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東京迷宮スローライフ ~アラサー会社員と邪竜のおだやかで刺激的な日常~  作者: 徳川レモン
第一章 農耕始動編

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11話 アラサー男と邪竜の外食

 

 思考強化のおかげで本日も定時帰宅。

 その帰りに本屋に寄ってファッション雑誌を購入した。


 レナの待つ迷宮世界側に戻った俺は、雑誌を眺めながら今のトレンドを勉強する。


 会社の後輩とはいえ相手は成人した女性、それなりの格好で来るだろうし先輩である俺が不釣り合いな悪目立ちしそうな格好で行くわけにはいかないからだ。


「へぇ、こんなのが流行っているんだ。どれも俺には似合わないな」

「カレーぞ、はようカレーライスを作れ」


 腹ぺこカレードラゴンがスプーンを両手に皿をカンカン鳴らしていた。


 おっかしいな。小さくなったんだからカレーの消費だって減っていると思うのだけれど。

 なぜ鍋が空っぽなんだ。


 もしかして、以前は一日あまりで食い尽くしていたのか?


 そうか、だから小さい身体が都合が良いと。だがまぁあの様子だとぎりぎり三日は保てているのだろう。以前は俺が帰宅するなりカレーを作れと目が血走っていたんだよな。


 ぼんやりと脇道にそれる思考をしつつ雑誌をめくる。

 そこで俺ははっとした。

 ボタンダウンシャツに落ち着いた色のジャケットカーディガンを重ね着、ボトムはスラックスに革靴。三十代の春コーデと書かれたタイトルに俺は「これだ!」と立ち上がった。


 これなら西島さんに迷惑を掛けなくて済みそうだ。

 しかし、明日もし残業してしまうと買いに行くことはできなくなる。できれば今日中に手に入れておきたい。時間は、あちらだと……うん、まだ余裕はある。急いで行けば選ぶ時間くらいは確保できそうだ。


 俺は上着を掴みいそいそと腕を通し始めた。


「どこぞへ出かけるつもりか。カレーライスはどうした。儂はまだ食べとらんぞ」

「ごめん。急用ができてさ。帰ってきたら急いで作るから」

「急用とな……ならば儂も連れていけ」

「一緒に!?」

「すでに仕事とやらは終わったのだろう? ならばこれから向かうのは仕事ではない用事。仕事でないのなら儂が同行しても問題ないはずぞ」

「うっ、学習してる」


 まさしくその通り。同行を拒絶できるほど強い理由がない。

 俺としては魔物である彼女をここから出したくない、だがしかし、レナのことはそれなりに信用しているし日本を見せてやりたいという気持ちもある。それにたぶん一度出ると数時間は待たせることになるだろう。


「ひとりぼっちで待つのか。腹が減っておるというのに」

「うぐぐ」


 レナはしょぼんとうなだれ悲壮感を漂わせる。

 まるで父親に置いて行かれる子供のようだ。ぐさぐさと心が痛む。


 あー、もうしかたがない。


 どうせどこかでこっちのルールを学ばせなければならなかったんだ。

 その時が来たと諦めて連れて行ってやろう。


「大人しくすると約束できるなら」

「するぞ。なんせ儂は大人しい子と定評があるからな」

「ほんとかな」


 とりあえず支度だ。

 Tシャツのレナにジャージを着せファスナーを上げる。ズボンは、不要かな。サイズの違いからTシャツがワンピースみたいになっているのでたぶんセーフだ。どのみちウチには他に服がない。


 彼女の手を握ると現実世界側へ買い物に出かけた。



 ◇



「うぉおおおおおおおおおっ! なんぞ人が蟻のように歩いておるぞ!」


 通りにやってきただけでレナは大はしゃぎだ。

 この辺りはファッション関連の店が多く比較的賑わっている。


 ここに来るまでの道のりで、すでにやってはいけないことは言い含めてある。

 ドラゴンになるな、人は食うな、物は壊すな、勝手に行動するな、暴れるななど。まぁ子供の姿だが彼女は齢二千を超す賢いドラゴンだ。これまでの言動からして上手く溶け込んでくれるだろう。


