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東京迷宮スローライフ ~アラサー会社員と邪竜のおだやかで刺激的な日常~  作者: 徳川レモン
第一章 農耕始動編

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17/22

17話 迫る危機

 

 会社からの帰路。変わらない近所の光景にプラスして、いつもはいない人間が付き添っていた。


 西島さんである。


 今日からでも俺の暮らす迷宮を利用しようって魂胆らしい。

 二時間滞在するだけでも十二時間の休息になる。昼間は会社員、夜は冒険者をしている彼女には願ってもない環境だ。副業をしていなくとも普通に欲しい環境ではあるけど。


「……」

「こっちに来てからずっと喋らないけどどうかした?」

「いえ、その」


 隣を歩く西島さんは、心なしか顔が赤く緊張しているようであった。

 視線も俺の顔を伺うようにちらちらと落ち着きがない。


「よくよく考えてみたら、私とんでもないことしてませんか?」


 とんでもない?

 俺は歩きながら夕暮れ空を見上げて考える。


 ああ、もしかして先輩に迷惑をかけていないかってことかな。

 あの狭く小さな旧自室ならそう感じたかもしれない。


 人を招くほど大きな部屋じゃなかったからなぁ。私物でごちゃごちゃしてて全体的に汚かったしさ。その点、迷宮は広々としていて目撃されて困るような私物もない。彼女一人が過ごす程度なら全然許容範囲だ。


 まぁそれでも先輩宅に長時間お邪魔するのだから、改めて確認するのは当たり前だよね。俺としては自宅のある広い森に連れているっている感覚だけど。


「迷惑じゃないよ。西島さんが良ければ好きなだけ使ってよ」

「そうじゃなくて!」

「あ、さっきコンビニでビール買ったんだけど飲む?」

「飲みます!」


 すごい食いつきだ。西島さんってビールいけるんだ。

 飲み会を断っているからてっきりアルコールが苦手だとばかり。


 レナはどちらかと言えば炭酸飲料の方が好きだし、何よりあの見た目だから気分的に飲ませにくいんだよなぁ。その前にアルコールを飲ませて良いのかすら不明だしさ。酔っ払ってドラゴンの姿で畑をめちゃくちゃにされると困る。


「先輩って洗濯はどうされているのですか?」

「ん? 今は手もみで洗っているけど、汚れが取れなかったり間に合わない時は近くのコインランドリーを使ってるよ。旧自室に洗濯機があるからそっちもたまに使うかな」

「コインランドリーってお金を払って洗濯して貰う場所ですよね?」

「そ、そうだね」

「?」


 俺は笑顔を作りながらその裏で驚愕していた。


 なにその名前は知っているけど見たことはないみたいな反応。

 もしかして君、稼いでいるお家のお嬢さん? くっ、羨ましい。社会人になってもなお無縁なんて本当に冒険者って儲かるんだ。あ、涙が。耐えるんだ俺。


 アパートの看板が視界に入り、二人揃って掃除をしている田中さんに挨拶をする。


「ただいま戻りました」

「お帰り。西島さんも一緒なのかい」

「本日も遙人先輩のお宅にお邪魔させていただく予定です。例のお話しですけど――」


 西島さんと田中さんが俺から離れ、こそこそ会話する。


 猫好き同士のお話しかな。二人とも馬が合うみたいだから密かに交流しているのかな。

 西島さんが飼っている猫はスマホで見せて貰ったけど、田中さんの飼い猫は未だに知らないんだよね。飼いたいほどじゃないけど俺も猫は好きだし少しだけ興味はある。


 戻ってきた二人は不気味なくらいニコニコしていた。

 猫の話をしていたんだよね? 猫じゃないの?


「行きましょ先輩」

「う、うん。ではまた」


 西島さんに急かされるように自室へと向かう。

 振り返ると田中さんは、孫でも眺めるように微笑んでいた。



 ◇



 迷宮世界側での日課は大体決まっている。


 帰宅後から始まるカレー作り。

 戻ってくると高確率で、作り置きしていたカレーがなくなっている為だ。


 腹を空かせたレナが地面に転がり、駄々っ子のように要求してくるからこの作業は急ぐ必要がある。


 次に洗濯だ。定時上がりの帰宅を行うと、迷宮世界側ではだいたい日が最も高いところにある。

 独身男の洗濯物は少ない。カレーを煮込む合間に洗濯を済ませ、樹と樹の間に張ってあるロープにぶら下げれば終了だ。


 夕食兼昼食。できたカレーを食べる。

 最近は俺だけ別に作るときもある。

 カレーライスは美味しいけど毎日続くと飽きるからだ。

 レナは未だに美味そうに食っているので、もしかすると永遠に飽きないのかもしれない。


 食器と弁当箱を井戸水で洗う。その後、畑で収穫を行い、水やりと雑草抜きを黙々とこなす。畑が終われば魔力操作の修行だ。レナの指導の下、身体強化の練度を上げるべく筋トレを行う。あるいは思考強化と身体強化を同時発動しながらノートPCで文字打ち。


