12 幼馴染に教えてます
「天音さんは彩都とは親しいんですか? その、深い意味はないんですけど、自室に他人を置いて出かけるのが、ちょっと意外だったので」
確かに、俺はそんなことはしないだろう。
青葉の俺に対する解釈は間違っていない。だからこそ、俺とこの天音というキャラの関係性は親密でありながら、かつ変な噂が立たないよう、慎重に選ぶ必要がある。
「うーん、まぁ、弟みたいなものかな」
「……弟。その割には、初めて見ました」
「自分で言うのもなんだけど、あの姉の友達だから」
俺の姉は紫藤先輩とはまた少し違う意味での自由人だった。
頭が良く、そして異常に行動力がある。高校時代、何かの本を読んだ際によほどその内容が気に入ったのか、その日のうちにモチーフとなった街まで向かい、翌朝、そこの旅館から通学してくることがあったり。今までは日本の国立大を目指していたのに、急に海外の大学に行ったり。
思い立ったが吉日。それが、彼女の口癖だった。
だから家にいる時も、自室に篭り何かをしているか、あるいは家にはいないかで、青葉でさえあまり会った事がない。
そんな姉の友人となれば、会った事がなくてもおかしくはないだろう。
頭の良い海外の大学に行っているため、大学の友人設定は避けざるを得ない。
「それで、お姉さんとは別の大学に?」
「私はあそこまで頭良くはないから」
だって中身はあなたと同じ高校一年生ですから。
下手に賢い大学生なんて設定をつけたりでもしたら、苦労するのは俺だ。
「青葉さんは高校生だよね。どう? 高校生活は」
青葉に質問をさせるのではなく、俺が質問することで会話の主導権を掴みにいく。
「うーん、学校行事も部活も楽しめてますし、順調ですかね」
「どう? 気になる子とかはいた?」
普段の俺では聞けない問いを、この際だから聞いてみる。
いつかは青葉の縁結びをしなくてはならない。もし、気になる相手がいるなら、その子との縁を取り持ってやればいい。
少し悩む素振りを見せた後、青葉は口を開く。
「正直、いないです。彩都は同性の友人に近い感覚ですし、他となるとないですね」
「そ、そう。まぁ、そんなもんだよね」
高校=恋愛でないことは、俺自身がしみじみと痛感している。
その上で、縁結びに励んでいる。
「それに、私には推しがいますから!」
そう言い、バックにつけられた缶バッチを見せる。例のアイカというVtuberの顔が印刷されたものだ。俺は知っているが、ここでは知らない体で話を進めるのがいいだろう。
「今流行りの推し活ってやつ?」
「はい! 今は学校に友人がいて、熱中できる部活があって、それで推しのある生活に満足しています」
「そう、か」
凄く、満ち足りた表情の青葉を見ていて、不安を覚えた。
俺のやっている、やろうとしている縁結びは、果たしてハッピーエンドになるのだろうか、と。
今の青葉を見ていると、もうすでに幸せの中にいるのではないかと、そう思える。
時々、思うことはあった。
この縁結びの仕事に果たして意味があるのかと、むしろ余計なお世話なんじゃないかと。
そう考え悩んでいると、青葉は「でも……」と不安げな声を出す。
「でも?」
「最近、ちょっとあって、そんな日常が壊れるんじゃないかなって、そう思うことがあるんです。彩都は私の知らないところで、イケメンな先輩だったり、白髪の小柄な同級生とも仲が良いみたいで」
紫藤先輩と白綾のことだろう。
前者はともかく、後者と接する機会は確かに増えた。
今や、図書館で勉強して帰るほどの仲だ。
読書好きなのもあり話も合うし、意外にも話題は尽きない。
しかし、それが何か青葉との関係に影響を及ぼしているかと問われても、心当たりはない。
それでも青葉は不安なようで、しょんぼりと俯いている。
「彩都が、どこかに行ってしまうんじゃないかって、そう感じることがあるんです」
