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スタンピードの真相

今回の件で、アレンの力量を疑うものはいなくなった。

1部では水月を超えるとも言われるほどに、彼はカーナにおいて既に有名人になっている。

戦時中に何をやっているんだ。と言う人たちもいるが、今回の模擬戦はいつかするべきものだった。

というか、タイミング的には今が最適だった。

アレンは、特殊すぎたんだ。

13歳というスキルが開花する歳にして教官まで上り詰め、1人でブラックドラゴンを討伐してしまった。

その嫌に目立つ噂だけが辺りを飛びまわり、その話は誇張されているというのが普通の人の見解だった。

全くその通りだと思う。

いや、功績に関しては間違いないのだが、その噂が立つことになんの違和感も感じない。

そんなんだから、彼が教育している兵士達は未だに彼を疑っている。

そんな中で、成長は見込めない。

どこかで、アレンの実力を証明しなければいけない時があった。

それが、今だったという話だ。

彼の今回の模擬戦によって、彼の腕を疑うものは0に等しくなった。

たまに八百長を疑う人間がいるが、兵長クラスはプライドがあることを皆知っている。

それと同時に、賢者復活というニュースが世界中にばらまかれた。


そりゃそうだ。2人目の賢者なんだから。

そんな奇跡的な人材を世界が知らないわけが無い。

そのニュースは一瞬にして拡散され、アレンはカーナのみならず世界的な有名人になった。

ただ、これは悪いことでは無い。

カーナの戦力拡大が世界に知れ渡ったということだし、バゼルも今回の報道でどちらかというと和平の方向で話を進めようとして交渉をしてきている。

カーナvsバゼルも時期に終わるだろう。カーナも領土に困っている訳では無い。

平和に終わるという結末があるのなら、そこに向かうように死力を尽くすべきだ。

結局、バゼルが何に焦っていたのか、何も分からずじまいだが、そこら辺の調査は後々誰かがしてくれると信じよう。






暇だな〜。

真昼間のベッドの上で天を仰ぎながらそんなことを考える。

横には先程まで読んでいた本が置かれている。

丁度本を全て読み終わったところで、暇になってしまった。

学園に行ってもいいなと思ったが、今日は生憎休日らしいし、アレンの兵隊は現在遠征中だ。

遠征について行こうとも思ってその旨を副学長にも話したが、どういう訳か断られてしまった。

俺の教育下なのに、俺が行かないというのもおかしな話だと思ったが、代わりに水月が行ってくれたらしい。

水月が行っても大丈夫なのかと思ったが、第1兵隊は基本放任主義なので大丈夫だということだった。

やっぱり、天才の考えることはよく分からないな…

その時、ドアがノックされる音が響いた。

誰だろう?自室に人が訪ねてくるなんて珍しい。

「はーい。」

ドアを開けると、そこには、寮に来て最初に会った女性がいた。

なんか久しぶりに見た気がするな。

「どうしましたか?」

「お寛ぎ中申し訳ございません。至急中央ギルドまで急ぐようにとアリス様からのお達しです。」

電報役の人なのだろうか?

「分かりました。」

暇だったしちょうどいい。とりあえず行ってみる事にしよう。





ギルドの中は慌ただしかった。

受付は一時閉鎖され、受付嬢もいなかった。

アレンが中央ギルドへ入ると、従業員の女性の人がアレンに駆け寄って尋ねた。

「アレン様ですか?」

「はい。」

「こちらへどうぞ。ギルドマスターがお呼びです。」



そう言われて案内されたのは、ギルドマスターの部屋だった。

「失礼します。」

女性がドアをノックして先に入り、それに続いて部屋に入った。

「アレンくん、来てくれたのか。」

「はい。どう言った御用でしょうか?」

ギルドマスターが頭を悩ませるような素振りをして答えた。

「魔の森でスタンピードが発生した。」

スタンピード。魔物の大移動だ。

「スタンピード?対象のランクは?」

スタンピードを引き起こしている魔物は、基本的に一種類のみだ。

その大半の原因は、天敵の出現によるもの。

例えば、虫系の魔物は、鳥系の魔物が現れると移動を始める。

この移動は、複数の種類が行うが、スタンピードと呼ばれるほどの大移動となると、1つの地域に密集していられるのはせいぜい一種類が限界だ。

そして、そのスタンピードを起こしている魔物をよく「対象」と呼ぶことがある。

「それが、今回のスタンピードは少し理解が出来ないんだ。」

「どういうことですか?」

「今回のスタンピードは、一種類だけじゃない。複数の種類が広範囲に及んで移動をしている。」

「広範囲?そんなにですか?」

「あぁ、範囲はおおよそ魔の森の8割。」

魔の森の8割?今、そう言ったのか?

