17.楽して幸せになれたらいいのに
長屋カフェのオーナーに許可を取り、三社祭の最終日である3日目の日曜日に長屋カフェの庭で屋台を出すことになった。
大あわてで設営をどうするかとりまとめ、手配していく。宣伝もしなくては存在に気付いてもらえない可能性が高い。周知しなくてはならない。
「宣伝といえば……チラシとかSNSかな」
店の奥の和室でシャルルとともに作戦会議をすることになった。テーブルの上にパソコンと、聡の店で購入したアールグレイを並べて。
営業時間中ではあるが、ピークタイムではない午後2時となり、穏やかな時間が流れていく。
「SNSのアカウントならすでにあるが」
シャルルは首に巻かれた赤いリボンを手でなでながら言う。
「そうなんだけど……」
結心はパソコンのキーボードを叩き、長屋カフェのSNSを開く。
3軒共有の長屋カフェのアカウントがある。共通のアカウントとして運用していて、営業時間等のお知らせが月に1回更新されるのみという使い道。コメントもいいねも、一桁しかついていない。
まったく人気がない。幸先が悪い。
結心はストローに口をつけ、アールグレイをごくりと飲む。透明感のある渋みで暗雲垂れこめかけた心に清潔な香りが抜けていく。聡の一押しだというダージリンも好きだが、アールグレイのほうが結心のお気に入りだ。
「せっかくならこのアカウントを活用したいけど……ほとんどフォロワーのいないSNSで告知したところで、誰が見るの? って感じ」
「それもそうだが、フォロワーとは増やすものなのでは? 最初からお膳立てされているものばかりじゃないだろう」
ふむぅ、とシャルルは自身のアゴを撫でる。
「そう簡単にフォロワーが増えたら苦労しないって。あ、なんか毛が逆立ってる」
ふわふわの毛が一部、撫でたことで逆立ってしまった。
結心が指先でちょいちょいと撫でつける。シャルルは気持ちよさそうに目を閉じた。
「……ほんと、犬みたい」
結心の発言に、シャルルはカッと目を見開く。シャルル相手だと、どうも思ったことを口にしてしまう。ぬいぐるみだからなのか、シャルルの人柄なのか。
「またも失言だな。私は誇り高き紳士であり、クマのぬいぐるみであるぞ。結心だって犬だの猫だの言われたらイヤだろう」
ぷんすか! という文字が見えそうなくらいの怒り。なにが気に障ったのかと結心は首をかしげる。
「犬も猫もかわいいからいいけど」
「……いいのか」
いまどきの人はよくわからん、とシャルルはどすんと音を立てそうな勢いで座る。実際は「とすっ」という軽い音ではあるが。投げ出された足が内またになっていて、それもまたかわいい。
「で、どうする? 誰も知らないところではりきって屋台を出すのはなかなか滑稽だが」
想像すると、ぞっと寒くなる。みな三社祭を楽しみ、浅草で満足し、長屋カフェには目もくれず笑顔で帰宅する人々の姿……。
売上が少ない=お店を続けられなくなる
イヤな図式が頭に浮かぶ。
「……がんばらなくちゃね」
シャルルは、機嫌を取り戻したかのように、跳ねるような声を出した。
「すっかり当事者の意識が芽生えたものだな」
「まあね」
つくづく、シャルルは不思議だ。「なぜぬいぐるみが多少なりとも動いてしゃべるのか?」という疑問は未だにあったものの、時間が経つにつれ聞きにくくなってきてしまった。今更聞いたら、シャルルは気を悪くするかもしれない。
出会った当初、無邪気に聞いたら良かったのか?
でも、「自分とは違う、理解できない存在」についていちいち「どういうこと?」と聞くのは、どのタイミングでもためらわれる。
泉羽のように思ったことをパッと口にしても嫌味がない人ではない、と自分のことを見積もっている。湿度たっぷりの問いかけをしてしまって、シャルルを傷つけたくなかった。
「チラシはご近所さんに配れば周知にはつながると思う。ネット注文をすると、構安く印刷してもらえるの」
デザインの雛型は無料のテンプレートを活用すれば素人でもそれなりに見られるものになる。自分でデザインすれば、デザイン料も不要だ。
元々、近隣のお客さんに愛されてきた長屋カフェだから、宣伝すればある程度は来てくれるだろう。
「SNSは未知数だよね。三社祭やスカイツリーに来る観光客が、わざわざ庶民的な住宅街の真ん中に来てくれるのかな……」
もっともらしいことを言っている自分がちょっと面はゆい。でも恥ずかしがっている場合ではない。誰も来ない屋台なんて見たくないから、知恵を出さないと。
「浅草やソラマチで食事を摂るだろうな、このあたりの観光客は。この長屋カフェは、長年地元民な支えられてやってきたのだから、今更観光客ウケを狙うのは違うと思うぞ」
「ねー。わたしだったら、わざわざここには来ないよ」
観光客向けにやってきていない長屋カフェ。今更、観光客に媚びたところで効果は薄そうだ。
アールグレイを口にしながら、妙案が浮かばずもやもやした心を落ち着ける。
地元民に支えられて。
シャルルのその言葉が、するりと結心の心に馴染んだ。なにかのヒントになっているような気がして、その言葉を簡単には手放せないでいた。
儲けは大事。でも、それに目を奪われていいのだろうか。
「何事も、楽して成果を得ることなんてできないってことだな」
短い腕を組むように、体の前で交差させるシャルル。ぽてっとしたお腹が邪魔そうだった。
「世の中、楽をしていい思いしている人ばっかりに見えちゃうけどね。そうでもないのかな」
「当たり前だろう」
あきれたようにシャルルは右腕を素早く持ち上げる。判定に納得のいかないサッカー選手が審判にやる仕草のようだ。
「ごく一部のラッキーな人間に起きた出来事をさも当然だと思って適当にやっていると、何も得られない。何かを得たいのなら、コツコツ努力するほかない。ラッキーを目当てに生きていても、時間だけが過ぎて何も残らないさ。努力することも覚えず、成果も得られず……」
説教、というよりも、どこか自分に言い聞かせるような物言いだった。
シャルルにも長い人生があって、それなりに後悔していることもあるのだろうか。
「楽して幸せになれたらいいのにね」
「長屋カフェで売っていたらいいのにな」
ふふっと笑いあう。
いつか、シャルルの気持ちや人生を聞けたらいいなと思いつつ、結心はパソコンに向かってチラシのデザインを考え始めた。




