表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京下町の長屋カフェ~おにぎりとぬいぐるみで癒しと思いを結ぶ~  作者: 武田花梨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/36

11.ウソでも笑いなさい

 聡と出会った時のことを思い出しながら8時半頃に長屋カフェに戻ると、朋子は珍しく慌てふためいていた。


「結心、おかえり! 早く手伝って!」


 3席しかないイートインスペースは満席で、そのうち1席はまだおにぎりは提供されていない。テイクアウト待ちのレジには3人が並んでいる。そして、鳴りひびく電話。

 いない日に限って混雑するなんて。


「電話に出るね」


 シャルルを入れたトートバッグを肩にかけたまま、結心は店内用の携帯電話を手に取り、電話に出る。


「毎度ありがとうございます。おにぎりころろです」


『あのね! 予約したいんだけど!』


 声色からして、高齢の女性だろうか。大きな声は聞き取りにくい。集中して聞かないと。


「ご予約のお客様ですね。お名前ちょうだいしてもよろしいでしょうか」


『相馬よ、そ・う・ま!』


 聞き取りやすいように言ってくれるのはありがたい。でも、ずっと怒っているみたいに聞こえて怖い。声のトーンを落としてほしいのだが。


「少々お待ちください」


 カウンターに無造作に置かれたペンを手に取り、メモ帳に書き込む準備をする。

 おにぎりころろは、電話か店頭でのみ予約や取り置きをしている。そして、予約内容は文具店で購入したメモ用紙に書かれている。なんともアナログだけれど、朋子が「これがイチバンなの! この辺、高齢の人も多いし!」と言ってきかない。

 結心の横を、モーニングタイムにのみ提供しているモーニングプレートを持った朋子が足ばやに過ぎていく。2つのおにぎりと季節の野菜の漬物が載った木製のプレートと、そして日替わりの汁物の入ったお椀がテーブルに並べられた。


「お待たせいたしました、相馬様。ご注文どうぞ」


 スマホを頬と肩にはさみ、メモの準備を整える。


『焼き鮭おにぎり5つ、野沢菜のおにぎり3つ、スパムおにぎり1つ、からあげ8個ね!』


 早口でまくしたてられる。メモが追い付かない。あわあわしながら、なんとか書き込んでいく。


「かしこまりました、焼き鮭おにぎり5つ、野沢菜のおにぎり3つ、スパムおにぎり3つ、からあげ8個ですね」


『違うわよ、スパムおにぎりは1つ!』


 まずい、間違えた。結心はペンで3を塗りつぶし、脇に1と書く。


「失礼いたしました。スパムおにぎり1つですね」


『そう! 10分後に取りに行くけどいい?』


 朋子の様子を見ていると、10分でこの量を作れるとは思えない。

 今いる客をさばくのにどれくらいの時間が必要だろうか。


「申し訳ありません、30分後でもよいでしょうか?」


 電話の向こうは一瞬の沈黙ののち『朋子ちゃん忙しいのね。じゃ、30分後で』と言って電話が切れた。

 ふー、と息を吐いてスマホを置く。

 会社員時代から、電話対応は得意ではない。顔が見えない相手としゃべるのは怖いから。

 メモに更新された情報をまとめる。本当に間違いがないか不安だ。メールみたいに文字に証拠が残らないのもイヤだ。

 相変わらず、店内は混み合っている。早く身支度して朋子を手伝わないと!

 結心はメモをその場に置き、奥の和室にシャルルを置いて気合を入れた。




 おにぎりを握るのは朋子のみが担当している。結心は注文を聞いたり会計したりといった仕事をし、なるべく迅速に商品を提供できるようにしている。

 どうにか、列をなしていた客をさばききった。イートイン客も退店した。壁掛け時計の針は9時を指す。


「今日は、なんだか混んでたね」


 気がゆるみ、めずらしく結心から朋子に話しかけた。


「そうね。これから天気が崩れるから早めに行動している人も多いのかも」


「なんとか無事ピークが終わったね」


 今のうちにテーブルを拭いたり食器を洗っておこうか。

 しかし、なにかひっかかる。なんだったっけ。結心はイヤな予感に苛まれつつもテーブルを拭くための布巾を探すために周辺を見渡す。

 カウンターの隅に置かれた、白い紙が視界に入る。紙にはおにぎりの種類と数が書かれている。あれは……。

 まずい、と思ったと同時に、入り口の引き戸がからからと音を立てた。


「朋子ちゃーん!」


 さっき、電話で聞いた声だ。予想通り高齢の女性が、にこにこと店内へ。


「あら、相馬さん!」


 朋子はぱっと笑顔を見せた。


「おにぎり受け取りにきたわよ」


「あら、ご予約いただいてましたか?」


「ええ、さっき若い子に……」


 店内を、しんとした冷たい空気が漂う。その空気は、結心にまとわりついた。


「……え?」


 ふたりの視線が、結心に絡まる。

 どう考えても、結心の責任だった。


「も、申し訳ありません! 伝え忘れていて……!」


 頭を下げる。それしかできなかった。

 注文を聞くのが、結心の仕事。それすらもできないなんて情けなかった。シャルルに「ひとつ注意されただけですべてを否定するな」と言ってもらったのに、すべてがひっくりかえるような大きなミスをしてしまった。


「すみません相馬さん、すぐに作りますので少しお待ちいただけますか?」


 カウンターの中にいた朋子が外に出て、結心の隣で頭を下げた。

 悔しかった。いつも笑顔の母に、申し訳なさそうな顔をさせて、頭を下げさせたことが。自分の失敗よりも、それがどうしてもいたたまれなく、見ていられなく……ぎゅっと目を閉じてまた頭を下げる。

 相馬から、かなりの勢いで怒られるだろうと覚悟した。さっきの電話でも、怒っているような大きな声を出すような人だったのだから。

 しかし、結心の想定とは違う声が聞こえてきた。


「まあ、いいわよ。朋子ちゃんとおしゃべりしてればあっという間だもの。家族にはもう少し待ってもらえばいいんだから!」


 ね! と最後は大きな声で笑う。


「すみません。すぐとりかかります!」


 いつもの笑顔を見せた朋子は、すぐにカウンターに戻り、メモを見ながら調理を始めた。

 許してもらえた、ってことだろうか。結心は相馬と朋子を交互に見る。その視線に気付いたのか、相馬が口を開いた。


「朋子ちゃんの娘さん?」


「は、はい。結心と申します」


「ミスは誰にでもあるんだから、そんな地球が終わったような顔しないの! 若いんだから元気で明るく!」


「は、はい……」


「辛気臭いわね! 客商売よ! ウソでも笑いなさい」


 やっぱり、怒られている。でも、励ましてもくれている。


「も、申し訳ございません!」


「やだ、さらに顔色が悪くなってる。ごめんなさーい☆とか言って、心の中では「うるせぇクソババァ」とでも思っておけばいいのに。生真面目ね!」


 ク、クソババァって……。

 思いもよらない展開に、結心は混乱する。客から新人教育されてしまっている。


「相馬さん、言ってやってください。この子旦那に似て真面目すぎちゃって」


 おにぎりを握りながら、朋子が苦笑する。


「真面目なのはとってもいいことだけどね、それじゃあ疲れるんじゃない?」


「おっしゃる通りで……」


「真面目なのに、注文を通すことは忘れるのねぇ! 無駄な真面目さねぇ!」


「本当に申し訳ございません……」


 結心が注文を通すことを忘れていたために生じた時間で、相馬からキビシイ愛の鞭を食らうこととなった。

 雨が降る前に、相馬はおにぎりを持って帰宅した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