天才と、才能。
朝、ベッドを飛び起きた。
漫画のように本当に飛び起きることは生涯ないと思っていたが、まさに今日初めて起きてしまった。
「夢か…」
目からは水が出ていた。
それが涙なのか、なんなのか俺には分からない。
最近、地球の頃の夢を見る。
それも、悪夢。
嬉しい夢なら涙なんて流さずに済むし、こんな事に悩むことも無くなる。
しかしその反面、一時的でも地球の空間に入れるのが俺は嬉しかった。
悪いことばかりではなかったし、たまに悪夢でない時もある。
水月の前世について、俺はまだ触れるつもりは無い。
水月は俺がまだ水月が転生をしていることを理解している程度だと思っているだろうし、わざわざ俺が桐生亮だということをばらす必要も無いんだろう。
感動の再会でもしてみたいところだけど、今はそんな暇じゃない。
少し落ち着いて、もし2人がゆっくりご飯に行ける時間が出来たのなら、その時に聞きたい。
あれから1週間、特に世界平和連合に動きは無い。
向こうから手を出してこないのなら、こちらから手を出す必要は無いため、国際的には静止状態が続いている。
それでもその間、特に暇だったわけではなかった。
世界平和連合との戦争に向けて、幾度とライラ国との話し合いを続けた。
そこで、一つ全体的な疑問になっていることがある。
それは、偵察部隊の人数の少なさだ。
敵勢力は、1つの国が送る偵察部隊としてはあまりに少ない数だった。
情報系のスキルがある中、基本的に隠密で行動することは難しい。
ましてや世界平和連合は世界から見て、この上ないほどに敵ということがわかりやすい。
その為、出国者から入国者まで、情報系スキルで移動が確認される。
そんなこと、世界平和連合の連中も、分かっているはずだ。
その認識を挟んだ上での少数の偵察部隊。
何をしたいのか、確定付られるものでもない。
しかし、いくらか憶測は立てられる。
1つ目、世界平和連合の上層部が情報系のスキル遮断を失敗した。
2つ目、十分に勝算のある少数精鋭部隊だった。
そして3つ目、世界平和連合の人数がそもそも少ない。
まだ幾らか憶測は浮かんでいるが、有力なのはこの3つだろう。
この中で一番嬉しいものは3つ目だ。
人数が少ないのであれば、敵も下手に動きづらい。
しかし、敵兵の少し気になる発言もあった。
世界平和連合の情報系スキルを信頼しきっていたような発言。
副隊長レベルの人間が偵察部隊に使われているということ。
これらから、恐らく1番可能性の高い選択肢は1つ目だ。
今後狙われるのは間違いなくライラ国だ。
そして、こちらはライラ国のマジックアイテムを何としても死守しなければいけない。
これからの展開はほぼ定型化されている。
そのどれを選ぶのか、それを決めるのは世界平和連合だが、どれを選んだとしても、俺らがするべきことはただ1つだ。
とにかく、マジックアイテムを死守する。
それだけで、いい。
その日、よく晴れた日だった。
世界平和連合が、ライラ国に宣戦布告した。
偵察部隊を送った時点で実質的な戦争だったが、これで名実ともに戦争になった。
これを機に、ライラ国には同盟国としてカーナ国の駐屯地が置かれることになった。
その駐屯地には、水月、アレンの他、第1兵隊の兵士、そして、ビネット。
細かくあげればキリがないが、カーナの戦力の1/3はこの駐屯地に駐在している。
カーナ本国の防衛もあるが、世界平和連合がライラに宣戦布告しているので、カーナに宣戦布告されることはほぼ無いだろう。
駐屯地の代表は水月になり、その副代表としてアレンがついた。
ビネットは復帰後、第2兵隊副隊長としての任を全うしており、来年には兵長に戻ると噂されている。
水月とビネットは仲が良いようで、2人とも楽しそうに話す。
ある日、ビネットがアレンを訪れて言った。
