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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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24.沈黙は金チーム

 三謝祭(さんしゃまつり)のチラシは、何度も朋子に作り直しを要求された。


「こんなシャレたチラシと長屋カフェのイメージ合わないでしょうが。おしゃれカフェでもオープンするのかって」「字が小さい。中高年舐めてる?」「こんな淡~い色じゃ注目されないよ」「結局なんのイベントなのか伝わらない」


 ……心配して損した、というほどに元気で、よく口がまわる。

 作り直し続けた結果、ほぼ田舎町のお祭りポスターのようなデザインとなった。思ってたのと違う……とがっかりしつつ、しかし完成したチラシを見ると朋子の言う通り、目立つし何が言いたいかもハッキリわかる良いチラシが出来上がった。


 悔しいけれど、朋子の言うことは正しい。


 三謝祭まであと3日。店のオフピークを利用し、結心(ゆうみ)大輝(たいき)が近所へ配り歩くことになった。


 お互い、口数が少ない方だ。まったく会話は弾まないが、「そういうふたり」だと思えば苦にもならない。余計な気をつかわなくていいのは気が楽だ。もくもくとチラシを入れていく。

 チラシには「おにぎり2個・焼きそば・お茶3点で500円!」と書かれている。通常よりサイズは小さいとはいえ、3点で500円とは破格だ。日時は三社祭最終日の日曜、朝9時から商品が終わり次第終了となっている。

 大量に仕込んで、売るつもりだ。採算度外視。長屋カフェの宣伝および、これまでの感謝を伝えるお祭り。


 だれも来なかったらどうしよう。たくさん作ったおにぎりが売れ残ったらどうしよう。不安を打ち消すように、チラシをポストに入れていく。

 町内の掲示板にも、許可をとってはっていく。特定健康診断の隣に並ぶチラシは、少し気まずそう。

 予定していた分を配り、店に戻ることに。これからランチタイムに合わせて仕込んでいかなくては。


「結心さん、ありがとうございました」


 長屋カフェに向かって無言で歩いていると、大輝が口を開いた。何に対して感謝されたかわからなくて、結心はすぐに言葉が出てこなくなる。


「えっと……お疲れさまでした」


 今日、一緒に配り歩いたことについての感謝の言葉かと思ったが、大輝は首を横に振る。


「それもそうなんですけど……三謝祭を、企画してくれたことに対してです」


 少し恥ずかしそうに、「三謝祭」という言葉を発する。結心もこのダジャレめいた名称を口にするのは未だに照れる。


「いえ、むしろご迷惑でなかったか心配で」


 予定していた分をすべて売ったとしても間違いなく赤字が確定しているイベント。いくら今後のためになるかもしれないと言ったところで、やりたくないと思ってしまうのは責められない。

 それを、やる前から感謝されるなんてどういうことだと結心は首を傾げる。


「……泉羽(みはね)が、楽しそうで」


 ぽつりと、言葉少なく発する。


「泉羽さん、いつもどんなことも楽しそうですよね」


 若くてかわいくて明るくて……結心にないものをたくさん持っている泉羽。泉羽はどんなことだって楽しいだろう。だから、わざわざ今言われるようなことなのか疑問だった。


 大輝は何も言わない。


 少し、嫌味のような言い方になっていないかヒヤリとする。余計なことを言ってしまったかも……。

 しばらく無言で歩いたのち、大輝は再び口を開く。


「泉羽、高校に通ってなくて」


 通ってない、という大輝の言葉には重みがあった。行きたくないから行かなかったわけじゃないことは、その声色から判断できた。


「文化祭とか修学旅行とかも、もちろん行ってなくて」


 中学生のときは行ったらしいですけど、と大輝は付け加える。


「だから、三謝祭の準備をするのが、高校の文化祭みたいで楽しいって言ってます。大人になってもこんな経験ができるなんてうれしいって。だから、結心さんには感謝してます」


 意外な話だった。結心の思う泉羽とはあまりにイメージがかけ離れていた。


「そう、だったんですね……」


 うまいことを言えずに口ごもる。

 大輝は少し間を置いたのち、ふたたび口を開いた。


「前に、泉羽が結心さんと朋子さんは喧嘩しているのか、みたいなことを聞きましたよね。あれについて、余計なことを言ったってずっと落ち込んでいて。結心さんと朋子さんみたいに、一緒に店をやるような仲良し親子に夢を抱いていたんです。でも、おふたりの姿は理想と違うから、不思議に思ったみたいなんで……悪気はないので許してやってください」


 大輝は、それ以上のことはもう言わないつもりのよう。口を開くことはなかった。

 母娘関係の理想。それが意味することはよくわからなかったが……もしかしたら、泉羽は母がいないか、仲が良くないのかもしれない。


「許すも何も、言われるまで忘れていたくらいです。でもいいんですか? わたしに泉羽さんのことを話して」


「結心さんなら、胸の内にしまっておいてくれるだろうからと泉羽が。本人は言いにくそうだったので、俺からお伝えしました」


「……信用がありますね、わたし」


「俺と同じでしょ、結心さんて」


「沈黙は金チーム、ですね」


「間違いない」


 ふふっと笑う。

 泉羽は、なんでも手にしていると思っていた。嫉妬するほどに。けれど、案外そうでもなかったようだ。ぱっと見た印象で、すべてうまくいっているに違いないと思い込んでいたということ。


 まだまだ、人生経験が足りないのだろう。


 じゃあ、どうやったら人を羨ましく思わなくなるのだろうか。きっと結心自身が幸せであっても、もっと幸せな人を見つけて嫉妬してしまうに違いない。

 一生、この枯渇感と付き合うしかないのだろう。そう腹をくくったほうが、楽なのかもしれない。


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