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6話 会社員は魔力を知る

 

 食事を終えた俺達は、畑の横で向かい合いいよいよ本題へと入っていた。

 様子を見守るようにハリウサギが茂みからこちらを窺っている。


「お前の保有する魔力が悪さをしたのだろうな」

「魔力? この俺に? そんなはずは――」

「ならば今もその肉体から漏れ出ている魔力はなんぞ」


 俺に魔力があると?

 あり得ない。冒険者は迷宮に生息する魔物を倒し始めて魔力を得るのだ。ただ迷宮で生活をしているだけの俺にそんな力が芽生えるわけがない。


「どうして俺に――」

「ひとまずお前には魔力があると納得しろ。なぜを教える前にお前に起こった奇妙な感覚とやらを説明せねばならん。とはいえどちらも儂の推測でしかないのだが」


 彼女に手で制止され、開いた口を閉じるしかなかった。


 どうして俺なんかが魔力を得てしまったのか。魔力は迷宮探索できる者の特権だ。肉体を強化するなど様々な力の行使ができるだけでなく、その能力を活用し社会的な活躍も大いに見込まれている。もちろん魔法によるオリンピック競技への参加禁止など制限も徐々に増えては来ているが、得られる恩恵は確実に大きい。


 これだけ言えばこの十五年で、どれだけ変わったのか分かるのではないだろうか。


 現在の日本、いや、世界は続々と魔力を持つ優れた者達が頭角を現し、これまでの社会構造すら変わろうとしている。各国が迷宮から得た最たる資源は、人的資源だったのではと言われているほどだ。魔力を有するだけで注目される、そのような現状で俺に魔力があるとレナは断言したのだ。気にしない方が無理というもの。


 彼女は後で教えると伝えた。

 ならばここは流れを遮らず大人しくすべきだろう。


「聞いた感じからしてお前が使ったのは身体強化ぞ。時間を遅く感じたのは恐らく思考強化も同時に使用したからだな。通常は使い分けるものではあるが、お前は無意識に併用し話にあった少女を助けた」

「一ついいかな。魔法を使用するには詠唱なんかが必要だと耳にしたことがある。俺は呪文なんか知らないし唱えた記憶もない」

「肉体も魔力も全てお前が内側に抱えているものぞ。()()に出して無から有を生み出すのとは訳が違う。詠唱を必要としない魔法、人はこれを『原始魔法』と呼ぶそうだ」


 原始魔法。つまり基礎の基礎みたいな魔法だってこと?


 迷宮生活を決めて俺にも魔力が芽生えるのではと期待していたのは否定はしない。超常的な力に憧れない男の子はいないし、現実的に手に入る時代と考えれば誰だって淡い期待くらいはするだろう。子供っぽいかなって興味を隠していたが、ここにきて魔法への知識欲が急激に膨らんでいる。面白い。もっと知りたい。


「肉体強化は詠唱なしでいつでもどこでも発動できると思っていいのかな?」

「当然だが保有する魔力量によって持続時間と回数は決まる。魔力が尽きれば使用できなくなりお前は何もないただの無力な人に戻るぞ」

「なるほど。じゃあもう一つ。魔力が尽きるとどうなる。魔力は回復する? あ、これだと質問が二つだね」

「かまわん。魔力が尽きれば多少の虚脱感はあろうぞ。魔力の回復量は人によるとしか言えんが、だいたい一日で全回復だろうな。魔力が尽きぬよう考えて使用するのが賢い魔法の使い方ぞ」


 レナは「身体強化の手本を見せてやる」とすぐ近くの大木に向かって構えた。


 今さらだけど彼女がいて本当に良かった。俺一人じゃ魔力や身体強化の知識なんて手に入れられなかった。大食らいのカレー好きドラゴンと少しばかり舐めていたのをたださなくてはな。しかし、これだけの知識を彼女はどこで手に入れたんだろう。実は迷宮同士は繋がってて冒険者達から教わったのだろうか。