「497、498、499、500! だはっ、きっつ」

「この程度で弱音を吐くな。この軟弱者」


 腕立て伏せが終わり、俺は地面に倒れる。


 見下ろすレナは教官のごとく厳しい態度で叱咤した。

 西島さんは夕食の用意をしながら俺達を興味深そうに眺めていた。


「いつもこんなことを?」

「最近お腹が出てきてさ。身体強化を鍛えながら筋トレでダイエットもしているんだ。腹筋、背筋、スクワット、腕立てをそれぞれ五百回三セット。身体強化を維持しながらだから、俺でもできる数に設定してある」


 普通なら毎日五百回三セットなんて維持できない。

 だが、発動する身体強化のおかげで、なんとかこなせる範囲に収まっていた。


 最初期は身体強化を維持するだけでへばっていたけど、こなれた現在は作業をしながら数時間でも維持できるようになっている。一方で思考強化との同時発動はかなり苦戦している。数秒から数分にまで成長したんだけど”使える”というには微妙なラインだ。


 この前のおばあさんで感じたことだけど、俺に力があればより多くの人を助けることができるかもしれない。漫画やアニメに登場するヒーローのように、世界を救いたいとかそんな大げさな話じゃない。


 視界に入る人達だけでも、助けたいってだけの単純な話だ。


 何の奇縁かこうして魔力を得ることができた。なら有効活用できる方法も考えるべきだろう。腐らせるには惜しい力だ。ってつらつらと言い訳してるけど普通に魔法が使いたいだけなんだけどね。やっぱカッコイイし使いたいじゃないか。魔法だぞ。魔法。


 立ち上がった俺は、畑の柵にかけていたタオルを手に取り汗を拭う。

『もう終わった?』とばかりにハリウサギが足下に駆け寄ってくるので、俺は抱き上げて腕の中で頭を撫でた。


「前にも思いましたけど、その子すごく懐いていますね。魔物が人に懐くなんて珍しいですよ」

「へぇ、他の魔物はこんな風にはならないんだ」

「私が知る魔物は、びっくりするくらい凶暴ですよ。たまに気性が穏やかな個体も見かけますけど。改めて考えると魔物って何なんでしょうね」

「迷宮に生息している生き物だよね?」

「まぁ、そうなのですが」


 俺と西島さんの視線が、漫画を読むレナに集中する。


 確かに魔物って何なのだろう。喋ってカレーを食って漫画を読む生き物なんて人間以外にいないと思っていたけど。レナだけが特別と考えるのも危険な気がする。少なくとも彼女のように高い知能を持った魔物はいると理解すべきなのかな。


 調理を終えた西島さんが料理をテーブルに置いて行く。

 その間に俺は井戸で軽く水浴びをしてから着替えた。着席する頃には茶碗にご飯が盛られ、メインの皿にはほくほくの肉じゃがとからっと揚げたての唐揚げがあった。


 ごくりと生唾を飲みつつ早速いただくことにする。


「……」

「どうですか?」

「おいひい」


 口に入れた瞬間じゃがいもがほろほろと崩れて消えてしまう。

 味もよく染みてて恐ろしいまでに白米が進む。


 カレーを食べているレナも、興味本位で肉じゃがに手を出すと「なんぞこの美味い料理は!?」なんて目を丸くしていた。


 彼女の弁当を知らないからそう言ってしまうのも無理はない。西島さんは俺なんかより百倍料理が上手いのだ。しかし、改めて彼女の腕前には驚かされる。


 唐揚げを箸でとって口に運ぶ。

 ざくっと衣が心地よく音を立てぶわっと肉汁が溢れた。

 味付けも絶妙である。これはご飯よりビールが飲みたくなるな。


 察したのか西島さんが缶ビールとグラスを差し出した。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「ふふ、どうして先輩がかしこまっているんですか。先輩の家ですよ」

「なんとなくつい」


 ビールをグラスに注ぎ一杯。


 修業後もあって最高の一杯であった。

 至福の吐息が漏れる。


 肉じゃがに続き唐揚げにも手を出したレナは、口に入れたところで「ぬおおおおおおおおおおっ!」と叫び立ち上がる。


「なんぞ! このカレーにも比肩しうる美味な料理は!」

「普通の唐揚げですけど……」

「これは『からあげ』というのか! おい、ハルト! なぜ儂にこれを教えなかった! 独占するつもりで黙っていたのか!?」

「ははは、まさか」


 俺はレナからそれとなく目をそらす。

 西島さんが作った唐揚げが不味いはずがない。大食らいのレナが知ったらあっという間に食べ尽くされビールのつまみが消えてしまう、と思い至り沈黙していただけだ。

 こうなった以上、確保できるだけ確保しなくては。


 すっすっと唐揚げを自分の取り皿に移動させる。


「ああっ!?」

「この皿にある唐揚げは譲りません」

「せ、せんぱい……大人げないですよ」


 ふっ、そう言っていられるのは今だけだよ。


 ドラゴンの胃袋はとんでもない大きさだ。自分の分を確保しておかないとあっという間にかっ攫われて白米だけ食べることになる。君はカレーのかかっていないカレーライスを食べたことがあるかい? それはもう惨めだよ。


