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東京迷宮スローライフ ~アラサー会社員と邪竜のおだやかで刺激的な日常~  作者: 徳川レモン
第一章 農耕始動編

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番外 タナカばーちゃんとのひととき

 

 ばたん。ハルトが会社に出ると同時に、儂は扉の前へ移動した。

 僅かに扉を開けるとハルトはゆっくり移動をしていた。時間の流れが違うがゆえの光景である。


 遅い! はよう会社に行け!

 儂は早くあちら側に行きたいのだ!!


 ようやくアパートの敷地を出たところで儂は扉を開け放った。


「まったく手間をかけさせる」


 すでに畑に水はまき終わっている。

 戻ってきてもう一度水を撒けば日課は終了ぞ。


 ばたんと扉を閉め、ぱたたたと廊下を駆けた。

 一段飛ばしで階段を飛び降りつつ、地面に着地。


 カッパ太郎のがま口から出すのは、折りたたまれた紙幣である。

 ハルトの財布から一枚借りた。もちろんいずれ倍にして返す予定ぞ。それまでは貸しだ。


 前回使用した感じでは、この紙はそこまで階級は高くなさそうだった。

 こんなにも立派な絵が描かれているのに”マル三”はカレーコロッケを山ほどは買えなかった。否、カレーコロッケが高すぎるのかもしれん。あれだけ美味なのだから安くはなかろう。


 しかし、今日は何を食おうぞ。


 炭酸飲料は確定として、再びカレーコロッケを堪能するのもやぶさかではない。

 だがしかし、多種多様な食文化を築いているであろうこの世界で、一種類の食に固執するのはなんとももったいない。カレーは至高しかしそれを証明するは他を知ってこそ。無知にカレーがなんたるかは語れん。


 おっと、なくしては大事ぞ。

 カッパ太郎よ、儂の金を守るのだぞ。


 がま口財布に折りたたんだ紙を入れ、パチンと閉める。


「知らない子だね。どこの家の子だい?」


 儂に声をかけたのは八十代ほどの若い女であった。

 その手には箒が握られており、これから掃除にでも取りかかるのだろう。

 脳裏にハルトの言葉が思い出された。


『またたび荘には田中さんという大家さんがいる。もし出会うことがあったら絶対に失礼がないよう挨拶をするんだよ。いいね?』


 大家、つまりここの管理者だな。

 すなわちこの土地の王。目つきも鋭い、権威だけでなく実力も相当在るとみた。


「儂はハルトのところで世話になっているレナヴェールぞ」

「れな、なんだって?」

「レナでよいぞ」

「レナちゃんは藤宮さんのところで暮らしているのかい?」

「両親が遠い場所に出かけてしまってな。戻ってくるまでの間だけ親戚のハルトに預けられることとなったのだ」


 ハルトの様子から察するに、向こう側の情報はこちらでは伏せていた方が良い印象であった。そこで儂はそれとなく誤魔化すことにした。


「あの子も大変だね。そうかいそうかい、じゃああたしのことは大家でも田中とでも好きに呼んでおくれ。あたしは田中梅さ。よろしくね」

「うぬ、よろしくなタナカよ。しかし、お前は会社には行かぬのか。ハルトとたいして変わらぬ歳であろう?」

「あの子とたいして変わらないだって? あたしゃ八十だよ?」

「儂にとっては四十年も五十年もそれほど変わらん。八十はまだ若者ぞ」


 儂がそう言うと、タナカは膝を叩いて笑い始めた。


「面白い子だね。こんなに笑ったのは久しぶりだよ」

「うぬ?」

「暇ならあたしの家に来るかい。菓子くらいは出してあげるさ」

「おおおっ、行くぞ!」


 タナカはアパートの裏へと儂を案内する。

 そこには独特の様式で建てられた木造の家があった。


「狭いけど上がりな」

「うぬ」


 建物の中は確かに狭い。

 だがしかし、不思議と心地はいい。

 管理が行き届いていて床は埃ひとつ見当たらない。


「にゃぉん」

「なんだあれは!?」

「なにって、猫だよ。あたしは四匹飼ってんのさ」


 奥から現れたのは初めて見る生き物であった。

 魔力を持たぬ虚無のような生き物。似たような魔物はあちらで目にしたことはあるが、これほど小さく警戒心の少ない動物は目にしたことがなかった。似て非なる存在。


 だがしかし、なんともペット向きな生き物だ。

 サイズ感がこう、人間にはちょうど良い。


 ネッコとやらは儂の足に寄ってきて身体を擦り付けるではないか。


 なるほど、儂が竜と気が付き媚びるか。

 脆弱な生き物らしい反応ぞ。撫でたいほど愛らしいなっ!


