10 体育祭閉会、そして非日常の開会
それからしばらくの間ぐったりとしていた武紀もリレーの番にはしっかりと顔色を戻し、競技に挑んでいた。
学年別のクラス対抗男子リレー。
流石に十五クラス同時は不可能なため、男女ともにリレーは二つのグループに分かれて行われる。そして総合結果はタイムで決められる方式だ。
そんな諸々の説明を終え、始まる男子のリレー。
うちのクラスは十五クラス中、三位だった。
一位、二位のクラスは男子の陸上部の部員が数人いたため、これでも十分な結果と言えよう。とうの選手らは悔しそうにしていたが、俺からすれば立派な戦果だった。
「お疲れ様」
「おう、すまねぇ。負けちまった」
「いや、二人抜きしたところは凄かったし、格好良かったぞ」
「マジか!? 女子たち、キャーキャー言ってたか?」
「……」
「おい、なんとか言えよ!」
せっかくの励ましの言葉に、俺は後悔を覚えていた。
一年男子の部が終わり、始まるは学年別クラス対抗の女子のリレー。
青葉がアンカーを務めるうちのクラスは、青葉以外にも有力選手が揃っている。
とは言え、やはり一位候補は女 子陸上部のエースのいる、一年一組だ。柊楓。中学時代に長距離種目で全国二位まで上り詰めた女子生徒だ。
幸か不幸か、一組と二組は同じグループで、直接競える環境にあった。
どちらが勝つのか。
うちのクラスにも、そして向こうのクラスにも他に陸上部員は一人ずつしかおらず、選手らのタイムを見るにこの二クラスは戦力としてはほぼ同じくらい。
青葉が柊に敵うかが、勝敗を決すると言ってもいい。
リレーが始まり、途中こけることもなく、順調に予想通りの展開が続く。
そうして青葉の二組と楓一組は、他のクラスより一足先にアンカーの出番がやってくる。
髪を後ろで束ねたスレンダーな女子……柊が青葉の横に立つ。
「あなたが青葉さんね。うちの学年で私に次ぐ、足の速さっていうのは」
「えぇ、あなたとは結構な差のある二位だけど。でも、負けないから」
僅かな会話が交えられたのち、先にバトンを受け取り駆け出したなのは青葉だった。
しかし、二、三秒後には柊もバトンを受け取り、一気に速度を上げた。
少しずつ、青葉と柊の距離が詰まる。
青葉は背後から迫りくる足音を聞きながら、逃げ切らんと全力で駆ける。
「はぁ、負けた……ごめんね。せっかく、一位でバトンもらったのに」
「仕方ないよ、相手はあの楓さんだし。それに、凄かったよ。流石我がクラスのエース」
結果は、ゴール百メートル前で青葉が抜かされ、二組は二位で終わった。
それでもタイムでは三位とはかなり差があるし、十分素晴らしい結果といえよう。
俺は戻ってきた青葉に一言、「お疲れ様」とだけ告げる。青葉は一瞬、その言葉に反応しかけたが、その後何故かそっぽを向いてしまう。
そんなにも悔しかったのだろうか。
それから、二、三年の部もあっという間に終わり、閉会式が訪れる。
優勝は一年一組も所属している赤チームだった。
結果が発表され、校長の言葉で体育祭は締めくくられる。
こうして色々とあったものの体育祭は幕を閉じた。
紫藤先輩との噂も、時間が経てば薄れていく、と思う。
未だ一部女子から殺意を向けられている気がするが、きっと気のせいだろう。
武紀も青葉の一撃がよほど聞いたのか、彼女がいる前で、そのことを口に出すことはなかった。
そうして、日常が訪れる。
少しずつ、一学期の終わりが近づく。
そうなるとやってくるのが期末試験だ。
期末試験までまだまだ一ヶ月近くあるが、早めに動き出すに越したことはない。
それに、ゆっくりとではあるものの俺の成績は低下しつつあった。
体育祭の少し前に行われた中間テストの結果は、普段より少し成績を落とす形となってしまった。
だからこそ、普段より少し前から勉強を始めるようにしていたが、まだまだ先のテストということもあり、毎日ずっとは続けられない。
そんなわけで、その日は息抜きも兼ねて、図書館へと向かった。
久しぶりに図書館によると、白綾と出会う。
体育祭ぶりだ。
「久しぶりだな」
「い、いえ、こちらこそ」
軽く挨拶を交わし、読書に耽る。
思いの他、何気なく手に取った本が面白く、気がつけば閉館時間となっていた。
白綾も閉館時間まで残っており、途中までではあるが一緒に帰ることとなった。
その中でテストのことを話題に挙げた。
「テスト、ですか? 科目にはよりますけど、大体九十点と少しくらいですかね」
「それ、上位一桁レベルじゃないか?」
「いえ、全然……総合だと十九位です」
六百という全校生徒の数を考えれば十分に高い順位だ。
「霜上さんは?」
「七十後半だな」
大体、全クラスの平均点は六十代半ば。この点数だと上位三割ちょいだろうか。入学してすぐにあった実力試験で学年の上位二割以内にいた考えると、大きく点数を落としたと言えよう。
縁結びの呪いのせいで、しばらくの間、勉強が疎かになっていたのは確かだ。
常に、本来であれば考えなくてよかった物事に思考が引っ張られる。サブアカウントで見た目を変えた際に、女性に成り切るために勉強をしたり、無駄に緊張しながら女性物の服を買ったり、直接ヒロインとは関係ない場所でも、時間は多く浪費している。
「そう、ですか」
「あぁ、期末では八十半ばくらいには戻しておきたいな」
別に目指している大学があるわけでもないが、今後、何を目指すかもわからない今、ある程度の学力は維持するべきだろう。
それに、成績が良ければ推薦をもらえる。推薦を貰えば、ヒロインに当てられる時間を多く確保できる。
「それでしたら、たまに図書館で勉強でもしたり……なんて」
顔を赤らめ視線を外しながら、勇気を出し切り出した白綾の提案。
俺は返事に戸惑う。
彼女からそんな提案をされるとは思って見なかった。
別に俺としてはやぶさかではない。動画などでいつでも勉強できる昨今、それでも自分でモチベーションを保つのは俺一人では難しい場合もある。
何せ、家には誘惑も多い。
そういう意味では図書館での勉強はありだ。
それにだ。白綾も指定されたヒロインの一人。優先順位は低いが時間をかけ親しくなっておけば、今後に役立つかもしれない。
それになんだか学生っぽくていい。
「白綾さんさえ良ければ」
「そ、そうですか! 私は、毎日放課後と、土日もここにいますので……」
「わかった。放課後は顔を出すようにする。土日は、ちょっと分からないが」
にしても、ほぼ毎日図書館にいるって凄いな。
平日だけならまだしも、土日まで来ているとはかなりの猛者である。
「は、はい。では、お待ちしてます」
そう言い、嬉しそうに微笑む白綾。眼鏡のレンズ越しに見える目元の隈は、出会った頃に比べれば、幾分かマシになっているような気がした。
血色も少しだが良くなっている。
何か、いいことでもあったのだろうか。
何はともあれ、こうして、白綾と勉強をして帰るという日課が加わったのだった。
◇
幼馴染、青葉兎美の対面に座るは、少しボサッした癖のある黒い長髪の女……そう、俺である。
二人を挟む机の上には教科書やノートなど、期末試験に向けた教材と、二つのコップが置かれていた。熱心に問題を解く青葉を見守る俺。
「……」
何故、こんな事態になったのか。
時は十数分前に遡る。
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