02 先輩ヒロインは究極的自由人
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私立誠叡学園高等学校。
勉強でもスポーツでも有名な私立の高校で、教育や設備の良さで評価が高い高校だ。
私立なだけあって校舎も綺麗で、様々な設備が揃っている。生徒数の多さもあり、グラウンドも体育館も複数所有し、それもあってか部活動が盛んだ。
俺がこの高校に進学した理由には、家から近いことや面倒見の良さもあるが、他にも、ここの図書館の広さとお洒落さに惹かれてだったりする。
色々と安い公立高校とどちらを選ぼうか悩んでいたが、せっかくの高校三年間。両親に相談した結果、どうせならより楽しめる方に行きなさいと助言され、この高校に進学した。
結果として、そうもいっていられない事態に陥ってしまったわけだが。
自身のクラス……一年二組の教室は二階にある。
公立の中学よりうんと綺麗な教室の、決められた席に着くやいなや、俺は位置情報の権能を発動した。
縁結びの神様から貰った力の一つだ。
権能を発動した瞬間、校内に四つの気配が点として表示される。
一つは俺の前の席に座る青葉に。
残るは同じ階に一つ、上の階に一つ、もう一つ上の階に一つ。
今校舎にいるヒロインは一年に青葉含め二人、二年、三年に一人ずつということが見てわかった。
もう一つは、始業のチャイムがなってもなお、現れることはなかった。
今日は休みだろうか。名前さえ聞いたこがない生徒の一人なため、休み時間に姿だけでも見に行こうと決めていたのだが。
一年生なため、後回しでもいいだろう。
問題は三年生だ。
紫藤純玲。
三年生である彼女と俺に接点はない。だから、全くと言っていいほど情報がなかった。
知っているのは、彼女が三年生であるということだけ。
ひょっとすると部活に所属している青葉なら、何か知っているかもしれないと思い尋ねてみる。
「なぁ、青葉。紫藤って、三年の先輩知ってるか?」
突拍子のない問いに青葉は疑問を抱きつつも、思い当たる人物が記憶にないかを探った。
しかし、
「うーん、知らないかな。その人がどうかしたの?」
「少し気になってな」
そんな青葉との会話に、ある男子生徒が反応する。
「えっ、なになに? おい、彩都……お前まさか、アレか! 青春的な!」
斜め前の席に座っていたスポーツ刈りの男子、武紀が興味津々と言った様子でグイグイと身を乗り出し、尋ねてくる。笹井武紀はこの高校に入学してからの友人で、明るく、少し抜けたところが愛嬌であり、時に鬱陶しくもある男だ。剣道部所属で、がっちりとした体格をしている。
「違う、こっちは学年と名前しか知らないんだぞ。それで好きも何もあるわけないだろ」
学年と名前の情報で恋心を抱く人は、この世がいくら広いとは言えいないだろう。少なくとも、俺はそんな奴じゃない。
武紀は俺の返答を聞くや否やつまらなさそうに身を引いた。
「なんだ、ま、そうだよな。だってお前には……」
何かを言おうとした武紀の腹部に、青葉の肘打ちが入る。
苦悶の表情を浮かべながら撃沈する武紀を他所に、青葉は平然と会話を続ける。
「ふーん、じゃなんで気になるわけ?」
「えっ、いや、そうだな……」
青葉にそう問われ、返答に困る。
理由までは考えていなかった。
答えないのも不自然だと思い、苦し紛れの言い訳をこぼす。
「そ、その、そう! かなり可愛いという噂を小耳に挟んでだな」
「……彩都ってそんなタイプだったっけ?」
青葉が感じている通り、柄にもないことを言っているのは事実だ。
しかし、パッと今思いつく言い訳はこのくらいだった。
落とし物を拾ったという言い訳は考えたが、そうなると後々、面倒な事態になりかねない。それに青葉や武紀の性格上、協力すると言い出しかねない。
「そう話していた男子校生があまりにも熱心に語るもんでな。ふと思い出して気になっただけだ」
「それなら、私知ってるよ」
そう、隣から声をかけてきたのはふわっとした茶髪の女子だった。青葉の友人で赤井夕陽。コミュニケーション能力に長けており、クラスで、いや、学年で最も顔の広い女子高生と言っても過言ではない。その可愛さ溢れる美貌と、一年生とは思えないスタイルの良さも相まって、まだ入学して一ヶ月と少しなのに、告白された回数は十回を超えるとか。
ちなみに、そんな彼女だが例のヒロインのリストには入っていなかった。
いかにも、恋愛漫画やラノベのヒロインに相応しい人物なのに、だ。
ヒロイン全員の情報が揃ったら、一度共通点を割り出してみるのもいいかもしれない。
「紫藤先輩に興味があるって?」
「あ、あぁ」
「うーん、そうだね。あの人はなんて言うか、確かに美人だけど……」
顎に指を当てながら何かを考える赤井。
「美人、なのか」
「二、三年の間では有名だよ。超イケメン女子で、そして究極の自由人ってね」
三年五組、紫藤純玲。
自由奔放な性格で、気が向かなければ授業を平気でサボり、しばらく散歩してひょっこり戻ってきたり、なんなら戻ってこないこともある。
生徒指導の常連。
「でも、それでいて常にテストでは学年一桁、無所属でありながら運動神経抜群! 気まぐれで走った体育祭では長距離で陸部のエースを負かしたとか。サボり魔だけど、出席も最低ラインはしっかり考慮してるみたい」
赤井の話が本当だとすれば、これはまた、随分と厄介なヒロインだな。
一学年が六百人のこの高校で一桁となると相当な秀才だろう。この高校は設備の良さゆえ、入学にもそこそこの難易度がある。そこで一桁は大したものだ。
それに、スポーツ推薦による入学者の多いこの高校で陸部のエースを負かす、か。
「それともう一つ、女の子にしか興味がないって話も有名だね。学年の女子を何人も落としたとか」
「そ、そうなのか」
「そう、男には興味がない。だから、彩都が気にするだけ無駄だと思うよ」
「だって、残念」
青葉が同情の目を向けながら、肩をポンポンと叩く。
「そ、そうか」
腹立つ表情を向けてくる青葉への苛立ちは、一旦心の奥底へと追いやる。
それより、今は紫藤先輩についてだ。
紫藤純玲、ね。残り時間から考えて、俺が初めになんとかしなければならないヒロインなのだが。
これは、物凄く厄介な事態になりそうだ。
次は15時に投稿を予定してます。