表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

魔王と賢者とアレン

今から714年前。世界は1つの恐怖に包まれていた。

魔王、ディストピア。

名前に死の楽園の異名を持つ彼女は、全ての魔物の頂点に立つ存在だった。

ディストピアの怒りを買った街や国は一晩のうちに滅ぼされ、ディストピアを討伐しようと魔王城へ赴いた冒険者達は皆帰らぬものとなり、何時からしか、ディストピアに向かう冒険者達を人々は「愚民」と呼んだ。

ディストピアが魔物の頂点であり続けられたのは、その魔法の特徴が故である。

魔法「重力魔法」。それは、あまりに強力だった。

前例の無い魔法で、対処法すらも何も分からない魔法だったのが1番大きな要因だろう。

重力魔法と一括りで言っているが、本質的なものはスキルだ。

賢者や剣士、魔剣士や魔法使いと同じようにスキルによって発動できる魔法。

スキル名「空間を司るモノ」。

重力というのは、空間をねじ曲げる力だ。

ディストピアがスキルを使い、空間をねじ曲げることを、重力魔法と呼んだ。

と言っても、昔も今も、相対性理論のない世界において、それは重力を操る魔法にしか見えないのだろう。

そんな中、あるパーティーが現れた。

後に勇者一行と呼ばれるパーティーは、勇者、賢者、聖職者、守護者で成り立っていた。

現在、パーティーを組む際は4人が一般的であるが、それはこの歴史が関係しているのだろう。

この年は、奇跡の年と言われる。

まず、賢者の誕生。

唯一の賢者であるラズリアがいた事が大きく語られる。

魔王討伐後、ラズリアはドラゴンとともに旅をすることになる。

次に、勇者の生存。

勇者というスキルは現在存在しているのは2人のみだ。

しかし、魔王討伐後、勇者というスキルの需要が無くなると、現在所有している2人は剣士の道を選ばず、各々好きな道へと歩を進めることになる。

勇者一行の勇者は、今まで他の勇者がやり遂げられなかったことを遂行した。

しかし、この勇者は実は本来勇者を継承するはずはなかった。

勇者が生まれた場所は、辺鄙な町である。

この町ではある日、魔物によって壊滅的な被害を受けた。

被害、生存者、1名。

それが、後の勇者だった。

なぜ1人生き延びれたのか、理由は未だに謎だが、一説によると、スキルのおかげという説がある。

しかし、勇者というスキルに魔物を引かせるなど存在しないため、結局理由は謎である。

最後に、勇者のスキルの解析完了。

勇者というスキルは、魔王が生まれるまで謎に包まれていた。

魔王が生まれた後に勇者というスキルに対しての解析が始まり、最初は何も理解が進まなかった。

しかし、後になるにつれ、重力魔法と同じような性質を持つことがわかった。

この意味は長らく理解されなかったが、勇者一行の勇者のみがその意味を理解し、勇者というスキルを自在に操ることを可能にした。

しかし、その強さが故に、勇者というスキルを存分に扱えるものはそう多くなかった。

初めて勇者というスキルを全開花させたのは、恐らく勇者一行の勇者が初めてだろう。

その他、天候や様々なことが重なり合い、ようやく魔王を討伐することに成功する。

また、魔王討伐後、あることが判明する。

それは、後にマジックアイテムと名付けられるアイテムたちで、3つの魔王の装飾品だった。

「魔王の指輪」

重力魔法の操作性を高める指輪

「魔王の髪飾り」

魔王の8つの命を保管する髪飾り

「魔王のミサンガ」

疲労を常に回復させる

この3つのマジックアイテムは、それぞれ異なる場所で保管されている。







「魔王なぁ…」

アリスが机に頬杖をしながら外を見て呟く。

「なぁアレン、魔王が生きている可能性ってどれくらいだ?」

そうですね…と読んでいた本を閉じ、少し考えて答える。

「道端に置かれていたバナナの皮に気づかず転ぶくらいの可能性ですね。」

え?とアリスが聞き返す。

「その可能性って結構低くない?」

「はい。正直のところ、その可能性があると言うだけで、まだ魔王と同じスキルを持った人間がどこかに居るって言われる方が現実味があります。」

「確かに…それはそうだな。」

「そう言えば、僕は全然歴史に詳しくなくて分からないんですが、魔王ってどれくらい強いんですか?」

魔王って言うとやっぱラスボスだからな!

