外れスキル【雷魔法(極小)】が覚醒したら最強スキル【電磁波魔法】だった 〜電磁波を操れるのでモンスターはレンチン一発〜
「げほっ! ……えほっ! はぁ……はぁ……いきなり追放だなんて……」
僕の名前はレディオ・ガラム。15歳。
この世界では誰もが15歳になると儀式によって【スキル】という不思議な力を授かる。
【スキル】は凶悪な魔物のはびこるこの世界で、脆弱な人類が生きていくために必要な力だ。強力なスキルを授かればそれだけ強くなることができる。スキルの有用性によってその後の人生がほとんど決まってしまうくらいだ。
スキルはある程度遺伝の影響を受けるので、貴族に生まれた子どもは特に強力なスキルを得ることが求められる。ガラム侯爵家の長男として生まれた僕も、幼い頃からより良いスキルを得るため過酷な訓練を受けてきた。
『お前は侯爵家の跡取りだぞ! この程度の魔法練習で音を上げるな!』
『はい、父上!』
『侯爵家の跡取りに休んでいる時間などない。食事と排泄以外はすべて鍛錬と勉学に当てろ、睡眠は3時間だけだ!』
『はい、父上!』
『貴族には遊びなど必要ない。おもちゃなど心を堕落させる最も害悪な代物だ。苦しめば苦しむだけ将来報われる!』
『はい、父上!』
父上は侯爵家の当主として非常に厳しく僕を育てた。一ヶ月に一度会いに来てはさっきみたいな言葉を告げてすぐどこかに行ってしまった。母上は僕を生んですぐに亡くなってしまったので、僕は侯爵家の別邸でほとんど従者達によって育てられた。貴族の嫡男はそういうものだと思っていた。
従者の一人が、『旦那様はひどい。レディオ様を育てもせず愛人と本宅で放蕩三昧、それなのに教育だけは厳しくされて……』と嘆いていたけど、僕は貴族の嫡男だから仕方ないと思っていた。愛人を作るのも、貴族の役目として仕方ないと。遺伝するスキルが重要なこの世界では血を残すことがとても大事なのだ。
親がいつもいないのは寂しかったけど、頑張って強力なスキルを授かればきっと父上も僕を認めてくれる。その一心で頑張ってきた。
だけど、昨日そんな僕の夢や人生は全部台無しになった。
『レディオ様のスキルは“雷魔法(極小)”と判明いたしました』
スキルを授ける神殿で神官がそう告げた途端、僕がなにか言う前に父上は激昂した。
『“雷魔法(極小)”だと!? “雷魔法(小)”ですらろくに使えぬ無能だと言うのによりにもよって極小!』
ガラム侯爵家は代々雷魔法に長けた一族だ。父上も“雷魔法(強大)”のスキルを授かっている。魔法系のスキルはその強さによって〈極大〉〈強大〉〈大〉〈中〉〈小〉〈極小〉までに分類されている。授けられたスキルの強さで、生涯どこまで強くなれるかが決まってしまう。しかし魔法スキルは肉体強化スキルなどと違い、呪文詠唱や魔力を消費する分弱いスキルでは役に立たないことが多い。小ですらすでにない方がマシで、極小だと完全に無能扱いされる。
だから僕も物心ついたときから必ず大以上の雷魔法を授かるよう父上に言明されていた。ガラム侯爵家では代々、中以上を使えなければ一族として認めてももらえない。稀に小のスキルを授かったものは秘密裏に追放されたと言われる。魔法を使えないものは人間扱いすらされない家なのだ。
そんな父上だから、極小を授かった僕への怒りは凄まじかった。
『このクズがっっ!!!』
そう叫ぶなり父上は僕を蹴り飛ばした。お腹に強い衝撃を受けた僕は、壁際まで転がりしばらく息もできなかった。
『…………っ、けほっ……ち、父上……』
陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせる僕を、父上はもう見ていなかった。
『仕方ない。妾に産ませて育てさせていたガキがまだいただろう。そいつをひとまず引き取ってこい。この際だ、“雷魔法(中)”でも出れば跡取りにする。何しろ極小に比べれば遥かにマシだ』
『ち、父上……ぼ、僕は……』
『黙れ! お前はガラム侯爵家の嫡男として、“雷魔法(大)”を出す義務があったのだ! それを極小などと……俺に恥をかかせるとは何たる親不孝者だ! 殺さないだけありがたいと思え! おい、このゴミを今すぐ魔の森へ捨ててこい!』
こうして僕はスキルを授かったその日に実家を追放されてしまった。
侯爵家の馬車によって魔の森まで運ばれ、窓から文字通り放り捨てられた僕はしばらく起き上がることもできなかった。父上は追放されるまでにさらに暴行(たぶん、憂さ晴らしだ)したので、全身あざと打ち身だらけ。骨折していないのがまだ救いだ。
僕は馬鹿だ。今になってようやく分かる。父上は……僕を愛してなどいなかった。それどころか同じ人間としてすら見ていなかった。
――そして、今に至る。
「うう……。はぁ……はぁ……ここが魔の森……」
