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思い出したくない呪い

「初めての対談はどうだった?」

副学長室に戻ると、そう言われた。

「はは…」

正直、苦笑いしかできなかった。

どれだけ失礼なことを言ったか…思い出しただけで自分を殴りたくなる。

でも、収穫はあった。

「一応、髪飾りの厳重化には納得して頂きました。」

そうか。とアリスが言う。

「それが出来たのなら初回にしては上々と言ったところだろう。よくやったな。」

不意に出てきた褒め言葉に、目を丸くした。

それに気づいたアリスが尋ねる。

「なんだ、どうした?」

あ…とアレンが呟いて目を元に戻す。

「いえ、副学長に褒められたの初めてだなって…」

そうか?とアリスが言ったので、首を縦に動かして肯定する。

「まぁ、アレンが俺の上にいるからじゃないか?」

そう言って、アリスは自傷気味に笑った。

「そういえば、父上がアレンと話がしたいと言っていたな。今から行ってみたらどうだ?」

国王が?なんだろう?

「分かりました。」

そう言って、ソファーから体を浮かせた。





「失礼します。」

扉からノック音がした後にそう言って、中に入る。

中にはラスと国王のみがいて、アレンに気がついた国王が書類から顔を上げて言う。

「おーアレンくん。来てくれたのか。」

「急な訪問申し訳ございません。アリス様からお聞きしたので、そのまま来てしまいました。」

良い良い。と国王がアレンを手招きしながら言う。

アレンがその手招きに応じて1人がけの椅子に座ると、国王が言った。

「まず確認なのだが、魔王が生きているということは、確定でいいのだな?」

ラスがお茶を持ってくる。

それをお辞儀で感謝を伝え、国王に向かって言う。

「はい。それが私が賢者である理由です。」

そうか…と国王がため息をつく。

「何か指輪にあったんですか?」

「いや、指輪に関してはラスと水月に任せておけば特に問題ないのだが、他のマジックアイテムが心配でな…」

「それはどういう?」

「実はな…」



それから、国王はいくつか話をしてくれた。

ライラ国は経済難であること、ボンバ国とカーナは仲が悪いということ、マジックアイテムのもう魔力量が強く、守れる人間が限られること。

「なるほど…」

それでしたら…とアレンが口を開いた瞬間、大きな音を立てて王室の扉が開いた。

アレンと国王、ラスが扉の方を向くと、そこには息を切らしながら何とか言葉を発そうとしている男がいた。

「何じゃ、騒がしい。」

国王がそう言うと、男は頭を勢いよく上げて、余裕が無いのが丸わかりの声量で言った。

「ボンバ国にて、王城への襲撃!」

その言葉だけで、その場にいた者は全員理解出来ただろう。

襲撃の狙いは、間違いなくマジックアイテムだ。

そして、もっと重要な情報がそこには隠れている。

ーーーーーー魔王を復活させようとしている人間がいる。

それは、魔物じゃない。

俺らと同じ、人間が魔王を望んでいる。

目的が何にせよ、それは世界においての敵だ。

「ラスさん、先に行きます。」

そう言って、王室からアレンの姿が消えた。





ボンバ国の王城の正門をくぐった時、先程まで鳴っていた爆発音が鳴りやんだ。

この静寂が、ボンバ国の兵士が勝った音なのか、敵対勢力が勝った音なのか。



王城の中に入ると、そこに広がっていたのは血の海だった。

ボンバ国の兵士と、どこの兵士とも思えない死体が乱雑に転がっている。

それは、さながら、いや、きっと具体的に、地獄だった。

踏む所踏む所には朱が広がり、目線を向けるところには必ず人間だったものが転がっている。

首がないもの、腕が無くなっている者、死に方は十人十色だったが、どれも平和なものではなかった。

そんな光景が、王城の中ではずっと続いた。

ただ、王城の一番奥、王室から、静寂のはずの世界に音が入り込んできた。

誰か生きてる。

アレンは、その扉の前で少し止まり、中の会話を聞いた。


「なぁ〜、めんどくさいんだよなぁ。マジックアイテムは何処なんだって?」

部屋を少し覗くと、ローブを着た男が国王らしき男の首を掴んでいる。

その下には護衛の死体が転がっており、首がなくなっている。

一瞬か…

その情報だけで、目の前の男が相当強いことは理解出来る。

王室の護衛に着くような人間が、首を切られるほどの男が、弱いわけが無い。

少なくとも、ラスのような強さだったはずだ。

どうする?ドミノで終わらせるか?

