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08 体育祭、開会です


 ◇


 体育祭当日。とうとう、この日が来てしまった。

 六月上旬。晴天に恵まれ程よい暖かさとなった今日は、絶好の体育祭日和と言えよう。

 二学期は気温の問題や文化祭などのビッグイベントが控えるため、誠叡(せいえい)高校では、毎年この時期に体育祭が行われているそうだ。


 ちなみに体育祭の場所は高校ではなく、一番近くの陸上競技場を貸し切って行われる。

 よって、今日だけは電車通学だ。

 いつも通り青葉と共に、電車に乗り、陸上競技場まで向かう。


 全校生徒約千八百名。

 いくらあの高校のグラウンドが広いとは言えども、全員が集まるには無理があった。

 陸上競技場なら、それだけの数がいようと問題ない。


 陸上競技場の真ん中のフィールドでは玉入れやら綱引きが行われ、走る系の競技はトラックで行われるそうだ。

 借り物競走もスタートからお題の紙の置かれたテーブルまではトラックを百メートルほど走ることになる。


 そして屋外ではあるものの、客席には屋根があるため、日差し対策もバッチリ。

 席から選手の活躍も見やすい。


「なんかいいよね。こうして場所も違うから、特別感あるし」


「確かに普通の体育じゃないんだって感じはするな」


「それにこのシャツも」


 青葉は自身の着ている、普段の体育着ではなく、体育祭用に作られたシャツを見ながら言う。

 

 この学校の体育祭は『赤』『青』『黄』の三つの色に分かれるのだが、俺のクラスは青だった。

 そのため、先輩らが制作した青と白のTシャツに着替えている。勿論、俺もそうだ。

 まだ全校生徒の半数程度しか揃っていないが、広い客席は同じ色のシャツを着た生徒で固まっていることが一目で分かる。座る席は各色ごとに分けられ、その上でさらにクラスごとに分けられていた。

 後はクラスで指定された範囲内でさえあればどこに座ってもいいそうだ。

 俺と青葉は青チームにある自身のクラスのエリアに行き、適当な場所に腰を下ろした。


「日がささなくて涼しいし、ここなら見やすいな」


「うん、ここからなら、彩都の醜態もしっかり見届けられそうね」


「……せっかく、いい気分だったのに」



 それから何十分かして、いよいよ開会式が始まる。

 人数も人数なため、いちいち下の競技場には降りず、各々がいる場所からその話を聞いた。そんな移動で体育祭の時間をロスしたくないという、昔の実行委員の案だそうでそれが今なお続いているそうだ。

