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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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13.人の本音

 まだ泉羽といたいと言うシャルルをワンブリッジに置いて、ひとりでおにぎりころろに戻る。……これでは、AIスピーカーことシャルルに注文を覚えておいてもらった意味がないではないか。


「なによ、さっきは元気になって戻ってきたのに、まぁた落ち込んだ顔して」


 引き戸を開けた途端、呆れたような物言いでカウンターの中の朋子が言う。

 ランチタイムに向けて準備を始めているようで、せっせとからあげ用の鶏肉に下味をつけこんでいた。外の雨音は相変わらず耳に障るくらい降っている。


「さっき、元気になったように見えた?」


「それはもう」


 うむ、と朋子はうなずく。よほど顔に出やすいらしい。


「シャルルになにか言われた?」


「まぁ……」


 朋子は案外言いたいことを言わない、って言っていたな。本当だろうか。にわかには信じられないが。

 考え事をする前に、注文だけは通さなくては。


「泉羽さんから塩おむすび5つ追加で、って」


「あらそう。ちょっと待ってて」


 朋子はビニール手袋を取ってから、メモ用紙に手早くメモする。

 書いてあげればよかった、と気付いたときには、朋子は再び手袋をはめて肉をかき混ぜていた。相変わらず自分は体がすぐに動かない。

 朋子に、少しでも楽をしてもらいたい。そのためには、もっとデジタルを活用すべきだと思う。

 でも、朋子には朋子なりの考えがあるのだろう。だったらそれを聞かせてもらわなくては。


「お母さんてさ……アナログオーダーにこだわる理由って、あるの?」


 結心の質問に、朋子は目をぱちぱちと瞬かせた。


「急にどうしたの」


「いや、あの……。さっき、わたしがオーダーミスしたじゃない。手書きメモだとどうしてもミスしやすいのになんでかなって……」


 結心は、ただ手伝えと言われたから、自分の意思なんかなく言われるがままに働いているだけ。

 そんな結心が、店のことについて疑問を持って朋子にぶつけるのは珍しいことだ。

 珍しく踏み込んだ話を聞かれたからか、朋子はあっけにとられたような顔をしつつ言葉を探していた。そして、そうねぇとつぶやいてからにかっと笑う。


「手が乾燥してて、スマホが反応しにくいからかな! 紙に書くよりよっぽどミスしやすいんじゃないかしら。老眼もあるし。お金もかかるし。いやねホント!」


 朋子の言葉がすべて真実なのかそうでないのか、つかみどころがない。


「そか。まあお客さんも年配の人が多いしね」


 嘘か本当か分からないけれど、そのどちらも暴くことはしないでおこう。


「そういうこと!」


 なかなか思ったことを口にできない性格は父譲りだと思っていたけれど、実は母の影響もあるのかもしれない。そんな母が、離婚すると啖呵を切ってまで始めたおにぎりころろのことを、もっと愛してもいいのではないかと心の隅で思う。

 そうだ、聡に言われたことも伝えないと。


「しょうゆアーモンドおにぎり、聡さんがおいしかったって」


 聡さんが。自分の意見をひとつも乗せずに伝えた。

 朋子は、眉をくいっと動かした。


「あ、聡さんがね。なるほど」


 なにかを納得したような顔つきになる。


「聡さんね、さっき来てお礼言ってくれたよ。結心さんに作ったものなのにみません、って。そこに置いてある紅茶のティーバッグセットも持ってきてくれてね」


 カウンターに、日本では見慣れないデザインのティーバッグがいくつか置かれていた。

 ルーズな人なのかと思いきや、こういう場面ではきちんと義理を通す人だ。おにぎりより、ティーバッグのほうがよほど高そう。


 やっぱり、憎めない人だ。


 唐揚げ用の肉の味付けを終えた朋子は手袋をはずし、手をせっけんで丁寧に洗っていく。

「さ、客足は鈍くともランチタイムはそれなりに忙しいからね! まずは、泉羽ちゃんのところに塩おむすびを作らなくちゃ!」

「はぁい」

 いつか、朋子と本音を話すことができるのだろうか。そもそも、人の本音ってなんだろうか。


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