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東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


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12.あんな風になれない

 相馬に無事商品を提供し、客足も無くなったため、結心は奥の和室に寝転がった。


「疲れたぁ」


「まったく、浮かれているからミスをするのだ」


 シャルルがぽてぽてと歩いてくる。結心の目の前にしゅっと座り、目線を合わせてくる。


「べつに、浮かれてなんか……」


「浮かれていないのにあんなミスをするほうが問題だ」


 なにを言ってもシャルルには勝てない。悔しい。

 でも、こうしてすぐに声をかけてくれる存在がいることが、とても心強かった。いつの間にか、しゃべるぬいぐるみの存在に慣れてきている。


 それにしても……。


 結心には思うところがある。このご時世、紙のメモに手書きって!

 非効率だし、こうしてヒューマンエラーも起きる。在庫確認も適当だし、いいことがない。帳簿をつけるときもとにかく大変なのだ。

 朋子も高齢者一歩手前だから、きっとデジタルに疎いのだろう。だったら自分が導入してあげたらいいのでは?

 そういえば、泉羽は毎朝、タブレットを操作しておにぎりをいくつ入荷するか決めている。あのシステムを導入してはどうだろうか。

 エクセル管理なのか、簡単なアプリを開発したのかわからないから聞いてみよう。


 苦手な接客業に心身ともに疲れ果てて改善しようなどという意識が湧かなかったが、おにぎりころろで働きだして2週間と少し、ようやく見て見ぬふりをして臭いものに蓋をしていた現状を変える時が来た。

 結心はむくりと起き上がると、寝転がって崩れたひとつ結びの髪を整えた。


「どこかに行くのか」


「泉羽さんとこ」


 シャルルはためらいなく、すっと立ちがった。


「付き添おう」


「いいよ、来なくて。ソースと油のにおいがつくよ」


「外は、雨が降り出した。客足も遠のくだろうから、今がチャンスと言える」


「はぁ」


 女性に会えるとなると、なんでそんなやる気になるんだか。好きなものがあるというのは羨ましい限りだが。

 シャルルを連れて、長屋カフェのお隣へ。お隣だから、シャルルはトートバッグに入れずそのままだ。軒先があるおかげで傘もいらない。大雨ではないけれど、それなりに本降りの雨に濡れないよう、シャルルをしっかり抱いていく。

 鉄板焼きワンブリッジの引き戸を開けると、予想通り客の姿はなかった。腕の中でぬいぐるみ然としていたシャルルはピクリと動く。


「やぁ、泉羽」


「結心さんとシャルル!」


 かわいらしい笑顔を向けて、泉羽が迎え入れてくれる。

 カウンターの中には、頭に白いタオルを巻いた泉羽の夫の大輝がいて、会釈してくれる。整った顔立ちで、背も高くてかっこいい。基本的には無口同士なので、あまり会話したことはないが……。結心同様、あまり客商売には向かないタイプな気はする。


「今、いいですかね?」


「いいですよー。なにかありました?」


 泉羽が、窓際のカウンター席の椅子をひいてくれた。遠慮なく座り、テーブルの上にハンカチを置いてシャルルを座らせた。上機嫌な様子で、泉羽を見つめている。

 さっそく本題に入る。


「ワンブリッジって、オーダーをどうやってとっています? ウチ、未だに紙にメモしていて、ミスがおこりやすいなって懸念しているんです」


「うちは、アプリを導入しています」


「アプリ……?」


「注文管理のアプリがいっぱいあるんです。それを使えば、だれでも簡単に利用できますよ」


 それなら自分でも使えるかも、と希望を持っていると、お茶を持ってきてくれた大輝がぼそりとつぶやく。


「でも、アナログオーダーに戻そうかって話はしています」


「どうしてです?」


 いただきます、と口にしてからお茶をひとくちいただく。冷たいコーン茶だった。あっさりさっぱりしている香ばしいお茶に、目まぐるしかった午前中の疲れが癒される気がした。