 そんな開会式の言葉に耳を傾けながら、俺はヒロインの位置を権能を用い探す。

 もはや、ヒロインの位置情報の確認は日課のようなもになりつつあった。


 さて。俺の隣にいる青葉はいいとして、問題は他だ。

 青葉含め、この陸上競技場にある位置情報は四つ。

 一つは割とそう遠くないところにあった。少しだけ離れた隣のエリアで白綾の姿が確認できた。

 どうやら、同じ青チームらしい。

 炎天下と言うほどではないが、皆が皆暖かいというほどの気温はある今日、彼女は上下長袖のジャージを着ていた。

 日光がダメな体質だのだろうか。

 そのただでさえ目立つ白髪とジャージで少し浮いているが、本人は相変わらずな様子で、気にしているのかいないのかさえ判別がつかない。


 続いてのヒロインのいる場所は客席ではなく、ここを降りた場所だった。

 ここからでは目視できないが、おそらく彼女は生徒会の副会長として色々と実行委員のお手伝いに勤しんでいるのだろう。


 そして最後は紫藤先輩。前に言っていた通り、今日は流石に顔を出したようだ。少し離れた場所にある黄色のチームの席で、彼女の姿を見つけるのは容易だった。

 どれだけ多くの人混みの中であろうと、彼女は一際強い存在感を放っていた。

 一人、圧倒的なイケメンの風格を漂わせる彼女は、クラスメイトとの仲は良好な様で、女子たちと楽しげに雑談をしている。

 そして、ここからでもわかるくらい女子にモテている。

 周囲には男子を押し除けるように女子が固まってっ座っていた。

 あれなら別に権能なんかなくても一発で分かるな。


 それにしても俺はあんな人と共に、学校をサボり遊んだのか。

 少し信じられないし、周囲に言っても信じてもらえなさそうだ。



 それから間も無くして開会式は終わり、体育祭の競技がはじまった。

 前半は距離の指定された短距離、長距離走や、幅跳び、玉入れ、二人三脚などが行われる。騎馬戦なんかは昔はあったそうだが、危険ゆえか、今はもうない。

 そんな中、俺の出番としては唯一、クラス全体の綱引きがあったが、こんなのは意外と自分が戦力になっているのか否か分からないもので、クラスとしては準優勝だったものの特に何の感情もなく終わった。

 ただ、肩の疲れだけが残る。


 そうして普段より長めに用意された昼休みが訪れる。


「ねぇ、あの紫藤先輩って、前に彩都が言ってた人、すごかったね! あんなに早いなら、リレー出ればいいのに」


「あぁ、本当にな。あの人が出たら絶対面白いのに! 超絶美人だし」


 青葉と武紀がそんな会話をしていた。

 紫藤先輩は長距離走にて、圧倒的な差をつけ一位を掻っ攫っていった。その時の三年の女子から上がる黄色い声援はそれはもう凄まじいものだった。今の所、最も応援の声が上がった瞬間は紫藤先輩のゴールのタイミングに違いない。


 先日、そんな紫藤先輩と学校をサボり遊んだことは、誰にも告げていなかったが、告げなくて本当に良かったと感じていた。

 青葉然り、武紀然り、どうせ揶揄ってくるに決まっている。

 そもそも、信じてもらえるかさえ怪しいが。


「それで、次はいよいよ借り物競走だね」


 ニタァと嫌な笑みを浮かべながら青葉が言う。また、武紀も言葉にはしないが、青葉と似たような表情で俺の方を見ていた。


「その前に、部活、同好会対抗リレーがあるけどな」


 借り物競走は昼休憩後、二番目に行われる。

 まぁ、食後だろうと大した影響のない種目だし、昼休みを使った事前準備も必要ない。

 妥当なところではある。


「はぁ、面倒だ」


「せっかくだし、楽しまなきゃ」


「赤井は気楽かもしれないが、こっちは結構きついんだぞ」


 そんな俺の言葉に、意外にも武紀が反論する。


「いやいや、何言ってんだ。お前みたいな日陰者より、夕陽のような人気者の方が大変なんだぜ。注目もあるし、お題によっては誰を選ぶか慎重にならなきゃならんのだ」


「そうそう、彩都のことなんて誰も見てないから、安心して」


「お前らな」


 しかし、一理ある言葉だった。

 誰も俺なんかに注目しない。むしろ、赤井のような顔の知れた人気者ほど多くの生徒からの注目の的となり、判断が難しくなるだろう。

 そう思うと、少しだけ心が晴れた気がする。

 俺は無難に、適当にこなせばいいだけなのだから。


「あの、それ私のハードル上がってない? ってか彩都、何でそんなほっとした顔してるわけ?」


「そりゃ、気が軽くなったからな。がんばれ、人気者」


 そんな会話に耽っている中、俺の視界に端にふと、どこかへと歩いてゆく白綾の姿が入った。

 白髪にジャージ姿の彼女は小柄であれどもかなり目立つ。

 まぁ、トイレか何かだろうとそう思っていたのだが、その後しばらくしても白綾は戻ってこなかった。白綾は痩せた小柄な体型ゆえ、こんな些細なことでさえ結構心配になってしまう。

 確認すべく、ヒロインレーダーを使ってみると、絶対にトイレなんてないであろう場所で動きを止めていた。

 あまりにも動かないので、心配は増すばかりだ。 


「悪い、ちょっとトイレ」


 万が一を考慮し、俺は青葉らとの会話を抜け出し、白綾の元まで小走りで向かった。

 白綾がいたのは陸上競技場に隣接する、木々が生え、緑の生い茂る一角だった。なんでこんなエリアを作ったか、はっきりとしたことは分からないが、おそらくはお洒落なのだろう。