それ相応に強くないと面白くもないだろ!!

「そうだな…今復活すれば4日あれば1人で世界滅ぼせるくらいかな。」

…………

え???????

今、なんて言った?

4日で世界滅ぼせるって?

1人で?

ラスボスにふさわしい所かキャパオーバーし過ぎて胃もたれするけど??

「それ、どれくらいやばいんですか。」

目を見開いたままアレンが尋ねた。

やばいことは分かる。そんなの馬鹿でもわかる。

ただ、次元が違いすぎる。

ヤバいのレベルが違う。

「そう言われても何と言えばいいか…」

そう言ってアリスが少し考える素振りをして「あ!」と言った。

「なら、知ってる人に話聞きに行こうか。」







「久しいのう、アレン。」

懐かしいな、この山も。

西側の山。バゼルとの国境に位置する山。

その山の主は、ブラックドラゴンだ。

以前、このブラックドラゴンが暴走した際に、アレンが落ち着かせにこの山まで訪れたことがある。

なるほど、イリスか。たしかに、ブラックドラゴンの寿命は長い。

それに、大賢者との関わりもあるのだから、間違いなくその時代に生きてはいたのだろう。

「久しぶりだねイリス。元気だった?」

イリスのその少女のような見た目は一切変わっていなかった。

恐らく形態変化しても変化後の姿はいつまで経っても不変なんだろう。

「勿論じゃ!妾を誰だと思ってる!」

その誇らしげな少女は可愛くて、思わず笑みが零れる。

「それはよかった。ところで、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

なんじゃ?とイリスが首を傾げる、

「魔王についてなんだけど、何か知らない?」

その名前を聞いて、イリスの表情が固まった。

笑っていた顔から、笑うとは程遠い表情になる。

待て、俺は何を考えてるんだ。

魔王は魔物の王だ。

イリスとてブラックドラゴン。魔物であることに変わりは無いのではないだろうか。

「先に断っておくが、ドラゴン種は魔王との関わりは無い。むしろ敵対関係だった。ドラゴン種はプライドが高い故、魔王は好かん。」

そうか。そうだよな。大賢者と旅したって言ってたもんな。

「妾は、1度魔王と対峙したことがある。」





それは、曇りの日だった。

日差しは遮られ、雨が降りそうな予感もしない。

ただただ心地の良い風だけが吹いていた。

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」

そんな日に、悲痛な叫びが辺りを舞っている。

今から1000年以上前。

魔法の基礎がようやく完成してきて、人類が魔物の上に立ち始めた時代。

そんな日に、あるドラゴンがひとつの街を襲った。

そのドラゴンは、黒い外観をしており、後に3000年前に作られた神話にて、黒い神として恐れられていたドラゴンだとされている。

ドラゴンの放つブレスは、少しずつモダン化してきた街を青い炎で焼き尽くした。

当時のたかが街の戦力では、ドラゴン、ましてやブラックドラゴンとなると撃退ですら困難であり、人々は逃げるしか無かった。

一夜にして、その街は焼け野原になった。

唯一残るのは人々の灰と、息のしずらい曇りの空。

明け方、ドラゴンの前に1つの人影が現れた。

「ドラゴンよ、随分好き勝手にしてくれたようだな。」

その言葉に、ドラゴンは何も答えなかった。

目の前の人間か魔物かに向かってブレスを放った。

そのブレスは、手を横に振り払っただけで消滅した。


『重力魔法、スクウェア』


その瞬間、ドラゴンが地面に伏した。

動こうとしたが、まるで体が動かない。

ドラゴンの初めて見る魔法だった。

それから、ドラゴンの記憶は無い。

ただただ、目が覚めた頃には圧倒的な無力感が残っていた。




「あれは、人間の手に負える存在ではない。そう思っておった。」