「おい、ハルト。あれはなんぞ。箱が馬もなく走っておる」

「自動車だよ」

「じどうしゃ??」

「油で走る乗り物さ」


 次々と目の前を通り過ぎる車。

 通り過ぎるたびにレナは右から左へと目で追っていた。


「あの車とやらはハルトには買えぬのか? あれがあれば便利ではないか」

「車を買う余裕はウチにはありません。そもそも都内住みには必要ないから。移動は電車と徒歩で充分だしさ。遠出ならタクシーを使えば良いから」

「うぬぬ、あのカッコイイ箱に儂も乗ってみたかった。金さえあれば。金さえあればハルトに運転させて好きな場所に行けるというのに」


 ドラゴンのくせに金金言わない。

 でもまぁ、そりゃあね、あればあるだけいいのは確かだけど、ヒラの会社員が望んで得られる物でもないでしょうに。人生ほどほどがいいんだ。


 通りをぞろぞろと武装した連中が通過する。

 レナはじっと目で追いながら興味深そうにしていた。


「もしやあれが冒険者ぞ?」

「そうそう、俺が子供の頃は冒険者なんて職業は影も形もなかったんだ。刃物を持つだけで警察を呼ばれるくらいだったのにさ、今は堂々と剣や斧をぶら下げてるなんて時代だな」

「ほとんどの者達は武器を持っておらぬが、冒険者が暴れたらどう自衛するのだ」

「そこは警察の出番だよ。市民の代わりに取り締まってくれるんだ」

「なんと、警察とやらはそんなにも強いのか!?」

「掴まれば臭い飯を食わされる」

「く、臭い飯を!? ひぇ」


 がくがくとレナは震えた。

 何を想像したのだか。反応が面白いのでしばらく訂正はしないで置こう。


 俺とレナは目的の服屋に入り、事前にチェックしたファッションを参考にしつつ服を手に取った。


「ハルト、この服はどうだ。儂にぴったりだろ」

「んー、少し派手じゃないか。大人のサイズだし。できれば今のサイズの方がありがたいな。スカートとか似合いそうだけど」

「あのひらひらは嫌いぞ」


 ぷくっと頬を膨らますレナを、二人組の女性がクスクス笑っていた。


 端からだと微笑ましいやりとりをする父と娘の買い物に見えているのだろうか。

 そう思われても否定はできない。

 実際はとんでもない美女が子供サイズに縮んでいるだけなのだが。


 俺は目的の服を購入し、ついでにレナの服も購入する。

 本人に選ばせたのでチョイスはファッション性より機能性と着心地優先の部屋着のようなものばかりであった。最初に買ったジャージが気に入っているらしくほとんどハーフパンツやインナーばかりであった。

 買い物が終わった後は、適当な店に入り夕食だ。


「ここは食事を出す店か。カレーはないのか」

「あるにはあるけど、たまには違う物も食べてみない? せっかく外食してるからさ」

「うぬ……それもそうだな。ならば儂が驚くようなとびっきり美味い飯を所望するぞ」

「とびっきりかぁ」


 メニューにはどれも美味しそうな料理が並んでいる。

 レナを驚かせるとなるとカレーに並ぶ料理でなくてはならない。そして、恐らく奇手ではなく王道を求めている。ファミリーレストランで王道といえば――これだ!


 注文からしばし待ち、遂にテーブルに料理が運ばれてきた。


「ご注文の熱々デミグラスハンバーグでございます。こちらはライスです」


 熱々の鉄板の上に載ったハンバーグ。

 女性店員は、目を点にするレナにくすりと笑って去って行った。


「なんぞ、これは。本当に美味いのか?」

「ハンバーグだよ。ナイフとフォークを使ってこうやって食べるんだ。騙されたと思って食べてみて」

「こ、こうか? あむっ」


 ハンバーグを口に入れた直後、レナの顔は怪訝から驚愕に、驚愕から歓喜へ、歓喜から苦悩へとせわしなく切り替わった。


「うぬ、うぬぬ」

「美味しくなかったかな?」

「ちがう。美味すぎて悔しいのだ。儂はカレーライスこそが至高の料理だと信じて疑わなかったが、このハンバーグとやらにであってそれがぐらついておる。なぜぞ、なぜこのようなカレーにも比肩しうる料理が存在しているのか」


 両手で拳を握りブツブツ呟いている。

 冷めるから早く食べてほしいのだけれど。


「褒めてくれるのは非常にありがたいけど、レナの知るカレーは所詮素人が作ったそこそこのカレーだ。カレーにはまだまだ上があり可能性がある。君は深淵を覗いたに過ぎないんだ」