そんなの、異次元だ。パッと言われて信じられないほどに。

この異次元さを理解するには、魔の森について少し説明しないといけない。

魔の森というのは、魔物が多く住み着いていることからその名が付けられた。まぁ、わかりやすい名前をしてはいる。

その魔物のランクはE〜Aが大半を占め、時々Sが確認されるほど、レベルの少し高い森となっている。

つまり、スタンピードを起こした現象を中心として、半径4割の円を描くと、そこには必ず高レベルの魔物も含まれる。

つまり、スタンピードを起こした現象が、どれだけ異次元なのか。

理論的には不可能じゃない。不可能ではないのだが、それを起こせるのはカーナではアレンか水月しかいない。他国を探しても両手で数えられるほどもいないだろう。

「冒険者の派遣は?」

「既にやっている。B,Aランクを複数名とSランクのパーティーを2つ。」

それなら、まださほど大きな被害にはならないだろう。

ただ、懸念すべきことがある。

「原因が分からない以上、スタンピードの範囲が拡大する可能性もありますよね。」

「あぁ、その通りだ。だからアレン君を呼んだ。アリス様に水月も呼んでいただけるか聞いたのだが、水月は生憎遠征中らしくてな。」

つまり、原因を排除してこい。という事だな。

「しかし、一人で大丈夫か?心配ならSランクの冒険者を何人か付けさせるが…」

「いや、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」

そう言って、部屋を出た。








魔の森につくと、魔物の死体が転がっていた。

既に冒険者が粗方やった後なのだろう。

転がっている魔物は全てE〜B級の魔物だけだ。

森の木には細々と印が付けられている。

きっと迷わないようにするための目印だ。

これを追っていけばいつかは冒険者のパーティに辿り着くのだろう。

しかし、今するべきは冒険者と合流することでは無い。

魔力探知で森全体を探知する。

所々魔力が他の場所より濃い場所がある。

きっと、これがA,Sランクの魔物なのだろう。他の魔物よりもレベルが違うことが容易に分かる。

ただ、その点よりも濃い濃度を放つ場所が一つだけある。

場所は間の森の北東。

今まで感じたことの無いほどの魔力量だ。

その場所に向かって歩を進めた。




魔の森北東ーーーーー魔力探知の濃度が濃い場所。

その場所には、何も無かった。

何も無いわけが、無い。

無いんだ。そんな訳が。

しかし、その場所には何も無い。

有り得ないことだ。自然にこんな濃い魔力量が発生するわけが無い。

この魔力量は、Sランクなんて赤ん坊に見えるだろう。



魔力量が濃い場所を一帯探索してみた。

しかし、特に何も成果はなかった。

今まで歩いてきた森と何も変わらない木に、なんの異変も無い地面。

自分で言っておいて意味がわからない。

何が原因なのか、皆目見当がつかない。

こういう魔力量の爆発的な上昇は、自然には起こりえないことだ。

魔力というのは、物質に依存する。

木にも魔力はやどるし、物質という点では水にも魔力が存在する。

例えば魔法陣にも、魔法陣自体が物質なので、魔力を宿らせることができる。

つまり、自然的に魔力量が上昇するには、何かそれに値するための物質が存在しなければいけない。

しかし、その物質が分からない。

地面にも、空にも、木にも異常はない。

何らかの物質によって引き起こされているスタンピードであることに変わりは無いのに、原因が現地でも分からないのであれば、それはこれ以上の捜査は不可能であることを示している。

