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8話 会社員と邪竜の夜の散歩

 

 再びやってきた休日。


 今日は迷宮にフルに使用できるので、百四十四時間のんびり過ごせるわけだ。

 もちろんだらだらばかりもしていられない。掃除洗濯食事全てをこなしつつ畑の管理も行わなくてはならない。最近ではここに魔力操作の修行と作物が与える特殊効果の検証までもが追加された。生活環境を整えるにはまだまだ先は長そうだ。


 たらいで洗った衣類を木と木の間に張ったロープにぶら下げる。

 真っ白いシャツが風に揺られていた。


 季節感なんかは未だに不明だけど、ここは常に二十四℃前後に保たれ日当たりも良い。

 洗濯物も半日もすれば乾いてくれる。近くにコインランドリーがあるのだけれどお金もかかるし行くのも面倒だ。


「竜の姿で乾かしてやってもかまわんぞ。一瞬ぞ」

「具体的にどうやるのか聞いても?」

「ブレスで炙ってやるのだ。燃えぬぎりぎりを狙えばいけるぞ」

「炎を吐き出すって意味かな。却下」

「なぬ!?」


 大事な衣類を黒焦げにされては困る。

 ただでさえ替えのタオルや服がなくて少しずつ増やしているところなのに。部屋にあった私物さえ戻ればもう少し余裕のある生活ができたのだけれど。


 洗濯を終えた俺は、畑に入り鍬で土を耕し始める。

 以前に言った収穫できる作物を増やすためだ。


 大食らいカレードラゴンが住み着いたおかげで、我が家の食料庫は常に補充しなくてはいけない自転車操業のような状態になっている。ちなみにだが食糧の保存期間はレナがアイスボックスに冷蔵の魔法を掛けてくれたおかげで格段に延びていて、アイスボックス自体もこちらに移動させてあるので、俺が不在だとしてもレナだけで料理を作れる環境は整えてある。

 十中八九作らないであろうと予想しつつも。


 耕した土に肥料を混ぜ苗を植える。

 今回植えたのはタマネギ、ニンジン、ジャガイモだ。


「気になっていたのだが苗を植える直前に撒いている粉はなんぞ」

「肥料だよ。作物の発育を促進する食事みたいなものかな」

「うーぬ、その肥料とやらも作物の異常性に関わっているかもしれんぞ。ここに来てからずっと成長を見守っていたが、お前の育てる作物は成長速度が信じられんほど早い。水をやらなくとも三日には数は少ないが実を付ける。水をやれば驚くほど大きく多くの実を付けるのだぞ」


 へぇ、最近採れる野菜が大きくて数も多いと思っていたけど、俺のいない合間に水をやってくれていたのか。意外に気が利く。


 けど、そうか。栄養や水を与えるとその分吸収するのは当たり前で、なければもう少し成長は遅かったのかもしれない。それらを踏まえるとレナが指摘するとおり肥料の影響は大いにある。肥料も現実世界側のものだ。持ち込んだ迷宮でどのような影響を与えているのか、はたまたた単純に成長を助けているだけなのか、この辺りはいずれはっきりさせた方がいい。


 畑の作業が終わり次の作業に移る。


 地面に置かれた底の浅いプラスチック製の長方形の入れ物。

 入れ物を四つ並べこれまたホームセンターで購入してきたスポンジを敷き詰める。入れ物に肥料を混ぜた井戸の水を流し込み、現実世界側ですでに発芽状態にした緑豆を重ならないよう広く平たく置いた。後は暗所にすべく光を遮るシートをかぶせて、めくれないようロープでぐるぐるに縛れば完成。


 これでできるのは誰もがよく知る”モヤシ”である。


 買っても安い食材ではあるが、自分で大量に作れるならそれがいい。こちらとあちらの時間のズレも考えれば必要な時に必要な食材が手に入らない可能性も出てくる。用意しておいて損はない。


 興味があるのかレナもシートのかかった容器を屈んで観察していた。


「何ができるか気になる?」

「そりゃあの。ハルトが作るものは全て奇妙かつ新鮮で斬新。儂が好奇心に駆られるのも無理ない話ぞ。やはりあの扉の向こうに秘密があるようだな」


 鋭い視線がドアに向けられる。

 俺は慌てて彼女とドアの間に入り視線を遮った。


「申し訳ないけどあのドアは開けられちゃ困るんだ」

「たかが扉を開くだけでずいぶん警戒するではないか。儂に見られると都合が悪くなるものがあるのか」

「あははは、ないない……ないからね?」


 冷や汗が止まらない。


 レナは迷宮の魔物だ。かつてこれまで迷宮から魔物が出たなんてニュースは目にしたことはない。政府もそういう認識だ。もし彼女が、見上げるようなでかいドラゴンが街に出たとしたらどうなる。冒険者はもちろん警察や自衛隊が駆けつけ大騒動になるに違いない。