「疑ってすまなかった!」
アレンの自室で頭を下げるビネットに、アレンは何も言わなかった。
怒っていた訳では無い。
許していない訳でもないし、そもそも何も思っていない。
ただ、これは彼なりのケジメだ。
兵士として、その心に則って、彼としての正しい行動をしているのだろう。
なら、俺はそれを止めるべきじゃないんだ。
ただただ受け入れて、ただただ忘れさせてあげる。
それが、きっと今するべきことなんだろう。
アレンがビネットに言う。
「もう大丈夫です。頭上げてください。」
その言葉にビネットは頭を上げる。
一応上司と言えば上司にもなるので、正直どんな反応をすればいいのかは困っていた。
けど、言うことはきっと決まってるんだろう。
「おかえりなさい。」
その言葉に、きょとん。とした顔でビネットがぼーっとしている。
そして、少し間を開けて、ビネットが言った。
「ただいま。」
彼が失敗だと言えばあれは失敗だったんだろう。
しかし、世間はさほどそれを気にしていない。
相手が賢者だったんだ。仕方ない。という考えが世間を埋めつくしているだろう。
賢者というのは、世界において絶対的な強者だ。
どれだけ強くても、時には越えられない才能というのがある。
スキルを才能と言うと、少しずるいような気もするが、今は運も実力のうちという事にしておこう。
「駐屯地は如何ですか?」
ライラ国国王が駐屯地を訪れて尋ねた。
「いいですね。充分快適に生活できそうだ。」
水月が国王に言った。
「それはよかった。このような場所しか準備できず申し訳ない。」
「そんなことないですよ。充分立派な場所です。ありがとうございます。」
ライラ国に設置された駐屯地は、今は使わなくなったライラ国の兵隊基地だったらしい。
老朽化で新設した兵隊基地があるからと、わざわざ老朽化していた所を補修して駐屯地にしてくれた。
駐屯地に駐在する兵士分の部屋はあるし、充分な施設も置いてある。
駐屯地としてはこの上ないほどだろう。
「それと、そろそろ例の者が帰ってきます。会議室までお越しください。」
アレンと水月、ビネットが会議室に着くと、既に揃っていたライラ国の面々と、「例の者」が居た。
「お待たせしました。」
水月達がそう言って席に座る。
「それでは、揃ったようなので早速ですが報告を聞きましょうか。」
司会をしているのはライラ国兵士長、ミリ・バイルだ。
ミリも優秀な戦士で、ライラ国屈指の天才だ。
そして、「例の者」。
大層な呼び方をしているが、その実は潜入捜査していた兵士だ。
世界平和連合は現在鎖国のような立場を取っており、入国には少し苦戦したが、偽造などギリギリグレーな手段を使って無理やりに潜入捜査をしてもらっていた。
潜入捜査をしていた兵士の名前は、タイト・ヘルだ。
タイトが「はい。」と返事して立ち上がり話を始めた。
「まずですが、世界平和連合は魔王崇拝者の国であることは間違いないようです。」
タイトが検問所に着いた時、身分証の提示などを求められた。
「次!身分証の提示を。」
タイトが門番に身分証を提示する。
世界平和連合では現在、ライラ国とカーナ国、及びその他同盟国の入国は完全に禁止している。
いや、厳密に言うのなら、世界平和連合に元々所属していた人間でないと出入りはできない。
捕らえた世界平和連合の捕虜から聞くには、入るためには検問で門番に特定の言葉を言わなければいけないらしい。
タイトの身分証は偽造されているもので、入国するには問題ない身分証になっている。
つまり、あとは合言葉を言うだけだ。
「キリス・アマだな?」
それは、タイトの偽造した身分証の名前だ。
「はい。それと、偽名は有りません。」
この、一言が入国審査の合言葉だ。
偽名はありません。
門番がタイトの顔を少し眺めて言った。
「偽名は有りませんだと…?」
