後編
⋯⋯。
⋯⋯。
何だろう⋯⋯あの白けた眼は。オレ、もしかして間違えた!?
「オメー⋯⋯加護持ちか?そうか、だからマトモなんだな」
鼻をクンとさせて、大きな花だらけのリスは言った。近い。あれ、いつの間にこんなに距離を詰められたんだ!?
A級のオレが、目で追えないなんて──
驚きつつ、間近で見ると、花リスはとても神秘的な美しい姿をしていた。
体中の──この世界では見たことがない花々は、時折、種類を変えて咲き乱れ、唯一、花が咲いていない顔面の銀毛は輝き、大きな瞳はキラキラとした蜜色をしていた。あまりにも美しすぎてじっと見ていると、なんだか意識が遠のく──あ、ヤベぇ!ガン見したらダメだ!!
「フン。まさか、まだ前回の奴らの加護を持っている奴がいるとはな。だが、残念だったな。今度は俺たちの方が先だ。オメーの加護神は、今回、出遅れたワケだ」
???
意味が⋯⋯わからん。
「あの⋯⋯あんた⋯いや、あなたは、宇宙人じゃないんですか?」
「はあ!?」
花リスの顔が、ビックリ顔になっていた。
「オメー⋯⋯加護持ちなのに、頭がヤられてたのか?」
「いえ、正常です!」
「フン。まあ、仕方ねえか。前のアレから、時間つーのが随分と経ったようだからな。よし、めんどくせーが教えてやろう」
「!!」
花リスが微笑した途端、オレの頭にポンポンと、大量の情報が入ってきた。
かつての過剰魔素時代、古代人、彼らに加護を与えた巨の神々、アトラ・ティタンとの繁栄した楽園文明──
そうか。この世界は何度かこの魔素異常に襲われ、その度に濃い魔素で肉体を得た高次元の神々が降臨し、救けられていたんだ──オレは、その名残りか──
「どうだ?理解したか?」
ハッとして顔を上げると、オレを見下ろす花リス──モフ神がいた。
先程まで足が少し浮いた程度だったのに、オレを見下ろすぐらいまでに上昇している。
⋯⋯この神様、負けず嫌いなんだな、きっと。
モフ神は、再び辺りを見渡していた。
「ちいっとばかし降りるのが早かったか?掃除がまったくできてねえな」
「あの、掃除とは⋯⋯?」
この廃墟の瓦礫のことだろうか?
「色々なモノの仕分けだよ」
ニタリっと、モフ神は笑った。モフだけにカワイイ。
「とりあえず、大地を更地にしてから、この鬱陶しい木や草を造り変える。それから、知能の低い生物どもの改造──後は、加護を与える知的生命体の選別──といったところか」
オレは頭に入った情報から、重要なことを思い出した。
そうだ!加護だ!!妹も加護をもらえば、元に⋯いや、神の眷属としてだが──正気に戻れる!
「神様!!どうか、貴方様の加護を、オレ⋯私の妹にお与え下さい!!」
オレは即座に土下座して、モフ神に懇願した。
「あのなぁ。俺には、下僕を選ぶ権利があるんだ。⋯⋯だが、そうだな⋯⋯じゃあ、代償を支払ってもらうが、それでもいいか?」
「ハイっ!!なんなりと!!」
代償=命⋯だろうが、それでも構わない。妹が、アリスが元に戻れるなら!!
「オメーの加護を、強制解除する」
オレは、呆気にとられた。
えッ、それだけ!?あ、でも、それだとオレは処分対象になるから、どのみち死ぬな。
過去の記憶では、選ばれなかった者は消されていた。とはいっても、彼らは自我を失った廃人だから、その方が魂を解放されて、実質、救われるんだが⋯⋯
「その後で、俺の下僕になるんだ。よ~く働けよ!」
「えッ!?」
下僕って⋯⋯オレが、このモフ神の加護持ちになるってことだよな!?
「さて、どうする?」
このモフ神は、底意地が悪い。他に選択肢が無いのが分かってて、それを訊くんだ。
「オレは──」
◇◇◇◇◇
「⋯⋯儂も歳じゃな。加護持ちなのに、幻覚を視るとは⋯⋯」
ドモスさんは、オレの新しい体を見るなり、驚くよりも先に、己の視力を疑った。長い異常生活で、思考があさっての方向に向いたらしい。
「いえ、間違いなく、モフ──デカいリスですよ、 ドモスさん!オレは、新たな神の加護持ちになったんです!!」
「⋯⋯新しい加護⋯⋯マジで??」
あ、正常思考に戻った?
