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氷結騎行スケーター・ヴォルツ  作者: 冴吹稔
Close to the Edge (バンダナコミック01応募分)
2/3

2.暖かな我が家で

 数分後。ザンカはどす黒く汚れたヤリガンナと共に、累々と転がるアザラシの中心にいた。


「は、はぁっ……クソ、こいつら。さすがに十頭いっぺんにはキツいぜ」


 本当なら必要な数だけを群れから分断して仕留めるはずだった。普段通り注意深く接近し威嚇してやれば、充分こなせるはずの手順だ。

 だがいま現実のこれは、全くの無益な殺戮だった。持ち帰れなければ乱獲ですらない。


 それに何より――


「誰か、乗ってんだよな。これ……」


 滑走用エッジを収納し、転倒しないようゆっくりと四肢全てを使って獣のように、破損した()()()のヴォルツ・エッジに近づく。装甲カバーを開いてヤリガンナから飛び降り、向こうの機体に取りついて背中周りを探った。


「基本設計は大体同じみたいだな。非常用の開閉コックは……と。これか」


 コックを掴んで廻すと、プシュ、と空気の洩れる音が響き、装甲カバーのロックが外れた。中にいた操縦者がぐにゃりと脇へ崩れ落ちるのを、ザンカは辛うじて抱き止めた。


「おい、しっかりしろ……!」


 相手の胸元に回した腕が、柔らかな弾力に押し返された。ぎょっとしてそいつの顔を覗き込む。


「ちょっと待て……こいつ、女か?」


 頭部はマスクとゴーグルで半分がた隠れているが、保温スーツ越しに感じる華奢な骨格と肉の柔らかさは間違えようがない。背格好からすると年齢はザンカとさほど変わらない。見たことのない肌と髪の色だ。


 ――う、うーん……


 口元から白い吐息と共に声が漏れる。ゴーグルの下で、まぶたが薄く開いた。


「怪我は? どこか痛むところはあるか?」


「――大丈夫……あなたは? 助けてくれたの?」


「俺はザンカ。『船』のエッジ乗りだ……アザラシにやられたのか?」


「……急に舞い上がった雪で視界を失って、群れに突っ込んでしまったみたい」


 そう聞けばザンカにもおおよそのことが分かった。おそらく、吹雪が止んで油断したところで突風か何かに襲われ、視界を失ってあの斜面へ突っ込んだのだ。


「……とにかく、あんたとあんたのエッジを一度船に運ぶ。手当と、修理を」


 少女を操縦席から完全に引き出そうとした瞬間。

 けたたましい音がして、足元に何かが散らばった。ぎょっとして見下ろすと、そこには十枚ばかりの、ほぼ新品のような蓄熱(サーマル)スレートがあった。



    * * * * * 


「とにかく、久々の狩りは成功だった。ザンカもこれなら一人前……まずはめでたし、だ。祝いの茶を頂こう――我らに等しく、温もりを!」


 ――我らに等しく温もりを。


 狩りの成功を祝って、ナジン兄が乾杯の音頭を取った。

 乾燥した氷河茱萸(グミ)を小鍋で煮た代用茶が、それぞれの手元のマグに注がれている。温かい飲み物は彼ら一族の間で何よりも尊ばれる、うれしい御馳走。こうした茶の席は栄誉あるものだ。


 格納庫の上に位置する、船の第二層。集会場として使われる大きな船倉で、ザンカは同じエッジ操縦者、それにカイラたち職人一同とともに車座を囲んでいた。ナジン兄は操縦者の中で最年長の、経験豊富な狩人だ。


「助かったよ、ナジン兄。『プリンシパル』出してもらえて」


 船のしきたりで、狩りに出るのは普通一度に一機だけ。事故やその他の原因で同時に複数を失えば、取り返しのつかないことになるからだ。

 狩りが終わった後で必要があれば、安全の確保されたその狩場まで、残りのエッジを出すことになる。


「何もだよ。あれだけあれば、当面は食糧に困らない。いま最下層甲板(オーロップ)であいつらを解体してるとこだ」


「いやしかし、三往復もするとは思わなかったね」


「せっかく仕留めたんだ。おいていく法はないもんな」


 一同は談笑しながらマグの中身をあおった。

 あの後ザンカは結局、船まで戻って同輩の操縦者たちに協力を求め、ヴォルツ・エッジと操縦者の少女に加え半機アザラシ(シィル)を十体すべて持ち帰ったのだ。この茶会はその祝いというのがまず一つ――


「しばらくはこれで楽が出来そうだが……それはそうと。あの娘と、彼女のエッジだな、問題は」


 物静かな知恵者のバレス兄が、医務室のある方角を気づかわし気に一瞥しながら言った。


「エッジの方は破損した部分以外、さほど状態も悪くない。在庫の部品で直せるだろうし、最悪部品取りに回しても俺たちに損はない。だが、アレの出どころについて考えるともうちょっと慎重な扱いが必要になる」


