化け物退治
鬼退治のために旅に出て一週間、桃太郎と愛犬ポチは、とある村に到着した。
丁度日が暮れかかっていたので、今夜はここで一泊することにした。
桃太郎:「今日もかなり歩いたな、日も暮れて来たし、ここらで休むとするか」
ポチ:「それじゃあ、あの宿に泊まろうよアニキ」
ポチの指し示す方向を見ると、豪華ではないが手入れが行き届いた、清潔感のある
小さな宿屋が目に入った。
桃太郎:「確かに、丁度良さそうな宿だな、じゃあここにするか」
二人が宿屋に入っていくと、玄関には誰もいなかった。
桃太郎:「すいませーん、一晩泊まりたいんですけどー」
少し大きな声で呼びかけると、奥から宿屋の主人が出迎えた。
宿屋の主人:「いらっしゃいませー、お一人様ですか?」
桃太郎:「あー、犬がいるんだけど、大丈夫かな?」
主人:「ええ、大丈夫ですよ。犬と泊まれる部屋もご用意してございます」
桃太郎:「え、犬と同じ部屋に泊まれるんですか? それは有難いな。
じゃあ、その部屋でお願いします」
主人:「かしこまりました、ではお部屋にご案内いたします」
主人の案内で、二人は二階の奥の部屋に通された。
主人:「では、お食事をご用意いたしますので、しばらくお待ちください」
そう言うと主人は一階に戻って行った。
桃太郎はとりあえず部屋の隅に荷物を置き、畳に腰を下ろすと一日歩き通しで
疲れた足をさすりながらつぶやいた。
桃太郎:「あー、今日は疲れたな、鬼ヶ島まであとどの位歩くんだろな」
ポチ:「そんなに急ぐことないって、のんびり行こうよ」
畳に大の字に寝転んでいるポチが気の抜けた返事をする。
桃太郎:「お前は気楽でいいな・・・」
二人が部屋でくつろいでいると、なにやら外がざわついていることに気付いた。
桃太郎:「ん?何か外が騒がしくないか? 何かあったのかな?」
ポチ:「どうせ大したことじゃないって、ゴロツキが喧嘩でもしてるんだろ」
桃太郎:「それにしては、騒ぎが大きいような、ちょっと確認してくるか」
ポチ:「えー、放っとけばいいのに」
桃太郎:「お前はここで待ってろ、俺はちょっと見てくるから」
そういうと桃太郎は部屋を出て一階に下りて行った。
一階では、主人が不安げな表情で外の様子をうかがっている。
桃太郎は近寄って声を掛けた。
桃太郎:「ご主人、外が騒がしいみたいだけど、何かあったんですか?」
主人:「あ、お客さん、ご心配をお掛けしてすみません
どーも最近よく出る化け物が現れたみたいなんです」
桃太郎:「化け物?」
主人:「ええ、どうやら乾物屋の辺りで暴れているようでして」
桃太郎:「どんな化け物なんです?」
主人:「私も直接見たことは無いんですが、聞いた話では
体が異常に大きくて、毛むくじゃらの獣の様な姿らしいです」
桃太郎:「そんなものが頻繁に現れるんですか」
主人:「ええ、二週間ぐらい前から突然現れるようになって
この辺りの人はみんな困っているんですよ」
桃太郎:「比較的最近なんだな、役人には伝えているんですか?」
主人:「一応は、でもかなり狂暴で、手に負えないみたいで・・・」
桃太郎:「そんなに手強い奴なんですか」
主人:「そういえば、お客さん確か鬼退治に行かれると言ってましたよね?」
桃太郎:「そうですけど・・・・・え? もしかして?」
主人:「はい、ついでにあの化け物も退治して頂けませんか」
桃太郎:「いや、そう言われてもなぁ・・・」
主人:「お願いしますよ、みんなホントに困ってまして
お礼はちゃんとしますから」
桃太郎:「うーん、じゃあ、とりあえず見るだけ見てみますよ
でも、退治できるかは分かりませんよ」
主人:「それで構いません、宜しくお願いします」
桃太郎:「一応ポチも連れて行くか、あれでも少しは役に立つだろう
それに試してみたいこともあるし」
そう言って桃太郎は2階の部屋に戻った。
部屋ではポチが相変わらず寝転がってだらけている。
ポチ:「アニキお帰りー、何の騒ぎか分かった?」
桃太郎:「おいポチ、町で暴れている化け物の様子を見に行くぞ
お前もついて来い」
化け物と戦うこともあり得るので、一応刀と荷物を手に取った。
ポチ:「え? 化け物? 何それ? 普通に嫌なんだけど・・・」
桃太郎:「街の人が困ってるんだ、これも人助けの一環だよ
いいから黙ってついて来い」
ポチ:「やだよ、化け物なんて聞いてないよー、アニキ一人で行ってくれよー」
桃太郎:「鬼退治に行く奴が化け物程度で怖気づいていられないだろ
それにお前、絶対役に立つって言ってついてきたよな?
