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東京迷宮スローライフ ~アラサー会社員と邪竜のおだやかで刺激的な日常~  作者: 徳川レモン
第一章 農耕始動編

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12/22

12話 デート前日

 

 続々と同僚が退勤する中、一人残り作業に没頭していた。


 明日の朝までに終わらせなければ約束はキャンセルとなる。具体的には午前九時までに。

 その時間が待ち合わせなので、最悪午前八時までに終われば迷宮世界側で準備時間は確保できる。


 思えば俺が気が付かなかっただけで、須崎はずっと狙い撃ちにしていたのだ。

 しかし、なぜ今頃になってかつてないほど圧力を強めたのか。浜松さん達の告げ口があったとしても須崎が応じる必要はないはずだ。あの二人付き合ってるとか? 


「この後どうかな。仲の良い連中で飲み会やるんだけど」

「今日こそ参加してよ西島さん。みんな西島さんが来てくれるの待っているんだよ」


 オフィスの入り口で、またも大塚と中田が西島さんを飲み会に誘っていた。


 断られても断られても立ち向かうその勇気見習いたい物だ。しかし、あまりにも相手が悪すぎた。西島さんは氷のような冷たい表情で男性二人をたじろがせる。


「丁重にお断りします」

「そ、そこをなんとか。空気、じゃなかった藤宮も誘うだけ誘ってみるからさ」

「先輩が来られないのはご存じですよね? 今日は私も用事がありますので参加は見送らせていただきます。それでは」


 大塚と中田がとりつくしまもなく西島さんは塩対応をした後に帰宅する。

 さすがに堪えたのか残された二人は肩を落とした。


「また須崎さんに怒鳴られる。なんで空気君なんだよ」

「いい加減俺達を使うの勘弁してほしいよな。てかあの人結婚してて子供も居るよな? なんで今さら西島さんを呼び出せとか言ってんのさ」

「ここだけの話だけど、あの人今年の初めに離婚したんだよ。だから本腰入れて西島さんを落とそうとしてんの。これまで三回告白して三回とも断られてるらしいから可能性は限りなくゼロなんだけどな」

「西島さん、空気君に興味ありありっぽいし無理だろ」


 須崎の奴、離婚してたのか。

 俺にはそんな情報回ってこないから知らなかった。


 俺がいることをすっかり忘れている二人はぺらぺらと割と重要な情報を漏らしていた。

 聞こえていないフリをして密かに聞き耳を立てる。


「そういやさ、最近の空気君ヤバくないか」

「須崎さんに追い込まれてる件?」

「違う違う。この前、あいつの仕事を遠目から観察してたんだけど、処理スピードが爆速でさ。もう空気君なんて馬鹿にできねぇよ」

「それでもあの量を片付けるのは無理だって。須崎さんもひどい人だよ。気に入らないってだけで大量に仕事投げるんだから。鈍感な空気君も今回ばかりは上司に嫌われてるって気づいたっしょ。はやいとこ自主退職した方が今後のためだと思うけどね」


 二人は笑いながらオフィスを出て行った。


 俺はたった一人背もたれに身体を預け嘆息する。

 自主退職か。考えたことないっていえば嘘になる。だけど生活には金が必要だし今の仕事は気に入っている。なによりこんな俺を応援してくれる人達が居るんだ。あの人達の期待を裏切れない。


 須崎、俺の意地を見せてやるよ。

 明日の朝までに終わらせて約束を果たす。


「やるぞ、俺にできる最大速力――」


 ――思考強化三倍。


 打ち込む速度は普段と変わらない。

 だがしかし、実際は普段の三倍の速度で処理している。


 こんなことならお昼の弁当にモヤシを入れておけば良かった。あれがあれば一時的に行動速度が上昇したはずだ。

 しかし、やってもやっても終わらない。出勤時とは違い、今日の仕事を終えてからの追加の仕事だ。肉体的にも精神的にも結構キツい。それにじわじわと三倍使用の影響が出始めている。頭がズキズキ痛み、かろうじて付いてきている肉体が悲鳴を上げ始めている。

 これを何時間も続けるなんて地獄だ。


 時刻は十八時。

 人の居なくなったオフィスでたった一人黙々と作業を続けていた。


「遅くなりました。夕食を作ってきたので食べてください」

「ありがとう西島さん!」


 スーツ姿の西島さんが再びオフィスに顔を出した。

 彼女の手には大きな袋が握られており、ここからでも袋の中にあるだろう弁当の良い香りが届いているような気がした。


「どこまで進みました?」

「四分の一もいってないんじゃないかな」

「先輩はお弁当を食べてください。その間に私も手伝います」


 受け取った弁当には食べやすいようにおにぎりが敷き詰められていた。

 おかずもウィンナーや卵焼きなど手づかみでも食べられそうな選択がなされていた。これなら食べながらでもできそうだ。


 西島さんには感謝だな。一度帰宅して食事を用意してくれるって言ってくれたから、こうして作業に集中できる。二人で終わらせて須崎をぎゃふんと言わせよう。


「おやおや、心配してきてみればお邪魔だったかな」


 ひょっこり顔を出した斉藤さんはスーツ姿で微笑んでいた。

 彼は上着を脱いでから自分の席に座ると、パソコンを立ち上げシャツを腕まくりする。


 まさか手伝ってくれる?

