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番とはなんぞや

その後のドラゴリュー侯爵達

作者: 九曜 蓮

 えらいこと時間があいてしまいましたが、続きが書けましたのでシリーズ化しました。

ただ、ええと……大半のご想像とはちょっとナンカチガウものになった気が……

なお、【番】のしくみについては今作品における個人設定となります。


 偉大なるリュージィン帝国の若き侯爵、プライッド・タッカ=ドラゴリューは海よりも深い悔恨に沈んでいた。


 有象無象の多種族はともかく、誇り高き竜人族ともあろう者が『番』に目の色を変えて醜態をさらすなど嘆かわしいと思っていた。

番婚で優秀な次代をという声も、この私の血を継いだ子が優秀で無い訳があるかと怒りを覚えた。

 まして自分には既に未来の公爵夫人としての血筋、家格、美貌に加え、地位に見合う気位の高さばかりか幼馴染の気安さまで備えたジョゼフィーヌがいる。

誇り高き竜人族とはかくあるべきと、彼女とともに愚か者どもに見せつけていくつもりだったのだのだ。


 だから、成人してから年に一度は課せられている“番探しの儀”で番のサンプルを見つけたとしても、言わなければ済む事だと高をくくっていた。


 しかし、これまで通りサンプルを収めた精霊水晶の小箱がひとつづつ開かれては閉められていき、今回最後の小箱が開かれた瞬間、全てが消し飛んだ。

時止めの魔法がかけられた小箱の中の、一房の黒髪と小さな試験管に納められた血。類まれなる芳香を湛えるのは世界の全てであり、それだけを残していった彼女を一刻も早く捕まえてこの腕に納めなければと――――――――


 自失から我に返った時には既に手遅れ。

番発見に湧きあがる周囲、殊に私の反発心を知っており、ジョゼフィーヌとの婚約に良い顔をしなかった親族達はこれで目が覚めただろう、目出度いと祝杯をあげていた。

 更に従兄弟が勝手に番である人族を迎えに行ったと聞いて、思わず拳をテーブルに叩きつける。

 それがずっと番婚拒否を表明してきた意志を蔑ろにされた怒りなのか、他の男が自分より先に番に会う事への怒りなのか、判別できないくらい荒れ狂う怒りで我を忘れた。




 番である彼女の事は黒髪だったことしか覚えていない。

手の中に納まってしまいそうに華奢な背格好だけで居ても立っても居られず、例え様もなく可憐に違いないその顔まで見てしまっては番の引力に耐えられないと確信して意図的に視線を外していたからだ。

とっさにそんな行動をとった自分に更に怒りが湧く。


 しかし激情を押さえるために殊更強くジョセフィーヌを抱き寄せ、従兄弟と言い争っているうちに――――『彼女』は居なくなった。



「申し訳ございません!我々が番様をお引止めしていれば!」

 真っ青な顔色の門番に土下座された。

いや……門番は知らぬことだが、去る意思を示した彼女を引き留める事は事前契約で禁じられていたので、どのみち不可能な事であった。


「ごめんなさい、イド……せめて、私や使用人達が礼節を持ってお迎えしていれば……こんな……」

 ジョゼフィーヌが後悔に美しい顔をゆがめている。

君のせいじゃない。使用人達も、私の怒りに同調した故のことだ。


「すまないっ……すまない、プライッド! 私の勇み足と浅慮のせいでっ……!」

 従兄弟が涙ながらに幾度も詫びてくる。

正直従兄弟に関しては全く恨まないとは言えないが……最早どうしようもない。




 関係各所での協議の結果、私は特別に誂えたこの奥まった部屋に護衛一人だけを連れて決められた時間拘束される事となった。

 手足と首につけられた特殊な魔道具は私の意志で外すことはできない。

防御の魔石どころか飾り縫いの一つもない簡素極まる下履きすらも今だけの恩情であり、これから尊厳も僅かな抵抗も全て奪われる、いや、差し出さねばならないのだ。

 時間丁度に唯一の出入り口である大扉が開いて


「ごきげんようドラゴリュー侯爵!実に清々しい研究日和の朝ですな!さあ、今日も張り切って参りましょう!!」


 ああ、今日もまた――――――――






 あの日、彼女は一言の抗議どころか一粒の涙すら残さず消え去った。

不在に気付いて慌てて追えば飛翔鯨の最終便が飛び立った後。

まさか貴族令嬢がひとりで異国の地から帰国できるなどとは思わず、屋敷周辺から捜索していて後手に回った。

 更に悪いことに、従兄弟が名代として結んでしまった番婚約に関する契約は、申し出及び事前情報に相違があれば即時白紙になるものだった。

つまり、番として婚約を申し出ておきながら、出会い頭に「番とは認めん」などと言ってしまった段階でこの婚約は解消となってしまっている。

前提条件に齟齬や虚偽があった場合、一度契約を解消して白紙に戻すというのは別段おかしな話ではない。しかし、その際の条件の数々というのが一見柔らかいもってまわった言葉選びながらも、砂一粒のつけ入る隙も解釈の余地も無く、以後の対応は全て国際番機関の専門部署に一任と実家に圧……もとい交渉する事もできない。


