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水月という男

「騎士団長はどこだ!!!」

「そっちで見なかったか?!?!」

「こっちにはいない!」

北東の関所でアレンとサヤが戦闘を始める同時刻。王都内王城にて敵襲。

敵総勢14名。王族直属騎士団のみで対処にあたり、内72人死亡。







「敵襲!!敵襲!!」

警告の声が晴れの日の王城に響いた。

「敵はどこだ?!」

「騎士団長!あそこです!」

門の上の監視係に騎士団長が尋ねると、門の前にある橋の向こう側を指さして言った。

見るとそこには14名の武装した兵士と、その奥に倒れた門番がいる。

「第1兵隊長を呼べ!それ以外はマニュアル通り第1、2、3関門を設けて城の中に入れるな!」

「「「「「「はっ!!」」」」」」





「なーなー、俺ら結構死に戦じゃね〜?」

「文句を言うなゲド。俺らは祖国に仕えるまでだ。」

「アルは頭が固いよな〜。俺も死にたくないんだけど。」

1番前を歩いている男が門の上にいる監視係を見ると、横にいる男が指示を出していることに気がついた。

「バレてるね。もう指示出してるよ。」

「そりゃそうだろう。目の前から突破してるんだから。」

「なんかもっと穏便にしたらダメだったの?」

「そうしたら別働隊が動きにくいだろ…あくまで俺らは別働隊のために動く歩兵だ。」

ちぇーと誰かが言う。

「所でさ、この門どうやって開ける?」

橋を渡り切ると、目の前には大きな門が2枚身構えている。

「なんか魔法遮断の結界張られてるね。それも私じゃどうしようも無いや。」

14人のうちの唯一の女がそう言う。

すると、1番前を歩いていたゲドが言った。

「ちょっと離れて。」

その言葉を聞いて他の兵士達は少し後ろに下がった。


『エクスプローション』


男が構成した魔法陣は魔力が込められて回転する。

すると、魔法陣の前に赤色の塊が生成され、回転するのに比例して大きくなる。

一定の大きさまで大きくなると、それは魔法陣から離れて独立して門に向かっていった。

一定の大きさと言っても、大きいわけじゃない。ほんとに小さく、ビー玉のような大きさだった。

魔法陣から独立した塊が門にぶつかると、強い爆風がカラダノコントロールを奪う。

少し視界が落ち着いて門を見ると、門に張られていた結界が無くなっており、ゲドが門に向かって歩いて手を触れると、門はゆっくりと開いた。

門を開くとそこには、待機していた兵士だか騎士だか何だかがいた。

「歓迎されてる?」

「いや、全く。」

「そうか。うれしいな。」

数はざっと40程度。ただ、流石の王城警備という訳か、その全てがなかなかに強い。

「7分だ。速攻終わらせる。」






「第1陣、突破されました!!!!」

思ったよりも早かったな。

門が開き、戦闘が始まったと聞いてから5分ほどしか経っていない気がする。

王族直属騎士団は、中々の戦力が勢揃いしている。

兵隊長ほどでもないが、並の騎士でも兵隊でいい位置に付けるほどの力はある。

と言うか、騎士に入るための条件とか試験内容の難しさを考えれば、そうなるのも当然だ。

そのため、騎士団に所属しているだけで名誉であり、様々な特待かある。

それがこんなにあっさりと。

いや、そもそも何故このタイミングで少人数で特攻してくるんだ。

関所での殺傷事件と関係があるのだろうか?

であるなら、できれば捕獲しておきたい。

できるのか?騎士を五分で片付ける相手だぞ?

いや、そんな余裕はない。

負けることは無いが、それ故にどうしてもその先を見てしまう。

どうすればいい?


…ん!


いやでもそんなこと言ってると騎士の皆々が…


…スさん!


門の結界を壊して入ってくるような奴らだ。拘束魔法が効くのか?