 そういうデザインの建築物は結構見かける。

 そんなエリアの木陰に隠れるように座り込み、白綾はただボケーっとした様子で天を仰いでいる。空を見るには木々の葉が邪魔そうだが。

 とりあえず、体調不良で倒れたりしたわけではなかったことが確認でき、ホッと安堵する。


 相変わらず白綾は元気そうとは言えないが、普段通りではある。

 だが、だとすれば彼女はこんなところで何をしているのだろうか。

 そんな風に眺めていると、白綾の方が俺の存在に気がついた。


「え、あれ……何で霜上さんが!」


 バレてしまった以上、逃げるのは悪手過ぎるだろう。


「食後の散歩してたんだ。白綾さんこそ、そんなところで何やってるんだ?」


「いえ、その、休み時間の雰囲気に馴染めなくて。昼休みはいつも図書館に行くんですけど、今日はそういうわけにもいきませんから。こうして、時の流れを待っていたんです」

 

「そうか、なら迷惑だったか?」


 白綾がもし、一人になりたかったのであれば、俺は余計なことをしているのだろう。


「そ、そんな頃ないです。むしろ、ありがたい、なんて思ってたり」


 照れながら微笑む白綾は可愛かった。

 童顔である彼女は美人でもあるのだが、美人という言葉より、可愛いという言葉がよく似合う……なんて、しょうもないことを考えながらフリーズする俺を、白綾はあたふたしながら見ている。


「ち、違います! これはその、本が読めなくて暇してて的な意味で! ふ、深い意味は……」


「そんなに必死にならなくてもわかってる」


「そ、そうですか?」


「あぁ、とりあえず、隣いいか?」


 白綾が動揺しつつも頷くのを確認してから、少し距離をあけ、彼女の隣に腰を下ろす。 


「白綾さんは玉入れだったな」


「はい。私全然ダメで、クラスの足を引っ張ってばっかりでした」


 しゅんと視線を落とす白綾。白綾のクラスは玉入れでは負けててしまっている。それもあって、クラスの足を引っ張ったと本気で思い、申し訳なさを感じているのだろう。ここにいるのも、クラスメイトへの思いが関係しているかもしれない。

 白綾が玉入れをしているところはしっかりと見ていたが、確かに、彼女が活躍していた記憶はない。彼女なりに必死に大きく腕を振るうも、カゴの高さまで球が届いていなかった。それでも精一杯、届かせようと頑張る姿は可愛く、印象的だった。


「ま、そういう都合の悪いことはクラスの采配ミスにすればいい。だって、別に白綾さんが無理を言ってまで、玉入れに出場したわけじゃないだろ?」


 彼女の性格的にそんなことはしない、いや、できないはずだ。


「それはそうですけど」


「白綾さんの出場を決めたのはクラスだ。もし、責任というならクラスにもある」


 白綾が活躍できなかったのは事実だろう。

 だが、白綾にその種目を任せたのはクラスの判断だ。

 であれば、その責任は白綾一人のものじゃない。第一、玉入れは個人競技じゃないし白綾だけの責任にはならないはずだ。


「そう、ですかね」


「あぁ、それに白綾さんはクラスの足を引っ張るまいと頑張っていた。それだけで十分なはずだ」


 俺の言葉に少しは意味があったのか、白綾の顔色が明るくなった気がした。


「その、午前中はあまり見かけませんでしたけど、霜上さんはどの競技に出る予定なんですか?」


「借り物競走」


「そ、それはまた、かなり難しい種目ですね」


「そうだな。でも、俺は大丈夫だ。変に目立つようなことはせず、無難に終わらせるつもりだし」


 誰の印象に残ることなく、やり遂げる。これが俺の目標である。


「お、応援してます」


 こんな可愛い子に応援されるとは。

 借り物競走に選ばれて唯一良かったことかもしれない。


「ありがとな」


 そんなやりとりをしている間に、あっという間に昼休みは終わる。

 昼休みが明け、部活動絡みの種目が始まる。


ここまでご拝読してくださり、ありがとうございます。

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