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東京迷宮スローライフ ~アラサー会社員と邪竜のおだやかで刺激的な日常~  作者: 徳川レモン
第一章 農耕始動編

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19/22

19話 アラサー会社員は後輩を助ける

 

 買い物籠を腕から下げてスーパーをうろつく。

 豚肉のパックを手に取ると値段を確認した。


 いつもより僅かに値段が上がっている。じゃあ国産はやめて輸入肉に。どうせわからないだろう。食べ慣れている俺ですら違いがわからないのだから。


 お酒コーナーに立ち寄ると、ずらりと缶が並びごくりとつばを飲み込んでしまった。

 発泡酒に手を伸ばしたところで思考強化して長考する。


 たまには自分へのご褒美としてビールを飲んでもいいのでは? 畑のおかげで食費が浮き今月はそこそこ余裕がある。うーん、でも家も建てたいからなぁ。貯金はその費用に充てたいし。別に機能たっぷりの現代ハウスを作りたいわけじゃない。普通に雨風しのげる家で良いんだ。

 ただ、できるなら俺専用の部屋が欲しい。ハリウサギに続き、レナまで俺のテントで寝るようになって一人の時間が激減している。いや、一人の方が良かったとかそういった話ではない。その、男には色々あるのだ。


 とにかく今は節約の時。死ぬほど飲みたいが我慢。


 俺は発泡酒を籠の中に入れた。


 会計を済ませ食材をマイバッグに入れて帰宅。

 以前はカップ麺とインスタントで埋め尽くされていたけど、迷宮暮らしを始めてからマイバッグが軽い軽い。体調もすこぶる良く勤務後でも体力が有り余っている。二十代前半だった頃のような元気さだ。

 実は肌つやも良くなっているんだよね。

 ナスの美肌効果ってのが効いてるのかな。


 そういえば西島さんからナスを分けてほしいとお願いされてたな。こうなると増産も検討しなくては。彼女には食事で少なからずお世話になってるし。


 夕暮れの帰り道を歩いていると、自動販売機の前で見慣れた顔に遭遇する。


「くっ、届かぬ。これだから人の世は。ちゃんと子供サイズに作れ」

「……」

「う~、あとちょっとぞ」


 レナが上に指を伸ばし、自販機の前でぷるぷるしているではないか。

 お目当ては赤い缶が目印の某炭酸飲料だ。


 家に居ろって言ってあったのにどうしてここに居るんだ。もしかしてだけどこれまでも俺がいない間に外に出ていた? ありえる。むしろ出ない方が不自然。現実世界側に強い興味を持っている彼女が大人しくしているはずがなかった。

 はぁぁ、けど、騒ぎになっていないってことは、俺との約束を守って自重してくれてるってことだよね。これからも出歩くつもりなら、ルールを追加して行動できる範囲を決めないと。手のかかる邪龍王だ。