「儂は分かったつもりで真のカレーに触れていなかったのだな。なんと滑稽。このレナヴェール一生の不覚ぞ」

「早く食べなさい」

「うぬ」


 ハンバーグをよほど気に入ったのか、一心不乱に食事をしていた。

 さすがに二皿目を頼んだときは財布の中を心配したけど。


 まぁ、ハンバーグカレーなんて料理があることはしばらく黙っておこう。



 ◇



 西島さんとの買い物を翌日に控えた今日。

 業務は思考強化によって滞りなく進み、このままのペースなら本日も定時に帰宅できる目算が立っていた。


 魔力の操作にもこなれてきた感じだ。

 レナ曰く微小ではあるものの日に日に魔力量は増えているらしく連続使用による魔力の枯渇は心配しなくても良くなっているのだとか。ただ、使用による疲れは未だにある。身体強化の併用もまだまだ先になりそうだ。


 思考強化を使っていて一つ気づいたことがある。

 どうやら使うほどに俺は魔力の察知が向上しているようなのだ。


 昨日までは特に気にもとめなかった冒険者達から、微量だが魔力らしきオーラを感じるようになった。視覚情報として認識しているわけではない。なんというか肌で強弱が伝わるようになった、というか。

 そのおかげで西島さんが魔力を持っているのは確信できた。


 他にも彼女のように魔力を持っている人間がいるかは不明だ。

 察知範囲はせいぜい俺がいるオフィスくらいだからだ。

 なぜ彼女が魔力を持っているのか、その辺りは自分から聞くつもりはない。俺にそこまで踏み込む権利はないしもしかしたら彼女にとっても伏せたい情報なのかもしれないからだ。


 それに俺だって自宅のことを秘密にしている。

 しかし、そろそろ教えるべきなのかもしれないな。西島さんは信用できるし毎日弁当を突き合わせる仲だ。全てを伏せておくのは限界を感じ始めてもいる。


「聞いたぞ。女性社員にうつつを抜かしているそうじゃないか」


 普段近づくこともない須崎係長が俺のデスクにやってきていた。

 その顔には侮蔑のような感情が見え隠れしており、彼は俺の前に大量の書類をどさりと置いた。


 おい、なんだそれ。

 まさかこれを今からやれと?


「急ぎの仕事だ。今日中に全て終わらせろ」

「須崎! いくらなんでもこれは!」

「言うことが聞けないのか?」

「くっ」


 立ち上がった俺へ須崎はゴミでも見るかのように吐き捨てる。

 いやらしく笑みを浮かべた彼は俺の肩をぽんぽんと叩いて耳打ちした。


「須崎係長だ。同期だからと馴れ馴れしく呼び捨てにするな万年無能が」

「!?」

「それじゃあ頑張りたまえ」


 須崎の背中をにらみつけながら拳を斬りしめた。

 勢いよくチェアに座ると、怒りが収まるまでひたすら拳を握りしめ耐える。


 嫌われるようなことをした記憶はない。

 なぜこんな仕打ちを。


「先輩……」


 心配して西島さんがデスクまでやってきてくれた。

 こんな姿をいつまでもさらしてはいけない。俺なんかを慕ってくれている彼女を不安にさせるわけには。

 なんとか笑顔を作り感謝を伝える。


「もう大丈夫。ごめん、明日はキャンセルするよ」

「私は平気ですから。でも、どうしてこのタイミングで、まさかあの人達――」


 西島さんがにらみつけた先には浜松さんがいた。

 射るような鋭い視線に小さく悲鳴を上げた浜松さんはさっと顔を下げた。


 誰が犯人とかどうだっていい。

 突き止めたところでこの書類の山は消えやしない。


「遙人先輩!」

「わっ、何!?」


 突然、西島さんが俺の手を掴んだ。

 彼女は触れあいそうなほど顔を接近させ真っ直ぐな瞳で俺を捉えていた。


「まだ間に合います。今の先輩の処理スピードならきっと終わらせられます」

「無茶だよ」

「私も手伝いますから頑張りましょ。係長の思い通りなんかにさせません」

「西島さん……ありがとう」


 思考強化をもう一段階上げればあるいは。

 ただ、試したことはないし持続もどこまで保つか。恐らく相当キツい。それでもやらなければ。どのみちできなければ明日の約束はない。


 そっか俺、西島さんとの約束すごく楽しみにしていたんだ。

 だからこんなにも落ち込んで。だったら頑張るしかないよな。


「やっぱりキャンセルはなしで」

「必ず今日中に終わらせましょう!」


 信じてくれている後輩の期待に応えなきゃ。


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