いや、ダメだ。ドミノは相手によって効果が大きく左右される。

今大事なのは男の確保だ。

仲間がどこかにいるはず。マジックアイテムを探しに行っているのだろうが、仲間を殺すためにもこの男は利用しないといけない。

ドミノの番号ごとの効果時間は30秒。30秒で力の差を分からせて場所を吐かせるなんて不可能だ。

気絶させてもいいが、起きた時に相手が絶望する状況を作るしかない。

それが、このレベルの相手にできるとも思わない。

やはり、強引にでも分からせるか。

アレンが王室の中に入ろうとした時、男が言った。

「そこにいるの誰だ?俺の仲間じゃないな。」

その瞬間、目の前に男が現れた。

はっや…

反射的に後ろに下がる。

「あぁ?子供だぁ?なんでこんなとこにいんだ?」

予想外の速さに頭が追いつかない。

なんなんだよその速さ、水月と大差ないじゃないか。

アレンが魔法陣を構えると、男は面白おかしく笑って言う。

「おいおいお前みたいな子供が俺と戦う気かよ!」

口ではこう言っているが、その実全く隙がない。

まぁ、子供作戦はまず失敗と…

「お前らは何なんだ?目的は?」

アレンがそう尋ねると、男はあぁ?と続ける。

「お前みたいなガキに言うことは何もねぇよ!」

男がアレンの首に向かって携帯していた剣を振る。

その剣を人差し指で止めて、尋ねる。

「なら、質問を変えよう。何故、こんなに多くの人を殺した。」

男は最初驚いたような顔をしていたが、落ち着きを取り戻して言う。

「そうか、お前、賢者か。まるで殺してはいけないみたいな口振りだな?」

何を言ってるんだこいつは。

それが当たり前だろう。

生まれてから死ぬまで人間の共通認識だろ。

いや、違うか。そうじゃない時もあるな。

でも、ただ、今は。

「今は、戦争じゃない。」

それは、理想の戦争じゃない。

理想からかけはなれた、命を奪うことを良しとする戦争だ。

すると、男は両手を広げて言った。

「なら、教えてくれよ。人を殺してはいけない理由を。悲しむ人がいるからとかつまらないことは言うなよ。そんなのは、ただの詭弁だ。いいか、人間っていうのは害だ。俺しかりお前しかり全ての人類しかりだ!