 これは、聡の店で買ったものだろう。同じものがおにぎりころろにもある。

 大輝は結心たちの輪には入らず、店の奥へ行ってしまった。コミュニケーションが苦手だからなのか、女同士のほうがいいと気をつかってくれたのか。

 泉羽が、「ぷんぷん」と怒っている擬音語が聞こえそうなかわいらしい顔で理由を説明してくれる。


「手数料で3.5%もとるんですよ! 効率化のためならそれくらいいいか、と思ったんですけど……アプリオーダーだけでなくキャッシュレス決済の手数料もあるし、物価も高騰しているしで積み重なるとね。正直商品の種類もたいして多くないから、自分らで管理できますし」


 はぁ、とため息がもれる。


 飲食店をやっていてしんどいものは、さまざまな手数料と物価だ。「お客さんから頂くお金」にダイレクトに響くし、申し訳ない気持ちになる。大変な中でおいしいものを食べようとお金を出してくれるのに、そのお金に見合わない金額を頂戴しないといけない。


「どこも大変ですよね」


「朋子さんも、それがわかっているからアナログオーダーを続けているんじゃないですかね。しかも、現金のみなんですよね。徹底してるなぁ」


「そう、なんですかね」


 高齢者一歩手前だから、と決めつけていたけれど、朋子には朋子の考えがあるのかもしれない。浅い考えを泉羽に暴かれた気がして、結心は縮こまってしまう。シャルルが、心配そうに結心を見上げていた。


 人生、なかなかうまくいかないものだ。


 窓の外を、ざぁざぁと雨が流れる。さきほどよりもだいぶ雨足が強い。

 あの……と、泉羽がためらいがちに口を開く。


「結心さんと朋子さんて、喧嘩してます?」


 聞きにくそうに、でもどうしても気になるといった様子で、泉羽が尋ねてきた。意外な質問に結心は思わず眉をひそめる。


「そう見えます?」


 大きな声で言い合いをしたりあからさまに無視したりといったことはしていないはずだが。もしそう見られているなら、改善しなければならない。


「いえ、なんとなく距離を感じるというか……」


 オーダーシステムのことも、ここに聞く前に朋子に聞かなかったのかという意味を感じ、結心はバツが悪くなる。


「喧嘩はしていないですよ。でもここ10年ほど、離れて暮らしていたからちょっとした気まずさはあります」


「あ、なるほど。ごめんなさいヘンなこと聞いちゃって!」


 泉羽はそこでこの話題を終わらせるように立ち上がった。その流れで壁掛け時計を見ると、10時半をさしていた。ランチタイムのために、そろそろ仕込みを始めないといけない時間だ。


「そうだ、朝だけで塩おむすびが売り切れちゃって。あと5つ追加発注してもいいですか?」


「わかりました、すぐ持ってきますね」


 泉羽はタブレットを取り出すと、すぐに帳簿を付け始めた。忘れたり間違いがあったりしないよう、すぐに記録に残すところに生真面目さを感じる。あいにく、結心はスマホもメモも持ってきていない。忘れないようにしないと。


「シャルル、覚えておいてね。塩おにぎり5個!」


 テーブルに座っているシャルルに告げると、あからさまに不愉快な顔をする。


「私のことをAIスピーカーか何かと思っていないか?」


「思ってないよ~。こんなにかわいいAIスピーカーがありますかって」


 シャルルの頭をなでる。柔らかい肌触りに癒される。 


「朋子さんの塩おむすび、人気なんですよ。焼きそばにごはんを合わせたい人って案外いるみたいで」


「わたしも、やきそばを食べるとごはんが欲しくなるタイプです」


「へぇ、聞いてみないとわからないものですね。そういう食べ方をしたことなかったから……。自分の常識は他人の非常識~♪」


 音程をつけて、明るく泉羽が言う。

 朗らかな温かい笑顔で、なんてことない会話をする。

 きっと泉羽は、友だちのようなお母さんがいて、仲良しなのだろうな。学校でもきっとカースト上位で、男子からも女子からも好かれていて……。

 どうして自分は、そうなれなかったのだろうか。


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