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00 Prologue


「お、おぉ……」


 自室に立てかけられた全身鏡に映るのは、癖のある黒髪を腰の辺りまで伸ばした、長身の女性だった。長い手足は細過ぎず、その体型はまるでゲームや漫画のキャラを現実に持ってきたかのような、美しいフォルムをしている。


 身長は百七十近くはあるだろう。

 元の姿の、男の俺の身長は百七十四。

 そのお陰か、今着ている服にそこまで大きな違和感はない。

 強いて言えば、胸のあたりがキツく、肩のあたりがややぶかっとしているくらいだ。

 顔はどちらかと言えばクールな雰囲気で、長い睫毛(まつげ)にぱっちりとし過ぎない奥二重。

 スッと通った鼻筋。

 顔のパーツの位置がよく、はっきり言って美人である。

 年齢は二十前後くらいだろうか。若々しくも、大人っぽさを感じる雰囲気。

 何から何まで、元の俺の要素がほぼほぼない。


「何と言うか、新感覚……」


 まるで自分でない何者かを動かしているような不思議な感覚。

 ちょっとした好奇心でポーズをつけ、セクシーに格好つけてみるが、途端に何か大事なものを失ったような喪失感に襲われる。

 何をしているんだろうか、俺は。



 何故、男子高校生である俺が、こんな状況に陥ったのか。

 それは三日前の晩にまで遡る。

 


 ◇


 ある日、俺……霜上(しもがみ)彩都(あやと)は階段から転落した。

 湿った石材に何度も頭や体の節々を衝突させながら、長い階段を勢いよく転がり落ちる。

 そうして十五年という短い一生に幕を閉じた……はずだった。


 雨上がりの階段、不注意が祟って起こった事故は、幸運にも神社の近くだった。

 昔は縁結びの神様が祀られているということでそれなりに栄えていたらしいが、それはもう百年以上も前の話。

 今や学生が真夏に肝試しに近寄るのみ。

 草木が鬱蒼と茂る薄暗い森の中にぽつりと立つ、小さな木造の社はもう、肝試しとしての需要くらいしか残してはいなかった。

 過去の栄光はどこにもない。

 社へと続く道だった場所も雑草まみれで、一目見てそこを道だと認識するのが難しいほど、手入れが行き届いていないのが現状だ。

 そんな森沿いにある月明かりだけが照らす階段を、俺はぼんやりとした頭で歩いていた。


『目が覚めたかな?』


 ノイズの混じった、男とも女とも取れる声で目が覚める。

 

「ここは……」


 体を起こすと辺りは延々と続く真っ白な空間で、そこには霞がかった何かがいた。

 人間のようなシルエットにも見えるが、どれだけ凝視しようともはっきりと視認できないそれは、困惑の渦中にある俺に容赦なく言葉を投げかける。


『君は不幸にも階段から落ちてね。ほら』


 目の前に突如として表示されたスクリーンには、随分と無様な体勢で地面に倒れる俺の様子が写っていた。

 頭からはどろりとした赤黒い液体が今も絶えず流れ出ており、服は泥に塗れて汚れている。

 どうやら、俺は階段から転げ落ち死んだらしい。


『そこを神様である私が助けてあげようってわけ。どう? 状況は理解できたかしら?』


「なるほど、そうか……なんて、納得できるわけないだろ! 俺が死んだだと!?」


『でも、ほら』


 再度、無様に倒れている俺を指差す。


「じゃ、これは何だ? なんで俺の意識があるんだ!」


 これはリアルな夢、そう思う方がずっと納得できた。


『ここは一言で言えば私の世界。そして君はそこに精神だけの状態で存在している状態ね』


「それで? はいそうですかって? そんなわけないだろ」

 

『……なら、こうしたら分かるかな?』


 あまりにも現実離れした説明に全く納得がいかない俺を見て、何者かはパチンと音を鳴らした。

 その瞬間、俺の体が足先から、氷像が解けるかのように形を変え始めた。自分の体が足元から地面に溶け広がる様を見て、感じて、さすがに確信する。

 ここは現実ではない。

 しかし、夢でもない、と。

 痛みとは違う、奇妙な感覚がそう告げていた。


「分かった! 信じる! 信じるから! だからやめてくれ!」

 

 生まれてこのかた体験したことのない強い不快感もあるが、この光景自体に見ていて激しい気持ち悪さを覚えた。もう見ていられない。

 本心から必死にそう叫ぶと、次の瞬間には体が元通りになっていた。溶けたはずの足先も、いつの間にか再生している。

 何事もなかったかのように。


「……とりあえず、ありがとうってことでいいのか?」


 目の前の何かが言うことが正しいのであれば、俺は命を救われたことになる。


『その言葉を言うにはまだ早いかな。だって、君を助けるかはこの先の選択次第だから』


 純粋な厚意ゆえではない、と。

 今時の神様はケチだなと心の中で呟きながら、話に耳を傾ける。


『取引をしましょう。私が君を救ってあげる。その代わりに、君には私の指定する女性を……ヒロインたちを、ハッピーエンドに導いてほしい。縁結びの神様の従者として』


「ハッピーエンド?」


 随分とぼんやりとした目標に疑問を覚える。


『言いたいことはわかるよ。何を持って、ハッピーエンドとするのか、でしょう?』


 今、俺が思ったことを自称縁結びの神様は語った。

 ドキッと、心臓が跳ねる。

 

