01 幼馴染はヒロインらしい
軽傷ではあったものの一時的に気を失っていたこともあって、結局退院までに二日もかかってしまった。
本来なら死んでもおかしくない状況だったのも大きいだろう。
それくらい、俺が転げ落ちたあの階段は長く、角度は急だった。
それに比べ、怪我の程度はあまりにも軽い。
念の為ということで様々な検査を終え、当然だが問題ないと判断され、帰宅した頃にはもう夜だった。
明日からは普通に高校に登校して良いそうなので、明日の準備を済ませたのち、俺はあることを試す。
病院では試すことができなかった、神様に貰った『権能』とやらだ。
鏡の前に立ち、『サブアカウント』という権能を発動した。
そうして冒頭の、今の黒髪のお姉さんの姿に至るわけだ。
「クール系、か」
外見がどうであれ、中身は俺だ。
一挙手一投足はもちろん、言葉遣いも普段の俺と変わらない。
しかし、この雰囲気の容姿であれば、一人称にさえ気をつければ無理をしてキャラを演じる必要はなさそうだ。
変に可愛い系で無かったことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「それでも色々と知識は必要かもな。念のため、調べておくか」
女性なら知っていて当然のことくらいは、知識として身につけておこう。
いつこの権能を使うことになるか分からないからな。
「それと、流石に今持ってる俺の服じゃまずいよな。服も別に買わないと……はぁ、金がかかるな」
せっかく貯金しておいたこれまでのお年玉も、親戚からの入学祝いも、ヒロインらの未来に捧げることになりそうだ。
色々と思うところはあるが、明日からは学校。
時間の限られる今の俺にとって、早く姿を把握できていないヒロインの姿を確認しておきたいところでもある。
位置情報は半径一キロ圏内しか出せないし、どんなヒロインかは見るまで不明だ。
復帰早々、忙しくなりそうだ。
◇
翌朝。あれだけのことがあった興奮のせいか、寝付くのにかなりの時間を要してしまった。お陰様で睡眠不足、かなり眠い。
眠たい目を擦りながら玄関を出た。
「おはよー。あれ? 元気ない?」
そう挨拶をするのはボブヘアで、一目で活発な印象を覚えるほどに明るさが節々から滲み出る女子。
青葉兎美、俺と同い歳で、小学校以前からの幼馴染。ご近所なのもあるが、これまでほぼクラスも一緒たったりと、何かと縁のある。高校に上がってもなお、同じクラスだった。
そんなわけで、性格も趣味も違うのに、随分と長いこと友人関係が続いていた。
そんな幼馴染である青葉だが、例の縁結びのヒロインのリストに名を連ねる一人でもある。
青葉がヒロイン、ね。
俺は青葉が卒業するまでに、彼女の恋を成就させ、ハッピーエンドに導かなくてはならない。
そうでなくては俺が死ぬ。
青葉はその明るい性格と、抜群の運動神経ゆえ、モテる部類に辛うじて入っている印象だ。日頃から運動している分、スタイルもいい。三年間もあれば、彼女に好意を抱く男が一人や二人は現れても全然おかしいことではないだろう。
中学校の頃、告白されたという話も本人から聞いたことがあるし、俺が青葉と付き合っていないことを確認したり、アドバイスを貰おうと接触してきた人もいた。
結局、告白は全て断ったそうだが。
特別な努力をせずとも、青い春を謳歌する素質が彼女にあるのは確かだ。
だが、問題がある。
それは、
「ねぇ、昨日のアイカの配信見た? ちょー格好良くない!? もう、この歌ってみたとか最高でさ、何度も再生してて……」
アイカというのは青葉の推しであり、Vtuberというやつである。彼女が熱心に推している女性で、Vtuberという文化を知っている人であれば大抵は知っているくらい有名な企業所属の配信者だ。
俺も勧められて見たことがあるが、低音のカッコいい声が特徴な女性だ。歌がうまく、歌関連の動画はどれもすごい再生数を叩き出している。
そんな彼女に、数年前から青葉は夢中らしい。
まぁ、極論、縁結びをすればいいわけだから、青葉の好みが男性であれ女性であれ構わないのだが、問題は彼女が現実の恋愛には興味関心がないということ。
実際、青葉は男女問わず友人は多いのに、そういう浮いた話は一度も聞いたことがない。
恋愛という青春を謳歌する素質はあるが、彼女にその意思がないのだ。
「何? どうしたの、そんな難しい顔して。まだ体調悪いなら、今日は無理せず……」
青葉はうちの両親とも親しいため、俺が階段から転げ落ち、意識を失っていたことも知っていた。いつも通り、俺の登校を待っていた青葉に、両親が伝えたそう。
それを知ってすぐにSNSでメッセージを送ってくれたが、文面からは心の底から心配してくれていることが伝わってきた。
そんな彼女に俺は今、要らぬ心配をかけてしまったらしい。
「いや、それは問題ない。ただ、ちょっと考え事をしてただけだ」
そう、ちょっと失敗すれば俺が死ぬ程度の悩みだ。
だから、青葉が気にすることはない。
ちなみに階段を転げ落ちた時の傷だが、あの神様パワーで病院に運ばれる頃にはほぼほぼ治っていた。腐っても神様、それ相応の力はあるということで、つまりは俺の生殺与奪を本当に握っている可能性が高いということ。
