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ある大学院生の一日

作者: 薙月 桜華

   ある大学院生の一日

             薙月 桜華


 佐藤香奈枝(さとうかなえ)は研究室の扉を開けて入った。サーバのファン音が部屋を満たしている。入り口の真横にサーバが二台あるのだ。五月蝿いと言いたいが、研究室と外部を繋ぐ大切な機器だ。彼女が部屋の奥に進めば、壁際を円を描くように一台ずつ各学生用のPCが置いてある。

「おはようございます。」

 後輩の四年生が数人居た。残りは午後来るだろう。基本的に授業が無いとはいえ、遊びじゃないのでしっかりして欲しいところだ。

「佐藤さん。ここ見て欲しいんですけど。」

 香奈枝は荷物を自分の席に置くと、後輩のディスプレイを覗き込む。

 ちなみに学生用PCのOSはLinuxかFreeBSD。あとはOpenBSDも良かったような気がする。ここでは、巷で良く使われる窓たちは窓から外へ投げられる対象だ。

 香奈枝がディスプレイを見ればターミナルに表示されているエラー。プログラムのコンパイルエラーらしい。

「ライブラリ足りないんじゃない。ほらここ。」

 香奈枝はエラー文の一部を指差す。日本語で言えばライブラリが在りませんって事だ。単純な話である。単純な話だが、エラー文が読めないと全く動けない。経験も必要かと思う。新しくライブラリを入れることでエラーを出力せずにコンパイルが成功した。

「ありがとうございました。」

 香奈枝は自分の席に座る。PC本体の電源は入れっぱなしなので、ディスプレイの電源を入れてリタンキーを打つだけで認証画面だ。

 パスワードを入力してログインする。ターミナルからエディタを起動して論文を書き始めた。香奈枝は執筆内容をメモした紙を見ながら半月前を思い出す。

『佐藤さん。一ヶ月後に締め切りの論文があるんだけど。出してみない。』

 その日も担当教員は突然研究室に来て突然話をはじめた。学部生の時から行動パターンを学習していたので特に驚かないが内容に驚いたと思う。神出鬼没で何を持ってくるか予想できない人だ。ちなみにその人は男。かっこいいが、何かがおかしい。

 研究室の扉が開く。香奈枝はすぐに反応した。入ってきたのは彼女の担当教員。

「佐藤さん。明日は授業内試験があるから試験監督お願いね。」

 院生になると担当教員の雑用が発生する。アルバイトのようにお金がもらえる場合もあるが基本的に出ない。

 試験は先生と手分けして学生の試験を見ることになる。試験時間中はその場を離れられないので暇で仕方がない。いわばもっとも辛い時間だ。

 香奈枝が了解すると、担当教員はすぐに戻っていった。その後を四年生の一人が追いかける。研究で何か相談しにいったのだろう。

「先生居なくなった。」

 すぐに相談しに行った四年生が戻ってくる。他の四年生からは不満の声。よくあるから困る。

 ふと、香奈枝が時計を見れば午後一時になろうとしていた。一時からティーチングアシスタント(TA)の仕事がある。こちらは先ほどの試験監督とは違ってきちんと大学側から一時間当たりいくらかお金がもらえる。お金をもらうので銀行口座や書類の手続きが面倒ではある。

 今日はゼミナールだ。ゼミナールとは研究室に入らなかった残りの四年生が集団で前期後期に分けてハードウェアとソフトウェアの両方で実験を行って論文を作るというものだ。

 ゼミナールは実験室と呼ばれる実験器具が大量にある部屋で行われる。香奈枝が部屋に入れば既に他のTAが来ていた。分野が分野なので女の子が少ない。

 香奈枝たちは四年生が持ってきたレポートを集めて、それを元に出席を取っていく。

 部屋の前のほうを見れば、四年生は教室の前のほうで新しく配られたプリントに目を通して実験を始めていた。香奈枝たちはそちらに気を配ることなく、彼らが持ってきたレポートを見ていく。レポートを見ると言っても何をどう見れば良いかわからない。そこで、前年度以前のゼミナールで作成した論文を片手に院生同士で「この記述は大切だから入ってなきゃ駄目。」だとか、「これ書いていないと今回のレポートの意味が無い。」とか言いながら共通の評価基準をその場で作る。ある程度決まると各人数人のレポートを読んでチェックしていく。誤字脱字や説明が足りない場合は表紙に赤ペンでページ数と問題箇所を記入していく。一つでも記入されれば返されて次の週に直して持ってくることになる。特に言うことが無ければそのレポートは合格で回収される。

 TAは授業時間内に全員分をしっかり見て返さないといけないので各人それぞれが急ぐ。それでもおかしな文章や一人では判断できない事が発生した場合は他のTAのに見せてみる。新たな評価基準が途中で発生することも良くあることで、その都度既に見たレポートを確認する。そんなことをしている間に授業時間が終わってしまう。

 授業が終わる直前に赤く注意書きがされたレポートを各四年生に返すとTAの仕事が終わる。これがゼミナールのTA。後は研究室に戻って自分の作業をして帰宅するだけである。

「お疲れ様でした。」

 実験室をゼミナール担当の先生方と出る。使い終わった実験室には鍵がかけられ、各人がそれぞれ研究室に戻っていく。

 香奈枝も背伸びをしながら自分の研究室に戻る。先ほどのゼミナールのレポートは担当の先生たちが居るのだから、先生たちで見れば良いのではと思う。しかし、各先生は別に授業があったり、別の日に三年生の実験があったりする。三年生の実験では一度に最低でも二十人分のレポートを一気に見ることになる。一回で受け取られることはあまり無く、学生は毎回再度修正してレポートを提出する。それを見る先生方も大変である。一回目提出と二回目提出分を合わせれば四十人分ぐらいになる。それが週に二回なので少しはTAが仕事すべきかもしれない。

 研究室に戻れば四年生の人数が増えていた。

「お疲れ様です。」

 研究室に戻れば後輩の面倒を見なければならない。自分の研究をするのも一苦労だ。それにTAを行った後は集中力が切れている事が多い。大体は後輩の研究の様子を見て日誌を書いて帰る。日誌はまたの名を研究室内ブログ。研究に関することを中心にその日のことを書く。外部には公開していないので自由気ままに研究ネタを話せる。ネタを盗まれては困るのが現状だ。

 日誌を書いたり論文を読んだりしているうちに外は暗くなる。時計を見れば七時過ぎ。どこかの会社に勤めている人なら残業代が付く頃だろうか。学生なのでそんなことは全く無い。

 香奈枝は切りの良いところで作業を終えると、PCにパスワードロックをかけてディスプレイの電源を消した。データは持ち歩かない。外部から自分のPCにログインすれば同じように作業できるからだ。たまにはネットワークが切断された時を考えるべきかも知れない。

 香奈枝は荷物を持つと、研究室の出入り口に向かう。

「お疲れさま。」

 香奈枝は後輩たちの返事を背に研究室を出る。

 あとは帰るだけだ。


 これが、ある情報系大学院生の一日である。大学院生は研究ばかりしていると思われがちだが、曜日によっては授業もあるしTAや後輩の指導もある。学部以上にもっと知識を習得したい、研究したいという学生は大学院に進むのも良いだろう。

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