 だけど斉藤さんがどうして。


「書類を渡してくれ」

「これです。でもどうして俺なんかの手伝いを」

「僕はねこれまで逃げてきたんだ。須崎君が君を標的にしているのを知りながら我が身可愛さに当たり障りのない言動ばかりとってきた。だけど近頃の君を見ていて目が覚めたんだ。立ち向かわなければ本当に良い職場なんて作れないと。今さらだけど全力で君の味方をさせてもらうよ」

「――っ!」


 じんっと目頭が熱くなった。

 どこかに必ず見てくれている人は居る。俺のやってきたことは無駄じゃなかった。


 俺は斉藤さんへ深々と頭を下げてから席に戻った。





 時刻は二十二時。

 会話もなくキーボードを打つ音だけが響く。


 俺はエンターキーを押して深く深く息を吐いた。


「終わった」

「こっちもちょうど終わりました」

「こちらもだ」


 須崎に渡された仕事は全て完了した。

 ミスがないか何度もチェックしたので多分大丈夫。

 二人が手伝ってくれたおかげで予想していた時間よりも大幅に早く終わった。本当に感謝してもしきれない。


 立ち上がろうとするも、足に力が入らず前のめりで倒れてしまった。


「遙人先輩!?」

「藤崎君!」


 駆け寄って心配する二人を不安にさせまいと、俺は床から起き上がりながら笑顔で返事をした。

 思考強化を使い過ぎたみたいだ。慣れない三倍を数時間も維持し続けたからね。頭は痛いし全身を疲労感が押しつぶすようにのしかかっている。


「ちょっと疲れたみたいです」

「驚かせないで貰いたいな。過労死したかとヒヤヒヤした」

「早く帰ってゆっくり休んでください。明日はキャンセルでかまいませんから」


 キャンセルと聞いて俺は飛ぶように立ち上がった。


 それはまずい。何のために頑張ったのか分からなくなる。

 後輩との買い物を楽しみにしているんだ。


「許可なくキャンセルは勘弁して貰いたいな。明日はちゃんと待ち合わせ場所に行くよ」

「うーん? デートの約束かい? 若いね初々しくて眩しいよ。さて、おじさんは妻子が待つ家に帰せて貰うよ」


 にやりと笑った斉藤さんは上着に腕を通し出口へと向かう。


 俺と西島さんは「ありがとうございました」と揃って頭を下げた。

 背中を向けたまま手で応じた彼はオフィスを出て行った。


「じゃ帰ろうか」

「はいっ!」


 身支度を調えた俺達はぱちんと電気を落とし帰宅する。



 ◇



 いつもとは違う休日の朝。

 旧自室の洗面台で俺は髪を整えていた。


 普段は下ろしている前髪を、本日ばかりはたくし上げる。


 私服は先日購入したものだ。そこそこ似合っていると思うけど、他人の評価はまだ得られていないので不明だ。歯磨きを終えるとぱしっと両手で頬を叩いた。


 よし、これでいつでも待ち合わせに行けるぞ。


「なんぞめかし込んで、もしや意中のメスとデートか?」

「げっ」


 いつの間にかリビングにレナがいるではないか。

 俺が買ったカレーせんべいをかじりながら、未だ片付けていないこたつでTVを観ている。


 とんでもない速度で現実世界になじんでいないか。ついこの間まで日本語すら読めなかったのに、今は当たり前のようにニュースの内容を理解している。


「デートじゃないよ。ただの買い物」

「だが相手はメスであろう? 別にとがめておらんぞ。良いオスは複数のメスに好かれるものぞ。本能の赴くままに好きなだけ孕ませてくるがよい」

「彼女とはそんな関係じゃないから。ただの先輩後輩の関係だよ」

「脈がなければ買い物なんぞせんと思うがな。相手もこれでは苦労しているだろう」


 ばりっとせんべいをかじるレナはやれやれと肩をすくめる。


 時々彼女を普通の人間と錯覚する瞬間がある。子供のように思えて真の姿は邪竜王と称する見上げるほど大きなドラゴンだ。決してカレーせんべいを食べているからと侮ってはならない。


「おほぉ、このこたつとやらは実にいいぞ。なぁハルトよ。こたつをあちらに持ち込めぬのか」

「まだ厳しいかな。タープを張ったとは言えまだ壁がない状態だからね。ノートPCや細々とした電化製品くらいなら急な雨にも対応できるけど、こたつとなると本格的に家を建てないと難しいかな」