「ラスさん!!!!」

その声で、意識が外に持っていかれる。

「あ、あぁ。ごめん。どうした?」

「水月様がおいでになってます。」

前を向くと、扉の前に立っているスーツ姿の男が見えた。

水月。第1兵隊隊長。そして、兵隊長の中で最も若い男。

彼は、昔から天才だった。

魔力量、剣のセンス、魔法のセンス、頭の良さ。その全てが異次元だった。

この国の、世界の、絶対的な強者で何年もあり続けた。

カーナにおいての、そして、世界においての絶対的な存在。

水月という名は、あまりにも強すぎる。

名前を出すだけで戦争を仕掛けられない国もある。

世界にとっての、最強のカード。

あの13歳の少年とは違って、世界全ての国が認める最強。

それが、この水月という男だ。

「水月、ありがとう来てくれて。」

「いえいえ、丁度懐中時計のズレが治った所ですから。」

水月が来たのなら、話が早い。

「水月、コンディションは?」

「そんなの俺には存在しませんよ。」

そうだ、いつでも最強であるためにそうでないといけない。

「第2陣の状況は?」

「第2陣、突破されそうです!」

そうか。とラスが言って、扉を開けた。





「うーん…こんなもん?本陣来たら簡単そうじゃない?」

一人の男が騎士を殺しながら言った。

辺りは血が地面を濡らし、元々どんな模様だったのかも分からない。

「本陣と言っても俺らより強いやつなんてそうそういないだろ。同じくらいは沢山いるが。」

それは、一方的な殺戮だった。

善戦なんて嘘でも言えない、惨い世界だった。

その時、奥の扉が開いて、全員がそちらを向いた。

丁度全ての騎士を殺し終え、辺りには悪魔しか残らなかった時だった。

「水月…」





「水月…」

そんな声が向こうから聞こえた。

「水月、よかったな。知られてるぞ。」

ラスが水月の方を笑いながら向くと、いつもの戦場のように懐中時計を見ながら水月が言った。

「嬉しいですね。何分で終わらせますか?」

「そうだな、今何時だ?」

「16:48です。」

「10分だ。異論は?」

そう聞くと、水月は顔を上げて答えた。

「分かりました。」

水月は、何故か17:00〜19:00までの時間にこだわる。

彼いわく黄昏時がなんだとか言っていたが、黄昏時というものがそもそも俺には何かわからないし、誰に聞いても分からないと言っていた。

それでも、その時間が彼にとって大事な時間であることは分かった。

決まってその時間に彼は海にいる。

彼がどうしても海がいいと言うので、わざわざ海のある国と交渉し、不可侵条約を結ぶことで水月の行き来を可能にした。


「水月はやばいな…撤退するぞ!」

敵兵がそう言って、外に繋がる扉に向かって走ろうとすると、大きな音と共に扉付近の地面が盛り上がり、爆発し瓦礫になった。

「くそ!塞がれた!マルシ!時間は稼ぐ、道を作れ!」

「あ、あぁ!」

その瞬間、男の横を何かが通った。

何が通ったのか、もはや気の所為でもあった気がするその気配は、自分より後ろの方で実現する。

後ろに気配を感じ、振り向くと、そこには腹を腕が貫通しているマルシと、手の持ち主である水月がいた。

何でそんなスーツで動けるんだよ。

水月が腕を抜くと、マルシは地面に落ち、吐血して喋らなくなった。

後ろには水月。前にはラス。

俺ら何かのためにオールスターが勢揃いかよ。

まぁでも、俺らの仕事としては完璧なのかもしれない。

あくまで俺らは別働隊の囮なること。

別働隊の連中はまぁまぁ強い。水月とラスがここにいるのなら、特に問題は無いだろう。





人の体を腕が貫通する感覚は好きじゃない。

と言うか、戦場というその全てが好きじゃない。

腕を引っこ抜いて、少しの間辺りに広がる血の海を見ていると、後ろから魔法が飛んでくる。

その魔法を蹴って発散させる。

「うっそだろ…俺の全力だぞ。」

なら、それは君が弱いということなんだろう。