「それにしても⋯⋯また随分と、ちんまりとした可愛い姿になったものじゃ⋯⋯」
そう。オレは、以前のような巨漢ではない。
身長は、155センチあるかないか。以前よりも地面が近すぎて、違和感だらけだ。オマケに完全に獣化することもできるらしい。
全身に花をまとい、体毛は白毛になった。オレはてっきり、髪色と同じ赤毛になると思ったんだが。瞳の色はまだ確認していないが、おそらく変化しているのだろう。
「おい、妹はいいのか?」
モフ神、改め『カガリス様』が、背後から声をかけてきた。あ、そうだ!アリス!!
「⋯⋯あれ?えっ、これ、何!?」
白に近い薄っすらピンク毛の⋯花だらけのリス腕を見て、アリスは驚いた。そして、案の定、混乱した。だが、オレのモフ顔を見た途端、「あ、ベル兄⋯⋯」と、呟いた。
カガリス様の言う通りだ。姿が変わっても、オレを認識できている。ただ、まだ人間だった頃の記憶が強いから、我が身の変貌には違和感があるのだろう。オレも先に経験したから、それはわかる。
簡単な説明をしてから、二人してカガリス様に頭を下げた。加護のお礼と、眷属──下僕としての礼だ。
すでに本能でカガリス様を主だと認識しているので、アリスもまた、それを当たり前だと思っているようだった。ごく自然な上下関係は、人間時代のそれとは比べものにならない。
カガリス様とアリス、そして完全に理解したドモスさんと共にギルドの待合室に戻ると、大きな淡い青毛と白毛の縞模様の猫がいた。
「!!」
「今度は、猫又じゃな⋯⋯」
ドモスさんが淡々と言った。
うん。ドモスさんには、ただの大きな化け猫にしか見えないだろう。オレもそうだったが、前のオレたちは、加護持ちといえ、実はめちゃくちゃ薄っすい加護だったらしい。だから、ドモスさんには判別できないのだ。
「違いますよ!シュオレンさんですよ!」
今のめちゃくちゃ濃い加護持ちのオレには、ハッキリとシュオレンさんだとわかる。
「そうだよ。キミは、ケルベル君⋯⋯そして、彼女はアリスちゃんだね」
シュオレンさんの2本の尾が、ウネウネした。青と白にハッキリ分かれた、長いネコ尻尾だ。
シュオレンさんは、今回もかなり遠くの方まで食料を探しに行っていたので、顔を合わせるのは久しぶりだった。(ドモスさんは、ギルド周辺の警護)
きっとシュオレンさんも、どこかで新たな加護を受けたんだな。見た目からして、猫の神様には違いないけど。
「あんら〜、カガリスさんじゃないのぉ〜」
オネェ言葉のデカい猫──金色と銀毛の縞模様というド派手なモフ神が、シュッっとシュオレンさんの横に姿を現した。瞬間移動だ。
「ちっ!ストラープ、オメーか!目がチカチカするぜ!」
「ワタシより派手な方に言われたくナイですわね⋯⋯ふ~ん。どうやら、ワタシが加護を与える必要はなかったようで」
「あ、ドモスさんが、まだ──」
シュオレンさんが言いかけた瞬間、ドモスさんは大きな声で、それを遮った。
「儂はいい。もう十分に生きたし、今さら他の神の加護を受けようとは思わん。儂は、最後のアトラ・ティタンの加護持ちとして、残りの人生を生きる!」
⋯⋯最後の、か。
ドモスさんの言葉を聞いたオレは、改めて、アトラ・ティタンの加護を喪ったことを実感した。
「ん?」「あら?」
不意に、カガリス様とストラープ様の獣耳が、激しくピクピクしだした。
「おっ──他の連中も、かなりの数でやってきたな。じゃ、俺たちも急ぐか。おい、オメーら!これからビシバシ働けよ!!」
◇◇◇◇◇
世界は、また一変した。いい意味で。
降臨した神々との、楽園文明の始まり──自我を失ってもなんとか生き残った人間の一部は、オレたちと同じく神々に仕える眷属となり、そうでなかった者たちは、魂を昇華された。
凶暴化して魔獣となった動物、魔蟲となった虫たちは改造されて、人の生息地には足を踏み入れなくなり、巨大化した自然は元には戻らなかったが、神の力によって繁殖力は抑えられ、これもまた少しづつ造り変えられていった。
百メートルもある木々なんぞは、もう見慣れたもんで、それを材料に、新たな建築物も建てられている⋯と、言いたいところだが、実際は、日用品作りに使っているだけなのだ。大きな建築物は、全てカガリス様や他の神々が神力で造っている。
神々の力は、オレたちの魔法とはまったく違う、『万物の再構成』なんだそうだ。
例えば、オレたちの火魔法。これは己の魔力と自然の火のイメージから発想して作るモンだが、神々の場合は、イメージだけで空間から発するそうだ。