「やっぱり、そう思うかい?」


「もちろんだ」


 先の遭遇で、「船」を取り巻く状況は大きく変わったと言える。その点で、操縦者たち三人の意見はほぼ一致していた。茶会のもう一つの目的は、今後の()()()をどうするか、だ。

 近くに自分たちと同様の集団とその拠点があるとすれば、是が非でも接触を持ち、友好的な関係を築くべきなのだ。それは「船」が百二十年前に最後の交易を行って以来申し送られてきた課題で、叶うことのない希望でもあった。

 あの機体を修理して返還することは、交流の手始めに重要な一手となるだろう――


「ただ、あの娘。なぜ一人で十枚ものスレートを? ……なにか災厄の種にならなきゃいいが」


 スレートはずっと昔、まだ世界が氷に閉ざされて間もないころに作られたものだ。手のひら大のサイズながら、ストーブを三日三晩焚き続けるのと同じくらいの熱量を保存できる。

 熱を直接、少しづつ取り出して何かを温めることもできるし、何かの機器に接続してそれを動かすことも可能。「船」では各人が最低一枚づつ携行していて、いうなれば一族の成員として享ける権利の象徴でもあった。


 皆が等しく表情を硬くしてうなずいた。あれだけの数となると、欲に絡んで容易に争いが起こりうる。


「――でも、可愛かったな」


「おい、ザンカ……この状況で、のんきな奴だな」


 フッと口を滑らせたザンカに、年長の二人が声をそろえて突っ込む。だが、それに続いたバレス兄の言葉は意外なものだった。


「まあ、あの子が欲しいなら長老たちにそれを願い出る権利はあるぞ。お前の狩りの『獲物』には違いないからな」


「そ、そんなんじゃね……!」


 あわてて顔の前で手を振る。

 

「んー。まあいいよ。あたしもザンカのこと嫌いじゃないけど。子を作る許可はまず下りないもんね」


 カイラが苦笑しながらそう言って、ザンカの肩をそっと抱いた。


 長い間、狭い船の中だけで外部との交流を持たなかったザンカたち一族は、子孫を残すことが次第に難しくなってきている。ザンカから見て同世代の女の子といえばカイラとあともう一人しかいないが、二人とも血が近すぎるのだ。


 ――ずいぶん気の早い話をしとるがな、お前たち。本人の話も聞いておけ。


 船倉の入り口で、低い声が響いた。ダンゲ爺だ。傍らにもう一人立っている。保温スーツの特徴からすると、ザンカが連れ帰ったあの少女だった。


「もう歩けるのか? 良かった!」


 素朴に喜ぶザンカだったが、少女の表情はまだいかにも硬かった。


「助けてくれてありがとう……あなた方の医者によれば、軽い脳震盪だけだったそうです。ただ、私は『シャンカ(玉兎)』の補修が終わり次第、ここを離れなければなりません。受け取って頂けるなら、スレートはお礼として半分を差し上げましょう」


「そうかぁ。じゃあ仕方ないな……」


 旅を続けるのならしょうがない――ザンカは軽い落胆とともに、なぜか安堵を覚えたが。


「いや、待った待った……あんた、あんなエッジを持ってんだ。どこか大きな拠点から来たんだろ? だったら、あんたのとこの長に渡りをつけてくれないか? 俺たちの『船』は限界が近い。交易や通婚の相手が要るんだ」 


 思わぬ成り行きに、ナジン兄が大慌てでまくしたてる。だが、少女は悲しそうに首を横に振った。


「すみません、それはできません。『皇城(キャッスル)』は――私の故郷は今、排他的な武装集団になっています。あなた方を見つけたら、ためらいなく捕らえて()()にしてしまうでしょう」


「燃料……!?」


 言われた意味をとっさに測りかねて、皆が沈黙したその一瞬あとに。

 伝声器から、見張りに立っているヒガン叔父の声がした。


 ――おおい! 何かが「船」に近づいてくる……! 一、二……四つくらい、何かの機械だ。


「機械!?」


 普通はこんな言い方はしない。ならばどうやら、エッジでも半機でもない――

 

「ヒガン叔父! どんな奴だ? カメラこっちに回せるか?」


「何とか――!」


 展望室には補助的な機器として、旋回範囲のごく狭いカメラが設置されている。その映像が船倉の古いテレビモニターに回されてきた。

 白い下地に灰色の幾何学的なパターンが塗り描かれた、膝立ちになった人間を思わせる鈍重そうな機械が氷上を移動してくる姿が映っている。


「『皇城』の機動外装、フロストドーザです……追いつかれてしまった……」


 モニターを見つめる少女の声には、絶望が宿っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ポールシフト後の氷結世界が舞台ですか……! 狩りの道具としての生活密着ロボ、良いですねえ…… 問題は迫る敵にどれだけ立ち向かえるかだ。 どうなるか楽しみです。
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