仕方ない、一旦帰ることにしようか。

そう思い、その場を後にした。




「…という事です。」

ギルドに戻ってギルドマスターに事の顛末を説明した。

するとギルドマスターは難しそうな顔をして、地図を覗き込んだ。

「対象が存在しない…?そんな事があるのか…」

不思議に思うのも仕方ないだろう。実際俺もまだなにか見落としがあるのではないかと引っかかっている。

しかし、見て何も無かったのだから、この引っ掛かりすらも今はノイズに感じる。

ギルドマスターが少し考え込んで、アレンに言う。

「アレンくん。もう一度対象の場所へ行ってくれないか。今度は他にも冒険者を付けよう。それで何も分からなければ、また違う対処を考えよう。」

きっとそれが一番賢い。

人間1人にはどうしても限界がある。

それも、森という広範囲に及ぶ視界不良の世界ではどうしてもそれが顕著に現れるだろう。

「分かりました。」




再び森に入り、先程辿った道をまた辿る。

「確かに、普通の魔の森とは違う雰囲気がありますね。」

今回、調査に行ける人材として派遣されたのはたったの4人。

これはこの規模の調査においては少なすぎる人数だろう。

ただ、仕方ない部分もある。

あくまで俺たちがやっていることはスタンピードの原因解明であり、それはスタンピードが終わったあとでいい。

しかし、今回のスタンピードでは対象の規模が違いすぎるが故に、少しでも手がかりが欲しくて調査を早めているだけだ。

本来ならスタンピードに割いたはずの人数を合わせるのは、4人が限界だったんだろう。

「なんと言うか、空気が重いわね。」

「魔の森ってこんなもんじゃないのか?」

「いや、前回俺が調査に来た時より遥かに空気が重いな。」

恐らく、調査の経験が多少なりとは積んでいるのだろう。

移動している間も木々に目を配り、魔力探知を忘れていないようだった。

「ギルドマスターから聞いていると思いますが、今回のスタンピードは特殊です。と言っても、原因である物質が見つからないということと、魔力量が大きすぎるということです。正直な所、まだ僕達の知らない物質が魔力量を増大させていると言われればそれはそれで納得してしまうほどに不思議な空間です。何が起きるか分かりませんので、危険を感じれば僕のところに来てください。全力で守ります。」

その言葉に、冒険者達は驚いているような表情をしていた。

アレンが「何かありましたか?」と尋ねると、唯一の女性が答えた。

「いや、噂には聞いていたけど、本当に賢者様なんだなって…」

「なんて言うか、俺らからすれば賢者様ってはるか昔の偉人で、実感がないというか…」

あぁ、そういうことか。

「賢者っていうのは、単なるスキルに過ぎないんですよ。たまたまそれを俺が受け取っただけで、きっとスキルを持つのは誰でもよかったんです。だから変に神格化しないでください。」