別に、最強ということに誇りを持っているわけじゃない。

それでも、自分が最強だという自負は持っている。

世界におけるイレギュラーだと言うことも。

「うわぁぁぁぁ!!!」

敵兵の女性が水月に刀を振る。

慣れてないんだな、味方が死ぬのが。

それは当たり前だ。そうであって欲しい。

その刀を魔力弾で壊し、女性の腕を叩いて折る。

痛がっている悲鳴が聞こえた。

そしてすぐに体に肘を打ち付け、女性が壁に向かって勢いよく飛んでいく。

女性を痛めつけることに抵抗はある。

だけど、それで生きていけるほど柔い世界でもそれを許す世界でもない。

今まで経験した中で、そんなのは地球だけだった。

すると敵兵の3人が同時に水月に向かって走ってくる。

右の男の拳を避け、左の拳をしゃがんで避けると、真ん中の男がしゃがんで足を払ってきたのをジャンプして躱した。

その直後、ジャンプした位置に向かって違う場所から魔法が飛んでくるが、その魔法を空中で蹴って発散させる。

地面に足をつけると、周りを囲まれた水月は自身の周囲を一周するように魔法陣を構築した。


『グレイス』


グレイスの同時発動。

敵兵たちはそれを避け、行き場の無くなったグレイスは壁にぶつかり壁を抉った。

現在水月の周りにいるのは8名。残りの6名はラスに任せることにした。

8人が同時に水月に向かって各々の攻撃を当てようとしてくる。

0.7秒。拳を掴み少し引っ張って鳩尾に拳を入れる。

1.2秒。飛んできた魔法を殴り発散させる。

1.4秒。刀を振ってきた男の横腹を蹴る。

1.7秒。横腹を蹴った男の腕を折り、若干刀から指が離れた時に刀を奪った。

1.8秒。こちらに向かってきた拳に刀に魔力を込めてその魔力を刀を振ると同時に分離させ、魔力をぶつける。

2.1秒。飛んできた魔法を発散させるために体を捻り魔法を蹴る。

2.15秒。それと同時に敵兵の首に蹴りを当てる。




8人壊滅までの時間、2.15秒。





何だ、何が起こったんだ。

合図があってすぐ、俺らは一斉攻撃を開始した。

その開始までの時間までのタイムロスなんて誤差みたいなものだ。

人間にとってあまりに短すぎる時間だ。

実際、魔法を打ちながらでも一斉に攻撃を始めた仲間の姿がよく見えた。

ただ、その数秒後には全員が倒れている。

そして、その真ん中には水月1人が立っている。

何が起きたのか、皆目見当すらつかない。

ただただ、唯一理解できるのは、水月の異次元さだった。

カーナ国の、第1兵隊長、水月。

その名前が、なぜ他の国まで轟いているのか、ようやく理解ができた。

強すぎたんだ。

世界的に目立つには仕方の無いほどに、彼は強かったんだ。

多分、ただ、それだけ。

それだけで事足りた。

その光景に、思わず苦笑いがこぼれた。

その瞬間、視点が180度回転した。





「ラスさん。手助けは必要ですか。」

魔法を打ってきた2人を殺し、ラスの方を振り向きながら尋ねた。

「大丈夫。こっちも今終わった。」

そう言っているラスの手には血がついている。

「それはよかった。10分経つまで9分50秒くらいありますが、どうしますか?」

10分?なんの事だ?

あぁ、10分で終わらせるって話か。

と言っても、戦場に時間を潰せるところなんてないし、後処理が大変だ。

「とりあえず、報告書を書かないとね。騎士団としての報告書を後で水月に送るから、そこに書いてあることに間違いがなければ国王に出すことにしよう。」

「国王様は平気ですか?」

「あぁ。ここよりずっと奥にいる。」

それはよかった。と水月が言った。

本当に…よく分からない男だな。

水月は、あまりに強い。

カーナのジョーカーであり、世界においてのババだ。

別に、忌み嫌われているわけでもなんでもない。むしろカーナと国交を結んでいる国の間では水月は良いイメージを持たれているし、実際カーナの人たちもそれと同じ意見を持っている。

