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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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20.三謝祭

 三社祭に合わせた『三謝祭(さんしゃまつり)』は、正式名称となった。


 結心発案のものだけど、正直、恥ずかしい。つまらないダジャレになっていないか、滑ってるんじゃないかという恐怖心がある。


「ダジャレだから覚えてもらえるってもんでしょ! しゃれた名前なんてだれも覚えてくんないわよ」


 朋子がそういって聞かないし、両隣の2軒とも「それがいい」と言ってくれたため、採用となった。

 今日は、忙しい日だ。近隣の高齢者施設からの大量注文が入ったため、朝と昼のピークタイムの間に大量の小さなおにぎりを作らなくてはならない。月に何度かお昼ご飯をおにぎりバイキングにするという。

 普段は料理を手伝わない結心も、今日はカウンターの中の狭いキッチンに入ってサポートしていく。


「結心は塩昆布キャベツをお願いね」


「はぁい」


 並べるのはおにぎりだけではない。おかずとなる惣菜やサラダも合わせて作る。

 塩昆布キャベツは、千切りにしたキャベツを湯通ししてしんなりさせてから、塩昆布で味付けした和え物だ。高齢者は生野菜を食べるのが苦手な人が多いと朋子は言う。そこで、湯通ししたり蒸したりして柔らかくした野菜を提供する。

 春キャベツがまだまだ出回っているから、より柔らかく甘いキャベツを食べてもらえる。

 しかし、自炊もまともにしてこなかった結心には、キャベツを一玉を千切りにするのは骨が折れる。どうせ湯通ししてしんなりさせてしまうのだから、きしめんのような太さでも問題はない。日頃のストレス解消、と言わんばかりに無心でキャベツを刻んでいく。


 日頃のストレスとは。


 実は……とうとう、結心の接客について口コミで書かれてしまったのだ。


『おかみさんは明るくて元気だけど、その娘?が陰気。いらっしゃいませの声もよく聞こえないし、どれくらい待つのか聞いてもはっきり答えない。おにぎりはおいしかった』


 ……なんてことを書かれた。なんとなく、書いた人はわかる。口コミされた時間よりさかのぼること30分。入店時からイライラしていた様子の中年男性がいた。前に2組並んでいるのを見て、「どれくらい待つ?」って乱暴に聞いてきた客がいた。

 書かれたことはまるっきり嘘ではない。ほぼ真実。だからこそ、図星を突かれたという意味で腹が立った。

 でも、客はあなた一人じゃない。朝のピークタイムに来て、最上のおもてなしをされなかったからって悪い口コミを書かなくても! 悔しい~!


「どうした、結心」


 奥の和室から、シャルルが顔をのぞかせて見ている。心配そうな表情が愛くるしい。苛立ちが少しまぎれる気がした。


「なんでもない」


 たかが口コミを書かれたくらいで顔に出しちゃいけない。結心は無理やり笑顔を作った。

 シャルルは納得していないようだったが、それ以外何も言わなかった。

 千切りにしたキャベツを、大きな鍋で沸かした湯の中に放り込んでいく。数分湯通ししたあと、ザルですくいあげる。

 一玉を千切りにするとかなりのボリュームであるが、湯通しして水気を絞ると信じられないくらい量が減る。右手がこれほどしんどくなるほどに切りまくったのに、こんなに減ってしまうのか……と思うとがっかりしてしまうが、料理とはそういうものだ。


 時間をかけて作っても、食べるのは一瞬。あと3玉、キャベツを千切りし続けなくては。

 けれど、ばかばかしくとも、やはり料理からしか得られないものがあるとも思う。食べて栄養を得られればなんでもいいわけじゃない。おいしいと思って味わって食べることで、心を癒せる何かが得られるのかもしれない。


 しっかり水気をきったキャベツに塩昆布とごま油をたらして、しっかり混ぜ込めば完成だ。同じ工程を繰り返し、無事大量の塩昆布キャベツが出来上がった。


「できたよ~」


「ありがと。11時に受け取りに来るっていうから、冷蔵庫に入れておいて」


「はーい」


 キャベツと塩昆布の和え物をバッドに移し、ラップをかけて冷蔵庫へ。あとで、高齢者施設の担当者が取りに来てくれる。




 大量注文のおにぎりを受け取りにきたのは、50歳くらいの男性。朋子は「平松さん」と呼んでいる。この平松に「おにぎりバイキングなんてどう?」と朋子から声をかけたらしい。商売上手。


「朋子さんのお料理、利用者さんから大人気なんですよ」


「私も昔は介護職をしてましてね。その経験が少しでも生きていたのなら嬉しいわ!」


「元介護職! へぇ~仲間だったんですね! 今度じっくりお話したいなぁ」


 平松は、長年探していた友を見つけたかのように朋子を見ている。特別美しいわけでもない、いたって普通の中高年女性なのに、なぜここまで人を惹きつけるのだろうか。結心にはさっぱりだった。


「じゃあ、頂戴します」


 平松はおにぎりが並べられたコンテナとキャベツの和え物が入ったバットを抱えて、店を出て行った。いつも慌ただしく駆けまわっている印象だ。


「施設の利用者さんはおにぎりバイキングを楽しんでくれるだろうけど……施設側の人はちゃんと味わえているのかな」


 ぽつりとこぼす結心に、朋子は「そんな時間あるわけないでしょ」と言い放つ。


「高齢者の食事なんてねぇ、食べこぼしくらいならかわいいもんだけど、やれこの黒いのは虫じゃないかとか、入れ歯がずれただとか、いろいろあるのよ。もー大変!」


「虫? どういうこと?」


 朋子は苦々しい顔でうなずく。


「認知機能が低下するとね、目の前のものがなんだかよくわからなくなるのよ。黒ゴマが虫に見えてパニックになる人も時々いたわね」


「そ、そうなんだ……大変だったんだね、介護職」


 飲食店も大変だが、介護職もとても大変だ。みんな大変な中で仕事をがんばっているのに、自分は「接客業が苦手」などという甘えた理由でやめてしまった。


「それはもちろん。でもほら、お母さんは利用者さんにも人気で引っ張りだこだったから、余計に忙しかったのかもね」


 うふ、と肩をすくめる。昔は、嘘か本当かわからないようなことを平気で言う母が苦手だった。でも一緒に働くようになって、物事を明るく、適当に捉えられるのは朋子の良いところなのだろうと思えるようになってきた。


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