嫌ならここから帰るか?」
ポチ:「うっ!」
桃太郎:「婆ちゃんにあれだけ大見栄切って出てきておいて
こんなところで引き返したら、また役立たずと罵られるだろーなー」
苦悶の表情を浮かべるポチ、更に桃太郎が畳みかける。
桃太郎:「これまでだって悪さして散々迷惑かけていたんだから
更に肩身が狭くなるだろーなー、今度こそ家を追い出されるかもなー」
ポチ:「わー、分かったよ、一緒に行くよ」
抵抗虚しくポチは桃太郎に連行されていく。
一階に下りると二人が来るのを主人が待っていた。
主人:「では、お願いします
乾物屋は突き当りを左に曲がって少し行ったところです」
主人に見送られ、二人は宿屋を後にした。
突き当りを曲がると前方50メートル位先で大きな化け物が暴れているのが
見えた。
身長は6メートル以上はありそうで、宿屋の主人が言っていた通り
全身毛むくじゃらの、ゴリラの様な姿をしている。
桃太郎:「あいつがその化け物か、想像以上にでかいな」
ポチ:「無理だよ、あんなのに勝てる訳ないって、逃げようよアニキ」
化け物は目に入る建物を見境なく破壊しているが
どうやらみんな避難した後らしく、周囲に人の姿は見当たらなかった。
すると突然化け物の動きが止まりその視線がピタリとこちらに向いた。
桃太郎:「マズい、こっちに気付いた」
化け物:「ガルルルルゥゥゥ~」
低い唸り声を上げると化け物は体をこちらに向けてゆっくりと近付いて来る。
ドシッ・・ドシッ・・ドシッ・・ドシッ・・・
ポチ:「早く逃げないと、もう十分に様子は確認出来ただろ
アイツは俺達じゃどう頑張っても無理だって!」
桃太郎:「逃げ切れるとも思えないけどな!」
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
化け物の歩く速度が少しづつ早くなり、一歩踏み出す度に地面が揺れる。
ポチ:「じゃあ、どうすんだよ! どんどん近付いて来てるぞ!」
桃太郎:「わーかってるよ、何か手は無いか、何か、何か・・・」
ドドドドドドドッ!
更に速度が増し、もはや歩いてではなく走ってこちらに迫って来ている。
桃太郎はあれこれ考えを巡らせていたが、意を決したようにポチに向かって
言った。
桃太郎:「おいポチ、お前、吉備団子を食え!」
そう言うと腰の袋から吉備団子を一つ取り出し、ポチに差し出した。
ポチ:「え?、なんだよこんな時に
そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろ!」
桃太郎:「こいつはただの吉備団子じゃない、あの薬を混ぜてあるんだ」
ポチ:「え? あの薬って・・・もしかして昨日の?」
桃太郎:「そうだ、昨日の行商人から買った、力の増す薬だ
吉備団子にも力が増す効き目があるし、相乗効果で
化け物にも対抗できるかもしれないだろ」
ポチ:「そんなもん信用できるか! っていうか俺を実験台にする気だろ!」
桃太郎:「時間が無いんだ、ガタガタ言わずにさっさと食え!」
有無を言わさず、桃太郎はポチの口の中に吉備団子を突っ込んだ。
ポチ:「!! ウグッ、ウッ・・・ゴックン 」
吉備団子を飲み込んだポチは少しうつむいた姿勢でしばらくの間動きが止まった。
その直後、急に唸り声を上げて苦しみ始めた。
ポチ:「ウ、ウガァー! か、身体が、熱い・・・ギ、ギャアァースッ!」
小刻みに震えながら、少しづつポチの体が大きくなっていく。
あっという間に人間の大人の大きさを超え、最終的に化け物と同等の大きさに
なっていた。
体の巨大化が止まると、ポチは一声、大きな唸りを上げた。
ポチ:「グアァオォォォォ~!」
桃太郎:「ま、まさか巨大化するなんて
あの薬にそんな効果があったとは・・・」
驚く桃太郎など全く視界に入っていない様子で、ポチは化け物に向かって
突進していく。
そのままジャンプして化け物の胸元に飛び蹴りを浴びせた。
ダッ! バキィッ!
いきなりの攻撃に化け物は一瞬よろめいたが何とか堪える。
そこからはお互い激しい殴り合いを始めた。
ダメージを無視して形振り構わずポチと化け物はひたすら殴り合う。
どのくらいの時間が経ったのか、流石にお互いスタミナが尽きてきたようで
動きが鈍って大分息も上がって来た。
するとこの時を待っていたかのように桃太郎は刀を抜いて化け物の背後から
飛び掛かり、刀の峰で首に一撃を食らわせた。
不意を突かれた化け物は気を失いそのまま前に倒れ込んだが
その際、ポチに頭突きを食らわす格好となり、ポチも一緒に気を失って後ろへ
倒れた。
ズシィーンッ!
ポチと化け物は共に気絶して横たわっている。
桃太郎:「やれやれ、全く想定してない展開になったけど、何とか片付いたかな
それにしてもあの薬、とんでもない効果だったな」
桃太郎が刀を鞘に納めて、改めて化け物を確認すると、どういう訳か化け物の体が
どんどんしぼんでいき、小さな猿の姿になってしまった。
そしてポチも同じように小さくなって元の姿に戻っていった。
倒れているポチと小さい猿を目の前にして、状況を理解できない桃太郎は少し
頭の中を整理した。
桃太郎:「えっと、どういうこと? ポチは薬で巨大化したんだよな、そして
元に戻った、化け物の方は何故かポチと同じように小さくなった
この小さい猿が化け物の正体なのか?
ということは・・・もしかして、こいつもあの薬を?
ま、それは一先ず置いておいて、人が来ない内に宿屋に戻るとするか」
再び暴れ出さないように猿を縛り上げると
右肩にポチを、左肩に猿を担いで、桃太郎は宿屋に向かって歩き出した。