アレンは笑いながらそう言った。

別に自虐をしたいわけではなかったが、自虐のようにも聞こえてしまったかも。

なんて会話をしていれば、気がつけば対象の場所に着いていた。

会話しながら来たからだろうか、着くのが遅くなった気がする。

「さて、ここからは別々に行動しましょう。何かあればこれを使ってください。」

そう言って冒険者達に物を渡す。

「これは?」

「本体を上向きにしてボタンを押せば円筒になります。危険があれば躊躇なく押してください。」

「わかりました。」

その答えを聞いて、1度俺らはバラバラに行動を始めた。




やはり先程と同様で、特にこれといったものは無い。

所々枝が不自然に折れている木があるが、特に意味もないのだろう。

辺りの魔力量も均等だ。

均等に濃くて、均等に一様に広がっている。

魔力が暴走している気配もない。

魔力量が多すぎるということ以外、他の場所と何ら変わりは無い。

だからこそ、不思議に包まれている。

何か、違くなければいけないんだ。

何か違くないと、何かが壊れてしまう。

世界の秩序とか、認識とか、何かが。

それでも、異常は見つからなかった。

その瞬間、遠くの方で円筒が輝いた。

空に一直線に伸びた円筒は、赤色をしていた。

気がつけば足はその方向へ全速力で進んでいた。




「大丈夫ですか?!」

アレンが冒険者を確認し、声をかける。

冒険者は一点に突っ伏し、どこか一点を見つめている。

その先は木に隠れてよく見えない。

アレンが冒険者の横に立つと、冒険者が見つめている先にいたのは、大きな狼だった。

いや、大きいという次元ではなかったかもしれない。

狼と言われ想像する姿の数十倍はあった。

それを大きいというのなら大きいのだろう。

「フェンリル…」

神の狼と呼ばれる狼。Sランクの魔物であり、この存在のみでスタンピードを起こせるほどの魔力量を有する。

「アレンさん…どうしましょう…」

フェンリルに遭遇し円筒を放った冒険者は唯一の女性の人だった。

「下がっていてください。」

そう言ってアレンが女性の前に出て、フェンリルに話しかける。

「なぁ、フェンリル。今回のスタンピードの原因はお前か?」

フェンリルに限らず、Sランクの魔物は大抵話せる。

フェンリルは顔を動かさずに答えた。

「いや、違うな。」

「なら、何だ。」

その問いに、フェンリルは多少気分を悪くしたのか、怪訝そうな顔をして答える。

「お主は、何も知らんのか。」

フェンリルは、プライドの高い魔物だ。

それと同時に、とても賢い魔物でもある。

その答えなのか問なのか分からない言葉に、首を傾げて言った。

「何があるんだ?」

「そうだな、手を出してはいけないものだ。」

手を出してはいけないもの?どういうことだろう。

「もっと詳しく言うつもりは無いか?」

「生憎。」

そうか…とアレンが両手をポケットに入れながら魔法陣を展開する。

「なら、無理にでも口を割ってもらうしかないかな。」

そう言うと、フェンリルは落ち着きながら言った。

「まぁ待たれよ。お主も拙者も戦いたくないのは変わらないだろう。」

それはそうだ。できればここでめんどくさい事は起こしたくない。

「なら、君の知ってることを全て教えてくれないかな。」

アレンが魔法陣を解除しながらそう言うと、フェンリルはため息をついて答えた。

「王者の帰還だ。本来、帰還するはずのないお方が帰還される。その時だ。」

「王者?誰のことだ?」

その言葉に、フェンリルは首を振って答える。

「我が言ってはいけないお方だ。残念ながら、我はここで失礼するとしよう。」

そう言いながらフェンリルは背中を見せながら森の奥へ戻って行った。

すると、後ろから音がして振り返ると、女性の冒険者が膝を地面に付けて地面を向いていた。

「もう大丈夫ですよ。1回他の皆さんと合流しましょう。」

「はい…」






「皆さんお疲れ様です。お怪我はありませんか?」

他の冒険者と合流すると、全員無事なようで安心した。

少なくとも誰も死んでない。最早それだけでいい。

「あぁ、大丈夫だ。所で、途中で円筒が上がっていたが…」

「その件に関しては大丈夫です。フェンリルと遭遇しましたが、戦闘もなく終わらせることが出来ました。」

そう言うと、冒険者達は少し顔を引き攣らせた。

その反応が少し気になりもしたが、今は気にせずに聞くことにした。

「皆さん、何か発見はありましたか?」

その言葉に、誰一人として首を縦に降った人はいなかった。

まぁ、そりゃそうだろうな。

有り得ないほどに普通だから。

「あ…」

冒険者の1人が何か言いたそうに口を開いた。

しかしその口は直ぐに閉じられ、アレンは尋ねた。

「どうかしましたか?」

「いや…発見という発見ではありませんが…」

「構いません。何かあったのなら。」

「その…妙に体が重くなかったですか?」

その言葉に、他の冒険者達は顔をはっとさせて言った。

「確かに…いつもと感覚が全く違かったな…!」

え、皆なんか納得してるけど、そうだったかな?

全然いつも通りだったと思うんだけど…

「俺も全然違かったな。」

どうやら、アレン以外はその違和感を感じていたようだ。

なるほど、それが本当なら、前来た時より対象の場所に辿り着くのが遅いと思ったのは、気のせいじゃなかったのか。

でも、だったらなんだと言うのだろう。

「それと、何だか魔法の飛び方もおかしかったような…」

魔法の飛び方…そう言えば魔法をまだ使ってないな。

ただ、魔法も魔力なのだから、空気中の魔力の飛び方と相違なんてあるだろうか?

「違かったというのは、どのように?」

「なんと言うか…イメージと違うんです。いつも真っ直ぐ飛んでいた魔法が、無理やり曲げられる感じ。」

魔法というのは、イメージの世界だ。

イメージできないものは使うことが出来ない。

エレンが魔法陣を構えて気に向かって放つ。


『フリーシア』


その魔法は、真っ直ぐ飛んだ。

いや、真っ直ぐ飛んだ。と言えば嘘にもなるし、事実にもなる。

見ている中では、真っ直ぐ飛ぶ。

ただ、イメージしている中では、少しカーブを描いて飛んでいる。

どういうことだ?