 届かないレナの代わりに俺がボタンを押す。


「おお、サンキューぞ!」

「うん。ところでどうしてこんなところにいるのかな?」

「あ」


 レナはボタンを押したのが俺だと知り顔を青くした。

 俺は取り出し口から炭酸飲料を取り出し、彼女に差し出す。


「人の世に紛れるつもりなら守るべきルールは覚えて貰うよ」

「う、うぬ、厳守する」


 缶を受け取った彼女はぷしゅと蓋を開けぐびぐびと飲んだ。


 二人並んで戻る道は穏やかで、だけど普通の日常とはかけ離れたところにあるものだった。

 彼女とは契約上の付き合いだけどそこそこ信頼している。一緒に居て楽しいしね。


「あれ、どうしてレナがお金を?」

「う゛!?」


 湧いた疑問を言葉にすると、レナは炭酸を詰まらせた。

 ごほごほっ、と咳き込む彼女に俺は無言でじーっと見つめる。


「す、すこしばかり小銭をな……」

「僕の財布から盗ったと?」


 俺の視線から逃れるように、レナはだらだら汗を流しながら目をそらす。


「盗ったは誤解を生む言葉ぞ。借りたのだ」

「返済の目処は?」

「ない」

「じゃあ盗ったと同じじゃないか」

「返す気持ちはあるのだ! 方法がわからぬだけぞ!」


 反論するレナにやや呆れる。


 しかし、最初に某炭酸飲料を飲ませたのは俺だし、その責任は負うべきではないだろうか。

 それにお金を使って物を手に入れる習慣を、この機会に身につけさせるのも悪い話ではない。カレー屋でカレー強盗なんてされたら俺の立場はどうなることやら。


 実際、放置ももうできないんだよね。


 レナは契約によって従っている。もしそこから解き放たれ自由になった場合、止める者は果たしているのだろうか。迷宮を閉じる方法だって不明だ。俺が知らないじゃなく、おそらくまだ存在しない。でなければ政府が、混乱の象徴たる迷宮をいつまでも放置するはずないからだ。閉じたって話も聞かないから未だ研究中だと思われる。

 つまりレナの世話は、世間の平和を守る意味も大いに含まれているのだ。


「週千円」

「せんえん?」

「お小遣いだよ。ただしまとめては渡さない。週に一回千円を渡す。その中でやりくりするんだ」

「そのせんえんは、これが何本買えるぞ?」

「八本かな」

「八本!? そんなにもらえるのか!? お小遣い万歳ぞ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねるレナに、俺は表情を緩める。

 なんだか懐かしいな。俺もあんな風に千円ではしゃいでいた時があったな。


 だけど、千円か……月四千円。大きな出費だ。


 いよいよ副業を本気で考えないと。



 ◇



 カセットコンロの火を止め鍋に蓋をする。


 あとは余熱で煮込むだけ。

 カレーの香りが辺りに漂い胃袋を刺激する。


 テーブルにはすでに揚げたカツがある。なんと今日はカツカレーである。ただのカレーライスでは飽きてしまうので、少しずつだがバリエーションを増やしていくつもりだ。


「おい、収穫が終わったぞ」

「ありがとう。クーラーボックスに入れて置いてくれるかな」

「うぬ」


 増量されたクーラーボックス。

 その全てにレナの冷蔵の魔法がかけられている。


 具体的にどのような魔法がかけられているのかは俺は知らない。大きなサイズでも付与可能ならいずれ大型冷蔵庫とか持ち込んでみるのもありだ。

 顔に泥が付いたレナは、野菜が入った籠を抱えてクーラーボックスの方へ走った。


「そうだ、そろそろ仕事用のスマホを確認しておかないと」

「外に出るのか!?」

「スマホを見るだけだよ」


 レナを連れてドアを開く。


 現実世界側は、日が沈み西の空が朱く薄明となっていた。

 仕事用のスマホを防水加工されたバッグから取り出し着信を確認する。

 着信はない。会社や社員から電話があるのは稀だ。


 その時、手元のスマホに着信が入った。


 画面には『西島さん』と表示されている。

 驚きつつも通話ボタンを押した。


 聞こえたのは西島さんの声だ。


「須崎係長。今ならまだ引き返せますよ。人を使って私を拉致した件は許せませんが、まだ罪は軽い。きちんと反省してくれるなら私も必要以上の罪は問いません」


 須崎? どうして須崎の名が?

 西島さんは須崎を会話をしているのか??

 だけどなぜ俺に電話を。


「怖いなぁ。気を許したらあっという間に警察に突き出されそうだ。だけどあいにくそれは君には無理だ。西島君、君は無力なんだよ」

「無力かどうかその身で――」


 須崎の声がしてますます混乱する。

 ただ彼女の緊迫した声から、決して穏やかではない状況に巻き込まれているのだけは伝わる。


「君が冒険者だってことは把握しているよ。私は君の上司なんだから」

「!?」

「魔力操作ができないだろ? 君に打った薬は意識の混濁と魔力操作を困難にさせる。なぜか混濁の方は効き目が薄かったようだが、肝心の効果が効いていて安心したよ。もう理解できたかな。魔力を使えない君は普通の女の子だ」


 声を出さず電話越しに聞こえる声だけを静かに聞き続けていた。

 意識が混濁する薬だって?

