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東京迷宮スローライフ ~アラサー会社員と邪竜のおだやかで刺激的な日常~  作者: 徳川レモン
第一章 農耕始動編

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番外 実食!カレーコロッケ!!

 

「暇ぞ。どうしてこんなにものどかなのだ」


 儂の前をひらひらと蝶々が舞う。

 ハリウサギの一羽が警戒心もなく、横になる儂の懐近くで眠っている。

 撫でてやっても逃げぬのだからよほど肝が据わった個体のようだ。


 密かにこいつを『ウサ吉』と名付けている。


 ムキムキカッパに登場するカッパ太郎の親友の名だ。

 ウサ吉は実に勇敢な兎である。カッパ太郎のドーピングが切れた際も、危険を顧みず太郎にドーピングを届けたのだ。真の友情なくしてそのようなことはできんぞ。実に偉大な兎をなくしてしまった。かの兎の再来を願うべく、儂はこの兎に英雄の名を授けることにした。立派に育つのだぞウサ吉よ。


 しかし、こうもやることがないのは逆に気が滅入る。

 ハルトが作り置きしてくれているカレーもすでに半分を切っておる。子供形態になって消費量は抑えられたが、それでも三日保たせるのは至難の業。一日で食い切っていた大人状態に比べるとかなりマシではあるがな。


「よっこらせと。タダ食いは儂も不本意ぞ。いつも通り水やりくらいはしておいてやるか」


 子供の身体でのそりと起きた儂は、近くにあったじょうろを掴み井戸へと向かう。

 備え付けの桶を落とし下から冷えた井戸水をくみ上げた。


 じゃばば、と木桶からじょうろへ水を移す。

 じょうろを両手でひょいと持ち上げて畑へすたたと駆けた。


 ざぁぁああ、乾いた土に水をかけてやる。

 水の匂いが沸き立ち、地面が待っていたかのように水分を薄く広く伸ばし湿らせる。

 緑濃い作物は水分と共に大地から魔力を吸い上げ、つけたばかりのまだ小さな実に注ぎ込んでいた。


 何度見ても異常な植物ぞ。


 これほど急速に魔力を吸収する植物は他に知らんぞ。

 しかも吸収が収まるどころか継続して成長しておる。つまりここにある作物は現在も変異を続けておるということぞ。野菜ごときがどこまでいくのやら。なんとも先が楽しみぞ。


 畑の水やりを終えた儂は、自分へのご褒美として炭酸飲料とやらをいただくことにした。


 冷蔵の魔法をかけているアイスボックスとやらを開けば、赤い缶がまだ一本だけ残っていた。ハルトに補充を頼んでいるが、あいつは一度でも会社とやらに出てしまうと三日間は戻ってこない。


 あちら側の世界では複雑な貨幣経済を築き上げ、魔力がない代わりに科学とやらで発展してきた文明のようだ。実に奇々怪々な世界。異質も異質。

 だがしかし、それゆえ強く興味を引かれたとも言える。契約をしたハルトもなかなか面白い人間だからな。しばし付き合うのも悪い話ではない。それになによりカレーが食える。カレーこそ至高にして最強。カレーこそ神。カレーが食えるなら儂はてこでもここを離れんぞ。


 ぷしゅ、缶の蓋を開けると小気味良い音が耳に届く。


 ぐびびと中のしゅわしゅわした液体を飲めば一瞬で幸せぞ。

 これぞ新感覚。胃袋と脳みそが喜びで跳びはねておるぞ。

 出てくるゲップまでも気持ちが良い。人間とはまことに奇妙奇天烈なものを生み出すものぞ。


「うぬ、日が傾き始めたか。頃合いぞ」


 炭酸飲料を飲みきった儂は、空き缶をアウトドアテーブルとやらに置いて扉へと向かう。

 扉のノブへ飛びついて小さなひねりを回した。


 がちん、と施錠が解ける。


「くくく、鍵を締めても無駄ぞ。儂はすでに開き方を理解しておる。邪竜の王を舐めるな」


 ノブをひねり、扉は僅かに開く。


 相変わらずボロい扉ぞ。

 保存の魔法もかけずよく不便に感じぬものぞ。


 勢いをつけて扉を蹴る。


「っと」


 扉が開くと、儂は向こう側の通路で着地した。

 予想通りこちらは昼前である。


 儂は扉を閉めてからアパートの階段を一息で飛び降りた。


「ほぉお、明るいこちらを目にするのは初めてだが……なんかこう、空気が不味いぞ」


 こちら側に来るのは夜の散歩以来。

 ハルトには外に出るなと言われているが、こんな面白そうなものを体験せずに我慢しろという方が無理な話ぞ。ハルトが嫌がりそうな事柄はだいたい理解しておる。それに先人を見て学べばたいていの状況は乗り越えられるぞ。


