りかえらなくてもわかる。聡だ。


「そろそろ休憩してください。僕がレジやります」


 長机の一番向こう、ティースタンド風音がお茶を配膳する場所には大輝が立っていた。

 聡は、背後から小さな声でささやく。


「様子が変だなって思って、大輝くんに変わってもらいました」


 見ててくれたんだ。結心が振り返ると、聡はいつもの笑顔を見せてくれた。そして結心の肩をそっと引いて、入れ替わる。すれ違いざま、聡は小さな声で言った。


「よく頑張りました」


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