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13 予想外のタイムリミット

これにてこの章の完結です。


 ◇


 幼馴染と女性の姿で対面するという危ない局面はあったものの、日々は流れ、無事に期末試験も終わり、テストが返却される。

 気がつけばもう七月半ば。

 エアコンなしでは生きることさえ厳しくなってくる暑さに、登校が億劫になる時期だ。

 勿論、だからと言って休んだりはしないが。


「異常気象だな」


 昔はもっと涼しかった、と毎年のように思っているような気がするが、きっと気のせいではないだろう。

 蝉の音が響く、見ているだけでも暑くなりそうな風景を、空調の聴いた教室の窓から眺めながら自身のテストが返却されるのを待つ。

 今はとりあえず、解答用紙と平均点や全体での順位の書かれた紙だけ、配布されるそう。

 各教科の見直しは、その時間にでもやるらしい。

 すでにテスト結果を受け取った生徒は喜んだり、あるいは肩を落としたりと、各々の点数に見合うリアクションを返していた。

 この高校のテストの赤点は三十点未満、そこを下回ると夏休みに補講が入る。

 今、こうしてまとめて期末試験の結果を明かしているのは、なるべく早いうちに夏休みに補講が入るか否かを、生徒に通達するためだろう。

 とは言え、大体どの教科も平均が六十点近辺に調整されるテストだ。

 普通に勉強していれば赤点になることはまずない。意識して回避するようなラインですらない。


 はずなのだが。

 俺より少しだけ早くテスト結果が返却された笹井武紀はというと、何やら深刻そうな表情をしている。

 そして、部活がどうだの、遊ぶ約束がどうだの言っている。

 普段もそんなにテストの成績が良い印象がなく、平均に届いただけでも大喜びな武紀が絶望的な表情を浮かべるということは……いや、考えないでおこう。


 そんな期末試験の結果だが、俺の点数は平均すると一教科あたりが八十四点と、全校生徒の順位で言えば上の下くらいだった。

 白綾との勉強のお陰か、あるいは青葉に教えていたせいか、思いの外点数は取れた。

 その青葉も、


「ねぇ、見て! 私史上、中々に良い点数が取れた!」


 青葉のテストは平均的に七十と少しと、普段の六十点半ばに比べると高い。

 苦手なはずの数学も七十二点と、学年平均の六十三点と十点近い差をつけている。なんなら、重点的に勉強しただけあって他の科目と比べても遜色ないほどに成長していた。


「それは良かったな」


「うん、天音さんのお陰ね」


 たった一回のあの時間にそこまでの効果があったとは思えないが、俺がそれを否定するのも変だろう。


「そうか」


「だからありがとうって伝えておいて。それと……良ければまた勉強を教えて欲しいって」


「お、おう。伝えておくよ」


 また、あれをやるのか。

 天音になることはさほど難しくはない。

 もう洋服や下着はあらかた買い揃えてあるし、ある程度天音という人物の設定は固め終えている。

 あとはもう、俺の気持ちの問題だけだ。


 だが、青葉の勉強に付き合うとなると少し話は変わってくる。

 あの時はたまたま両親が家におらず、かつ帰ってこないという絶好のシチュエーションだった。しかし、そんな日の方が圧倒的に少ないし、毎度毎度、俺自身も俺の家族もいないあの家で、天音と青葉が勉強をするのは不審だろう。

 それに、天音の姿はなるべく知人には見られたくない。

 どれだけ固めた設定があろうと、その経歴は全て嘘。

 ちょっと深く調べればすぐに剥がれてしまう。

 

 今後も天音の姿になり、青葉の勉強に付き合うのであれば、対策を練る必要がありそうだ。

 

 ちなにみ、そんな青葉の近くに座る赤井の数学のテストの点数が九十二と見えた気がしたが、人は人ということで見なかったことにする。


 こうして一学期は幕を閉じようとしていた。

 入学式……満開の桜に出迎えられ、新たな環境に胸を高鳴らせた日。

 まさかこんな、五人のヒロインのために奔走する日々が待っているとは想像もしていなかった。

 階段から転げ落ちるという俺の不注意が招いた事故をキッカケに始まった、十五年という人生の中で最も濃密なひと時は、しかし、まだまだ始まりに過ぎない。


 終業式、明日からの夏休みを眼前に控え、多くの高校生の浮き足だった声が聞こえてくる。


 そんな生徒の中に紫藤先輩の姿見つけた。

 紫藤先輩の件について、一時は変な噂も流れはしたが、その後すぐに忘れ去られた。

 時間の流れもあるが、俺が意図して紫藤先輩に接触しないよう、心がけていたのも大きいだろう。

 あれから結局、紫藤先輩には会えていない。

 向こうも気を遣ってくれているのかもしれないし、そこまで興味関心もないのだろう。

 

 ただ、あの体育祭での言葉が嘘だったとも考えにくい。

 

「二学期のどこかでまたサボるか」


 あまり待たせて、向こうから教室にでもこられたら困るからな。

 

 とりあえず、何事もなく……と言っていいかは怪しいが、生きて一学期の最終日を迎えることができた。

 これから始まる夏休みは、部活さえなければ一ヶ月以上もの長期休暇になる。

 部活動生だって、好きな部活に専念できると喜ぶ人も多い。

 例えば、青葉とか。


 俺としては縁結びが進まない可能性が高いため、少し微妙な心情ではあるが、ずっと行けてなかった旅行に行くのもいいかもしれないと、それなりに楽しみも膨らんでいた。

 そんな先のことに想いを馳せながら、教員の話を右から左へと流す。


 これで一学期も終わり、か。

 最後に、俺は集会で集まった大勢の中からとある人物の影を探す。


「やっぱり、今日も来ていない、か」


 結局、一学期の間、最後の一人が姿を現すことはなかった。少なくとも五月以降、学校に来た様子はない。

 放課後も含めてだ。

 図書館に残り、白綾と勉強する機会が増え、結果として遅くまで残る機会が増えたものの、それでもなお、最後のヒロインの姿だけは確認できなかった。


 ここまで姿を表さないなんて、流石に異常だ。

 そして何より、俺が困る。

 俺が死にかねない。


 一学期最後のホームルームが終わり、学校で無駄に時間を浪費した後、その生徒のクラスの担任の先生に聞いてみようと俺は職員室に向かった。

 色々手間はかかったが、どこのクラスは調べ上げている。

 彼女のクラスは一年一組。青葉を負かしたあの女子陸上部の期待の新人と同じクラスだ。


 職員室、正直あまり行きたくはないが。

 これから始まる長い夏休み。

 学校に来れないこともないが、縁結び関連の悩みは解決しておきたい。

 俺だって晴々とした思いで、長期休暇を迎えたいのだ。

 そのためにも職員室の入り口の前に立ち、扉を開けようとした……その時だ。


山吹(やまぶき)さん、結局、登校しませんでしたね」


 その声の主が誰かは分からないが、おそらくは大人の職員だろう。

 そして『山吹』とは俺が探しているヒロインの名前だ。


「えぇ、このままでは留年、いえ、退学も視野に入れなくては……」


 退学。

 その言葉を聞いた途端、俺の頭は真っ白になった。



これにて『失われた沽券編』は終わりです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

次は『真夏の不良少女編』を予定しています。ただ、書き溜めてた分はここまでですので、今後の投稿頻度は未定です。

もし、面白いと思ったら、ブックマーク、高評価をして頂けると嬉しいです。

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