それから、数年後には魔王が世界を統べるようになり、数百年後に討伐されることになる。

「ラズリアと旅をしていた頃、魔王の話を何度かしたことがある。」






「お主、ここがどこか分かっておるのか。」

「あぁ、もちろん。よく分かっているよ。」

イリスの目の前に立っているのは、大賢者、ラズリア・フルだった。

ラズリアは、イリスの巣に何も躊躇することなく堂々と、綺麗に、見とれてしまいそうなほど自然に入ってくる。

その瞬間、イリスがブレスを放った。

ブレスは横に振り払った手によって消される。

この光景を、見た事がある。

いつだったか、随分昔のような気もするが、記憶には鮮明に残っている。

魔王、ディストピア。

今はこの世に居ないはずのその存在が、頭によぎった。

「私は、戦闘の準備が出来てからしか外に出ないよ。」

それは、開戦の合図だったのだろう。

イリスは形態変化で人型になり、ラズリアに殴り掛かる。

その手をラズリアは片手で悠々と受け止め、腹に魔力弾を打ち込む。


『龍魔法、アイラ』


その魔法はラズリアに直撃した。

煙が辺りに立ち込み、視界が悪くなる。

煙が晴れ始めると、その中から人影が出てきた。

「よく生きておったのう。」

「まだディストピアの方が強かったかな。」

ディストピア。そうか、子奴、賢者か。

イリスがラズリアに近づき拳を振る。

ラズリアはそれを躱し、魔力弾をイリスに向かって打ち込む。

同じく魔力弾で相殺し、イリスの蹴りがラズリアの横腹にあたる。

ラズリアが木に向かって飛んでいく合間に、魔法を打つ。

その魔法を腕を振り払って消す。

木にぶつかって止まったラズリアは、何も無かったかのようにその場に立ち、魔法陣を作る。

何かのう?あの魔法陣、嫌な予感がする。


『龍魔法、ボルフィア』


2つの魔法が二人の間で交わる。

少し拮抗した魔法は、いつしか片方によって、爆風を起こした。





「何じゃ、その馬鹿げた魔法は。」

「ん〜、私も分からない。」

そうか。子奴は、魔法をよく知っている。

妾ですら嫉妬してしまうほどに。ただ、ただひたすらに。

イリスの横の地面は、奥までえぐれている。

どこが先端なのか分からないが、とにかく遠くまで地面がえぐれている。

地面にも結界を張っているんだがのう…

「私と旅をしないかい?」

ラズリアがイリスに近づいて手を差し出す。

それが、イリスとラズリアの始まりだった。





「ラズリアよ、お主、ディストピアを殺したのだろう?」

いつかの一本道で、イリスは尋ねた。

その日は、初めてディストピアと対峙した時のように、灰色が彩る空だった。

「そうだね。」

ディストピアは相変わらず目を真っ直ぐ向けたまま答えた。

目を向けるのが嫌な訳では無い。

ただ、それは信頼関係のようなものだったのだろう。

だからこそ、イリスはその時の返事に少し躊躇いがあることに気がついた。

「何かあるのか?」

ラズリアは灰色を眺めながら答えた。

「何だか、殺した感覚がないんだ。私は、いつか何者かになりたいと思っていた。兵隊になって家族を守りたい。王様になって宝石を身にまといたい。誰かのヒーローになりたい。そんな事を求めながら私はきっと旅をしていたんだと思う。賢者というスキルは世界にとってイレギュラーで、私はこの世界に私を表す言葉は無いと思っていた。強いてあるとすれば、それは異端者だったんだろう。いつしか、旅をするようになった。何者かになるための旅だ。そしてパーティを組んで、魔王を討伐した。これで、やっと自分が何者かになれる気がした。ただ、私にはその実感がない。一般的には、私には魔王を討伐した勇者一行の賢者や、大賢者という価値があるのだろう。ただ、私には魔王がまだどこかで生きている気がする。それまで、私は自分を何者かにする旅を続けようと思って。フランたちはもう旅をすることは辞めてしまったから。」