 なぜ須崎がそんな物を。違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。このままだと西島さんが危ない。恐らく彼女は俺に助けを求めているのだ。


 でなければこんな風に電話をかけたりはしない。


「必ず助けに行くから! 須崎、彼女に指一本でも触れてみろただじゃ済まさないからな!!」


 通話を切らず俺はそのままアパートの柵を跳び越えて一階に下りる。

 駆けだしたところでレナに上から呼び止められた。


「なんぞ急ぎか?」

「西島さんが危険なんだ。戻ってこられないかもしれないから一人で食べててくれ」

「ほう、あの西島がな。で、どこにるのか見当は付いているのか?」

「あ」

「考えもなく飛び出そうとしていたのか。ど阿呆ぞ」

「う、うるさいなっ!」


 ふわりと二階から着地したレナはにやりと笑う。


「儂なら西島の居場所を突き止められるぞ。忘れたか儂の目と鼻は特別ぞ」

「本当に!?」

「それに急ぐなら飛べばよい。たまにはそれらしく仕事をせんとな」

「え……?」


 一気にレナの身体が膨れ上がったと思えば、そこからさらに服を風船のように弾けさせ巨大なドラゴンの姿となった。


 ばさっ、大きな飛膜を広げたドラゴンはくいっと顔を動かし『乗れ』と指示する。

 背中に飛び乗ったところでレナは羽ばたき飛翔した。


「西島さんの居場所は!?」

「うぬ、あっちだな。しっかり掴まっておれ」

「うわぁぁぁっ!?」


 その巨体からは想像もできないほど速い初速。

 風に煽られながら俺はその背中にしがみついていた。


 ズボンに入れていたシャツの裾が、風によって引き出さればさばさと暴れる。


 すごい風圧とGだ。

 身体強化しないとまともに乗っていられない。


 スマホをポケットに収め、全身に魔力を巡らせ強化する。

 それだけで幾分マシになった。前方を確認すべく俺は、レナの背中をさらによじ登り後頭部のすぐ後ろまで移動した。


 眼下には、東京の夜の街並みが広がる。


「遠いのか?」

「この様子だと海の方ぞ。距離はそれほど離れておらんな」

「できるだけ急いでくれ」


 レナは要求に応えるように速度をさらに上げた。

 ビルとビルの間を猛スピードで駆け抜け、ビル群の窓という窓を震わせた。

 西の空はもうじき陽が消える。


 海が視界に入ったところでレナは高度を落とした。

 まっすぐ向かうのは、海に一隻だけ浮かぶ中型クルーザーだ。


「あの船から西島の臭いがするぞ。だが、護衛の男が三人いるようだ」

「ここまで来れば大丈夫。あとは俺がやるよ」

「油断は禁物ぞ」

「そうだね。肝に銘じておく」


 このくらいの高さならたぶん着地できる。

 待ってて西島さん。俺が絶対に助け出すから。


 レナの背中から飛び降りた俺は、思考強化と身体強化を同時発動する。


 迫る中型クルーザー。船には体格の良い男が三人いた。だが、まだこちらには気づいていない。周囲を窺いながら真上には無防備であった。


 どんっ、船体後方に着地。


 今の俺にはやや高かったのか両足がびりっとなった。

 衝撃に船体が激しく揺れる。襲撃を察知した男が腰のナイフへ手を伸ばそうとした。


 しかし、俺の方が先に動いていた。


 強化した思考はスローで相手の動きを捉え続ける。

 強化した身体はイメージ通りに動いてくれる。


「ごげっ!?」

「一人」


 強化した拳が男の鳩尾にめり込む。

 両膝を折って崩れるように男は床に倒れた。


「何者だ!」

「二人」


 腰の剣を抜こうとした男の顔面を殴る。

 気絶した男は倒れる。