「家とな。うーぬ、その家は建てるのに金がかかるのか?」

「ログハウスとか今あるレンガの壁を補修して活用するとかならそこまで費用はかからないと思うけど人手と時間がね。どちらにしろお金はかかるのは間違いない」


 貯蓄も迷宮生活の構築で結構使っちゃったからなぁ。

 このまま節約しながら働いて貯めるか、副業で一気に稼ぐか。しかし、俺にできそうな割の良い副業なんて心当たりないし。うちの会社は副業は認めてるからいっそ迷宮を使って内職に励むというのは? ありかも。退勤しても俺には三日の自由な時間がある。日曜をフルとして一週間なら五百七十六時間も内職に使うことができるんだ。荒稼ぎできるのでは。

 いや、可能だけど現実的でない気もする。長期間に渡り収入を得られなければ結局別の副業を探すことになりかねない。ここは我慢して多少危険な仕事も視野に入れるべきか。


「時間はいいのか。遅刻は印象悪いぞ」

「急がなきゃ」


 紙袋を掴んだ俺は、窓からはしごを伝って地上に降りる。

 正面玄関が使用不可なので現在はこうやって窓側から出入りしている。ままたび荘の入り口ではいつものように田中さんが箒で掃除を行っていた。


 俺は紙袋を田中さんへと差し出した。


「これ、ウチで採れた野菜です。この前欲しいって言っていたので」

「こりゃたまげた。迷宮ってのはこんなにも見栄えの良い野菜ができるのかい。サイズもちょうど良くてきっと歯ごたえがあって美味しいだろうね。ありがたくいただいておくよ。ところでおめかししてデートかい? ん?」

「そんなんじゃありませんよ。後輩と買い物です」

「今度会わせな。あたしが見定めてあげるよ」

「えーっと、そろそろ時間だから。じゃあまた」 


 いくら年を取っても女性は恋バナみたいなのに敏感なんだな。

 あの田中さんが目を輝かせて食いついてきた。


 本当に後輩とただの買い物なんだけど。





 最寄りの駅から乗り継ぎ目的の渋谷で下りる。


 駅を出ると西洋風甲冑や近未来風のボディスーツを着た若い冒険者達が目の前を通っていく。

 今や渋谷は冒険者ファッションの街として有名だ。


 巨大ディスプレイには、装備の有名ブランドが大音量で宣伝を流している。

 未だ一般に恩恵を与えない迷宮も、こと関わりのある冒険者達には驚くほど新技術と新素材と莫大な資金という恩恵を与えていた。


 俺はだんだんと視覚化しつつある察知能力で周囲の人達の魔力を観察した。


 冒険者といっても保有魔力はまちまちなんだ。

 薄すぎて感じ取れないレベルもあれば魔力を有しているのをはっきり感じ取れるレベルまで様々。ただ、西島さんほどの魔力の持ち主は視界に入る人達にはいなかった。


 もしかして西島さんって相当な魔力の持ち主?

 平均や中央値が分からないから多いのか少ないのか判断できない。


 待ち合わせ場所へ向かうと西島さんの他に二人の男性がいた。


「きみさ、めちゃくちゃ可愛いよね。モデルさん?」

「違いますけど」

「知ってっかな。俺達C級の冒険者なんだぜ。ここらじゃけっこう有名なんだけど」

「だから?」

「渋谷を案内してやっからこの後どう? 暇でしょ?」

「人と待ち合わせしているので迷惑です。さっさと失せなさい」

「んだとこらぁ。ちょっとばかし可愛いからって図に乗るんじゃねぇぞ」

「はぁぁ、どうしていつもいつもこんな人達が」


 額を手で押さえうなだれる西島さんに、冒険者であろう二人組の男性はつかみかかろうとした。だが、彼女はその細く白い手を相手の腕に添えて、自分の倍以上もありそうな男性の身体ごとくるんと回し飛ばした。

 重い音を立てて男性は背中から地面に叩きつけられ驚愕に目を見開く。


「身の程をわきまえなさい」


 一部始終を見ていた人々は拍手を彼女に送る。


 見事なほど洗練された投げ技であった。


 西島さんは武術の心得もあるのか。綺麗で可愛くてスタイルも良くて仕事ができて戦うこともできる。完璧だ。すごい人が後輩だったんだぁ。


 おっと、そろそろ声をかけないと。


「西島さん!」

「先輩!?」

「待たせてごめん。あれ、この人達は?」

「さ、さぁ? 勝手に転んだので私にはさっぱり……」


 うん、目が泳いでいる。

 別に隠さなくてもいいと思うけど。彼女にも事情があるのだろう。


 男性二人は「くそっ、覚えてやがれ!」と逃げ出した。

 実際にあんな台詞を吐く人が本当に居るんだ。


「今日はよろしくね」

「こちらこそふつつか者ですが」

「ぷっ、お嫁に来たみたいな言い方だね」

「にゃっ!?」

「行こっか」


 俺がリードすると西島さんは少し恥ずかしそうな表情で隣に来た。


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