 これらと彼女の迅速過ぎる行動を見てなお、拗ねているだけだとか、つれないふりで気を引こうとしているのだとか、子爵家が欲をかいて彼女の値を吊り上げようとしているのだとか言う奴がいたら脳の病気を疑う。


 ここまで来てようやく思い出した。

人族は番を感知することは出来ない為、まずは番である事そのものを信じてもらうところから始めねばならない、という最重要注意事項を。


 現状を把握したことにより全員の頭が冷え、愕然としている所へ皇帝陛下からの通達が届いた。

私の番である彼女の兄、国際番機関人族課・上席課長代理を務めるマジマッド伯爵の研究に全面協力するようにという限りなく勅命に近い要請だった。


「国際番機関のマジマッド伯爵だと?!竜人族の宿痾というべき鱗下症の特効薬を開発した名医ではないか!」


 皮下に優れた物理・魔法耐性のある鱗を持つ竜人族だが、だからこそ鱗の下に病巣を展開する鱗下症は外科治療も治癒術による治療も困難で、幼い者や年老いた者が罹れば命を失いかねない恐ろしい病だ。

先だって幼い第一皇子殿下が罹り、だが新たに開発された特効薬のおかげで何の後遺症もなく健やかに回復された。つまりマジマッド伯爵は殿下の命の恩人と言っていい。

 それがまさか彼女の兄とは……研究協力とやらを介してどうにか、いや、陛下のご下命に私情を持ち込むのは……



 しかし


「他国の伯爵位があろうと医師ごときが尊き竜人族に肌をさらせとは何たる無礼か!」

 研究データ取得の為、衣服をすべて脱ぐようにとの指示に護衛も務める側近が担当者に吠える。


 頑健な身体を持つ竜人族は、戦も無い今めったなことでは怪我も病気も負うことはない為医師にかかる事自体が少ない。

 また、風呂や身支度を手伝う権限のある極限られた使用人のほかは他人に肌を晒す機会など無く、家族や伴侶相手でなければ侮辱にもなる。


「ですが検査術式の構造上、専用の魔道具の他は身体を遮るものをなくすようにと……」


 王城の一角に特別に誂えられた専用研究室は床や壁、天井にまで特殊な医療用検査術式が敷き詰められ、室内の対象者の状態と変化をリアルタイムで事細かに解析・記録できるという。

 研究室へは控室を含む三つの部屋を通らねばならず、それぞれの部屋の扉を王城騎士が守る、といったふうに警備上もプライバシー的にも配慮されてはいる。

 人前で裸になれというのは屈辱だが、抑々王命がある以上検査に協力しない訳にはいかない。ここは私から側近を諫めるべきだが……交換条件として“あちら”から何らかの譲歩を引き出せないものかという考えが頭を過って制止が遅れた。


『ぅおわっ!!』

『――なっ!おっ、おおお待ちを!』


 扉の向こうが騒がしい。マジマッド伯爵が来たのだろうか。私が指示に従わないと聞いて――だが、竜人族にとって肌を晒すのが忌避するものだというのは事実で、いや、しかし彼女の身内に悪印象は――――


『――患者の心に寄り添うのも医師の務め。馴染みのない検査方式への不安や羞恥を和らげ、安心して研究に協力していただく為ならいくらでも一肌脱いで見せましょう!』


 ほう、天才というものは傲慢になりがちと聞いたが医師としての心映えも立派とは。

流石は彼女の兄君で


「お初にお目にかかる、ドラゴリュー侯爵殿。話は聞きましたぞ!」


 部屋に一つだけの扉から現れたのは、彼女と同じ黒髪の壮年の人族。

口髭を奇麗に整え、医師にしては見事に鍛えられた体躯の――――


「ご安心を!このブレーキネ・エ=マジマッド、共に全裸となって仕りましょう!」


 全裸に聴診器だけを身に着けた、笑顔の眩しい男だった。



 この後、私のデータとの比較としてまだ番を得ていない歳の近い竜人族の協力を是非と言われ、その場で側近を指名したが他意はない。






 全裸にならねばならないのはアレだが、特別研究室の性能は今までにない画期的なものだ。

体重や脈拍は勿論、触れもせぬまま内臓の状態まで全て詳細にリアルタイムでデータ化されていく。

学生時代に協力を願った学友に悉く逃げられたと聞いたが、確かにこのレベルのデータをこの量で従来の方法で求めたとすれば…………まあ、無理もなかろう。

 術式の開発者であるマジマッド殿曰く、今は設置コストの高さと術式維持の条件がタイト過ぎることから極々限られた検査機関での運用に留まっているが、いずれ改良して市井の病院にも広め、病の早期発見に繋げたいとのことだ。

 実際に今回のことで側近の右脇の腕の付け根に出来かけていた後天性赤鱗炎を発見した。鱗が真紅に染まりきって広がる前に治療できれば大事のない皮膚疾患だが、目に付きにくい場所であることを差し引いても赤褐色の鱗を持つ側近では気づかず手遅れになった可能性が高い。