フランというのは、勇者一行の勇者だ。

だから、とラズリアは続けた。

「もし、イリスが生きている間に、また賢者が生まれたら、その子に伝えて欲しい。」




「魔王の魔法は、空間を司る魔法だ。重力魔法なんかじゃない。私の植えた樹に行け。魔王を殺したければ、目を見ろ。」







賢者、ラズリア・フルの作った想像魔法の数は、スキル限界と言われている。

3つのうち1つは既に発券済みであり、「シュテーレン」という魔法である。

この魔法は、全ての事象を切り開く。

それがたとえ魔法であっても、魔法ごと壊してしまう。

そして、残りの2つは名前どころか効果すら分かっていない。






「カーナ国…?」

ここだな。とアリスが言った。

「ラズリアの出身はカーナの小さな村だと聞いている。名は…カロン村だったか?」

イリスは頷いて答えた。

「うむ。行くつもりなら、妾もついて行こう。」

「どうする?」

アリスがアレンを向いて言った。

「行きましょう。」





カロン村に着くと、大きな樹が目に付いた。

「副学長、あの樹は?」

アリスはその大きな目を軽く見て答えた。

「あぁ、世界樹だな。大賢者が埋めたとされる樹だったはずだ。」

世界樹の下に広がるのは木製の住宅街のような景色だった。

想像通りの村といった感じだ。

「取り敢えずは世界樹まで行きますか?」

アレンの言葉に、イリスが待て。と口を開いた。

「少し寄るところがある。」





扉を叩く音が聞こえる。

木製の扉は良い木を使っているのだろう。音の響き方が普通の木星のドアとは幾分か違った。

扉が開き、中から老人が覗いた。

「はい。どちら様でしょうか?」

そう言って、老人は顔を見て目を丸めて続ける。

「イリス様…」

「あぁ、久しいのう。50年振りか?」

「私がまだ20歳の時でしたから、もうそれくらいになりますね。」

「妾にとっては一瞬じゃが、人間からすれば遠い年月であろう?」

「そうですね。あの頃生きていたものも、今となれば数も少ないですから。」

家の中に入りながらそんな会話を続ける。

ソファーに座ると、老人が続けた。

「それで、そちらの御方は?」

老人がアレンとアリスの方を向いて尋ねる。

「あぁ、アレンとアリスじゃ。アレンは賢者で、アリスは…何じゃ?」

「カーナ国第2王子兼アカデメイア学園副学長をしている。突然の訪問、すまないな。」

「だ、そうじゃ。」

ここで敬語を使わないのは王族ゆえのことなんだろう。

なんだか少し態度が悪いようにも見えてしまいそうだが、この世界ではきっとこれが普通だ。

老人は目を見開いて言葉を漏らす。

「賢者様とな…」

その目は明らかにアレンを向いており、13歳に向けられる目としてはおかしなものだっただろう。

老人は我に戻ったようにイリスに目を向けて尋ねた。

「それでしたら、目的は世界樹でしょうか?」

あぁ。とイリスが答える。

老人は難しい顔をして悩んでいるようだった。

それを見かねたアリスが老人に尋ねる。

「何かあったのか?」

「はい。実は、世界樹に少し前から魔物が住み着くようになっておりまして、近づけないのです。」

「待て。50年前はそんな気配なかったじゃろう。いつからじゃ?」

「はい。丁度13年前になります。」

「魔物の種類は?」

「恐らくゴーレムかと思います。」

ゴーレム?巨人種の見間違いじゃないのか?

本来、ゴーレムというのは自然的に存在する魔物では無い。

基本的にゴーレムは、人間や魔物の魔力によって意図的に作られる言わば魔物と言うより作成物だ。

つまり、誰かが恣意的にその場に放った可能性が高い。

この村に来たのは、あくまで世界樹が目的だ。

それに、ゴーレムを放っておくといつ暴走するか分かったものじゃない。

何方にせよ、ゴーレムは壊すしかないな。

「失礼ですが、案内していただけますか?」






「あのゴーレムです。」

世界樹の下に1つのゴーレムが佇んでいる。

石っぽい材質で作られており、胸にはコアが露出している。

アリスを見ると、驚いた顔をしていた。

「なんだろう?あのゴーレム。現代のものじゃないな。」

イリスが続ける。

「そうじゃのう。少なくとも100年以上は前のゴーレムじゃの。」

そうなのか?