その反応に、困惑した。
何か、間違ったことを言っただろうか。
それは、間違いなく間違った時の反応だ。
訝しまれてる。
「あぁ、兵士か。通っていいぞ。」
良かった。
心の中でそっと胸を撫で下ろした。
世界平和連合は、案外、国だった。
下町には人がいるし、想像していた閑静なものとは少し違っていた。
厳密に違ってはいないが、少なくも多くもない人数だったはずだ。
ここにいる全員が、魔王崇拝者なのだと思うと、気分が悪い。
なにより、ここがボンバだったことが、胸糞悪い。
カーナとボンバは仲が悪かったが、ライラとボンバは悪かったわけじゃない。
そのため出入りは自由だったし、特に二国間で不自由は感じなかった。
タイトは、ボンバが好きだった。
文化が合っている。という人間を見たことがあるだろう。
それを俺は今まで信じたことがなかった。
しかし、ボンバに出入りすると、実際にそれを感じる。
自由の国。そして、敬意の国。
ボンバの印象はそんなものだった。
とても気分のいい国だった。
でも、今はもうない。
そんなこと考えていると、胸の底で何か不愉快なものが溜まってきたので、考えることをやめた。
そんなことをしながら歩いて、やっと目的の場所に着いた。
今回の任務の目的。
敵情視察。
歩いて着いた場所は、世界平和連合の兵隊が使う訓練所だ。
まぁ、もちろん一般人が入れる場所では無い。
そのため、まずは世界平和連合の部隊に加入することが条件になる。
なので、今日は入隊試験だ。
訓練所での入隊試験ということで、前日から心臓がうるさくて眠れていないが、タイトもライラでは随分強い。
ミリほどでは無いが、ライラではTOP20に入るほどには優秀な人材だ。
例え異国であろうが、その腕は間違いない。
「これより、世界平和連合、入隊試験を執り行う。教官のリアムだ。よろしく。
みな知っての通り、世界平和連合は魔王様を崇拝する美しき国だ。その中でも兵隊というのは魔王様に仕えることのできる神聖な役職。
例え戦争が待ちわびていようとも、人数が大幅に増えることなどありえない。それを肝に銘じるように。」
なんだが、不思議な感じだった。
いや、間違ってはいないんだ。
魔王に仕える役職で、人を多くすると上に都合が悪いから人数を少なくする。それは妥当だろう。
ただ、それが兵隊というのが妙に納得いかない。
そんな兵隊、すぐに人数差で潰されてしまう。
世界平和連合が今攻められていないのは、ボンバを一夜にして落とすほどの圧倒的軍事力があったからであり、この事が外部に盛れればすぐにでも世界平和連合は潰されるだろう。
「入隊試験は、シンプルだ。実技試験のみを行うこととする。」
なるほど。そのための訓練所か。
「そこの受験者、ステージ上へ。」
そう言われ、タイトが剣で示された。
おいおいまじかよ。
何百人もいてドンピシャで俺なことあるか。
まぁでも、難しい試験では無さそうだし、何番でもいいか。
タイトがステージ上に登る。
「名前は?」
「キリス・アマです。」
「そうか。木刀を持て。試験は模擬だけだ。」
そう言われ、ステージ横に置いてある木刀が受験者によってキリスに投げられる。
その木刀を掴み、構える。
「よーい、始め!」
審判が手を挙げて開始を宣言した。
タイトが試験官に向かって走る。
試験官は動くことなく、タイトの木刀と自らの木刀をぶつける。
その攻撃が防がれたことに若干驚きはしたが、攻撃を続ける。
右、左、真ん中、左、左、上。
相変わらず試験官は動かない。
澄ました顔でタイトの攻撃を防ぎ続ける。
何だ、何が起きてるんだ。
この試験官は、自らを教官と言った。
教官という地位は、国によってバラツキがある。
ただ、基本的には兵隊の中では上の下くらいの実力のはずだ。
唯一カーナが少し違った制度を導入しているが、それを除けばほぼ全てがこの制度を採用している。