「うぬっ!」


 彼女の放った拳が大木の幹を容易にへし折った。

 大木はめきめきと音を立てて倒れ、揺れと土煙を起こした。


 振り返った彼女は「これが身体強化ぞ」と妙な圧力を纏って、開ききったジャージの上着を風にはためかせた。


「その妙な圧力は魔力?」

「気づいたか。そう、儂が放出しているのが魔力ぞ。森のか弱い魔物どもを刺激せぬようわざわざ内に収めていたのだ。儂の魔力を全身に受けながら、怯えもせず逃げもしないハルトにとんでもない大物かと内心警戒しておったのだぞ」

「怯えてはいたけどね。そうか、レナが現れたあの日の俺は魔力を感じ取れなかったから見た目しか注目できてなかったのか。レナ、この感覚は磨くことができる?」

「それも人によるとしか言えんな。センスのある者は嗅覚、肌感覚、視覚で流れを感じ取る。だが、ないものは時間を掛けても育たない。あるなしで言えばハルトはある方ぞ」


 そっかそっか。あるなら嬉しいな。

 さて、そろそろどうして俺に魔力が芽生えたのか知りたくなってきた。

 魔物を倒さず魔力を獲得できたその理由を教えて貰おう。


 彼女もそのつもりらしく「魔力を得たであろう原因を教えてやる」と畑の方へと俺を連れて行く。


「ハルトが魔力を得た理由はここの作物ぞ」

「へ?」


 野菜が原因??


 畑が魔力を得た理由だなんてあり得るのか。

 野菜を作って魔力を獲得できるなら、なぜ冒険者達は魔物と戦う方法をとっているんだ。安全な手段があるならそっちをとるだろ。別にレナを疑っている訳じゃないけどどうにも信じがたい。


 こちらの考えを読んだごとく、彼女は畑にあったニンジンを引き抜き説明を始めた。


「魔力の目覚めとはつまり外から得た大量の魔力を呼び水に、己の中でも魔力が生成可能だという魂のひらめきを指す。まぁ万人が万人そうなるとは限らんがな。稀に魔力を得られぬ者もいる。ここまではいいな?」


 こくりと頷く。

 レナは説明を続けた。


「魔物には元来魔力を取り込み濃縮する能力が備わっている。すなわち魔物とは魔力の獣。となればその血や肉には大量の魔力が含まれているのはわざわざ考えなくとも分かるだろう。そんな存在を斬り殺せばどうなると思う?」

「魔力を含んだ血を浴びる?」

「そう、浴びずとも飛散した血しぶきが口から胃へと入るかもしれない。その前に魔物が吐く微量の魔力を含んだ吐息を知らず知らず吸っていることだってあるだろう。魔力は皮膚からよりも体内の方が吸収率は高い。結果的に魔物を倒せば魔力を得られるという考えにいたるのはしかたのないことだろう」


 魔力の目覚めは大量の魔力の接種。

 たまたま魔物が結果を生んだから俺達は盲目的に思い込んでいたと。

 しかし、それと俺の畑と何の関係が?


「一つ尋ねるがここで育てている作物はどこで手に入れた?」

「ドアの向こう」

「……お前が頻繁に出入りしている謎の扉か。あれこれ聞くのは野暮だからと無視を決め込んでいたのだが、そろそろ知っておくべきなのかもな。しかし、今はこちらだ。この野菜には大量の、それも通常ではあり得ない量の魔力が含まれている」

「へぇ、ニンジンに……ええぇっ!?」


 驚愕する俺の前にレナはニンジンの苗を持ってきた。

 両手で苗とニンジンを持ち上げた彼女は「これらは同じように思えるが同じ物ではない」とさらに俺を驚愕させる。


「この苗からは魔力を一切感じない。これは本来ならあり得ないことぞ。いかなるものも魔力がないと言われているものですら、ごく少量の魔力が含まれている。だがしかし、この苗にはそれすらも存在しない。まるで世界に突然発生した虚無のようだ」