鱗下症と違い死に至りはしないが、鱗が分厚く硬化するため発症部位と範囲によっては身体の動きに不自由が出る。もし早期発見できていなければ、側近はまともに剣を振るうことなど出来ない身体になっていただろう。

武力だけで選んだ訳ではないからそうなったとしても側近から外すつもりはない。しかし、幼い頃から騎士に憧れ努力してきた事を知っている身としては、だから良いだろうとはとても言えん。

 涙ながらにこれまでの無礼を謝罪し、治療への感謝を伝えた側近に


「患者が無事完治する事こそが私にとって何より嬉しいことです。」


 と笑顔でおっしゃった姿はまことに素晴らしい人格者だ。


 全裸だが。




 肝心の番研究の進捗についても


「まだ確定はできませんが、やはり遺伝子と魔力因子に起因していると思われますな。番同士から生まれる子どもの能力が総じて高いという事は立証済みですが、己の遺伝子を残す為により強い個体を生み出せる相手を求めているのではないかという説を裏付ける事になりそうです。」


 自身も関わっている研究なのだからと、こうして我々素人にも解りやすく報告してくれる。


「しかし、それなら何故人族は番を感知できないのだろうか?」


 遺伝子も魔力因子も人族だけが獣人族と大きく異なる訳ではない。


「おそらく単純な感覚器官における種族的強弱もあるのではないでしょうか。確かに人族は番を認識しませんが、所謂一目ぼれというものの中には容姿や言動が好ましいという訳ではなく、何なら好みとは全く違う筈なのに、一目見た途端いきなり好きでたまらなくなって他が目に入らなくなる、という事例があります。一説には遺伝子的に相性のいい相手を好ましいと認識させるためではないかというのがあるのです。最も、これもまだ科学的に証明されたものではありませんがね。」


 確かに、そういわれてみれば、番を認識した時の感覚を極々薄くしたら世にいう一目ぼれの状態と言えるかもしれん。


「また、それぞれの原種における環境の違いもあると思われます。多少の例外はありますが、人族の生存圏より獣人族の生存圏は過酷な環境にある傾向があります。厳しい環境で生き抜く為により強い子孫を求める傾向が現代でも強く残っているのではないでしょうか。人族と同じく温暖な平地を起源とする獣人族の番反応は穏やかであるというデータがあります。」


 なんと!その様な事が――――確かに、我が竜人族の祖はもっと高地の……他種族では呼吸も儘ならぬような山麓に住まっていたという。


「それですと、肉体的な生殖で子孫を残す事のない幻想族に番の認識がないことにも理由が付きます。」


 そのあたりは竜人族が幻想族ではなく獣人族に振り分けられる所以でもある。



 いや、全くもってマジマッド伯爵は優秀な医師であり研究者だ。

長年地道にあらゆるデータを集めて推論を重ね、我々という実験た……協力者を得た途端それらをもとに着実に検証を重ね、真実を解き明かしていかんとするに意欲に満ちた研究姿勢は感嘆の一言。


 まだ内々に留められてはいるが、この研究に関しては多くの国、多くの種族から期待が寄せられているという。

番を神聖視する者達の中には科学的検証など不敬だと言う者もいるらしいが、獣人族は好き好んで番関連のトラブルを起こしたい訳ではない。

番の根本は愛する運命の唯一と添い遂げ、幸せになりたいというものなのだ。

 しかし現状認識できるのが獣人族側だけであり、獣人族同士ですら力関係や文化の違いから不幸な結果になる事もある。

一般的な恋愛より本能に強く左右される分暴走しがちであるのがその理由だ。

だからこそ私も強い反発を覚えていた。

事実、まだ確定ではないにしても、きちんと理由があるのだと解かるだけでも不思議とこの狂おしい気持ちが少し楽になった気がする。


 番というシステムが解明され、必要とあれば自身でコントロール出来るようになるかもしれないという事は、私をはじめ今も儘ならぬ苦しみや不安を抱える者達にとって大いなる希望。

その一助たれというのは正に高貴なるものの義務(ノブリスオブリージュ)、まして尊敬できる優れた研究者から直接専門的な話を聞ける有意義な機会でもある。



「――おっと、いけない。そろそろ水分補給の時間ですな。」

「よろしければ、今日は私が茶をお入れしよう。」

「おお、侯爵殿手ずからとは光栄な!」

「プライッド様、私にまでそのような……」

「良い、これでも騎士団での野営訓練の時は指導官殿に褒められたのだぞ。」


 初めこそアレだったが、研究を重ねるにつき段々と気心の知れた空気にもなってきた。

側近とは長い付き合いではあるが、それでも高位貴族として他人の目のない場面というのは少ない。

マジマッド殿への……彼女の兄への印象を良くしたいという下心がないとは言わないが、それでも、この時間が私にとって息をつける貴重なひと時になりつつある。




 ただ――――


 これが、密室で男三人全裸という光景でなければなぁ……


 ざまあ的な感じのつもりが、マジマッド伯爵のお人柄でほのぼの展開()になりました。

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