対してタイトは戦力だけで言えば教官など相手にもならない。
それなのに、何故だ。
なぜ、何度も何度も余裕な顔で攻撃を防がれる。
カーナと同じ制度なのか。
はぁ…と試験官がため息をついて言った。
「もういいぞ。終わりだ。」
その言葉にタイトは木刀を止める。
汗ひとつかいていない。
化物かよ、こいつ…
「まぁ、筋はいいな。偵察兵くらいにならなれるかもな。下がれ。」
そう言われ、木刀を元の場所に戻してステージから降りた。
「なぁ、あんたすげーな。」
ステージ下にいた受験者らしき男がタイトに話しかけた。
「まぁ、多少は。」
なんだそれ。とその男が笑う。
「この試験、俺らに合格させる気あるのかな。」
タイトがさらっと何食わぬ顔で男に言った。
「いや、無いな。それくらい知ってるだろ?」
そんなことを言われたので、キョトンとした顔で男を見ると、男は驚いたような顔で続ける。
「お前、そんなのも知らないで受けたのか。脳筋なのかバカなのか…
世界平和連合の兵隊は、極端に数が少ないんだ。
兵隊というと語弊があるから詳しく言うと、戦闘兵だな。
偵察兵、情報兵、戦闘兵で別れている。
偵察兵が1番多く、戦闘兵が1番少ない。
そして、この中で戦闘兵のみをこの国では兵隊と呼ぶ。それ以外は特に使い物にならないということだろう。
情報兵のトップにもなると兵隊としてカウントされるらしいがな。
戦闘兵の人数はたったの4人。」
その言葉に、思わず驚いて尋ねた。
「4人?!」
「あぁ、4人だ。
だけど、一人一人の戦力が化け物だ。
例えるなら、水月。
賢者もいるようだが、残念ながら俺らは賢者の戦力は知らないから、どれくらいか分からない。
ただ、戦闘兵でも、水月を相手にするのは大変らしくて、水月を殺すには最低でも戦闘兵が2人はいるらしい。」
いや、いやいやいやいやいやいやいや。
こいつは、言っていることの異次元さを理解していないのか?
水月を、2人で?
たったの、2人?
化け物というレベルじゃない。
水月なんて、存在だけで災害の存在を、たったの2人でどうにかできるのなら大したものだ。
水月単体で、国を滅ぼせる。
一部では魔王を討伐した勇者より強いと言われるほどに、そして、それが定説になり始めている男だ。
恐らく、戦闘兵1人だけでも国を1つ潰すのは難しいことじゃないんだろう。
そんな災害が、4人もいるのか。
「お、次俺の番だ。」
そう言って男がステージ上に上がった。
それから数日、世界平和連合の国内を少し偵察して、タイトは国に帰った。
今回の潜入の結果としては上出来だ。
しかし、本来の潜入捜査の目的は果たせなかった。
それは、戦闘兵のせいだ。
あまりにレベルが高すぎて、もし偵察兵に入隊できたとしても、得られる情報が少なすぎる。
ただ、今まで謎だった構成と人数が知れた。
それだけで良しとしたい。
「という事です。」
タイトが話終わったあとの会議室は、皆難しい顔をしていた。
それは当たり前だ。水月を2人で殺せる人間が、4人も世界平和連合にはいるんだ。
きっと、アレンがボンバ襲撃の際にあった魔剣士もそのうちの一人だろう。
「わかりました。潜入捜査、お疲れ様です。」
それからの言葉は、出ないようだった。
ミリも、驚いているんだろう。
この先、何を検討するべきか、対応にも困る。
少しの間沈黙が会議室を支配した。
「とりあえず、やるべき事はひとつです。」
水月が口を開いて、それに全員が集中した。
「戦力の増強。この潜入捜査で人数を増やしても仕方がないということが分かりました。
私を2人がかりで殺せるというのなら、少なくとも私が手加減した時は余裕で勝てるようにならないといけません。」
しかし、とミリが続けた。
「我が国には水月さんのような戦闘兵はいません。一体どうすれば…」