体の動かしにくさ、魔法の違和感。


『王者の帰還だ。』


王者の帰還…


……あぁ、そういう事だったのか。

もし、俺の憶測が正しいのなら、きっとこの世界にもいるのだろう。魔王という存在が。

「すみませんが、この中に歴史に詳しい方は?」

「あ、はい…私が一応歴史を勉強しています…」

それは、フェンリルの時にいた冒険者だった。

「歴史上、この世界に魔物に王は存在しましたか?例えば、魔王。」

その言葉に、不思議がりながら冒険者は答える。

「え?は…はい。数百年前に、勇者一行によって討伐されましたが、確かに魔王は存在していました。しかし、それから数百年そのような存在は定義されていません…」

その定義されていない。というのがどういう意味なのか。少し気になってしまったが、今大事なのはそうじゃない。

「その魔王の特徴は?」

「えぇと…確か、重力魔法という魔王のみが扱える魔法が魔王が魔王でいた所以です。」

なるほど。これでもう分かった。

そういう事なんだろう。

「何か、分かったんですか?」

そう尋ねられ、アレンは少し笑って答えた。

「はい。憶測ではありますが、大体のことは。」

「どういう事なんだ?」

その問いに、答えていいのか少し困ったが、ここまで付き合ってもらって教えないというのもおかしな話だ。

「この森に、異常はありません。異常があるのは、次元の方です。」

その言葉に、冒険者達は皆何言ってるのか分からないような顔をしていた。

「数百年前に討伐されたとされている魔王は、きっとどこかで生きています。ただ、その生きている場所が我々の住んでいる次元とは違うが故に、どこか分からないだけです。重力というのは、次元を貫通して通じる唯一の法則です。3次元時空の重力理論は、2次元の重力を含まない場の理論と同等であるという性質があります。きっと、魔王は他の次元から、この次元に戻るために、この次元に干渉できる重力魔法で魔法陣を書いて、自身を召喚する魔法陣を自分で書いている段階なんです。」

『d+1次元空間の重力理論は、d次元空間の重力を含まない場の理論と等価である。』

これをホログラフィック原理という。

ホログラフィック原理の代表的な例として、マルダセナがAdS/CFT対応という『d+1次元時空の反ド・ジッター時空での量子重力理論は、d次元の共形場理論と等価である』という理論を1998年に提案した。

反ド・ジッター時空というのは、負の宇宙項が存在する世界のことで、簡単に行けば膨張する宇宙ではなく、縮小する宇宙のことである。また、共形場理論は長さのスケールを定数倍変化させても変わらない場のことを指す。

また、これを理解するためには物理学における世界の全貌を理解する必要がある。

1つの世界の形として、ブレーンワールドという形が提唱されている。

これは、俺たちの住んでいる3次元空間(時間も含めて4次元)はもっと高次元の時空の中に存在するという理論である。

例えば、俺たちの4次元時空は、5次元時空の中に存在するということであり、あらゆる事象はブレーンと呼ばれる境界を超えることは出来ない。

しかし、重力だけはその境界を超えることが出来る。

これは、重力が物理学の基礎的な4つの力のうち重力だけが他の3つに比べ、極端に弱い事の説明になる。

だから、重力魔法という異質な魔法を使う魔王は、この時空に干渉することが出来る。

そして、今はまだ人類は他次元に移動する手段を持っていない。

つまり、魔王は殺せないんだ。

撃退と撃退を繰り返して、いつかこの世界を諦める時を待つしかないんだ。

ただ、残念ながら魔王はまだこの世界を諦めていないらしい。

そして、肝心の魔王は、きっと2次元にいるのだろう。

x軸とy軸のみが重なり合うその世界で、窮屈に過ごしているのだろう。

「えぇと…?」

とりあえず説明はしてみたが、全員よくわかっていないようで、首を傾げている。

そりゃそうだ。文字通り本当に今回の原因は次元が違うんだ。

人類の天才達が100年かけて発展させてきた相対性理論を、まだ存在してすらいない世界で理解しろというのは酷なものだろう。

「ま、まぁ…とりあえずそんな感じなのかなと思ってくれてれば大丈夫です。一旦ギルドに戻りましょうか。」





ギルドに戻って、ギルドマスターにも同じような説明をした。

「うーん…?難しいな…俺には何が何だかさっぱりだ…」

まぁ、そうだろうなとも思った。

あ、そうだ。とギルドマスターが口を開いた。

「水月なら分かるかもしれない。」

すると、部屋のドアが開いて水月が顔をのぞかせた。

おいおいグッドタイミングすぎるだろ。

「お、水月。遅かったじゃないか。」

「遠征終わりでそんな酷使してくるのは貴方だけですよ。それで、スタンピードの件は?」

そう言いながら水月はアレンの存在に気づいたようで、少し驚いたような顔をしてから笑って見せた。

「それが、アレンが何やらわかったようなんだが、俺には自然哲学の知識が全くなくて理解できないんだ…」

自然哲学。この世界ではまだその名なんだな。

少し寂しくもあるかもしれない。

「アレンくん、聞かせていただいても?」

「え?あ、あぁ、はい。勿論です。」

正直、物理学を自然哲学と言っていることからわかる通り、この世界の物理学に対する知識はあまりにも浅い。相対性理論すら発表されていないのだから、ブラックホールの存在すら知り得ているわけがない。

でもとにかく、説明を続ける。

「まず、今回のスタンピードの原因は、魔王の重力魔法によるものです。」

「魔王?魔王なら数百年前に既に倒したのでは?」

「はい。その通りです。ですが、魔王は違う次元で生きており、こちらの次元に戻るための準備をしている段階にあります。」

「ホログラフィック原理ですか?」

…え?今、なんて言った?