 いやいや、普通のニンジンの苗だよ。

 ホームセンターで買ったのだから間違いない。


「ここからは完全な儂の推測ぞ。魔力のない苗が大量の魔力を含んだ地面に植えられたことで、乾ききった土に水を落とすのと同じく、これらはすさまじい勢いで魔力を吸収し似て非なるものへと変異した」

「つまりニンジンに見えているけどニンジンじゃない?」

「そうだ」


 なんてことだ。だとするとレナの言うとおり俺に魔力が芽生えたのは、俺が持ち込んだ作物が原因じゃないか。あれだけ毎日食っていれば魔力だって得られるさ。じゃあもしかして俺が元気になったのも野菜に含まれる魔力が原因?

 畑をぶらぶら歩くレナへ抱いた疑問をぶつけてみることにした。


「ここで育った野菜に魔力が含まれるのは分かった。そこでレナに聞きたいんだけど、魔力は過剰摂取すると元気になったりするのかな」

「そのような話は聞かぬな。摂取したところで魔力量が増えるわけでもないからな。そこが奇妙なのだ。お前は出会った頃より保有魔力量が増加している。弱っていたはずの身体機能も驚くべき早さで回復している。そればかりか向上――そうか」


 何かに気が付いた彼女は生のニンジンをばりばりと食べ始めた。

 頭がおかしくなったのかと俺は内心でハラハラする。


「やはりな、この野菜は変異したことで何か特別な効果を獲得したようだ。どのような効果までは儂にもわからんが、これまで散々食してきたお前が平気なのだからマイナスではなくプラスの効果とみて間違いなさそうぞ」


 彼女は囓ったニンジンを、遠巻きに警戒しているハリウサギへ投げて食わせた。


 野菜に特別な効果、俺が元気になったのはその効果のおかげ、なのかな。

 だったら迷宮には感謝しないと。西島さんと再び仲良くなれたのもここで作った弁当のおかげだ。


「もう一つだけ質問。レナみたいに俺も身体強化で樹を折ることはできるかな?」

「そこまでの魔力はハルトにはまだない。しかし、効率の良い魔力操作を覚えれば一本くらいは折れるかもしれんぞ」

「魔力をただ流すだけではだめなの?」

「筋力の流れを理解し高効率で使用する。それが武術。ならば魔力もまた効率の良い流れというのが存在するのはなんとなく理解できるな? お前はまだ振り上げた拳で殴っているだけの赤子ぞ」


 魔力の流れ。それは恐らく体内を巡る”芯”のようなこれだろう。

 感覚自体はかなり前からあった。さして違和感はなかったので放置していたのだけれど。そうか、これが魔力。


「心配するな。竜族秘伝のコツを教えてやるぞ」

「秘伝って門外不出じゃないの? そんなの教えて貰って本当に良いのかな」

「問題ない。どうせ同胞が好き勝手言いふらしておるだろうしな。秘伝とは名ばかりぞ」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ教えて貰おうかな」

「ならばさっそく修行といくか」

「ごめん。疲れたから今日はパス」


 少しだけ仮眠を取るつもりでテントに向かう。

 するとテントの中にハリウサギが一羽だけ警戒心もなく眠っているではないか。

 たぶん例の好奇心旺盛な個体だな。刺激しないでおこう。


 音を立てないように横になる。


 魔力の使い方、野菜の効果。

 これからもやらなくてはならないことが山積みだ。

 だが、焦る必要はない。一つずつ知っていけば良い。

 俺には時間があるのだから。


「ハルト! カレーを食ってもいいか!?」

「お好きにどうぞ」

「うぬ。ならば遠慮なく食うぞ。喋って腹が減った」


 テントの外でカレーをがっつく音が響く。

 瞼の裏で俺は『これもう一度作らないといけないのでは?』とカレードラゴンの旺盛な食欲に恐怖した。


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