⋯⋯実のところ、学の無いオレにはよくわからなかった。仲間たちも『へー、スゴいですね~!』としか言わなかったから、オレと同じだろう。
それはともかく、数多くのいろんな姿をした神々と眷属たちで、世界は活性化している。
⋯⋯そう、いろんな姿の神々⋯⋯オレは、少しばかりショックを受けた。神々は、モフ形態だけじゃなかったのだ。
人型も多かった。人型といっても、翼持ちだったり、耳が尖ってたり、獣の耳や尻尾を持ってたり──つまり、亜人系ってやつだけど。
⋯⋯まあ、オレも結構、この姿を気に入っているから、それはもういいか。
「加護種名?なんです、それ?」
「それがのー、他の連中が、名前に氏名が無いと物足りないとか言って、それぞれの神にお願いしとるそうじゃ」
ドモスさんは、新たな加護を受けなかったせいで加護種としてのコミュニティには入れず、仕方ないので、とりあえず、カガリス様の保護を受けた人間として、うちに属している。
そう、うちは他の加護連中よりも少数だが、カガリス様の眷属として、独立したコミュニティを築いているのだ。
日々こき使われるオレたちとは違い、客人のような扱いのドモスさんは、基本、暇なので、アチコチで見聞きしたことを話してくれる。
「氏名と言っても、一括した部族名的なもんらしいが」
⋯⋯ふ~ん⋯⋯まあ、オレも今は『ケルベル』って名前だけだもんな。前はその後ろに『ジーン』って付いてたけど、今さらなぁ。
神々は、自分たちがそうだからか、無意識的にオレたちの名前しか呼ばないので、オレも忘れかけていた。でも、部族名っていう感じなら統一感があっていいかもな。よし、カガリス様に相談してみよう。
「はあ?部族名だぁ~?」
「ハイ!とにかく、『あー、カガリス様の眷属なんだなぁ』と、一発で分かるやつでお願いします!」
「めんどく──」
「⋯⋯シィーマ・リース様は、すでに名付けられたとか!お早いですよね!!」
「⋯⋯」
考えてる、考えてる。
何故かカガリス様は、自分と似たような姿をした(リス形態)、かの女神を嫌い、少しでも出遅れることがあると、機嫌が悪くなった。
「ちっ。仕方ねーな。よし、じゃあ──」
オレたちカガリス様の部族名⋯いや、加護種名は『カリス』となった。うん。分かりやすい。
ちなみに、後で聞いた話だと、他の神々も似たようなもんだったらしい。シィーマ・リース様のとこだって、『マリス』だもんな。
◇◇◇◇◇
「あ~、今日は晴れてて、気持ちがいいなー!」
こんな日は、絶好のお昼寝日和だ。ゴロッと仰向けになり、青い空を見上げる。空が近い。そう、ここは、オレたちカリスの拠点、移動する浮遊島なのだ。
何のことはない。カガリス様が島を再構成で造り、空に浮かせたのだ。そのモデルとなった地は、元ギルド街の土地だった。
その地の上で、カリスの⋯オレたちの街が造られ、オレはカリスのリーダーとして、日々、カガリス様に仕えていた。
こうした浮遊島は、加護種の総数の少ない神々が所有していることが多く、抱え込んだ加護種の数が多い神ほど、地上の広大な地に居を構えていた。
神々が、この地に降臨してからすでに百年。
ドモスさんは、三十年ほど前に亡くなり、シュオレンさんは別のコミュニティでストラープ様に仕え、オレは同じカリスの女と結婚し、子供も生まれた。アリスだってそうだ。
しかし、アリスはともかく、オレには生殖能力が無いと思い込んでいたから、ビックリした。
だが、考えてみれば、今や全ての者が加護持ちなのだ。それに、古代の記憶でも、加護持ちの古代人は、普通に子孫を残せていた。
きっと、オレたちの先祖返りは、中途半端な加護種モドキだったのだろう。
さて、オレたちの主であるカガリス様は、最近、よく他の神々のところに出かけている。実に珍しい。どっちかというと、一匹狼ぽいのに。
「ケルベル⋯⋯いよいよ、時がきた。カリスの代表として、くれぐれも粗相のないようにしろよ!」
「あの⋯⋯おっしゃってる意味が、よく分からないのですが?」
「⋯⋯言ってなかったっけ?」
「何のことでしょう?」
カガリス様は、しまったという顔をしていた。
「⋯⋯俺は、大神と呼ばれる御方の眷属神なんだ」
「大神──ああ、カガリス様の主、ってことですかね?」
つまり、オレたちの主の主──神の中の神ってことか。え~と、背筋がゾッとするほど、恐れ多いんですけど。
「そうだ。その御方と姫様方が、いよいよこの世界に来られるのだ。ある程度、この世界の整備も終わったし、他の連中も落ち着いてきたしな!」
「それで、いつ、どこに降りられるので?」
「もうすぐだ。ほら、他の島もここに集まってるだろ?」
⋯⋯はあ?はああ!?