「今、なんて言いましたか。」

「ホログラフィック原理。それともAdS/CFT対応の話でしょうか?あ、でもまだ宇宙が正負の宇宙項どちらを持っているか分かりませんよね。」

いや、違う。そこじゃないんだ問題は。

何故、なぜあなたは、その理論を知っている。

この世界に、その理論はまだ存在しないはずだ。

「何で、それを知っているんですか。」

水月にそう尋ねると、水月は微笑んで言った。

「きっと、君の思っている通りのことですよ。」

そうか。そういう事なんだな。

だからあなたはこの世界の天才であり続けたんだ。

この世界に来るまでに、何を学んだ?

何回、生まれ変わったんだ。


きっと、いや、それはただひたすらに必ず。

水月は、俺と同じ、転生者だ。






水月は、世界にとってのイレギュラーだ。

それは彼がただただ強いということが問題なんじゃない。

彼が、何度も転生を繰り返していることが問題だ。

数十回に渡り転生を繰り返してきた水月にとって、人生一度目の人達を相手にするのはあまりに容易な事だった。

そりゃそうだろう。今まで超えてきた場数が違うのだから。

命をかけて、命を取られて、騙されて、考えて、動いた時間が、数十倍、数百倍は違うんだから。

時間軸は違ったが、水月はここ500年で数十回の転生を繰り返した。

41回を超えた頃からもう数えることは諦めた。

そして、もう1つ分かったことがある。

それは、転生する世界は同じ世界でも違う世界であるということである。

何を言っているのか理解し難いと思うが、表すならそう表すのが適切だろう。

例えば、水月が56歳の時の年号に生まれ変わったとしても、56歳の時の水月はその世界には存在しない。

しかし、過去は一定だった。

理解しやすいように水月の3つの人生をそれぞれA,B,Cと置くことにしよう。

この場合、Aが1番昔で、Cが1番今に近い形とする。

例えば、Aが80年生きた場合、BはAが40歳の時の年号から始まるとする。

すると、Aが80年生きたうちの、Bが産まれてくるまでの40年間は、Bの歴史として同じ運命を辿ることになる。

しかし、その後のAの40年間は、未来に反映されることは無い。

つまり、Bの行動が過去として記録されることになる。

同様に、Cが、Bが30歳の時に生まれ変わったとすれば、Bの30歳までの過去までしか確定しない。

つまり、過去に戻ることは不可能だった。

行った行動は一定の期間は必ず歴史として継がれることになる。

そのうちの中に、重複している時間は存在しない。

つまり、今の水月の年と同じ年にいつかの水月が生まれ変わるとすれば、この先の全てのことは無意味に等しくなる。

だから、彼はイレギュラーなんだ。

そればかりか、彼が経験してきた世界は、この世界のみにならない。

回数で言えば、明らかにこの世界における時間がダントツで多いが、その他にも初めて訪れる世界もあった。

その例として、彼は後に地球を挙げることになる。





水月とアレンが提唱した魔王の生存説は、そのまま民衆に浸透していった。

中々受け入れ難い話ではあるだろうが、人間、提唱した人によって態度が変わるもので、きっと2人以外が提唱すれば受け入れ難い説として浸透どころの話ではなかっただろう。

これにより、各国間では和親条約を結ぶ国同士が急増した。

理由は簡単で、魔王が何か行動を起こす度に、スタンピードが起こる可能性があるからだ。









「あぁ…!崇高なる魔王よ!やはりまだ生きてらしたんですね…!!!」

暗闇の中、祭壇から声が聞こえる。

祭壇の下には白い服を着た信者のような者たちが片膝を着いて頭を下げている。

祭壇の上にいる人間は、細身で、メガネをつけているが、とても若く見える。

「あぁ、早く復活の儀式の準備をせねば!」

祭壇の下から小太りの男がそう言った。

「まぁ待て。魔王様が復活するには、色々早計すぎる。」

メガネをつけた男が言う。

そして、不吉な笑みを浮かべた。



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