 案の定、レナは猛烈な勢いで唐揚げを食い始めた。

 その様子に西島さんは唖然とする。


「すごい、食欲ですね。ちょっとびっくりしました」

「ドラゴンだからね。はい、西島さんの分」

「ありがとうございます。なんだか、その、納得しました」


 西島さんは賑やかな食卓にくすりと笑った。



 ◇



 こぽぽ。ポットからカップへ湯が注がれる。

 コーヒーを作りながら俺は一人きりの給湯室であくびをした。


 あれから西島さんは毎日ウチに来ている。


 冒険者の仕事があるので、ある程度したら帰宅してしまうのだけれど。

 食事も作ってくれるしこっちとしては、一食分の手間が消えて助かっている。


 魔力操作の修業も順調だ。進歩は遅いけど少しずつ成長している。

 畑は、まぁ変わりはないかな。特にこれと行って変化もないし、いつも通りのペースで収穫している感じだ。野菜の効果については活用できれば活用するけど、今のところ食料以上のものを求めていないから放置している。でも、業務がキツくなりそうだなって日は、弁当の中身もそれ向きに調整はしている。ニンジンとモヤシはもう必須だ。


「おはようございます」

「おはよう西島さん」


 給湯室に西島さんがやってくる。

 彼女もコーヒーを淹れに来たのかな。


 しかし、西島さんは自身のカップは出さず俺の方にやってきた。


「ここ数日、おかしなことはありませんでしたか?」

「おかしなことって?」

「誰かに見られているとか尾行されているとか」

「ないけど」

「そうですか……気のせい。考えすぎなのかな?」


 考え込む西島さんから強い不安を感じ取った。


 いつも毅然とした態度を取っている彼女がこんな風になるなんて珍しい。

 先輩として安心できそうな言葉をかけてあげなければ。


「ひとまず警察に相談してみるのはどうかな。もし何かあれば俺に連絡してくれていいからさ。必ず駆けつけるから」

「先輩に? かまわないのですか?」

「もちろん。あ、だけどあっちだと電波が届かないんだっけ。じゃあプライベートじゃなく仕事用の携帯に連絡してくれるかな。仕事用だけは外に置いてあって時々着信を確認してるから」

「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 完全には不安は拭えなかったみたいだけど、彼女の顔色は少しばかり明るくなった気がした。


 彼女の言うとおり気のせいならいいけど、もし本当に尾行されているのならゆゆしき事態だ。警察でどうにか対処できれば良いけど。だけど誰が彼女を?


 そういえば今日も係長は欠勤だそうだ。

 西島さんが尾行されている件と無関係ならいいけど。



 ***



 一人で会社を出た西島由海は、自宅に向かうべく駅へと向かう。


 遙人先輩の家に行きたいのはやまやまだけど、今夜は早い時間からあっちの仕事が入っている。命の危険がある以上は事前の準備は怠れない。由海はそんなことを考えながら歩く足を速めていた。


「えーんえーん」

「子供?」


 狭い路地に幼い少女が一人で泣いている。

 偶然にも見かけてしまった由海は足を止め路地に入ろうとした。


 が、ぱたと足が止まる。


 ぞっとするほど暗い路地であった。


「えーんえーん」

「待ってて。そっちに行くから」


 意を決して路地に入った由海は、泣いている少女へと駆け寄った。


「どうしたの? 一人きり? 名前は?」

「あのね」


 少女が顔を上げたその時、由海は己の過ちに気が付く。


「あんたを捕まえに来たのよ。西島由海」

「!?」


 少女は可愛らしい外見とは裏腹に、らしからぬ邪悪な笑みを浮かべていた。

 その双眸は瞬きもなく見開かれ、驚愕する由海だけを映していた。


 後ずさりする由海は『図られた!』と心の中で叫んだ。


 ききっ、路地の先で黒いミニバンが停車する。

 下りてくるのは黒いシャツにくすんだ緑色のズボンをはいた屈強な男達だ。


「何者!?」

「ひゃひゃ、逃げられないよ」


 逃走を選んだ由海は、少女に背を向け走り出そうとした。

 しかし、目の前にはすでにサングラスをつけた男が待ち構えており、手のひらを向けられると強烈な眠気に襲われる。


(睡眠の魔法……やられた)


 どさっと地面に倒れた由海を、男は軽々と担ぎ上げた。


「連れて行って拘束しておきな。くれぐれも指一本触れるんじゃないよ。傷物は許さないとの依頼人直々のご命令だ。お姫様のように丁重に扱いな」

「うす」


 由海を抱えた男は少女の言葉に頷いた。


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