22.だるまさんがころんだ
悠飛が注文したのは、焼き鮭おにぎりとからあげ。
あげたてのからあげは、千切りキャベツを添えて提供する。なお、この千切りキャベツは結心が作ったきしめんではなく、朋子が用意した細くふわふわのものだ。
「おまたせしました」
トレイにはおにぎりとからあげのほか、注文していなかった味噌汁の器が載せられている。悠飛はどの角度から見ても美しい顔を結心に向け、眉をひそめる。
「あの、味噌汁は頼んでないですが」
「サービスです」
「……ありがとうございます」
遠慮したそうな雰囲気だったが、言ったところで「もうよそっちゃんだから!」と朋子に言われるのがオチだと、この短時間で学んだのだろう。
「お口に合わなかったら残しても構いませんので」
「俺、好き嫌いないんで大丈夫です」
「では、ごゆっくり」
結心はぺこりと頭を下げて、カウンターに戻る。
「ね、結心!」
朋子が小声で、結心の耳元に口を寄せる。いつのまにか、店内BGMの音量があがっていた。
「あんた、あの人のこと本当に知らないの?」
「知らない」
「気になるわねェ~。あ、『かがゆうひ』で検索してみればいいのか!」
「やめなよ、趣味悪いよ」
と言いつつ、結心も正直気になっている。あれほど自信満々に名を名乗るとは、どんな人なんだろうか。
なんてコソコソ話していると……。
「うっ、グスっ……」
泣き声が聞こえてきた。結心でも朋子でもない。シャルルが大きい声で泣くわけもない。だとしたら。
「うぅ……」
悠飛が、肩を震わせて泣いていた。
朋子と結心はお互いに顔を見合わせる。今の会話聞こえたんじゃないの? まさか! といった表情で会話した。
しかもタイミング悪く、来店客が。高齢者施設の職員である平松が顔を覗かせる。
「コンテナの返却に来ました~! 今車から取ってくるので少々お待ちくださいね」
そういって、引き戸を開けたまま再び店外へ。大きなコンテナは両手が塞がるから、いつも長屋の庭先にバンを停めて、引き戸を開けてから持ってくる。
泣いている悠飛は客が来たことに気付いていないようで、引き続きぐすぐす泣いている。
このままでは、平松に泣いているところを見られてしまう。
「結心、奥の和室にお連れしなさい。彼、どうやら自称有名人っぽいし、泣いているところを見られるのはまずいんじゃないからしら」
「そ、そうだね」
平松が戻ってくる前に連れていかなくては。トレイを持って悠飛に駆け寄ると、腰をかがめて声をかける。
「奥の和室へ行きませんか? 他のお客様もいらっしゃるので」
結心の声に、悠飛は顔をあげる。
「す、すみません……」
涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔。でも、ドラマの映像を見ているようで美しさすら感じる。
皿をトレイに載せて奥の和室の障子を開く。
すると、障子の側に立っていたシャルルがびくっと体を震わせ、まるでだるまさんがころんだのように不自然な姿でぴたりと動きを止めた。
そこにいたのか! と結心も驚いたが、リアクションするわけにもいかない。いやしかし、クマのぬいぐるみが二足歩行で重力を無視したようにほんのり腕が上がっている状況でぴたりと動かないのは、とても不自然では。
見られていないかちらりと後ろを振り返ると、とめどなく溢れる涙のおかげで、悠飛はぬいぐるみの存在に気付いてもいないようだった。
結心はアゴをくいっとやって、シャルルにその不自然なポーズをやめさせたかったが、ぬいぐるみ然とすることに必死なシャルルは気付いてくれない。トレイで両手がふさがっている以上、触れられない。
……無視だ。
「靴を脱いで上がってください」
少々上ずった声で悠飛に告げる。
「はい」
悠飛が上がり框をあがり障子をしめた途端に、店のほうから「失礼しまーす! 今日は朋子さん一人なんですね!」との平松の声が聞こえてきた。
「さっきまでわたしもいたんですけど……」
平松は朋子しか見ていないんだなと、ちょっとかわいらしくもある。
一方の悠飛は座布団の上にちょこんと座って、まだひっくひっくと泣いている。部屋に置いてある箱ティッシュをそっと差し出す。
「ありがとうございます」
悠飛はティッシュを3枚ほど取って涙を拭う。3枚のティッシュはすぐに役目を終えてしまい、新たに1枚、ティッシュを手に取って鼻をかむ。
少し落ち着いたのか、うつろな瞳で目の前の料理を見る。
「ごめんなさい、冷めちゃいますよね。あったかいうちに食べなきゃ」
「ごゆっくりどうぞ」
さて、結心はどこにいるべきか。店に戻っても良いのだが、泣いている人を放っておくのも気が引けるので、和室に残ることにした。
座布団を少し移動させ、シャルルを隠すように障子の近くに座った。ホッとしたのか、シャルルはペタンとおしりを畳につける。ようやく、本当のぬいぐるみに見えるようになった。
理子にしたように、またぬいぐるみセラピーをしてもらえる? と視線を送ってみると、シャルルは小さく首を横に振った。男性を慰める趣味はないらしい。
悠飛はおいしそうにおにぎりやからあげを食べ進めているものの、まだ鼻をすすっている。
事情を聞きたい。なぜ、初めて訪れた店で号泣したのか。そもそも誰なのか。
でも、結心は朋子のようにズケズケと聞けない。
和室を、静かな空気が包む。障子の向こうでは、朋子が「今度三社祭のタイミングで、長屋カフェのお祭りをやるのよ~」と、平松に話していた。
横目で悠飛を見ると、最後の一個のからあげを口にしていた。まだ熱そうにしながら噛みしめると、涙で塗れた顔が幸せそうな笑顔になる。
見ているだけで、じゅわりとした肉汁が口の中に広がる。
最近食べてない。お母さんのからあげも、おかかチーズおにぎりも、食べたいって言えばいいのに言えない。
味噌汁を飲み終えた悠飛は、「ごちそうさまでした」と両手を合わせた。
「すごく、すごく……おいしかったです!」
涙にぬれた輝く瞳を結心に向けてくれる。
「いえ。落ち着くまで、もう少しここにいますか? わたしは店の方に戻るので」
いつの間にか、店のほうは静かになっていた。平松は帰ったのだろう。
結心が立ち上がりかけると、悠飛は「待って!」と声をあげる。