「えっ、えっ!?」
「ああ、いらしたな!」
その瞬間、空が──いや、世界全体が白い光に包まれた。眩しい筈なのに、眩しくない。そこら中がキンキラキンなのに。
数多くの浮遊島、及び浮遊船が集まるど真ん中の宙に、その方々は浮かんでいた。
物凄い存在感と威圧感、そして、圧倒的な美。多分、全員、女性だとは思うが──オレの視線が自然に下げられ、再度、その姿を見ることは叶わなかった。
体が勝手に畏怖し、手足が地について離れなかったのだ。
おそらく、カリスの皆も、他の加護種たちもそうだったろう。『神』とは恐ろしい存在だということを、改めて実感した。
本当はカガリス様だって恐ろしい存在だが、気質がああだから、日頃は感じていなかったのだ。しかし、あの方々は何かが違う。特に、あの中心にいた神は──
その後、別の大神がまた降りられたと伝え聞いた。しかし、カガリス様は、その方の降臨には立ち会わなかった。
「俺は、アッチの派閥じゃねぇんだ」
と、しれっと言い放った。
⋯⋯神々にも、派閥があるのか⋯⋯そこは、人間ぽいんだな。
どっちにしても、オレたち下っ端が気にすることでもないか。
実際、それから数百年経っても、オレが大神を目にすることは無かった。
そして、オレが老いを感じ始めた頃。最近のカガリス様は、いや、神々は、世界各地にあるダンジョンの下に新たなダンジョンを造ることに夢中だった。普段は、酒を飲んでるか寝てるかのどっちかなのにな。
「俺たちの遊び場を造るのさ。今のダンジョンは、オメーら仕様に造られたモンだからな。ヌルすぎて面白くねーんだ!」
それは言える。昔はあんなに苦労した深層でも、カリスになった途端に、最下層までらく〜に行けるようになったもんな。さすがに、最後のボス魔物には苦戦したけど。
そんで去年、試しにカガリス様たちが造った新ダンジョンに入ってみたけど、見事な鬼畜仕様だった。
魔力が高く、経験豊富な加護種のパーティーで、なんとかなるかな?って、感じだからな。でも、三階層ですでにそれなんだよね⋯⋯。
◇◇◇◇◇
オレももう、1000⋯1200歳ぐらいだっけ?最近、酷く眠い。そういえば、アリスも亡くなる前は、眠ってばかりだっけ⋯⋯
昔は、オレの寿命だけが長かったせいで、アリスが先に逝ってしまうのは仕方ないと思ってたが⋯⋯同じ加護種になっても、結局、オレの方が長く生きちまった。
「おい、ケルベル。まだ起きてるか?」
オレの寝室に、カガリス様と⋯何かとても強い存在感のある気配の方が入ってきた。
「ハイ⋯⋯カガリス様」
「⋯⋯最後に、オメーに教えてもらいたいことがある」
「⋯?」
「さあ、末姫様⋯⋯こちらへ」
末姫様?ああ、目が霞んでよく見えない⋯⋯
「末姫様。これが、『死』というものです。器である肉体から魂が離れ、元いたところへ還っていくのです」
「ねえ、どうして私たちとは違うの?」
キレイな声だな。ものすごく澄んだいい声だ⋯⋯
「いいえ。私たちとは概念と方法が違うだけで、大きな意味では同じなのです」
「そうなの。あら、魂が──」
あ。カガリス様と⋯⋯びっくりするほどキレイな人型の少女が、オレを見てる。⋯?あれ、今、アリスの声が⋯⋯ああ、オレを呼んでる!行かなきゃ!!
「最期までありがとよ、ケルベル。達者でな!」
⋯⋯カガリス様のそんな顔、初めて見た。これは、寂しいって表情だな。
え~と、なんてお別れを言えばいいかな?さよなら?ありがとう?え~と、うーん⋯⋯
あ、また次もよろしく、だ。
そうか⋯⋯時間はかかるけど、また次もあるんだ。嬉しいなあ⋯⋯
──こうしてオレは、アトラ・ティタンの加護持ちとして生まれ、加護種としてこの世を去った。
◇◇◇◇◇
オギャアー!!
「──おめでとうございます!元気な『カリス』の男の子ですよ!!」
お読みいただき、誠にありがとうございました。ケルベルは、連載中の物語の主人公の先祖です。血の繋がりはありますが、あちらはヘタレです。