「心でも読めるのか?」


『当然でしょう? 私、神様。しかもここは私の世界』


 心を読める以上、駆け引きに意味はない。

 俺は目の前の神様の言うことを素直に信じ、従うほかないことを理解する。


『さて。話を戻すけど、私は縁結びの神様として、彼女らをハッピーエンドに導かなくちゃならないの』


「そのために、俺も働け、と?」


『えぇ、私は色々と制約も多い身だから、どうしても従者が必要なのよね。それになるべく自然な形で成就させないと』


「だから、人の手が必要ってことか。でも、俺でいいのか?」


 俺はどこにでもいる、ただの平凡な高校生だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


『安心して。勿論、たかだか一般の男子高校生がヒロインたちをハッピーエンドに導けるなんて思っていないから。だから、いくつか私の力を……権能を与えてあげる』


「権能?」


『そう。権能は言わば特殊能力、ゲームで言う所のスキル、と言うやつね。今授けられる権能は二つ。一キロ圏内にいるヒロインの位置情報や危険信号を察知する『ヒロインレーダー』、普段の素性や男のままでは行動しずらい場合の『サブアカウント』。他にも必要に応じて、権能を授けてあげる』


 縁結びの仕事をする上で、とりあえずこの二つの権能を俺に与えてくれるそうだ。

 ネームセンスは、まぁこの際はいいだろう。

 今はまだよく分からないが、なんとなく役には立ちそうなことくらいは予想できる。

 ちなみにだが注意点として、権能は同時には使用できないとのことだ。


「なんだ、二つと言わず、初めからもっとくれればいいのに」


『そうもいかないの。ほら、神様とは言え、今はそんなに力がないのよね。実際、神社はあの有様でしょ? でも、あなたが私の従者として縁結びをこなせば私に力が戻る。そうなれば、渡せる権能も増えるはずよ』


 言いたいことは山ほどあるが、確かなことが一つ。

 俺には断るという選択肢がないと言うこと。

 生きるためにはこの仕事を引き受けざるを得ない。


「分かった。どうせ、ここで断りゃ死ぬんだ。やるだけやってやる。それで、誰の恋路を手伝えばいい?」


『いい返事ね。これが彼女らの、ヒロインのリストよ』


 目の前に表示されたリストには、わりと馴染みのある名前から、聞いたことだけある名前、そして聞いたこともない名前まで、合計で五人が表示されていた。

 名前と学年だけがそこには表記されている。


「五人、多いな。しかも」


 ある一人のヒロインの名前に目をやる。


『えぇ、彼女は三年生、残り期間はそう多くないわね』


 今は五月初め。三月初めの卒業までは、もう一年もない。

 三年生が多くの学生にとって大変な時期であることも踏まえると、はっきり言って無理ゲー過ぎる。

 それでも、


「断れば死ぬ」


 俺の溢した言葉に、靄のかかった何者かが笑ったような気がした。


『とにかく、そういうわけだから頑張ってね。そうそう、この契約は絶対だから。もし、達成できなければ、あなたはやっぱり死ぬ。だから、くれぐれも破るなんて真似、しないようにね』


 ここで助かった恩を返せなければ、俺は今度こそ死ぬ。

 途中で諦め、投げ出すことは許されない。


 そんな無理ゲーで、ブラックな契約を、俺は縁結びの神様と結ぶのだった。

 



 ◇


 目が覚めると、そこは病院だった。

 階段で転げ落ちた俺はその後、しばらくして病院に運ばれたようだ。

 意識が覚醒してすぐに、目の前に文字が表示される。


『神様との契約は絶対だから、約束守ってね♡』


 その後、医師の話によれば、俺の容態は落ちた階段の高さや長さを考えれば、信じられないほどの軽症とのことで運ばれてきた際は心底驚いたそうだ。

 本来なら、死んでいたっておかしくはない。

 むしろ、死んでいないとおかしい。

 縁結びの神様の力のお陰だろう。大した痛みは感じない。


 何はともあれ、俺は縁結びの神様に救われたわけだ。


「契約は絶対、か」


 自分の胸に手を当てる。

 ドクドクと脈打つ心臓は生きていることを感じさせてくれる。

 そんなこの命は、今やあの神様に握られていると言うわけだ。

 五人のヒロインをハッピーエンドに導く。簡単なことではないがやるしかない。


 こうして、五人のヒロインのために奔走する俺の奇妙な高校生活が幕を開けた。


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