何言ってるんですか。と水月が続ける。
「ここに本人がいるでしょう。それに、賢者もいる。」
急に話を振られてビックリして顔を上げる。
「それは、もしかして…」
「と、言いたいところなんですが、残念ながら時間も少ない。ですので、ミリさん。訓練所に。」
「私と、ミリさんで模擬試合をしましょう。」
ステージに上がったミリに水月が木刀を渡す。
「時間が無い以上、鍛える人間を限定しないといけない。
であるなら、貴方が適任だ。」
なるほど。とミリが少しにやけて、木刀を構えた。
「よろしくお願いします。」
その戦闘は、圧倒的だった。
ミリが息を切らしてステージに手を付きながら浅い呼吸を続けている。
「戦闘中、何を考えてますか?」
水月がミリに尋ねた。
息を切らしているミリが、苦しそうに話す。
「次、どうやって繋げるか。くらいです。後は、感覚かもしれない。」
その言葉に、水月が続けた。
「戦闘をする上で大事なのは、信じさせることです。」
信じさせること?とミリが尋ねて、水月が言う。
「はい。例えば、左目が不自由な兵士にはどう戦いますか。」
「それは、相手の左をなるべく使います。」
「そうです。それが大事です。
そして、それを利用する。
相手にこちらが作り出した偽物の苦手なものを信じ込ませます。例えば魔力操作の欠点。防御魔法を使った後に攻撃魔法を使う時、魔力探知を1度切らせば、相手はこちらが魔力操作が苦手だという認識を持ちます。
すると、こちらに攻撃して防御魔法を使わせようとする。そうすれば攻撃魔法を使えないから。
すると、必然的に敵には隙が出てきます。そこをつく。」
言っていることは単純だが、その実は難しい。
俺は前世の異世界系の物語でその術を知っているが、普通の人はまず思いつきもしない。
もし思いつけたとしても、それは至難の業だ。
だってそうだろう。今水月が言ったことは、癖になっている魔力操作を命がかかっている場面で意図的に崩すということなんだから。下手すればというか普通は相手が騙されてその間に殺される。
それができるのは、ある程度余裕が出来てから。
死の恐怖を払拭した者たちが試す所業。
なるほど…とミリが納得したような顔をして立ち上がった。
「もう一度、お願いします!」
日が暮れた。
アレンとビネット以外の人間は他の仕事に行き、アレンとビネットはミリの弱点や、他の他愛もない会話をしながらその訓練を見ていた。
話していてわかったが、ビネットも大分強い。
水月ほどでは無いが、恐らく世界平和連合の戦闘兵といい勝負をするだろう。
訓練を終えたのだろう、ミリと水月がステージ上から降りてきた。
「もうボロボロじゃねぇか…」
ミリを見たビネットが少し引き気味に言った。
「いえ…私が弱いのが悪いので…」
ボロボロになったミリが力を振り絞って言う。
まぁ…死んでないだけ上出来か…?
「…飯…行くか?」
「いえ…寝ます…」
そう言って、ミリがその場に倒れた。
翌日、ミリは普通に目を覚ました。
聖職者にも問題ないと言われたし、本当にただの疲労だったのだろう。
念の為に病室に入院していたが、それも不要だったみたいだ。
「本当に、すみませんでした…」
アレンとビネット、水月は翌日、病室を訪れていた。
水月がミリを見るなり頭を下げて謝った。
「いえいえ!気にしないでください!」
「ほんと…どうお詫びすれば良いか…」
水月は思ったより深く受け止めているようで、自分の指導者としてのセンスを疑うほど落ち込んでいた。
あ、じゃぁ。とミリが続ける。
「今度、美味しいご飯でも行きましょう。」
その言葉に、水月な少しにっこりして答える。
「ぜひ。」
その翌日から、水月とミリの訓練が再開した。
終わるとミリは疲れて気絶する日もあるし、そのまま何とか帰る日もあった。