 こう見えて儂は、頭脳派だからの。


 ごそごそとジャージのポケットに手を突っ込んであれを探す。

 取り出したのは折りたたまれた一枚の紙である。


「これが紙の金であることは学習済みぞ。この○が多ければ多いほど価値があるのだろう? いずれこのレナが倍にして返してやる。故に今は借りるぞ」


 ハルトの財布からくすねた紙の金。

 開くと恐ろしく細かく描かれた絵が表と裏にあった。


 とんでもない技術ぞ。この世界には専用の奴隷がいて死ぬまで絵を描かされているに違いない。


 紙には○が三つあった。

 階級はそこそこあるようぞ。

 これを出せばあの夜見たコロッケとやらが食える。おそらく。


 紙幣をポケットに押し込み、儂はまたたび荘の敷地を飛び出した。


 サンダルをぱたぱた鳴らしながらハルトと歩いた道へと向かう。


「うぬ、昼間は人が多いのだな。閉じていた店も開いておる」


 商店街とやらに入ると人間共が行き交っていた。

 いずれも手には白い袋を提げており、ここからでも食欲を誘う良い匂いが漂っていた。

 営業中の店の前で足を止める。


「ここはなんぞ?」

「あら、お嬢ちゃん。見ない顔ね」


 店の中から顔を出したのは五十歳代の若い女であった。

 ついこの間おしめがとれたばかりの人間にお嬢ちゃん呼ばわりされるとは、だがしかし、儂は寛容にして寛大な竜である。いちいち矮小な生き物の言葉を真に受けたりはしない。


 ちなみに竜族にとって若いとは侮辱にも近い言葉である。古ければ古いほど褒められ尊敬される。それに短命種が若さを尊ぶのは理解しているので怒りは湧いてこない。


「ここは何を売っている店ぞ」

「和菓子よ。外国の子供っぽいし、和菓子、わかるかしら?」

「わがし? なんぞ食べ物なのか」

「そうそう、甘いお菓子ね」


 うぬぬ!? 菓子とな!?

 コロッケを買う前にとんでもない障害が現れたぞ。

 この紙でコロッケが買えるかどうかもまだわからんというのに。


「儂にはこれしかない。これでカレーコロッケとやらを買うつもりなのだが、他にわがしとやらも買えるだろうか」

「ずいぶん持ってるわね。もしかしてお使いかしら」

「いや、儂の金ぞ」

「そう、じゃあお団子を一つ買う? それならコロッケも沢山買えると思うわよ」

「一ついただくぞ!」


 儂は店先のベンチとやらに腰を下ろし、紙を女に渡した。

 女に悪意は感じられなかった。心の中を覗けば真意もはっきりするだろうが、あれは非常に疲れる。儂には向いておらぬ魔法だしな。


 ほどなくして女は串に刺さった三つの丸い菓子を持ってきた。

 ピンク、白、緑の三色でできたそれは、なんかこう、不思議と美味そうに思えた。


「それとこれ」


 女は儂の首に緑色の紐でできた輪っかをかけた。

 紐の先には丸いカッパ太郎の顔があり、顔の上部にある金属をひねるとぱちんと音がして中に貨幣らしきコインが数枚入っていた。


「これは?」

「おまけ。剥き出しじゃ危ないからね。甥っ子が使ってたがま口財布だけど、あの子ももう大人だから、良かったら使って」

「感謝するぞ。儂はレナヴェールぞ。ハルトはレナと呼んでいる」

「レナちゃんね。よろしく」


 三色団子という菓子を儂はあむっと口に入れる。


 それは摩訶不思議な感触だった。

 弾力があり、柔らかい。ねっちょりしていて、それでいて甘く、後味は米がふわりと香る。

 美味い、のだろうか? うぬ、しかし、噛むうちに美味い気がしてきた。いや、これは美味い。少なくとも儂には美味に思える。


「美味いな」

「ふふ、ありがとう」

「馳走になった。あとこれもありがたく使わせて貰うぞ」

「また来てね」


 儂は女に手を振り、目的地の精肉店へと向かう。

 近づくほどに油の良い香りが猛烈に胃袋を刺激する。


 入り口から中を覗くと、七十代ほどの若い女が他の客に白い袋を渡していた。


「おい、カレーコロッケとやらはあるか」

「おやおや、こんな小さな子が来るなんて珍しい。お金はあるかな」

「これでカレーコロッケはいくつ買えるぞ?」


 女は奥から出てくると、儂のがま口財布の中をのぞき込んだ。


「四個ってところだね」

「ならば一個買って、あの表にある自動販売機で炭酸飲料をさらに購入することはできるか」

「できるよ。どうする?」

「カレーコロッケを一ついただくぞ」


 しばし待つと、女は儂の手に白い紙に包まれた茶色い固まりを渡してきた。

 揚げたてなのだろう、茶色い楕円形のそれはあつあつでほんのりカレーの匂いがしていた。


「いただくぞ」

「どうぞ」


 ざくっ、衣が良い音がした。

 儂はコロッケとやらを初体験であった。その美味さに衝撃を受ける。

 中は恐らくジャガイモであろう、ほくほくでねっとりした食感にカレーのアクセントがよく合う。表面の衣も相まって絶品となっていた。


「くお、くおおおおおおっ」

「だ、だいじょうぶかい?」

「なんだこの美味すぎる食べ物は。もしや宮廷に出すような高価な美食であったのか」

「……ぶっ、ぶははは、宮廷だって? あんたの作ったコロッケ、とんでもない料理らしいよ」

「あん?」


 女は笑い、奥にいる男へと声をかけた。

 男は女から話を聞き僅かに口の端を上げた。


「もう一個おまけで渡しとけ」

「あいよ」


 なぜか分からないが、儂はもう一つカレーコロッケを渡された。


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