 彼女にはこのままここで静かに過ごして貰いたいんだ。


「もう我慢できんぞ。今日は扉の向こうを見てやろうぞ」

「そうはさせない!」


 駆けだしたレナを捕まえようと俺も両手を広げタックルする。

 身体の大きい彼女なら捕まえるのは簡単だ。身体強化の方法も多少だけど教わっているので足の速さで逃げられる可能性は低い。


「つかまえ――」

「儂を捕まえられると思うな若造」


 捕まえた、と思った瞬間。

 レナの身体はぎゅんっと縮み、ジャージのズボンを脱ぎ捨てて小さな身体は走って行く。


 なんだとぉおおおおおおおおっ!?

 子供になったぁあああああああああああああ!??


 てってけ走る幼いレナはジャージの上着を引きずりながら、遂にドアノブへ飛びついた。


「待った――」

「どれどれ」


 がちゃり、ノブが回されドアが開く。

 ノブにぶら下がったままのレナは、十センチのところで止まったドアを勢いを付けて蹴りつけあちら側へノブごと出てしまった。


「おおおおお、なんぞこれは」

「出てしまった」


 ドアノブにぶら下がったレナは下りることも忘れ現実世界側を食い入るように見つめていた。俺は色々諦めてレナを抱えてアパートの通路側へ下ろす。


「ここはなんぞ!? 何もかも魔力を感じぬぞ!」

「迷宮の外だよ。つまり俺が生まれ育った世界さ」

「なんぞ要領を得ぬ説明だが、ようするにここは異世界なのだな!」

「あ、うん。そんな感じかな」


 きらきら目を輝かせている彼女を前にすると、うざったい説明は不要に思えた。


 こちら側はちょうど夜になったところ。

 明かりの灯る家やビルが地上の星のごとく瞬き照らしていた。


 まだ四月の気温はうだるような夏の暖かさをはらんでいない。

 塗装がはげ錆び付いた鉄の柵の間から、レナは口を開けたまま光景を覗いていた。


「うぬ、得心したぞ。実に面白い。長生きはするものだな。おい、ハルト。儂はこちらの知識は皆無ぞ。この町を案内せよ。さもなくば好き勝手暴れるぞ」

「案内って、どのくらい広いのか分かってるかな。時間も時間だし今日のところは近場でかまわないかな」

「うぬ!」


 って裸足じゃないか。ああ、ズボンを脱いだひょうしにサンダルも脱げたのか。

 しかし驚いた。まさか子供の姿になるなんて。


 人化の秘法とやらは外見を変えられるようだ。



 ◇



 レナにサンダルを履かせ、二人で夜の近所を散策する。

 身体が小さいせいかぺったんぺったんと彼女が歩く度に音がする。


「あんまり先に行くと迷子になるよ」

「心配無用ぞ。儂の()()()()()()。魔力の残滓を追えばハルトがどこにいようと見つけ出せる」

「へぇ、そんなこともできるんだ」

「驚いたか」

「うん。驚いた」


 好奇心がうずくらしくレナはあっちこっちを覗いては「うぬぅ」「なんと」「ほうほう」と声を漏らして目を輝かせていた。そんな彼女がふと足を止めた。


 見上げるのはシャッターが閉まった一軒のお店だ。


「ここは精肉店。今は締まってるけど牛肉とか豚肉を買うお店だよ」

「ほう、ここであの脂がのった美味い肉を手に入れていたのだな。うぬぬ、カラフルな紙になにやら書かれているが読めぬぞ」

「それは揚げ物のメニューだね。生肉以外にも揚げ物を売っているんだ。あれ? レナって文字が読めないの? こうして俺とは会話をしているのに」

「実際に言葉を話している訳ではないぞ。儂が魔法で直接脳内に意思を送っているのだ。ゆえに儂はこの世界の文字も言葉も知らん。それでこの紙に書いているメニューとやらはなんなのだ」


 なるほどね。だから意思疎通ができたと。

 魔法って本当に便利だな。その翻訳の魔法(?)があれば国問わず誰とでも会話ができるじゃないか。いや、待てよ。それってつまり心を読んでるってことじゃないか。


「もしかして俺の心の声も聞こえていた?」

「心配するな。精神の極めて浅い部分に作用する読心とも呼べぬ魔法にすぎぬ。しかし、本気を出せばそのくらいは可能ぞ。繊細な魔力操作が求められるので好んでは行わぬがな。で、ここに書かれている文字は!?」