1週間ほどして、ミリも慣れてきたのか、余裕が出来てきたのか倒れることはなくなったが、それでもたまに自分の才能の無さに絶望しているような発言をする。
ミリ自身は気づいていないようだが、水月の訓練は他の比じゃない。
相手が水月なんだ。一朝一夕で身につけられる技術量でも質でもない。
それを1週間だけで対応しているんだ。
それだけで彼も十分な化け物なんだろう。
兵長になるだけあって、才能は凄くある。
実際、1週間前は相手にもならなかったのに、ここ最近は水月が手を抜いてるときは少し相手になっている。
そんなもんかと思うかもしれないが、これは凄いことだ。
それは間違いない。
それからまた1週間。
水月が、ミリとの訓練中にアレンに話しかけた。
「アレンさん、ちょっと変わってくれませんか?」
訓練が始まって2週間。今までに1度もないシチュエーションで困惑したが、兵士が水月を呼びに来たので外せない用事だということは理解した。
マジックアイテムを触れるのは水月とアレンだけなので、それの件だろう。
少し前からそんな話を水月からちょくちょく聞いていた。
「いいですよ。」
そう言ってステージに登ると、水月が訓練所を出ていく。
「初めましてですよね。剣を交えるのは。」
は、はい…とミリが緊張しているように答える。
なんだか、兵長というのは緊張とは無縁の存在のように思えたので、その姿が意外で笑ってしまう。
「とりあえず、1戦交えましょう。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします…」
ミリが答えたのを聞いて木刀を構える。
魔法は身体強化魔法だけだ。これは訓練する時は毎回つけることになっている。
そうでもしないと体が壊れてしまうからだ。
賢者様…
ミリは、ステージに登ってくるアレンを見ながら唾を飲み込んだ。
今までの水月との訓練は、正直苦しかった。
自分の才能のなさが露見しているようで、圧倒的な力を見せられて。
あれでも本気じゃなかったのだから、きっと俺はまだまだだった。
そんな日々を2週間も続けていたら、ある日気になってくる。
賢者と水月、どちらが強いのか。
勿論、剣術だけで決まる勝負では無いから、剣術だけの順位付けなのだが、それでも、気になってしまった。
それを測るのが俺でいいのか分からない。
分からないが、測れるのは俺だけだ。
戦場でどちらとも戦える人間はいない。
理由は単純で、すぐ死ぬからだ。
どちらかにあった時点で最後、水月に会うことは無いだろう。
それほどまでに世界において圧倒的な彼らは、どちらが強いのか。
それを、どうしても知りたかった。
アレンがステージ上に上がり終え、挨拶を交わして木刀を構える。
すると、アレンもステージの反対側で木刀を構えた。
その瞬間、鳥肌が立った。
それは、圧倒的な力量差によるものだろう。
体が、拒否してるんだ。
彼と戦うことを、どうしても体が認めない。
全力で、それを止めに来ている。
対峙しただけでわかるその絶対的な差は、恐ろしいものだ。
この感覚を味わったのは、2週間前が最後だろう。
水月と初めてステージ上で見合った時。
彼は、化け物に見えた。
人の皮を被った魔獣がいるのなら、俺は真っ先にそれを疑っただろう。
それほどまでに、絶対的な差があった。
人間に埋められるか分からない、完璧さがあった。
それを今、また、体験している。
いや、もしかしたら、それ以上。
あまりに馬鹿げている強さに、笑ってしまう。
だってそうだろう?これほどの力の差を、訓練を始める前から察せるほどの力量差だ。
これが戦場だったら、もう死んでいるだろう。
逃げる間なんてない。
そもそも、体が動かないんだから。
同じ種族でも、これほどまでに違いがあるんだ。
賢者…お前は、人間なのか?