「珍しいね。ミーコが初めての人に懐くなんて」

「この個体はミーコというのか。撫でても?」

「驚かせないよう下から撫でるんだよ。こうさ」

「ほう」


 下から手を差し出すと、ミーコは顔を擦り付けてきた。


 な、なんだこの柔らかさは!?

 しかもおめめがまん丸! くおおおおおお、可愛いいいいいい!!


「にゃん」


 さらに奥から茶色いネッコが出てくる。

 ちなみにミーコは白と茶と黒の三色のネッコだ。


「あの子はトラだよ。柄が虎っぽいだろ」

「お前も媚びるがよいぞ」


 しかし、トラは一向に近づいてこない。

 警戒心が強い個体のようぞ。


「レナちゃんは好きなものはあるかい?」

「カレーだな。それからムキムキカッパぞ」

「ああ、そのカッパはあたしも知ってるよ。孫が好きだったからよくグッズをおねだりされたもんだよ」


 タナカはそう言いながら扉を開ける。

 儂は招かれてリビングらしき部屋へと移動した。


 リビングにはTVがありソファとテーブルがあった。

 一人で暮らすにはいささか広すぎる気もしなくもない。


「昔は旦那がいたんだけどね、孫ができたら安心したのか、あたしを置いてさっといなくなっちまった。無口だったから、いてもいなくても変わんない人じゃあったけどねぇ」

「それでもいないと寂しいぞ?」

「そりゃあね。傍らにいた置物がなくなれば多少はそう思うさね」


 そう話すタナカは、言葉とは裏腹にずいぶん寂しそうな表情をしていた。

 置いて行かれる者にしか分からない気持ち。長くあればあるほど見送らなければならない運命は存外過酷だ。


 彼女は台所でがさごそ何やら探り、儂の座るソファの前のテーブルに器を置いた。

 器の中には薄黄色の丸い菓子が入っており、その香りに儂は思わず歓喜を声を漏らしてしまう。


「こ、これは、カレーせんべい!!」

「好きなだけ食べな。買ったはいいものこの年だからそんなに食べられなくてね」

「遠慮なくいただくぞ!」


 以前、ハルトが買ってくれたカレーせんべいはすでにウチにはない。

 おねだりしても「また今度ね」とスルーするのだ。許せん。


 まさかこのような場所でカレーせんべいにありつけるとは。


「すごいね。そんなにカレーが好きなのかい」

「カレーこそ至高にして最強」

「そうかいそうかい。だったらまた買ってこないとね」


 タナカは儂の頭を撫でる。


 先ほど言った孫とやらを思い出しているのだろうか。

 人の一生は短い。子供である時間はさらに短い。

 目を離したらあっという間に大きくなってしまうのだ。


 人の子よ、好きなだけ撫でるが良い。カレーせんべいのお礼ぞ。


「にゃん」

「おおおっ!?」


 トラが儂の足に身体を擦り付けているではないか。

 かと思えばさっと逃げて行く。


 なかなか駆け引き上手ではないか。可愛いなっ!


「あんた不思議な子だね。ミーコにもトラにも好かれるなんて本当に珍しいよ」

「儂は恐れ敬うべき存在だからな。タナカは特別だぞ?」

「あははは、たいした殿様じゃないか。本当に飽きない子だよ。自分の家だと思って好きな時に来て良いからね。たいした物は出せないけどいつでも歓迎するさ」

「うぬ!」


 それからタナカは儂にレトルトカレーとやらをごちそうしてくれた。

 味はハルトのカレーに負けるが、なかなかこれも美味であった。


 そういうとタナカは「高級レトルトなら」となにやら対抗意識を燃やしているようであった。


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