それと、
病院で目を覚ました際、契約内容の書かれたメッセージが届いたのだが、そこには『神様に関する情報やあの日の出来事をどんな手段であろうと漏らさないこと』としっかり明記されていた。そして場合によっては『その時点で従者の務めを放棄したと見做し、命を頂く』とも。
命の対価とは言え、ブラックな仕事だ。
「ならいいんだけど……あっ、そうだ! 体育祭の話しなきゃだった」
「体育祭? そうか、そう言えば俺が休んでいる間に、種目決めがあったのか」
ちょうど俺が例の事故に遭う日の帰りのホームルームに、担任がそんな話をしていた気がする。体育祭で行われる競技種目が決まったから、次の体育の授業でどの種目に誰が出るか、決めるとかなんとか。全体で行う種目とは別に、クラス全員何らかの競技種目が割分けられるそうだ。その中には玉入れや二人三脚などの、少数で協力する種目も含まれる。
担任の話を聞いていなかったわけじゃないが、それどころじゃない出来事に巻き込まれたため、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「そうか。それで、やっぱり青葉は……」
「うん、クラス対抗の女子のリレーのアンカーをやることになった」
「流石だな」
青葉はスポーツ推薦で入学している。中学の頃は、女子バレーで全国にまで行くほど、高い運動能力を誇る。勿論、それは才能だけではなく、彼女の血の滲むような努力があってこそで、今だって毎朝、何キロもランニングをしてから学校に向かっている。
「うちのクラスに青葉以上の適任はいないだろうからな。クラス、というか学年で二番目に足が速いんだし」
「うーん、二番目かぁ」
不服そうに、そう呟く青葉。
入学直後に測られた短距離走の記録で、彼女は学年で二番目に早い記録を叩き出している。
中学時代、同じ学校の陸部にさえ負けなかった彼女も、いろいろな場所から生徒が集う高校ではそうはいかなかった。
それでも十分、俺からすれば凄いことなのだが。
「十分だろ。あっちは陸部でスポーツ推薦取った人だ。しかも、中学の時は長距離で全国二位だったんだろ?」
「そうなんだけどねぇ。やっぱ勝ちたいじゃん」
体育祭、彼女はほぼ確実にリレーで、アンカーとして出てくるだろう。
そこでの対決を青葉は望んでいるそう。
「そうか、応援はしてる。だからと言って、何をしてやれるわけでもないが」
「うん、ありがとね。大丈夫、何も期待してないから!」
「あ、そうですか」
スポーツ全般に、高い自信を持つ青葉。
一方、俺はというと運動神経は可もなければ不可もない、平均そのものだった。
中学から帰宅部ではあるものの、ほぼ毎日、飼っている犬と走っていたり、小旅行的な遠出が好きなこともあってか、体力がないわけではない。
とは言えだ。やはり運動部で日々、汗水流して励んでいる方々には及ばない。
「でもほら、皆は受験もあって、体力落ちてるだろうし。一方で、彩都は受験期もほぼ毎日犬と走ってたわけじゃん。だから、ワンチャン活躍できるんじゃない?」
「いや、そりゃ多少は衰えてるかもだが、やっぱり無理だろ」
それにだ。青葉しかり、もう部活に所属している面々は、練習を再開しているし、スポーツ推薦組は受験期も練習を怠っていないだろう。
だから、こんな平凡な俺に活躍のチャンスはない。
「そもそも、もうどの種目に誰が出るかは決まっているんだろ?」
「うん!」
「それで? 結局、俺はどこに振り分けられたんだ?」
休んだ場合は、担任からは勝手に決めておくと言われていた。だから、休まないようにすることと、最悪休んでも、担任、あるいはクラスメイトの誰かにSNSでもいいので、ある程度意向を伝えておくように、と。
俺は例の事故のせいで、どちらもやり損ねていた。
いったい、なんの競技に振り分けられたのだろうか。
「借り物競争」
「……は?」
思考と共に高校へと向かう足も止まる。
「なんで、そんなのに」
百メートル走とか、二人三脚とか、玉入れとか。
そういう、比較的楽な種目に振り分けられているものだと思っていた。
「まぁ、不人気だったかねぇ。運動得意な人は、リレーとか長距離走りたいし、体育祭自体嫌いなタイプは楽しやすい競技をやりたがってね」
「……なるほど」
借り物競走。多少は走るものの、運動能力が重視されるわけでもなく、それでいて妙に目立ち、色々と消費エネルギーの高い競技……人気がないのはわかる。
俺だって、その場にいればそれだけはやりたくないと思っただろう。
「それに、私が推しておいたから!」
「お前のせいか!」
「いや、そりゃねぇ」
俺があたふたしている様を見たいという、青葉の悪意が透けて見える。
「まぁ、種目とかは実行委員が決めてるらしいけど、そこで出た案は学校もチェックするんだし、そんな変なお題はないはずだから、大丈夫だよ」
「だといいんだけどな」
決まってしまった以上、この実行委員と学校の良識に賭けるしかない。
俺は憂鬱な気分に苛まれながら高校へと向かう。
次は13時に投稿します。
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