ゴーレムを見ることがそもそも初めてなので、旧型も新型も見分けも違いも分からないが、2人が言うのならそうなんだろう。

「旧型と新型で何か変わるんですか?」

「あぁ、基本的に新型は戦闘用として作られない。言わば雑用に特化したようなゴーレムだ。旧型は基本的に戦闘を想定して作られている。あのゴーレムは持っていないが、中には剣や盾を持っているゴーレムも少なくなかったらしい。」

へ〜、勉強になるな。

「まぁ、どちらにせよ壊さないといけないな。」

そう言って、アリスが魔法を放つ。

ゴーレムはこちらに気づき、走ってくる。

アリスの魔法は弾かれ、ゴーレムの足は止まらない。

イリスも魔法を放ったが、同じく弾かれてしまう。

アレンがゴーレムの後ろに回り、魔法陣を展開する。


『グレイス』


背中に当たったはずの魔法は、ゴーレムの体に触れて屈折して違う場所に向かっていく。

「効かないのかのう?」

もう一度イリスが魔法を放つ。


『龍魔法、龍の咆哮』


案の定、魔法はゴーレムの体に当たるところで屈折する。

アリスがゴーレムに向かって走る。

ゴーレムがアリスに振った腕をアリスはジャンプして躱し、頭を蹴る。

物理攻撃は効果あるようで、ゴーレムの頭が少し欠けた。

ゴーレムの手が空中にいるアリスに向かって伸びていく。

その手をアレンが蹴って砕く。

「助かった!」

アレンに向かって放たれた言葉に、アレンは目を合わせて答えた。

地面に足が着くと同時に、ゴーレムの後ろまで走り込む。

コアを破壊しないとゴーレムはやはり不死身で、先程砕いた手が回復している。

アレンがゴーレムの後ろに回り込み、蹴りを入れようとした瞬間、横から衝撃が走った。

体を回転させたのか。

アリスがその隙に攻撃を試みたが、既に体の向きは戻っており、拳と拳がぶつかり合う。

ゴーレムの手にヒビが入り、アリスの横から手が飛んでくる。

それをイリスが破壊し、一瞬だが、ゴーレムの両手が無くなった。

「全く…守護者みたいな戦い方するのう!」


「離れて!」

そんな声が世界樹の方からして、2人は反射的にゴーレムから距離を取る。


『創造魔法、シュテーレン』


その魔法は、ゴーレムを完全に捉えた。

世界樹から伸びる魔力の塊が、奥の木々まで全てを壊してしまった。

魔法が終わり、辺りには土煙が待っている。

その中に、人では無い影があった。

「まだ…生きてるのか…?!」

それは、ゴーレムだった。

それを見たアレンは、目を見開いてゴーレムを見た。

おかしい、そんなことあるはずが無いんだ。

シュテーレンだぞ。

そこら辺の魔法ならまだしも、創造魔法の、全てを破壊する魔法だ。

ゴーレムが立ち上がり、アレンの方向へ歩く。

まだやるのか…

アレンも起き上がり、戦闘態勢を取った。

その時、ゴーレムが片膝を付いて、言葉を発した。

「賢者様、お待ちしておりました。」

「え?」

ゴーレムは厳つい見た目から打って変わって、執事のような見た目になった。

「え…と…。どういうこと?」

アレンが尋ねると、ゴーレムが答えた。

「ラズリア様のご命令です。」

「なんだ、どうなったんだ?」

ゴーレムの後ろからアリスとイリスが歩いてきた。






「ということです。」

なるほど、大体事情は理解した。

このゴーレムは、ラズリアが作ったものらしい。

ラズリアの死後、賢者が生まれた時に生成されるように仕組まれ、賢者が来るまでの間、世界樹を守ることが命令されており、16年前からここを守護していたそうだ。

「なるほど…それで…」

「それと、ラズリア様からの言伝がございます。」

言伝?なんだろう?