「くそっ、話がちげぇじゃねぇか。安全で楽な仕事だって――」

「あむっ」

「!?!?!?!!?」


 上空から降りてきたレナが、最後の男をぱくりと頭から咥える。

 歯は立てていないらしく、口の中でべろべろ舌で舐めているようであった。男は声にならない悲鳴を上げ続け最後にぐったりとした。

 ペッと吐いたレナは「気絶してしまった。つまらん」とぼやく。


「この下か」

「さっさと助けてこい」


 下に続く扉。

 俺は勢いよく扉を蹴破り突入した。


 そこには腕を縛られた西島さんと、注射器を持って迫る須崎の姿があった。


 頭に血が上る。

 かつてないほど腕に力が込められた。


「ばかな、なぜ貴様がここに!? 外の護衛はどうした!」

「先輩! 遙人先輩!!」

「……だ」


 大きく右腕を振りかぶる。

 怒りが頂点に達した俺は、その瞬間だけ我を忘れていた。



「俺の後輩になにしてくれてんだぁぁああああああああっ!!!!!!」

「ぼげばっ!???」



 拳が注射器を砕き、さらに須崎の顔面にめり込む。

 振り抜くと須崎は客室の壁へと背中から叩きつけられ、ずるりと白目を剥いたまま床に倒れた。


「大丈夫!? すぐに縄をほどくよ!」

「ありがとうございます」


 西島さんの腕を縛る縄を解く。

 ベッドから立ち上がった彼女は、本当に怖かったのかぽろぽろと涙をこぼした。


「怪我はない?」

「はい。先輩が来てくれたから無事です」

「そっか。間に合ったみたいで安心したよ」


 がばっと彼女は俺に抱きつく。

 いきなりのことで激しく動揺してしまった。


「また助けられてしまいました。悔しい。どうして先輩は先輩なんですか」

「そう言われても……そうだ。警察を呼ばないと」

「その前に陸に戻らないとですよ。ってここまでどうやって?」


 ふわっと船体が浮き上がるような浮遊感があった。

 外に出るとレナが足で船を掴み運んでいた。


「港で下ろしてくれるかな」

「やれやれ注文の多い奴だな」

「綺麗」


 西島さんの見ている方向には、目映いほど輝く東京の街があった。





 無数の赤い回転灯が港で瞬く。

 警察官達は接岸した中型クルーザーに立ち入り、気絶した男達を運び出していた。


「――では西島さんと藤宮さんには署までご同行願いします」

「分かりました」


 警察官が西島さんへ一礼してこの場から離れる。

 助けた俺からも話を聞きたいらしく同行は避けられそうにもない。すでにレナにはその旨を伝えてあるので、一人で帰って貰う話で決着は付いている。


「警察官の話では須崎の逮捕は確実のようです。他の三名も共犯者として厳しい取り調べが待っているそうですよ」

「みたいだね。なんにせよ西島さんが無事で良かったよ。明日はゆっくり休んで」

「え? 明日も出勤しますよ?」


 目を点にする彼女に言葉を失う。

 これだけの出来事があって普通に出社しようなんて、可愛い顔してなんてタフなんだ。ある意味優秀に育ってくれたってことなのかな。先輩社員として嬉しいよ。


「レナちゃんは?」

「どこかにいると思うよ。元に戻ったときに服を破いちゃってさ」

「全裸で人前には出られませんよね。彼女にもお礼を言いたかったのですけど」

「後日でいいんじゃない? ほら、警察が呼んでるよ」

「あ、ほんとだ。じゃあ行きましょうか」


 西島さんを俺は追いかける。

 先には赤い光を点滅させるパトカーがあった。


 ばさっ。


 どこかで大きな羽ばたきが聞こえた気がした。


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