ようやく我慢できるくらいの痛みになって、僕は身を起こす。僕が今いるのは「魔の森」と呼ばれる場所……侯爵領に隣接する、魔物はびこる危険な土地だ。魔物と戦う専門職である冒険者や騎士でなければ絶対に足を踏み入れてはいけない場所。
僕も侯爵家の嫡男として戦闘訓練も積んできたけれど、武器も防具もなしではどうしようもない。着の身着のままの今の状態では魔物の餌になるだけだ。
まだ昼間のはずだが、魔の森の中は薄暗い。どこか遠くで魔物と思しき吠え声や木々を揺らす物音が聞こえる。
こわい。
こわい。
このまま魔物に食べられるのを待つだけだと思うと、震えるほど怖い。ここで生きながら魔物に襲われ肉体を貪られるくらいなら……いっそ。
僕は右手を自分の頭においた。僕のスキルは“雷魔法(極小)”だけど、流石にこのゼロ距離で発動させれば死ぬことができるだろう。魔物に食い殺されるくらいなら、せめて最後に自分の魔法を発動して、死にたい。
「はは……僕の人生ってなんだったんだろう」
15年間、必死に頑張ってきた。父上に認められたくて、多分限界を超えて頑張ってきた。しかしそんな頑張り何の意味もなかった。スキルが無能だっただけであっさり捨てられてしまった。
知らず涙が込み上げてくる。侯爵家では泣くと父上に殴られるので泣けなかったけど、いま父上はどこにもいない。
僕は呪文詠唱の準備をする。どうせ雷魔法(極小)で使える魔法は一つしかない。
「……“雷光火花”、発動」
バチバチバチッッッ!!!
頭の中に火花がはぜた。
「――――――っっっ!!!!」
脳を焼かれるような痛みが僕を襲う。しかし、
「〜〜〜〜〜〜〜っっっ、うそ、でしょ」
死なない。死ねなかった。
手加減はしていない。僕はスパークにできる限りの魔力をこめた。魔法の威力は魔力に比例するから、この魔力量で死ねないということはもうどうやっても死ねないということだ。
「そんな。これじゃあ僕は魔物に食い殺されるしか……ん? うぐっ、あああああああ!」
その時、突然頭が割れるように痛んだ。
雷魔法のダメージが後から襲ってきたのかと思ったけど、違う。いきなり知らない記憶が流れ込んできて頭が混乱したのだ。
それは知らない世界の記憶だった。日本、前世、科学、電気……知らない単語が次々とたまに注ぎこまれる。いや、思い出す?
「はぁ……はぁ……」
10分ほどすると、ようやく頭の痛みは収まった。どうやら僕は前世で日本という国に住む男だったらしい。記憶はひどく途切れて曖昧で、自分が何者だったかもよく思い出せない。
だけど大事な情報が入ってきた。電気、電磁波、電波。どれもこの世界では聞かなかった単語だ。この世界には雷魔法だけが電気の魔法だと思われていた。
「はぁ、はぁ、まいったないきなりこんなことになるなんて」
僕の手が震えていた。妙に気分がいい。さっきまでの絶望感とは真逆の、生きる希望が湧いてきた。
いきなりのことでまだ整理しきれていない部分もある。そもそもこの前世の記憶というのが正しいかも怪しい。雷魔法を頭に打っておかしくなっただけなのかも知れない。
それでも、それよりも――、
「雷魔法(極小)、もしかして最強かも……」
僕は前世の知識で、そんな確信を抱いていた。
◆◆◆◆
突然頭の中に溢れてきた知識は、僕の前世のものだ。電磁波、マイクロ波、レーダー、X線……聞いたこともないような知識が一気に頭へ流れ込んできた。
その結果確信したことがある。
「雷魔法(極小)はハズレスキルなんかじゃない。超優良スキルだ……!」
前世の知識を全部理解したわけじゃない。でも重要なことはいくつかわかった。
一つ、雷とは電気であること。
二つ、電気はエネルギーそのものであり、様々に応用できること。雷魔法のような攻撃するだけの力ではないこと。
「雷魔法(極小)なんてスキルはなかったんだ。僕のスキルは本来、“電磁波魔法”とでも呼ぶべきものなんだ……」
電磁波魔法が雷魔法(極小)と別称で蔑まれてきたのはきっと、この世界の科学が発展してないせいだ。みんな雷はただの自然現象としか思っておらず、それがどんな仕組みで生まれるかなんてわからなかった。ましてやその正体が電気だなんて誰も知らなかった。
でも、僕だけは違う。前世の知識のおかげで、電気のことをずっと深く理解できた。
科学の知識というのはすごい。見える世界が変わった気分だ。
すごいすごい――今なら何でもできそうだ。
「おっと、頭で考えているだけじゃダメだな。実際に使えるか確認しないと」
ついさっきまで自殺しようと思うほど絶望していたのに、今の僕は打って変わって明るい気分になっていた。
「どうしよう。何から始めよう……ここは暗いから、まずは光を出してみたいな。光も電磁波だからできるはず」