「こんにちは。あるいはおはようかもしれないね。この言伝が聞かれる頃、私がどうやって呼ばれているか分からないが、敢えて私は先代賢者とでも言っておこうか。中々自分で言うのは恥ずかしいものがあるけどね。

まぁ、そんなことはどうでも良くて。本題に移ろう。

この世界樹には、私の秘密の隠れ家がある。鍵はゴーレムに渡しておく。入口はゴーレムが分かるから、彼に着いていくといい。

私は、ちょっと晴れの日を救ってくるとするよ。」




ゴーレムに案内され、歩くと、そこには魔法で隠された扉があった。

「こんなのが…」

ゴーレムは鍵で扉を開け、そそくさと中に入っていく。

扉を少しくぐると、細長い道が続いていた。

その道を道なりに進んで、また1つ扉が現れた。

木製の扉で、風化してもうボロボロになっている扉だった。

ドアノブを触ると、扉は粉々になってしまい、扉だったものがただの通路に変わる。

その通路の先に行くと、少し広い空間が広がっていた。

特段広いわけじゃない。一軒家の自室みたいな、それくらいの広さだった。

その部屋の真ん中には机が置かれ、紙が何枚も積み重なっている。

アリスがその紙を持ち、少し眺めて言う。

「これ、古代魔法だ。」

「古代魔法?そんなわけなかろう?ラズリアの時代にあった魔法は現代魔法とさほど変わらないはずじゃ。」

イリスがそう言いながら紙を持って眺める。

「いや…古代魔法じゃな。」

正直、現代魔法の理論ですら興味無いのに、古代魔法の理論とか言われても、さすがに興味はない。

それよりも、さっきからずっと気になっていることがある。

なんだか、魔力の流れがおかしい。

本来、部屋の中で反復するはずの魔力が、どこかに吸われていく。

アリスとイリスがラズリアの書いた紙に夢中になっている横で、アレンはどこに流れているか探し始めた。

すると、1つの本棚に行き着いた。

その中の一つ、赤黒い、見ただけで昔の本だと分かる本に、魔力が少しずつ吸われていく。

アレンがその本に触れると、ゴゴゴゴという低い音と共に、本棚が移動し、また細道が現れた。

「隠し通路まであるのか。大分手が凝ってるな。」

アリスが見ていた紙を手に持ったままアレンの横まで来た。

「とりあえず行きますか。」

そう言って、細道に入っていった。



細道は、案外短く、歩いていたら気がついたら扉の前まで来ていた。

その扉はやはり風化しており、触ると粉々になってしまった。

その先に行くと、先程の部屋とは打って変わって石造の部屋になった。

「何も無いな…」

アリスが小さな声でそう呟いた。

間違いなく、目の前にある空間には何も無い。

ただ、1箇所を除いては。

アレンが壁に手を当てる。

それをアリスは不思議がって首を傾げ、見ていた。

どこか、どこだ?