武器と武器が重なり合う。
木製だったから、その音は優しい音のように聞こえたが、本来はもっと殺伐とした音が辺りに広がる。
ミリは、強かった。
強かったと言っても、一般的に見ればの話だ。
酷なことを言うようだが、アレンや水月と比べてしまえばどうしても衰えてしまう。
まぁ、当たり前のことだろう。今更それに対して何か言うこともない。
ただ、気になることがあった。
ミリの軸の動かし方だ。
なんと言うか、軸が安定しない。
本来、軸というものは剣でバランスを取ることがこの世界では常識的な考え方だ。
ミリも、立場上それを知っているはずだし、ライラで1番まで登ってきて、それを出来ていないというのは少し不思議だった。
ミリの軸の動かし方は、何か、まだほかの物に寄りかかってるようだった。
まるで、もう一つの剣があるみたいに。
…そうか。そういうことか。
アレンはミリが振った剣をはじき飛ばし、言った。
「ミリさん。何か、隠していませんか。」
その言葉に、ミリは不思議な顔をして答えた。
「隠していること?いえ…特には…」
そうですか…とアレンが続ける。
「ミリさんは、軸の使い方をご存知ですよね。」
その言葉に、はい。とミリが答える。
「軸というものは、本来剣です。言い方に語弊があるかもしれませんが、結局は剣に合わせるための体の重心です。
ミリさんの軸は、それができていない。
なんだか、どこか、不安定です。」
そう言いながら木刀が置いてある場所に向かって、ひとつ取り、ミリに渡す。
「1度、二刀流を試してみませんか?」
なっ…とミリが驚いた声をして続ける。
「二刀流なんて、聞いたことないです!」
そりゃそうだろう。この世界においての二刀流は不利だ。
魔法を使うには魔法陣を構築する必要があり、魔法陣構築には片手で魔力を操作しなければいけない。
きっと過去にも居たんだろうが、この世界独特のその操作に慣れずに諦め、衰退して行ったんだろう。
ただ、なんだろうな。
ミリなら、できる気がした。
なんの根拠もない自信だけれど、彼なら、できる気がしてしまった。
「構えて。」
そう言うと、ミリが困惑しながら覚束無い操作で件を構える。
始め。アレンがミリに聞こえるように呟いて、走り出す。
今まで訓練で走ったことは1度もない。
ずっと突っ立って、ミリの攻撃を受け流していただけだ。
ただ、今ならミリにも止められる気がした。
手を抜いているにしろ、彼なら。と思ってしまった。
アレンがミリの近くまで行く時、ミリはまだ反応できていないようだった。
今、彼は何を考えているんだろう。
俺が目の前から居なくなったことは理解しているのだろうか。
何が見えているんだろう。
アレンが剣を振り始めたが、まだミリは反応してこない。
まだ、まだだろ。
ミリ。
お前は、こんなもんか?
その瞬間、ミリの目がアレンを捕らえた。
目が合って、アレンは剣を加速させた。
その剣とミリの体の間に、また剣が入ってくる。
着いてくるか…!!!
いいね、もっと、もっとだよ!!!!
剣と剣がぶつかる音が辺りに響いた。
今度は今までとは違って、重く、硬い音。
これだよ!ミリ!!!!
アレンは剣の持ち方を変えて反対側に剣を振る。
その剣も、ミリによって止められた。
それから、何度も剣を振った。
その全ては尽くミリの剣に止められ、硬い木音を辺りに鳴り響かせた。
あぁ。いいね。
二刀流。実にいい。
かっこいいじゃないか。
でも…そうだな。まだ、足りないな。
アレンがミリの剣を吹き飛ばした。
「流派変えたんですね。」
戻ってきた水月がミリとアレンの訓練を見ていたらしく、アレンがミリの剣を飛ばしてから少しして話しかけてくる。
ステージ上に上がってくる水月をミリが眺めている。
いや、これは、眺めてるんじゃないな。
何か考えてるんだ。
きっと、水月とは全く違うことを。
「いいじゃないですか。二刀流。」
アレンがミリに言って水月と変わるようにステージから下りた。
水月とアレンは目を合わせて少し笑って、水月がミリに尋ねる。
「ミリさん?」
水月の声を聞いて、我に戻ったのか、ミリが慌てたように「水月さん…?!」と返す。
「用件、終わったんですか?」
「えぇ。簡単な事だったので、すぐ終わらせて戻ってきました。」
そんなことより、と水月が続ける。
「二刀流にしたんですね。」
水月が笑いながら言って、ミリは「はい…」と続ける。
