06 イケメン女子と遊ぼう
◇
水曜日。予定通り俺は学校をサボった。
体育の授業が嫌だったわけではない、こともないが。
これはヒロインのためなのだ。
そして、俺の命のためである。
高校にはどうにも体調がすぐれないと休みの連絡を入れ、両親が仕事に行くのを見送った後、俺は駅へと歩いた。
一週間前の入院のせいか、担任や両親が思った以上に心配してくれたことに心を痛めながら。
高校の制服は流石に目立つので今回は私服で向かう。知り合いに会えばアウトだが、そうでなければ誰も気がつくまい。それにいざという時、人混みに逃げ込みやすい。
この時間、皆は学校に通っているのかと思うと、普段とは違うことをしているワクワクとした高揚感を抱くと同時に罪悪感も覚える。
そんな複雑に混じり合う、なんとも絶妙な感情を胸に駅へと急ぎ足で歩く。
そして駅の近辺で幸運にも、俺はヒロインの位置情報を掴んだ。
紫藤先輩だ。
紫藤先輩の位置情報を追って辿り着いた先は、駅に隣接するショッピングモール内のゲームセンターだった。メダルゲームのコーナーに、女子高生の姿を見つける。
同じ高校の制服……彼女が紫藤純玲だ。
百七十近くはある長身に短髪の彼女は、一言で言えば中性的なイケメンだった。俺のサブアカウントにも負けず当たらずのスタイルで、ただ、ゲーセンの椅子に座っているだけだというのに、その格好は絵になっている。例えば今この瞬間を写真で切り取ったとしても、モデル雑誌の表紙クラスの絵が撮れそうだ。
それほどの美貌とスタイル、そしてオーラが彼女にはあった。
あの人と絡んでいれば、さぞ周囲の目を引くことだろう。
しかし、ここで足踏みはしていられない。
気後れしている場合ではないのだ。これは二度とないチャンスかもしれないのだから。
現金をメダルに変換し、紫藤先輩の近くまで歩み寄る。
「ひょっとして、紫藤先輩ですか?」
「ん? 何? ってか、なんで私の名前を」
低音ボイスでそう返す彼女の瞳は鋭く、冷たい。
しかし、怯むことなく、俺はカバンから学生証を取り出した。
「同じ学校の後輩なんですけど、前に一度、学校でお見かけしたことがあって。結構印象が強かったので覚えていたんです」
「それで?」
「いや、俺もちょっと今高校をサボってるんですけど」
「んで? 勝手にサボればいいだろ?」
確かに、その通りである。わざわざ、紫藤先輩に声をかける理由はない。
普通であれば、な。
だが、俺には引き下がれない特殊な事情があるのだ。
「いざ、サボってみると何をしていいかわからないし、それに一人でサボるのが寂しくて」
不自然な言い訳に、紫藤先輩は警戒を高める。
「いや、学校行けよ」
お前に言われたくねぇよ、の一言を飲み込み、冷静に、サボるに至った動機を話す。
「実は体育祭の練習で、俺は競技が借り物競争なんですけど。だからほら、個人練習の時間が本当に苦痛で」
「へぇ、そう」
「そうなんですよ」
俺のことなど欠片も興味がないと言わんばかりにメダルゲームの台に視線を戻し、少しして口を開いた。
「ま、いいよ。私も、一人で遊ぶのには飽きてたし。ナンパかと思ったけど、お前は、私に好意とか抱いていなさだそうだ」
そう言うと、紫藤先輩は隣に座るよう促した。
促されるまま、あのメダルゲーム特有の謎にふかふかした椅子に腰掛ける。
そうして、先輩おすすめのメダルゲームで遊ぶ。
メダルゲーム、か。
投入口からメダルを入れるとメダルがレールに乗って流れ落ちる仕組みで、前後する機械のタイミングを読み、上手いことメダルを発射し、メダルを押し出し落とすゲームだそうだ。
良く見かけたことはあるが、なんだかんだ俺はやったことがなかった。
今時、スマホでも十分面白いゲームができる。そんな時代に、わざわざメダルゲームに浸る高校生はそう多くないだろう。俺もゲーセンには何度も行ったことがあるが、やるのはもっぱらクレーンゲームだけだった。あれだけはゲーセンにある実際の台だからこその、変えの効かない面白さがある。
初めてのメダルゲームは上手くはいかず、メダルの数は減る一方だった。
「先輩は体育祭は出るんですか?」
慣れないメダルゲームに苦戦する側、そんな何気ない問いを投げてみる。
「まぁ、流石に出ないと退学だから。練習にはほとんど出ないけど、クラスメイトには長距離走を引き受けることで、納得してもらってる」
「運動、得意なんですね」
「昔から色々とやらされていたから」
一瞬、彼女の瞳に落とされた影を俺は見逃さなかった。
何か深い闇を覗く彼女の瞳は、悲しげで、どこか怯えているようにも見える。
そして見た目の良さゆえか、そんな哀愁漂う様でさえ、格好良く映ってしまう。
「んで、霜上は?」
「俺ですか? 俺は可もなく不可もなく……って、いつの間に名前を」
「ん? さっき、学生証見せてきただろ?」
「あの時ですか……良くみてますね」
俺の言葉に視線をゲーム機から外すことなく「まぁな」と返す。