人間生きていれば誰かを傷つけ傷つき、泣き打ちひしがれ、喜び、怒り、誰かを恨む。そんな中で、強いやつだけが生き延びてきた。

キリンは首の長い変異種が生き延び変異種が通常種となり、人間は弱い故に知識をつけ力をつけ強くなり、その強い人間だけが生き残り猿から人間になった。

強い人間が、弱い人間を搾取する。

それは、世界の真理なんだよ。利用して、踏み台にして、嘲笑ってきた。

いつしか、弱い人間の数が多くなると、世論は強きものは弱き者を助けるべきだ。なんて自己中な考え同士がぶつかった。

だけどな、世界はそもそも強きものが更に強くなるためにあるんだよ。今まで死んできた雑魚なんざ、生きてたって何の役にも立たない!」

言ってることは、理解出来る。

理解できるが、正解かと問われると、きっと違うんだろう。

いや、正解でもあるんだろうな。

それは、彼にとっての正解で、人間の進化としての正解だ。

人間は知性を持つ。

人間は感情を持つ。

人間は愛を持つ。

それが、彼には欠如してるんだろう。

世界から俯瞰的に見た人類の成長と、中から強き者の視点で考えた極端な理論だ。

間違っていると豪語するつもりはない。

ただ、正解とも言えないんだろう。

なら、俺がすべきは、今はあいつに賛同することだ。

「そうか。なら、死ぬつもりでそこに立ってるんだよな。」

アレンがポケットに手をしまい魔法陣を展開する。

魔法の同時展開。

8つの魔法陣がアレンの周りを2次元的に取り囲む。


『フリーシア』


その魔法陣を見た男は口元に笑みを浮かべる。

その瞬間、煙がその場を覆った。

その煙の中から、剣が飛んでくる。


『創造魔法、アポリア』


先代賢者が作った魔法。

その魔法で、手に剣を創造する。

剣と剣がぶつかり合い、大きな金属音が辺りに鳴り響く。

煙の中から見える男の口は、まだ微笑んでいる。

男が後ろに下がり剣を大きく振ると、煙が晴れて視界が確保された。

その瞬間、男が横から剣を振ってくる。

速いな、相変わらず。

でも、まだ足りない。

それを剣で弾いて止め、次は左から剣が振られる。

また止め、次は後ろ。右、右、後ろ、右、左。

そして前から剣を振ってきた時、その剣をしゃがんで避けた。


『創造魔法、アポリア』


目の前に壁を作り、その壁は上に伸びていくと、男の腹に当った。

アポリアは、一見チートのよう見えたが、どうやら完全にイメージできるものしか具現化できないようで、この為に剣の形を必死に覚えてきた。

男は壁に突き刺され口から血を吐き、壁を蹴って後ろに下がった。

その瞬間、男の剣が青くなり、剣の構え方が変わった。

なるほど、魔剣士か。

魔剣士とやり合うのは初めてかもしれない。

そもそも魔剣士の数がそこまで多い訳では無いからだろうが、魔剣士という存在はあまりに強い。

距離感さえ調整出来れば魔剣士ほど強いスキルは無いだろう。

魔剣士と聞くと、剣の周りに炎を包み込むイメージがあるかもしれないが、思ったのと違って、剣の色が変わるだけらしい。

その瞬間、男がどこかに消えた。

やばい、見失った。

どこだ?右か、左か?

アレンは上に跳んで辺りを見渡したが、どこにも居ない。

なら、上だ。

アレンが上に剣を構えると、剣と剣がぶつかり合う音がした。

咄嗟に剣を上げたから上を見えてない。どういう状況だ。

まだそこにいるのか?


『ディール』


上に向かって魔法を撃つと、下から剣が飛んでくる。

はやいな…

その剣を止め、地面に足をつけると、少し離れた正面に男が立っている。

「んー、なんかおかしいなぁその剣。剣に魔力込めてるだろ、お前?」

剣に魔力?込めていないが、魔法で作り出したのだから、魔力があっても何ら不思議じゃない。

男が剣を振って魔法を放つ。


『創造魔法、インタフィア』


魔法が目の前で粉々になって砕けた。

上手くいった。

最後に実践で使ったのは学園での決闘が最後だが、その後研究を続けて上等魔法でもある程度なら無効化できるところまでは進化させた。

その光景を不思議に思ったのか、首を傾げ男が尋ねる。

「なんだぁその魔法?見たことないなぁ。」

少し考える素振りをして、男が顔を上げる。

「まぁ、いいか。」

その瞬間、男が正面から剣を振る。

目が慣れてきたのか、動きは先程よりも見やすい。

しゃがんで足を払おうとしてきたので、空に浮かび、魔法陣を展開する。

ここまで昇れば魔剣士ではどうしようもない。

だが、空に浮かびながら魔法を撃つのは想像よりも難しく、長くは飛んでられない。

魔法陣の同時展開。

無数の魔法陣がアレンの周りに生成される。


『エーテル』


男が走り回るところに向けて魔法を放ち続ける。

14発目で、ようやく魔法が当たり、煙が立ちこむ。

地面に降りると、煙から剣が振られる。

は…?当たってただろ。

やばい、これは、防げない。

首に向けられた剣は、勢いが止まらない。

アポリアも、間に合わない。

これは、死ぬな。

覚悟して、目をつぶった時、暖かい風が体を包んだ。




この風は…

俺は、この風を知っている。

この世界とは何ら関係の無い世界。地球という1つの惑星の中の、1つの一家の話。

きっと、これは走馬灯なんだろう。意識はしっかりしているし、これが記憶であることは理解出来る。

ただ、ただ今は、この記憶に縋っていたかった。

久しぶりに見る、最後に見た時とは違った地球の姿、何年も前の、姉が生きている時の世界に。


「やっぱここに居た。」

午後6時。夏の日はまだまだ沈まない。

暑い夏は次第に涼しくなっていき、海風が心地いい。

桐生葵は、この時間と、この場所が好きらしい。

夕食の時間だと言うのに、毎日毎日歩いて10分ほどにある海辺まで行くので、いつも母親に呼んできてと頼まれる。

葵は振り返って俺を見て言う。

「亮、もうご飯の時間?」

懐かしいな、その名前も。

俺が姉の横に立って、さっき拾っていじりながら来た石を海に投げ込む。

「毎日飽きないの?」

こんな話を前にもした気がする。

いや、これが1度目だろうか?