魔法はイメージが大事な世界だ。自分の中にある魔力を練り上げ、頭で使いたい魔法を強く想像し、魔力を魔法へと変化させる。魔力量を増やす鍛錬も想像力を磨く練習も、スキルを授かる前から死ぬほどやってきた。
前世の知識から、電灯や蛍光灯と言った明かりをイメージし、指先に魔力を集中させる。
「できる、僕はできるはず――照明!」
途端、指からまばゆい光が溢れ出し、あたりを照らし出した。すごい輝きだ。しかも全然消えない。雷魔法も確かにすごい光を出すけど、一瞬で消えてしまう。それがライトだとずっと明るいままだ。注いだ魔力量を考えても、一年くらい平気で光らせていられそうだ。
「これが、僕の、魔法」
ただ明かりを出しただけだけど、僕は感動していた。
やった。
僕の魔法だ。
今までの努力が初めて報われた。
「やった、やった! やったーーー―!」
初めての魔法に喜んでいた僕は、つい周囲への警戒が疎かになっていた。
だぷん。
そんな音が背後から聞こえ、ようやく異変に気づく。
「へ――?」
振り返ると、そこには人間の何倍もある大きさの、半透明の体をした不定形生物が居た。
「ギ、ギガスライム!!!」
だぷん。
僕の言葉に反応したかのように、半透明の魔物が体を揺らす。
ギガスライム、それはAランクに分類される上級魔物だ。
ただのスライムとはわけが違う。スライムは小さく動きも非常にゆっくりで、子どもで捕まえたり倒したりできる最弱モンスターだ。
しかしそのスライムがあるとき何百体と集まって一つの巨大な魔物になることがある。それがギガスライムだ。
ただ巨大化しただけじゃなく、何倍も強くなっている。スライム特有の物を溶かす特製は強酸レベルに強化されているし、自動で再生するスキルも持っている。スライムは不定形の体の中心にある核が弱点だが、ギガスライムの巨体が核を守る強固な鎧となっている。ただのスライムなら子どもでもナイフで刺せば核を壊せるのに、ギガスライムの体では剣も槍も核まで届かない。
「しまった……これが魔の森!」
魔の森に出てくる魔物はそこら辺とはレベルが違うとは聞いていたけど、いきなりこんな強いのが出てくるなんて!
考えてみれば森の中で強い光を出したら魔物が寄ってくるに決まってる。
僕はなんて馬鹿だったんだ!
僕の苦悩を知る由もなく、ギガスライムはだぷんと再び近づいてきた。そして、かがみ込むように大きく身を縮める。
――一気に飛びかかってくるつもりだ!
僕は必死にあたりを見回す。しかし武器になるようなものはなにもない。それに例え剣があっても中の核まで届かない。
どうしようどうしようどうしよう。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない!
ためを終えたギガスライムが、がばっと体を広げて襲いかかってくる。
「う、うわああああああ!」
そこからはもう無我夢中だった。
ただ頭の片隅で、『スライムは体のほとんどが水分』『食品の水分を温める電子レンジという機械がある』という知識がとっさにひらめいた。
「ま、マイクロウェーブ!」
僕の右手が強く輝いたかと思うと、赤い放射状の光がギガスライムに向かって放たれた。
途端、ギガスライムの表面が急にボコボコと膨れ上がり、あっという間に沸騰していく。
「ギ、ギピーーーーーー」
悲鳴? なんだろうか?
スライムが奇怪な音を上げて悶え苦しむ。
「効いてる! まだまだ……マイクロウェーブ!」
僕は頭の中で必死に電子レンジやマイクロ波をイメージして、魔法を放ち続ける。ギガスライムがさらに苦しみ、巨大な炎魔法でも使ったかのように周囲の温度が上がる。
「ギピーーーーーーーーーーーー!!!!」
パキン。バシャン。
時間にしてたった数十秒くらいだっただろう。ギガスライムの体がボコボコ沸騰していたかと思うと、突然動きが止まり、どばっと水のように溶けた。核が破壊されたのだ。
「や、やった……」
信じられない。
外れスキルと言われた僕が、Aランクモンスターをこんなあっさり倒してしまった。
本来ならAランクモンスターは冒険者や騎士たちの上位実力者が複数パーティーを組んで戦うものだ。それをたった一人で……とんでもない実力を手に入れてしまった。
「これなら……この力があれば魔の森でも生き抜いていけるかも」
追放されたときには絶望しかなかったけれど、ようやく光が見えてきた。
「生きてやる。生き残ってやる。」
父上が僕を愛していないことに気づくのに、15年もかかってしまった。侯爵家を追放された今もう遠慮なんかしない。このスキルを使いこなして強くなって、自分の人生を生きてやる。
「15年間できなかったこと、全部やるんだ。僕は……自由なんだ!」
読んでいただきありがとうございます!
短いですが楽しんでいただけたなら嬉しいです。