ただ、1つ懸念点があるとすれば、彼がなぜこの国に仕えるのかが分からないということだ。

彼は、この国に対する信仰がない。ましてや、国王に敬意こそ払っているものの、信仰心は無い。

人間は、敬意だけでは命を張れない。

彼の何が、彼をこの国に留まらせているのか皆目見当もつかないからこそ、彼の存在は少し恐怖心を覚えてしまう。

ラスとて、水月となんて死んでも戦いたくのない相手だ。

いや、本気で戦ったら死ぬからこそ、戦いたくない。

そういえば、最近教官になったという13歳の少年も、随分化け物だったよな。

彼ですら、今は水月と同じような扱いだ。

知名度こそ低いものの、一瞬で存在は広まるだろう。

王国を守る騎士団としては頭の痛い話だ。

というか、この際だ。水月に直接聞いた方が早いか。

「なぁ、水月。」

名前を呼ばれた水月は懐中時計を見ていた目を戻してラスを見た。

「あぁ、時間、大丈夫?聞きたいことがあるんだけど。」

「えぇ。大丈夫ですよ。」

それから、深呼吸を一回した。

いや、本当に酸素を吸った訳では無い。

ただ、気持ち的な深呼吸だ。

彼に何かを聞く時はいつだって勇気がいる。

生存本能のようなものだろうか。

とにかく、人間としての何かな気がする。

「水月は、なぜカーナに仕えるんだ?」

その言葉に、先程ポケットに入れた懐中時計を握っているのだろう。手をポケットに入れて、驚いた表情をした後に悲しそうな目をして答えた。

「雰囲気が、昔好きだった女の子に似てるんです。国の雰囲気というか、文化というか、何かが。」

意外な答えだった。

水月は色恋に興味なんて無いものだと思っていた。彼だって恋をするんだな。

「いつか、聞かせてくれるのかい?」

「そうですね。いつか死ぬ前に。」






どうやら、同時間に王城への襲撃があったらしい。

こちらの14名は連続殺傷事件の犯人の集団と断定され、北東関所にての戦闘は、会議に持ち込まれた。


「皆さん、疲れてる中お疲れ様です。」

水月が言った。

水月は、立ち位置の関係か、どこか感じる魅力的なカリスマ力のおかげか、会議ではいつも司会をしているという。

「水月も頑張ったんでしょ?」

水月の左前に座っている見た目は本当に子供そのものな人が言った。

前回の会議にも参加していたので、兵長であることに変わりは無いのだろう。

首の根までの髪の毛が黒色をして艶を持っており、美少女というのに本当に相応しかった。

「私は居ただけみたいなものです。そんなことより、まずは王城の襲撃事件に関してです。」

それから、水月がアレンに刀を振った男の名前をラス。と呼び、ラスが説明を始める。

どうやら、ラスという男はこの国の騎士団長らしい。

しばらく状況を説明して、ラスが説明を終えた時、水月が言った。

「そういうことです。特にこちらは特筆すべき点はありませんが、問題は北東の関所の件です。今回の会議の本質はそちらにある。」

水月がサヤを向くと、サヤはあ〜…と手を頭の後ろに持って言って笑いながら言った

「その件に関しては、アレンの予想がバチあたりして防ぐことが出来たんだ。だから、私はアレンに聞くことを薦める。」

サヤがそう言うと、アレンに会議室全員の視線が突き刺さる。

「アレンくん、説明をお願いしていいですか?今回私達が議題にしているのは、今後の対応についてです。」

つまり、敵の規模と、なぜその襲撃だったのかを応えろということか。

「まず、敵の狙いはカーナ国の北東からの侵入です。襲撃地を確認すると、てっきり西からの襲撃のための準備のように思えますが、その実は違ったようです。敵数は8名。うち1名は逃亡、他7名は死亡しました。被害はゼロです。」

その報告を聞いて、水月が尋ねた。

「逃亡1名ですか?何かあったんですか?」

その発言は、俺らを信用しているからこその発言なんだろう。

「その件に関しては、私の実力不足だ。逃げた男の名前はゼノ。少し前まで私の部隊にいた反逆者だ。」

すると、会議室の中にいる人たちで目を合わせあって少し気まずそうな顔をしている。

「まぁ、北東部からの侵入が不可能そうだと相手に思わせただけ良いだろう。」

それはそうだ。あのゼノという男が自国に帰って何があったのか、事の顛末を話せば、バゼルも簡単に手を出せない。

「話はもう終わりか?」

すると、水月の右斜め前に座っていた男が口を挟む。

「そうですね。今回の会議はこんなものです。詳しい対応が決まり次第報告します。」

すると、その男が席を立ち、アレンに指を指して言う。

「おい、アレンとかいうの。俺はまだお前を認めてない。お前との決闘を申し込む!」

ええええええぇ…

いつか来るとは思っていたが、こんなに早く来るとは思わなかったので、思わず目が丸になってしまった。

アレンが困ったようにサヤの方をむくと、サヤはニコニコしながらアレンのことを見ていた。

なんの笑顔なん?