頭の中で、魔力が壁を伝うのを感じる。

それは蛇のように、あるいは鳥のように。

そのまま少し経つと、一点に空間を見つけた。

ただ、人が入れる空間じゃない。

そこは石材て敷き詰められているし、一見して壁になる。

アレンはその1点の前まで歩き、手を触れる。

そこに魔力を流し込むと、部屋の真ん中にホログラムが映し出される。

そのホログラムは、女性を撮していた。

細身で、足が長く、モデルのような人だった。

ホログラムの人が口を開く。

「初めまして、賢者さん。早速だけど、本題から入ろうか。

君の持っているスキル、賢者はこの世界にとって、とっても異質なスキルだ。ただ、世界がそれを用意しているのだから、何か目的があって作られたスキルだ。」


あぁ、初めて貴方を見た。

大賢者と呼ばれ、世界で唯一の賢者だった人。


「私はそれを、「最良の毒薬」と呼ぶことにしよう。私が賢者のスキルで作った魔法は、全てで3つ。スキル限界まで作っている。」


ラズリア・フル。


「1つ目は、『シュテーレン』、全てを破壊する魔法だ。

ゴーレムに当てても効かなかっただろうけど、それはゴーレムにシュテーレンの反転魔法陣を組み込んでいるだけだ。

2つ目は、『アポリア』、想像魔法だ。

これは、賢者のスキルによる創造魔法ではなく、イメージした質量のある物質を生成する魔法だ。

そして3つ目、これが1番大事だ。きっと、賢者が再び現れたということは、おそらく魔王が復活するのだろう。

それが人為的か、あるいは人の仕業なのか。それは私には分からないが、君にこの魔法を残そうと思う。」


それから先の映像は、ノイズが走って聞こえなかった。

動いている口すらも砂嵐のように雑で、何を言っているのかなんて分かるはずがなかった。


「指輪と、ミサンガ、そして髪飾りだけは死守しろ。それぞれのマジックアイテムは、バラバラに隠してある。

この3つがなければ、魔王も倒せない相手じゃない。

ただ、もしこのうちの2つが魔王に渡ってしまったのなら、それは絶望の始まりだろう。」


映像がまたノイズになる。


「おっと。もう時間みたいだ。この魔法も魔力の消費が激しくてね。これくらいで勘弁してくれ。

君に私を見てもらえてよかった。健闘を祈る。我が子息よ。

なんてね。」







最後に映った姿は、笑っていたと思う。

いや、そんな気がするだけだろう。ただ、それが外れている気はしない。

「イリス…今のは…」

アリスがイリスに尋ねた。

「あぁ、ラズリアだ。久しぶりに見たのう。」

「あれが、大賢者…」

アリスは、今見たものが信じられないように、目を見開いて、ぼーっとしている。

さて、とイリスがアレンの方を向きながら言う。

「アレン、ここに来た価値はあったな。」

アレンは、少し上を向いていた首を、そのままにしてイリスの方を向いた。

「あぁ、そうだな。」

その顔は、笑顔に包まれていた。





昔から、宇宙という空間が好きだった。

真空という謎に包まれ、自身の姿を加速膨張させながら、その端を観測させないその秘匿性に、昔から、ワクワクしていた。

初めのきっかけは、なんも無い写真だったと思う。

ハッブル宇宙望遠鏡が撮ってきた写真に、無数の銀河が映っていた写真があった。

その写真にある銀河はそれぞれ、違う形を持ち、違うブラックホールを主とし、未知の天体を持ち、どこを基準にすれば良いかも分からない宇宙で、様々な角度で写真に写っている。

その光景が、好きだった。

元々、哲学や倫理が好きだったのもあるだろう。

きっと、果てしない答えを見つける旅路が好きなんだ。

学校で教わる、答えが既に用意してあり、そこまでの道が単純な問題は、なんだかつまらなかった。

高校生の時、一時は医者を目ざしたが、宇宙熱を冷やすことが出来ず、結局は理工学部を目指すことにした。

その頃には、ブラックホールや、相対性理論が大好きだった。

シュヴァルツシルト解、カー解、高速度不変の原理、その全てが、とても楽しく見えた。

そんなことばかり書いてある本を読むと、いつしか必ず重力に帰結する。

ブレーンワールド、多元宇宙論、それは世界の姿から始まり、アインシュタイン方程式が重力に関する問いを問いかける。

シュヴァルツシルト解やカー解もこの問の答えだ。

重力に関する知識が深まっていくと、次は高次元の話に移る。

そこで、ホログラフィック原理や、AdS/CFT対応が出てくる。

先程のホログラムは、ただのラズリアからの置き土産なんかじゃない。

それは、魔王が生きていることを示し、人類が相対性理論から100年で発展させてきた、高次元における重力理論を確証付けた。

それが、どうしても嬉しかった。

相対性理論から100年だけじゃない。

1632年、ガリレオ・ガリレイが宗教裁判にかけられ、「それでも地球は動く。」と地動説を命をかけ提唱し、アイザック・ニュートンが、1687年『自然哲学の数学的諸原理』にて運動方程式を発表してから始まった物理と天文の世界は、たった500年で大きく進化してきた。