彼女のゲームスキルは結構なもので、俺がメダルが減っていく一方なのに対し、彼女のメダルが減ることはなかった。
コツでもあるのだろうか。
しばらく、紫藤先輩の動きを観察する。
「何見てんの?」
「プレイスキルを盗もうと」
「ほう?」
その時、紫藤先輩が初めて俺に対して関心を持った気がした。
彼女はこのゲームについて口で何かを語ることはしなかったが、様々なコツを実践し見せてくれた。おそらく、わざとわかりやすいように見せてくれているのだろう。素人同然の俺でも理解できるように、そして見やすいように意識しているのも伝わってきた。
そんな感じで、時折雑談を挟みながらするゲームは意外にも楽しかった。ゲームの腕が次第に上達していくゆえに、苦戦さえ楽しく思える。
途中、俺は目的を見失うほどに、このひと時を謳歌していた、
だから、時間が過ぎるのはあっという間だった。
「そろそろ、学生が帰る時間だな」
紫藤先輩の言葉を聞き、スマホを確認すると時刻は四時前だった。
もう少しすれば、帰宅する学生の姿が増えるだろう。
特にこの駅は遊ぶとことがあるがゆえに、多くの学生が集まる。今は人気の少ないゲーセンも、すぐに学生で騒がしくなるはずだ。
メダルゲームはともかく、クレーンゲームはまだまだ人気があるだろう。
「先輩、そう言うの気にするタイプなんですか?」
「人が多くなると面倒だからな。この後は適当に散歩して帰るんだ」
「そうですか」
通りで以前は出会えなかったわけだ。
逆に、この時間帯であればこのあたりにいることもわかった。
進展があったと、そう考えていると、紫藤先輩から思わぬ提案を受ける。
「なぁ、散歩、ついてくるか?」
「いいんですか?」
「あぁ」
唐突なお誘いだったが、それを断る理由は俺にはなかった。
◇
紫藤先輩の散歩コースは駅の反対……つまり、学校とは真反対だった。
駅でドーナッツを購入し、途中食べながら、これと言って特筆すべき点のない街並みをただぼんやりと眺めながら歩く。
「いつもこの道を?」
「日によってだ。電車乗ってどっかいくこともあるし、学校の方に行くこともある」
日によって、気分によって散歩コースは全然変わるようで、そこにパターンを見出すのは不可能だと悟る。
やはり、彼女に会うなら平日昼間に駅周辺に行くのがベストか。
そうなると、定期的に学校をサボる口実をあれやこれやと考えなくてはならなさそうだ。
「なぁ、霜上。お前、副会長の知り合いか?」
「副会長? いえ、俺の知り合いに、生徒会はいませんが……」
副会長という言葉を聞き、ある女性を頭に浮かべる。
彼女のことは、俺も何度か見かけたことがあった。
彼女はその立場ゆえに、様々な行事で壇上に立つこともあるため、この高校の生徒で知らぬものはいないだろう。
彼女もヒロインに一人、だったな。
そして悩みの種でもある。時期生徒会長は確実と言われるほどの人望と、あらゆる面で模範と言われるほど優秀な成績を誇る彼女みたいな超人に、俺みたいな平凡な高校生が何かできることがあるのか。
そもそも、そんな多忙な人をどう縁結びに繋げるか。
卒業までに残された時間を考慮しないのであれば、最も難易度の高いヒロインと言えよう。
「ふーん、そうか。てっきり、あいつの知り合いで、なんか言われたんだと思ってた」
「言ったでしょう。俺は、体育祭の練習が嫌でサボっただけって」
それだけではないが、その言葉に嘘はない。
「そっか、ならお前は変人だな」
「先輩が言います?」
「私でも初対面の女子にあんなグイグイ迫ったりしない。お前、距離感バクってるって言われないか?」
「常識を捨てた覚えはありませんが、行動力があるとは良く言われます」
これは俺の天性の性格というより、姉の影響が大きいのだろう。
思いつきで海外の大学に行ったのもそうだが、何かと決断が早く、そこに躊躇がない姉を見て、そして目指した時期があったからかもしれない。
「行動力は認めるが、ほとほどにな」
「そうですね……善処します」
それからも会話を続け、そこそこ親睦を深めることはできた。
普段はどこで遊んでいるとか、どこの店の何が美味しいとか、そう遠くない場所に長いこと住んでいるというのに、意外と知らないことが多く、驚かされる。
しかし、こちらは白綾の時とは異なり、連絡先の入手には至らなかった。
まぁいい。五月が終わる前に接点を得ただけでも、十分な収穫だ。
着実に俺の縁結びの仕事は進んでいる。
「じゃ、またな。学校いなきゃ、昼間はだいたい駅周辺にいる。たまにサボりたくなったらこい。でも、あんまサボりすぎるなよ」
「そうですね、わかりました」
そうだな。たまにはサボるのもありかもしれない。
学校をサボり街をほっつき歩くという新鮮さも相まってか、楽しい一日だった。
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