結局その場の勢いに負けて闘技場まで来てしまった。

闘技場は基本的に誰でも出入り可能なので、教官同士という異例の決闘に興味を持った人々がぞろぞろと入ってきている。

VIP席にはアリスや国王、水月やその他兵長、ラスの顔まであった。

13歳の決闘にオールスターですか…

「決闘のルールは知ってるか?!」

闘技場の反対側から尋ねてくる男はビネットというらしい。

第2兵隊長ということだけをアリスは教えてくれた。

「決闘をあまりしないもので。教えて頂けますか?」

「良かろう!まず、決闘ではあるが、今回の決闘では殺人行為は無しだ!どちらかが死ぬと国がまずいからな!」

それ多分言わないでおくべきものじゃない?なんかカッコつかないよ…

「魔法の使用もありだ!ただし、剣や刀に関しては木刀などで代用するように!」

なるほど。それで先程木刀を渡されたのか。

「わかりました。ルールは以上ですか?」

「あぁ!これで終わりだ!」

それなら、早速始めてしまおう。

この人数に囲まれて戦闘した経験は無いからな、多少集中しないと緊張で震えそうだ。

「準備はいいですか?」

審判役の男が尋ねると、ビネットはあぁ!と答え、アレンは審判を向いて頷いた。

「それでは、始め!」

その瞬間、魔力弾が飛んでくる。


『創造魔法、インタフィア』


その魔法をインタフィアで打ち消す。

その見たことの無い魔法に闘技場はざわつきの声で溢れた。

そりゃそうだ。この世界の魔法の発生源は魔法陣だ。魔法陣のない魔法なんてただのインチキにしか見えないのかもしれない。

中々気分が乗らないな…

そう思い、アレンはお気に入りの魔法を展開した。


『エーテル』


この魔法は、この世界に来て初めて習得した上等魔法だ。

エーテルという名前の響きが懐かしくて、気がつけば使えるようになっていた。

元はエーテルという名前は天空を満たす物質という意味で、電磁波が真空を伝わるために存在する物質だと思われ、その正体や実在を確かめようとして多くの科学者が実験を続けた。

有名なのはマイケルソンの実験だが、エーテルの存在は認められず、マイケルソンはこれを「失敗」と名付けた。

つまり、エーテルがあると断言していたということになる。

その後物理学、または自然哲学ではエーテルの存在に対する議論がなされたが、その時に現れたのがアインシュタインだ。

彼の相対性原理、そして光速度普遍の原理がその全てを説明してしまった。

なんて少し歴史の深い名前で、この名前がこの異世界でも聞けるということがなんだか懐かしくて、気づけばお気に入りだ。

黄色の魔力の塊はイリスの魔法によって相殺される。

アレンがアリスを見る。

するとアリスはアレンの視線に気づいて首を振った。

ドミノの使用を尋ねたかったことを察したのだろう。

「お前賢者なんだってな?何で敵を消す魔法とか作らないんだ?回数が残ってないのか?」

ビネットの発言に、観客席はザワザワしている。

そうか。この世界の物理学はまだそこまで行ってないのか。

というか当たり前か。魔法という世界そのものみたいな力があるのだから、自然哲学なんて必要無かったんだ。

それでも興味を持って研究している人はいるみたいだが。

VIP席を見ると、皆「あぁ…言っちゃったよ…」みたいな反応をしながら見ていた。

皆も興味が無い訳では無いようだ。

はぁ…とため息をついて答えた。

「エネルギーの存在は知ってますか?」

「エネルギー?やる気とかの話か?」

「いえ。他の物に仕事を与えるための力をエネルギーと言います。例えば、私達がものを持ち上げるのにはそのものを持ち上げるためのエネルギーが必要です。そして、この力は質量と等価原理にあります。式はE=mc^2で表され、これは質量mの物質が消滅すると、c^2に消滅した質量をかけた数値のエネルギーが放出されます。cは光速のことなのでそれだけで異次元のエネルギーということは理解して貰えると思います。」

物理学の天才、アインシュタインが見つけた方程式だ。

一般相対性理論として発表されたその式は、後に原爆にも応用されることになる。

よく一般相対性理論はブラックホールの存在を予言したと言われているが、一般相対性理論が出た当時、シュバルツシルトが見つけた方程式の解では分母が0になる場所があり、その2つの座標は重力が無限になるということを示していた。

このような結果はありえないと考えたアインシュタインは、シュバルツシルトの解はあまりに簡単な条件下に設定したために起きてしまった現実ではありえないものだと言った。

これが後にブラックホールの1つの解として知られることになる。

何の話だかよく分かっていないような顔をしたながらイリスが言った。

「何だかよくわからんが…つまりその魔法は作ったらいけないってことか?」

「簡単に言えばそうですね。俺がその魔法を使うだけで町が10個は吹き飛びます。」

そう言うと、更に闘技場がザワザワし始めた。

ビネットは驚いたような顔をしていたが、次第に「まぁ…どうでもいいか。」と言って構え始めた。

アレンが構えずに待っていると、ビネットがアレンに向かって拳を振った。

その拳を右手の掌で止めると、ビネットが笑い、蹴りが飛んでくる。

その蹴りを止めようと右手で掴んだ拳を振って重心をずらす。ビネットは地面に足をつけると、構えたままその場に止まった。

何もしてこないのか?