「すみません、今まで色々と教えて貰っていたのに…」
いえ。と水月が言う。
「私が教えていたのは二刀流にするための準備段階のことだけですよ。いつか二刀流にさせるつもりでしたので。」
その言葉に、ミリが目を見開いて、少ししてまた笑った。
「ほんと…頭が上がらないですね。」
それに水月が笑って返し、続けた。
「ところで、どうでしたか?二刀流は。」
「そうですね…凄くやりやすかったです。なんて言うか、型にハマった感じ。」
「それはよかったです。今日はもう終わりにしましょう。疲れたでしょう?」
いつもより早く終わるのが少し寂しかったのか、ミリは残念そうな顔を少ししてから「そうですね…」と笑って言った。
ミリの二刀流にはいくつか問題点がある。
1つ目、二刀流をすることによって、今までの基本知識を変える必要がある。
2つ目、二刀流のそもそもの問題点である、魔法の発動が困難ということ。
他にも問題点はあるが、この2つに比べれば些細なことだ。
そして、最も難しい問題点は、2つ目。
魔法が基本のこの世界で、魔法の発動ができないというのは不自由極まりないことだ。
身体強化くらいであれば剣を抜く前にさっさと作ってしまえばいいが、上等魔法などの難しい魔法になると、両手が塞がっている中での発動は困難を極める。
できない訳では無いが、この問題点はアレンが1番習得に時間のかかったものだ。
今でも覚えている。
7歳ほどだった気がするが、全ての上等魔法を使えるようになり、両手を塞いでの訓練を始めた。
始めたのは良いが、これが上手くいかなかった。
魔力暴走で熱が出たり、魔力回路が焼き切れそうになったり、たまに爆発したりなんかした。
まぁ、簡単なことでは無いということだ。
そして、世界平和連合との争奪戦がいつ起きるか分からない今、このリスクを犯すべきではない。
どうしたものか…
そんなことを考えながら、訓練所の扉を開けると、急に魔法が飛んできた。
『インタフィア』
なんだなんだ?
「すみませんアレン様!!」
ミリがステージから急いで降りてきながら言った。
暴発したのか?珍しい。
「大丈夫ですよ、そちらこそ、珍しいですね?」
あ…はい。とミリは照れ笑いをしながら言った。
「実は、両手を塞いでの魔法の発動を練習していたのですが、暴発してしまいました…」
まぁ、最初はそんなものだよな。
そんな一朝一夕で会得できるものではない。
「今、どれくらい出来てますか?」
アレンが水月な方を向いて尋ねると、水月が「それが…」と言って続けた。どうやら困惑しているようだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?!」
アレンが今まで出したことの無いような大きな声を出した。
そりゃ出すのも無理ないわ!!!!!
「実は…もう既にできてしまって…」
水月はアレンに確かにそう言った。
もうできた?
おいおい、有り得ないだろ。
そんな簡単なものじゃないぞ。
何回も何回も試して死にそうになりながら地獄を見て会得するものだぞ。
それを、1週間もしないで?!
どんな奇跡が有り得たらそんなことが有り得るんだ??
そもそも、この技は本来必要のないものだ。
というか、対価が見合わないんだ。
この技は、手を触れずに紙を折るようなものだ。
そんなできるかも分からない芸当を、たかが数秒のアドバンテージのために費やすのなら、まだ他に伸ばすところがある。
その0.何秒で生死が決まる世界ではあるが、それは訓練で補っていく部分だ。
自分の技術で回避するなんて…本来は考えられないことだ。
とんでもないことをやってくれたな…ミリ。
これは、どれだけ天才なのだろう?
この才能が、もっと早く見つかっていれば、どれだけ世界の魔法技術は向上しただろう?
思えば、訓練を始めた時からおかしかったんだ。
水月の動きに2週間程度でなれはじめるなんて、普通はありえないことだった。
やられたな…
俺は、世界のあらゆる天才を知っている。
ラマヌジャン、オッペンハイマー、テスラ、アインシュタイン。
どれもが世に名前を残し続けた偉人だ。
でも、もしかしたら、今、目の前にいるこの男は、それだけじゃ足りないのかもしれない。
天才だけでは足りない全てを持っているのかもしれない。
あぁ、いい。
とてもいい。
アレンが、笑みを浮かべた。