数々の天才な学者が命を賭して守ってきた自然哲学の世界は、間違ってなかった。

それが、たまらなく嬉しかった。






「行った甲斐があったな。」

そうですね。とアレンが自分の膝に肘を置きながら答える。

「マジックアイテムって、どこに保管されてるんですか?」

「指輪は、カーナにある。保管庫で乱雑にどうせ誰も扱えないから。としまってあったが、最近の騒動で水月とラスの管理に置かれてる。髪飾りは、ライラ国で、ミサンガはボンバ国にあるはずだ。」

なら、やることは既に決まっているな。

アレンがアリスの目を見ると、アリスは紙を取りだしペンを持ち尋ねた。

「どちらにいく?」

髪飾りは、魂の管理。

ミサンガは、即時の疲労回復。

なら、行く場所は決まっている。

「ライラ国で。」






ライラ国、晴れの日。

王室にいたのは、王様と、執事、そして護衛二人と、13歳の子供が一人。

それは、異様な見た目だろう。

「本日は対談に答えて頂きありがとうございます。」

アレンが深々と頭を下げると、国王は少し慌てた様子で言った。

「いえいえそんな、賢者様の願い事ですから。頭をあげてください。」

ライラ国は、かつては弱小国だった。

今でも強い国かと聞かれれば少し困るだろうが、間違いなく中堅の中では上位に位置している。

ライラ国が弱小国だった頃、この国はラズリアに救われている。

例えば不作の年に他国との貿易に取り合ってくれたり、ドラゴンが襲撃してきた際はドラゴンの撃退までしている。

ラズリアがいなければ今のライラは無かったと言われるほど、この国において賢者というのは重たい。

アレンが頭を上げると、国王は安堵した様子で言った。

「それで、そちらのカーナ国王から届いた文にはマジックアイテムに関しての話と書いてありましたが、具体的にはどう言った御用でしょうか?」

あぁ、副学長が書いてたあの文は国王に向けた文だったのか。

まぁそうだよな。国王と王子では身分が違う。

「魔王の件はご存知ですか?」

アレンがそう言うと、護衛が顔を見合わせる。

「はい。勿論でございます。ですが、あれはまだ予測の段階では…?」

「いいえ。ここで断言します。魔王は生きています。」

その言葉に、護衛も国王も思わず体を動かしてしまう。

「先代賢者、ラズリア・フルの言葉を確認しました。先代賢者から、現代の賢者に向けての言葉です。」

そうですか…と国王が唸る。

「確認ですが、この国にあるのは髪飾りですよね?」

「そうですね。魔王の髪飾りであってます。」

「今の管理状況は?」

「保管庫にて他の物と同じく管理しております。」

中堅国と言えども、国のセキュリティは中々突破できない。

まぁ、念には念をってやつだな。

「とにかく厳重な管理にしてください。やりすぎでもいい。死ぬ気でそれを守ってください。」

しかし…と国王が言ったのを遮って、アレンが言う。

「魔王は、私だけで殺せるか分かりません。現勇者が冒険者ですらないのなら、私は先代の賢者を超えなければいけない。だけど、まだ、まだです。」

そう言うと、国王は唾を飲んで答えた。

「分かった。遵守しよう。」

それは、良かった。本当に。

「よろしくお願いします。」

そう言って、アレンは王室を後にした。





「国王様、本当によろしかったのですか?」

賢者様が外に出た後、少し経って護衛のひとりが言った。

「何がだ?」

「今の国の財政難は国王様も分かっているはずです。」

「そうだな。とても1つのマジックアイテムに防衛費に多くは回せない。」

「でしたらあの発言は…!」

そこまで言った護衛は、国王の顔を見て口を動かすのを辞めた。

なんだ、なんで、なんで笑っているんだこの人は。

「国王様…」

護衛が国王にそう尋ねると、国王は笑った顔のまま、机を見て答えた。

「あぁ、分かるか。あれが現代の賢者様だ。なんて素晴らしいんだ。13歳という若さにしてあのカリスマ力。不可能を知らない圧倒的な自信。常人では数万人集まっても敵わない魔力量。その全てがどこまでも美しかっただろう?」

その言葉に、護衛含め執事も何も答えなかった。

それは、問いのようで、問いじゃない気がしたから。

部屋には、国王の笑い声だけが鳴り響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