驚きだった。
青葉が俺に異性的好意を抱いていないことは確かだ。武紀らは俺たちの関係を揶揄うことはありつつも、内心それがあり得ないことを承知している。
あの赤井でさえ、俺と青葉の間に恋愛的感情はないとそう感じているのだから、それは確かだと言えよう。
「いなくなるのが不安?」
「ずっと近くにいるものだと、そう思ってたので」
青葉のその言葉に、俺は少し共感を覚える。
別に常にいないと不安とか、そんな束縛のような感情は全くないが、全くの疎遠になる未来は、すぐには想像できなかった。
なんやかんや、どこかで繋がっているものだと。
この腐れ縁はこれから先もつながり続けるのだろうと、今まで疑ったこともなかった。
「そんなことはないんじゃないか?」
「えっ」
今の自分が天音というキャラクターであることを忘れ、素で口から溢れた言葉に慌てる。
急ぎ視線を上げると、青葉も驚いた様子でこちらを凝視していた。
「えーと、その……前に、言ってたから。体育祭で憧れの人ってお題を見て、一番に思いついたのは青葉だったって。ただ、なんて言えばいいか思いつかなかったから、わかりやすく赤井を選んだともね」
「本当ですか?」
食い入るように確認する青葉。
「えぇ、だからきっと大丈夫」
その嘘のない言葉に、青葉はパァと表情を明るくした。
そのことがよほど気に掛かっていたのあろう。
青葉に対し、全く、不思議なやつだと思いつつも、俺も人のことは言えななと苦笑いを浮かべる。
「さてと、それじゃ、勉強を再開しようか。次は化学でいい?」
「はい、お願いします!」
青葉はいつも通り、いや、いつも以上に元気よく、そう返事を返す。
それからも勉強を続け、質問されれば教えるを繰り返し、何だかんだとしているうちに、すっかりと日は沈んでしまっていた。
ペットのモモが早く餌をよこせと、こちらを凝視していることに気がつく。
まさか、俺の正体に気がついているとでもいうのだろうか?
サブアカウントは女装とは全く違うのだが。思い返せば、モモはこの天音という見知らぬはずの女性に対し、これまで一度も吠えはしなかった。すんなりと受け入れているようにさえ見える。
まさか、な。
「ふぅ、こんなに勉強したの初めてかも」
青葉が背筋を伸ばし、欠伸をする。
そして、窓の外を眺める。
「結局、彩都のやつ、帰ってこなかったな」
「ちょっと前に連絡きてたんだけど、映画を見て帰るって」
俺はスマホを片手に、青葉にそう告げる。スマホは普段の俺の使っているカバーとは違い、紺色の上に可愛いフォントでアルファベットと、ゆるい動物の絵が描いてある。
流石にスマホ二台持ちは無理でも、スマホカバーくらいは用意しておいた。
通知は切ってあるため、目の前で青葉が連絡をしようとこのスマホが鳴ることはない。
「何よ、あいつ……せっかく私がきてやったのに」
「もう遅いし、送って行くよ」
「いえ、大丈夫です。ほんと、すぐそこなので」
「でももう遅いし、危ないから」
天音の年齢はわからないが、容姿は高校生よりは少し大人びて見えるし、ここは大人ぶっておく。
それに、不安なのは本当だ。
「では、お言葉に甘えて」
ここからでも二階からなら見えるほど近い距離ではあるが、俺は青葉を送り届けた。
そうして戻った俺は急ぎ先に私服に着替えた。
それから変身を解いた瞬間、どっと疲れが襲ってくる。ほぼ常に頭をフル回転させ、普段は気にしない行動の細かいところにまで、注意を払うのは流石に疲れる。
「ダメだ。今日はもう寝よう」
モモに餌を上げるとすぐに、俺はベッドに倒れ込んだ。
本当に大変な一日だったが、何故だろうか。
そこまで悪い気分ではなかった。
読んでくださり、ありがとうございます!
面白いと思ったら、ブックマーク、高評価をして頂けると励みになります!




