04 図書館での出会い
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一年生、白綾千影。
一際目立つ白い髪は全体的にだらしなく伸びきっている。
目元近くまで伸びる前髪に、眼鏡をかけた女子で、背丈は他の同学年と比べてかなり低い。
童顔にかなりの痩せ型で、ぺったんとしたスタイルもあってか、とても高校生とは思えないほど幼く見える。ランドセルを背負ってもギリギリ違和感がなさそうな、そんな感じだ。
流石に黄色い帽子は無理そうだが。
まさか、図書館で出会うとは。
高校へと向かう中で、全く期待していなかったと言えば嘘になるが、本当に出会えるとは思っていなかった。
図書館の読書コーナーの一角に座る彼女はその手に持ったパスカルカラーの幻想的な表紙の本に目を落としている。
ここからではタイトルなどは見えないが、かなり集中している熱中している様子だ。
ふむ。いくらお近づきのチャンスとは言え、読書に熱中してるのを邪魔するのはダメだな。
それに急ぎ接触する必要もない。
青葉と同じく、入学したての一年生である彼女の優先度は低い。
今はどんな生徒か確認できただけでも良しとし、俺は前々から目をつけていたミステリの本を手に取ると、読書コーナーの席に座った。
いくつかのタイプの椅子やテーブルがあるが、今日は白綾も座っている、弧を描くような長めの机で読書をすることにした。
白綾とは反対の端に座ったし、迷惑になることもなかろう。
そう思い、ページを捲っていく。
少しして、白綾がチラチラとこちらを見ては、本に視線を落としてを繰り返していることに気がついた。
不自然にこちらを見ては視線を戻す。それを一定周期で繰り返す。
これでは俺の方が集中できない。
「あの、俺に何か?」
迷惑にならないよう、小声で尋ねる。
こうして近寄って初めて分かったが、彼女が読んでいるのは恋愛系の小説のようだ。
「い、いえ、なんでも」
白綾はそれだけ言うと、視線を落とした。
それからしばらくは顔を上げることはなかったが、少しするとまた、こちらをチラチラと見出す。やはり、明らかにこちらを意識していたようだが、俺は気が付かないフリをし、読書を進める。
それ以降は集中していたため、白綾がどうだったかはわからない。
そうして、気がつけば辺りは橙色に染まりつつあった。
冬に比べ日の沈みは遅いが、もう時刻は遅い。それに土日の閉館は早い。そろそろ閉館時刻だろう。
俺は読んでいた本を借りるか悩み、結局元の位置に戻した。
閉館間際に図書館を出ると、白綾とばったり鉢あった。
向こうも本当に偶然らしく、俺とは比較にならないくらいわかりやすく、激しく動揺していた。
「あ、あ、あの……」
何か言おうと、声を、言葉を絞り出している。
彼女がヒロインの一人、ね。
遠目に見ていた時からうっすらと分かってはいたが、顔はかなり可愛い方だと思う。美人、というよりは、ふわっとした幼さを孕んだ可愛さだ。
目の下に出来た隈さえなければ、なお良かったな。
「えええ、えと、その」
じろじろと顔を見つめてしまったせいか、白綾は赤面している。
しまった、普段は人の容姿なんてあまり気には留めないが、ヒロインとなるとついじっくりと見入ってしまう。
「俺に何か用があったのか?」
せっかくの機会だし、こうしている対面で無言のままも気まずいため、話題を切り出す。
「え、えと……わざわざ休日に図書館に来て本を読むなんて、珍しいなっていうか、なんと言いますか……その」
確かに、図書館で本を読む人の数は昔よりかずっと減っていることは感じていた。
それでも、これだけ設備がいいからか、絶滅危惧種というほど少なくはなかったはずだが。
「そうか? 図書館には、俺の他にも人はいた気がするが」
「よく、青葉さんと仲良くしているのをみるので。あまりこういうイメージがなく。その、ギャップと言いますか」
「俺ってそういうイメージなのか?」
「はい、結構、明るいイメージです」
青葉といると、青葉の周りにいる、陽気な面々と絡む機会が多くなる。武紀や夕陽がそうだ。その結果、そういう明るめな印象を持たれてしまったのだろう。
実際は、高校でこそ絡むものの、部活で忙しい彼女らと学校外で絡む機会はあまりない。
「放課後、図書館にいるのも見たことありませんし」
「あぁ、夕方はいつも犬の散歩があるから、あんまり放課後には寄れてないんだ」
両親が共働きであるため、散歩は基本、俺が担当している。
いい運動になるし、動物が好きだから、それを迷惑だと思ったことは一度もない。
たまに、気分じゃない日には、面倒に感じることはあるけど。
「でも、そうだな。図書館は好きだ」
「そ、その具体的に、どういうところがお好きなのですか?」
どんなところ、か。そこまで深く突っ込まれるとは、少々意外だった。
しかし、別に答えにくい質問でもない。
「うーん、まぁ、ここならお金かからないし、何より俺はここの雰囲気も好きだからな」
「そう、なんですか?」
「この高校を選んだ決め手の一つにあるくらいには、気に入っている」
本なんてどこで読んでも同じ、という人もいるが、俺はそんなことはないと思っている。それこそ、同じ味、同じ見た目、同じ量の料理だったとしても、それをどこで食べるか、それを誰と食べるかというシュチュエーションで、少し感じ方が変わってくるように。
もちろん、異論、反論はあるだろう。でも、俺は確かにそう感じていて、勘違いかもしれないが、俺なりの楽しみ方をしているのだから。そして誰かに迷惑をかけているわけでもないのだから、それでいいだろうと思っている。
「それに、図書館だからこそってのもある」
「と言いますと?」
「他人の読んでいる本、だな。他人が本を読んでるのを見て、この人、すごく熱中してるなって思う本があったらメモしておいて今度借りてみる。これが結構、当たりが引けて。探す手間を省きながら、きっと普段の自分なら手にも取らないであろう本と出会えるだ」
「な、なるほど……その観点はありませんでした。今度、試してみます」
「いや、いいんだ、別に試さなくても。楽しみ方は人それぞれだし」
無理に勧めるようなことはしたくない。
楽しみ方は人それぞれなのだから。
それから俺は青葉を待つことなく帰路に着いたのだが、途中まで一緒ということもあり、白綾との会話は続いた。十分程度ではあったが、こうして、俺は意外なところでヒロインの一人と接点を持ったのだった。