アレンは木刀を投げ捨てて、ビネットに向かって拳を振った。

その拳は空を切り、肘に向かってビネットの拳が飛んでくる。

体を回転させて腕を戻し、横腹に蹴りを入れる。

もろに喰らったビネットは闘技場の壁まで吹き飛び、低い音を響き渡らせた。


『エーテル』


アレンが撃った魔法はビネットに向かって飛んでいく。

ビネットは未だ目を瞑っている。

その魔法が2人の距離の半分まで行った時、水月が不意に魔法を放った。

その魔法はアレンの魔法と相殺され、アレンは水月を見つめ、水月もアレンを見つめた。

それに特に意味はなかったんだと思う。

とりあえず見ておくか。くらいの感覚だったのかもしれない。

「審判。」

アレンが審判の方を振り向き名前を呼ぶと、審判は我に返ったようにハッとさせ、イリスを少し眺めた後に右手を上げて言った。

「勝者!アレン!!!」

その歓声を、アレンは背を向けて受け止めた。






「生きてますか?」

水月がビネットのベッドを訪れると、カーテン越しに尋ねた。

「水月か。珍しいな?」

イリスがちょっと笑いながら応えた。

「心配くらい私もします。それより、容態は?」

カーテン越しからの声で、よく分かる。

この声は、震えは、トーンは、自信をなくした人のものだ。

自分に自信がなくなって、何かに縋るものも無くなった人のものだ。

「普通だよ。」

あぁ、強がらなくていいのに。

だが、そこが彼のいい所だ。

そのまま静かにその場に立っていると、ビネットが水月に尋ねた。

「人は、何でヒーローを求めるんだろうな。」

その咄嗟の問に、目を見開いた。

窓から入ってくる小風が白いカーテンをヒラヒラ煽る。

鳥のさえずりすらも聞こえるような気がした。

「皆、何かに縋りたいんですよ。愛とか、友情とか、他人に。人間、誰でも不安になることがある。その時の都合のいい支えが欲しいんです。本来、ヒーローは人がなれるものでは無いんですよ。」

誰もなることが出来ないヒーロー。それが、世界のヒーローの理想だ。

辛い時には助けてくれて、自分は相手に対して何もしなくて良い。

いつかは破綻するプロセスだ。

「私は、いつの日かヒーローになりたいと思ったことがあります。」

その言葉に、ベッドの毛布が動いたことがわかった。

きっとビネットがこちらを向いたんだろう。

「でも、ヒーローになるには私では力不足でした。」

そう言うと、ビネットは笑った。

何かおかしなことを言っただろうか?

「何か、おかしなことを言いましたか?」

いや、とビネットが言った。

「お前は、なんでも出来ると思ってたよ。」

それは、1種の彼の救いだったのかもしれない。

彼の家は、昔から完璧主義の家だった。

元より、身分の高い家柄でもあり、中でも戦闘技術が突出していたため、両親からの期待とプレッシャーは彼を縮こまらせたんだろう。

人間、完璧であることは出来ない。

それに、あの時の私にあの病を治すことは不可能だった。

「鶏が飛べないように、蟻が小さいように、人間の体が柔いように、全ての生き物はなんでも不利益を被りながら生きてるんです。数十万年進化を続けてきて、なお完璧でないのに、一体どうすればたかが80年で完璧になれるんですか。」

水月が、深呼吸して言った。

「ビネット第2兵隊隊長へ、国王より伝言です。本日から復帰して半年までの期間、第2兵隊副隊長への降格を命ずる。国王なりの優しさです。早く、一緒に地獄に立ちましょう。」

それまで、死ぬ訳には行かない。

絶対に。

何としても。

是が非でも。






水月とビネットは、仲が良かった。

同じ病院に生まれ、幼稚園こそは違ったものの、初等教育機関から、現在までずっと同じ道をたどってきた。

ビネットは水月に憧れを持ち、どこまでも着いていこうと決心し、水月はそれを可愛く思い、特に気にかけていた。

兵隊長になるのは水月の方が1年早かったものの、ビネットは異例のスピードで出世を果たし、水月と同じ地位に着いた。

戦場に行く時にはビネットが毎回着いていた。

前回の王城襲撃の時はイリス個人に充てられた任務のために参加することが出来なかったことを、ビネットは悔いていた。

アレン…ビネットを一撃でこんな…

そう思うと、余計に興味が湧いてきた。

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