「コロッケ、唐揚げ、あじフライ、とんかつ」

「カレー味はないのか」

「んー、カレーコロッケはあるね」


 カレーコロッケの言葉にレナは「ぬほっぉおおおっ!」と目を輝かせた。


 本当にカレーが好きなんだな。カレー味のあめ玉を渡しても喜びそう。おっと、そろそろ戻らないと。こっちの五分はあっちじゃ一時間だからね。


「おい、ハルト。この光っている箱はなんぞ」

「それは自動販売機だよ。小銭あったかな。まぁ見てて」


 小銭を入れて赤い炭酸飲料を買う。

 落ちてきた缶に興味津々らしく、彼女はかがみ込んで取り出し口の中をのぞき込んでいた。


「これが購入した飲み物。レナは甘いのは平気?」

「問題ない。辛いのも好きだが甘いのも得意ぞ」

「しゅわしゅわするけど驚かないでね」

「しゅわしゅわ?」


 赤い缶を両手で抱え彼女はごくりと口に含んだ。

 直後に目を見開いてぶふーっと吹き出す。


 うわっ、きたな。どうして吐き出すんだ。


「なんぞこれは!? 口の中がしゅわしゅわしたぞ!」

「そういう飲み物なんだって」

「もう一度……ぶはっ! うぬ、悪くないぞ。最初は驚いたが慣れてしまえばなかなか美味いではないか。ふーむ、この飲み物カレーライスと合いそうだな」

「デブまっしぐらの組み合わせじゃないか」


 もう二本ほどほしいというので購入して帰宅することにした。

 アパートに戻り自室のドアの前に戻ってくると、レナはすんすんとドアに向かって鼻を鳴らし始めた。かと思えば考え込むように何やら呟いている。


「――の残滓、もしやこれは――魔法か。なんとも面白い」

「どうかした?」

「うぬ、ところでここは同じ扉が並んでいるようだが、他にも儂が居るような場所と繋がっているのか?」


 お隣さんのドアを指さすレナに俺は苦笑する。


 初めてこちらに来たのならそう思うのは普通だよね。

 そもそも彼女にとってここにあるドアは迷宮世界側へ行くものとしか認識していない。

 俺は拳の裏で軽くドアを叩きながら説明する。


「本当はこの向こうには俺の部屋があったんだ。迷宮化して通帳も私物も全てどこかに行っちゃったけどね。どこ行ったんだろ」

「部屋ならあるぞ」

「ある?」

「入り口はこの扉一枚に固定されている。扉のすぐ向こう側は恐らくなにも変わっておらぬぞ。お前の私物とやらもそのままのはずだ」

「えぇっ!?」


 自然と駆けだした俺は、階段を転がりそうな勢いで下りアパートの裏へと回り込んだ。

 二階の自室を見上げるとガラス窓の向こう側にはカーテンがあるのが見えた。カーテンがあるってことはつまり、部屋の中も無事だ。


「最後に部屋を出た時、窓に鍵を掛けたっけ? いつも鍵を掛けずにそのままにしてたからたぶん開くと思うんだけどな。登れそうなところは雨樋(あまどい)くらしかなさそうだ」


 雨樋を伝い二階を目指す。


 二階まで上がれば窓にある柵に掴まって中に入れるはず。

 下に目を向けるとレナが不安そうに眺めているではないか。


「だ、大丈夫なのか? 人は少しの段差でも落ちれば死ぬと聞くぞ?」

「このくらい平気だよ。あとちょっとで手が――」


 柵はもう目の前だ。

 手を伸ばすもあと数センチ足りない。

 古びた雨樋だから俺が動くだけでぐらぐらして今にも壊れそうだった。


 届けっ! よし、掴んだ!


 雨樋から柵へ移り、いよいよ窓に手を掛ける。


 予想通り施錠はされておらず窓はあっさり開いた。

 柵を越えて中へ入れば慣れ親しんだ俺の部屋があった。


 一人用の正方形の机。脱ぎ散らかした服や下着。洗わず放置された食器。食べてそのまま置いたカップラーメン。捨てるのを忘れたゴミ袋。それから嗅ぎ慣れたカビと埃臭。そのままの部屋に思わず涙ぐんでしまった。


「おい、部屋はあったのか」

「あったよ。ロープを下ろすからこっちに上がってきてくれないか」

「そっちに行けばいいのだな」


 真下にいたレナはぴょんと軽く飛び上がり柵に乗り移った。


 なんという跳躍力。さすがドラゴン。

 彼女は柵の上で立ち上がり、俺の部屋の中をまじまじと観察した。


「き」

「き?」



「きったな!」



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