でもきっと、いつかこの話をしたんだろう。

ここから数年の未来を俺は知ってる。

その中の、どこかの記憶なんだろう。

「飽きないよ。だってこんなにも綺麗なんだから。」

ふーん。と俺はつまらなさそうにしゃがんで海に触れた。

海は夏を感じさせない冷たさで、思ったより冷たくて手を引っ込めてしまう。

「俺には姉さんの言う綺麗が分からないよ。」

「分からなくていいんだよ。私の思うこの世界の綺麗さは、私だけのものであって欲しい。」

変なの。と言って俺は立ち上がり、帰路を辿り始める。

「ご飯、今日ハンバーグだってよ。」

そう言って後ろを向くと、すでに姉は横にいた。

「お姉ちゃんが頼みました!」

ドヤ顔で言う姉に、俺は笑ったんだと思う。

下手くそな笑い方だったけど、それでも、きっと笑えていた。




それから2年が経った。

俺が中3になり、夏から受験勉強だと言う時に、姉には彼氏が出来たらしい。

彼氏をよく家に連れてきては、俺に紹介してくる。

正直気まずいことこの上ないが、姉が喜んでいるのを見るのは嫌いじゃなかった。

彼氏の名前は、神崎俊哉というらしい。

姉と同じ大学一年生で、落ち着いていて、どこか不思議な雰囲気があった。

歴史が好きなのか、たまに歴史を確認しては安堵したり、頭を捻らせたりしている。

俺は、神崎から聞く宇宙が大好きだった。

沢山のことを、彼に教えてもらった。

その代わり神崎は姉に毒されて黄昏時がどうとか偶に口にし出すので、姉に似てる人だななんて思ったりもした。


それから、1年だ。

姉が、亡くなった。

走馬灯は、嫌な所を切り取ったみたいだった。

「あれ、いないじゃん。」

いつもは姉がいる海辺に今日は姉がいなかった。

足元を見てみれば、足跡だけが残っている。

その足跡を見て、心がざわついた。

明らかに、その足跡は雑だった。

猫と猫が戯れる時のように、乱雑に。

その足跡を、頑張って追った。

いつしかその足跡は森の中に入っていって、それに吸われるように歩を進めた。

嫌な匂いがする。

潮風なんかじゃない。木の匂いなんかじゃない。

これは、これは。

目の前に血塗れになった姉を見ながら、立ち尽くす。

これは。

「ああああああああああ!!!!!!」




それから、特に覚えていない。

涙は、出なかった。

救急車の横で、泣き続ける親をながめていた。

後にわかったことだが、姉は、連続殺人鬼の犠牲者になったらしい。

森に無理矢理連れていかれ、強姦された後に包丁を刺され、血塗れになり倒れ、いつしか息絶えた。

父親が母親を抱きしめ、その中で母親は声を出して泣き尽くしている。

急いでやってきたのか髪も服も全てがぐちゃぐちゃな神崎が、俺を見つけて聞いた。

「亮!!!葵は?!?!」

俺は、黙って救急車を見た。

「葵…」

神崎が救急車を見つめながら膝から崩れ落ちる。

何も、考えなかった。

ただただ、胸の奥にいる重く、腹の少し上で圧迫されるようなこの気持ちを、噛み締めていた。

でも、これだけは言っておかないといけないと思った。

「ごめん、姉さん。神崎。」

俺が、俺がもっと早ければ。

1度呼びに行こうか悩んだ段階ですぐ行っていれば。

そんな後悔ばかりが頭を巡った。

さっきまで何も考えなかった頭は、急に活発になる。

なんで、なんで今なんだよ。

まだ、姉さんに息があった時、俺がもっと頭を動かせれば助けられたかもしれないだろ。

なんで、全部が手遅れになって動き始めるんだよ。

目から流れる涙は世界を水で包み込む。

そんなの、どうでもよかった。

姉さんが綺麗と言っていた世界がどれほど水に溺れようが、どれほど黒に染まろうが、それを綺麗だと思った姉さんがいないのなら、今のこの世界は全てがどうでもいい。

神崎が、俺の体を包み込んだ。

暖かいその体は、冷えてきた夏に染みた。

馬鹿みたいに、声に出して泣いた。

神崎は、声にこそ出していなかったが、体は震えていたし、目から水が零れている。



あぁ、なんでこんな走馬灯なんだ。

もっと、もっと俺にその世界を見せてくれよ。

姉さんが綺麗と言ったその世界を、綺麗だった頃の世界を。




剣と剣がぶつかり合う音が聞こえた。

「少し遅れてしまいましたか?」

目を開けて、声の主の方を向くと、スーツでポケットから懐中時計のチェーンが出ている男の姿が見えた。

そのチェーンで、急いできたことがよく分かる。

「水月さん…」

何はともあれ、助かった。

水月が来てくれなければ今頃生きていなかった。

男が舌打ちをして後ろに下がる。

邪魔だな。と水月が呟いて、煙を払った。

男の姿を見ると、魔法が当たり、ダメージが入っていない訳では無いようだった。

「水月さん、どうして?」

「ラスさんに頼まれまして。王室の警護者が離れる訳にはいきませんから。」

確かにそうだな。必死すぎて何も考えていなかった。

やっぱり、凄いな、この人達は。

あーあーあーあー!と男が声を荒らげて言った。

「ふざけんなよ!わざと魔法に当たって隙作ったって言うのに、そこで出てくるの水月かよ!」

はぁ…と頭をかいて男が目の前から消えた。

今回は、攻撃のために消えたわけじゃない。

「逃げた…?」

男は、間違いなく強かった。

余裕を持って勝てる相手ではなかった。

どちらが強いかなんて分からないが、水月と同じくらいの強さなんだろう。

とりあえずは噛み締めたいところだが、それよりも確認することがある。




王に事情を説明して、マジックアイテムが保管されているという部屋の扉を開けた。

しかし、そこにあるはずのミサンガは無かった。

中には死体が転がっている。

あぁ、負けたんだ。

あいつに、時間をかけすぎた。

「くそ!」

アレンが壁を殴る。

単なる八つ当たりだ。悪いのは自分で、弱い自分だ。

何が異世界で無双するだ。何も守れてないじゃないか。

無双なんて、まだ程遠い夢じゃないか。

自分の弱さに自覚して、認めて、自分を否定するのが怖かっただけじゃないか。

イリスの時だってそうだ。結局はスキル頼りで、自分の力で勝ったことなんて1度もないじゃないか。

シュテーレンも使えるほど余裕がなく、魔法も拙く、アポリアすらもろくに使えず。

これは、物語じゃないんだ。

最初から最強で無双しまくる世界じゃない。

夢を見るのも、大概にしろ。

ミサンガすら守れなかった人間が、調子に乗るな。

その時、頭に暖かい感触があった。

え?と呟いて頭を上げると、水月から伸びた手があった。

不意に、目から涙がこぼれた。

いや、ずっと流れていたんだろう。

いつしか乾燥した涙は頬の動きを制限している。

「帰りましょう。俺達には、まだ守るものがある。」

そうだ。そうだよな。

まだ、髪飾りと指輪がある。

2つだ。この2つを守れば、魔王にも太刀打ち出来るかもしれない。

ひたすらに、ただただ、全力で。

世界を賭けた戦争を、今始めよう。









姉が死んでから月日が経った。

一時期医者を目指したが、結局は選んだ道は理工学部の道だった。

神崎の影響が大きいんだろう。

神崎は、大学の中でもトップ層の難関大学の理工学部で、宇宙論を研究していた。

俺が入った大学は神崎とは違ったが、難易度は同じくらいだったし、いつか神崎のようになれると思っていた。

また今度、神崎に色々教えて貰いに行こう。

俺の中の1つの目標になっていたんだろう。

いつしか、神崎は姉の彼氏という立場ではなく、義兄のようにも思えてきていた。



そんな中、1つの訃報が入った。

何の訃報かは、わざわざ言わなくてもわかるだろう。

限界だったんだ。彼も。

それを悪いことなんて思わなかった。

自分の命を自分がどうしようが、それは勝手なもので、逃げ場のない世界で、唯一逃げる手段だったから。

それでも、涙は関係なく流れ続けた。

分かってる。いや、分かってた。

神崎のメンタルが戻ってないことも、姉を諦められないことも、全部分かっていた。

でも、俺は姉の弟だから、俺が何を言っても逆効果になると思った。

それを、後悔なんてしていない。

ただ、悩んでいる。

目標を失った生活に残ったのは宇宙だけで、友達は次第に離れていった。

宇宙に依存していたんだ。

いつしか美しい宇宙は、自分の拠り所で、唯一裏切らない世界だった。

無気力に研究室に入り浸る毎日。

教授は優しい人で、俺に何か言うことは無かった。

ただただ、優しく見守ってくれた。

そんな中、研究室に向かっていたあの日、気がついたらこの世界にいた。

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