普通に仕事してただけなのに、なぜか隣国の王妃になっていた話
私はグレープ王国の元役人、ペイジ・ベッカーズといいます。今は隣国の王妃を務めさせていただいております。
え? 役人から王妃ってすごい出世したんですね、って? ありがとうございます。
夫であるディロール様は本当にお優しい御方で、彼といるだけで幸せと感じています。先日は私の手料理を褒めていただいて……
いけないいけない。つい自分語りをしてしまいました。本題に戻りましょう。なぜ私が王妃になれたのか、でしたね。
……実を言うと、自分でもよく分からないんです。
なので、それを初めから振り返ろうかなと思い、こうして体験記をつづることにいたしました。
グレープ王国は史上稀に見る巨大な王国です。近隣諸国を取り込んでは繁栄の道を突き進む、そんなイケイケな国でした。
しかし、そのグレープ王国には天敵の国がありました。それはアップル王国。北に住む民族が中心となり、軍事力ならグレープ王国にも引けを取りませんでした。
この2ヶ国はしばらく戦争状態にありましたが、ついに決着はつかず。和平交渉が始まりました。
内容に移りますと、グレープ王国は200万ギラという大金を。アップル王国はなんと、国内で最も美しい女性1人だけを要求したのでした。
しかもこれが成立しちゃったんですね、ハイ。
一見意味不明な取引ですが、これには理由があります。アップル王国の皇太子、ディロール・ベッカーズ様は極度の女性恐怖症らしいのです。彼は一人息子でした。まだ若い青年とはいえ、婚約者すらいない危機的な状態でした。
国王は跡継ぎが生まれずとにかく不安になられていたとのこと。そこで彼は考えました。
「グレープ王国で1番美しい女性なら、きっと息子も怖がらずに済むだろう」
そういう経緯でこの私、ペイジ・メルトンが隣国の王妃としてアップル王国に行った、ということなのです。
ーー添削中のペイジです。私は美人ではありません。これには深い思惑があり、私なんて本来選ばれるべきではなかったのです。それだけはご了承ください。
当時の私は、王宮の新米役人として仕事をしていました。地方の税金管理、戸籍作成の手伝い、庶民の苦情を聞くなど、あまり楽しくない仕事ばかりでした。でも新米なので仕方ないです。
王宮の中心ほど身分が高い方が住んでいらっしゃるのですが、私はもちろん外枠に住んでいました。私は庶民ですし能力が高い役人とも言えません。
ですが私にはチャンスがありました。それは国王の性格が関係しています。
グレープ王国の国王は独特な御方でした。と・に・か・く、女好きなのです。有名な画家に、王宮にいる全ての女性の肖像画を描かせるくらいです、ハイ。私ももちろん肖像画を描かれました。
国王は大変多忙な御方だったと聞いています。外交や人事、政治の最終決定など、今でも数々の需要な仕事をしていらっしゃっているはずです。それゆえ威厳と決断力に富んだ性格であられました。
そして国王の最も特徴的な性格(私がチャンスを抱いていた理由)は、たいそう面食いであられたことです。宮殿にお呼びになる女役人は、肖像画を見てから通すか否かを決めるほどです。
逆に言えば、顔さえ良ければ宮殿に参上できるのです。先輩の女役人が言うにはこうです。
「女に生まれたのはチャンスだよ! もし国王陛下に気に入られたら昇進できるし。それに側室にだって……あぁ! もっと美容に力を入れないとですわ!」
ーー添削中のペイジです。国王には妻が何十人もいます。あ、王妃様と呼ぶべきですね。お子様は確か25人いたかしら? なので跡継ぎにお困りになることもないですし、側室の人数も数え切れないほどです。ディロール様とは真逆だなと今思いました。むしろ、別の意味で跡継ぎに困りそうですよね。
私達女役人は、とにかく肖像画に勝負を賭けていました。多忙な国王陛下は女性を招く時、肖像画を見て誰をお呼びになるかを決定されます。
そりゃあもう賄賂祭ですよ。ほとんどの王宮の女性は画家に頼み、肖像画をより美しく描かせたのです。画家も性格が悪いですよね、お金取るなんて。
噂ですが、最高で50万ギラ支払っていた方もいらしたそうです。はぁ、50万!? 当時の貧乏な私にとっては何年働けば稼げるのか分からない程の金額なんです! 今でもびっくりします。
私は肖像画にお金をかけませんでした。周りの先輩からは強く勧められましたが、いかんせん貧乏だったもので断りました。
それに私は、媚を売ることに抵抗感がありました。卑怯な手段を使うことも許せませんでした。
とにかく仕事に専念するため、肖像画のことは忘れ、それから半年が経ちました。
二十歳になった私でしたが、まだ宮殿には1度も参上したことすらありませんでした。……つまり私は、国王にとって魅力的な女性ではないという事です。かなり落ち込みましたね。
そんなある日。ついに許せないことが起こりました。国王はおっしゃりました。
「ブサイクな女役人には減給を命じる。我の側には、美しき女性のみで構成すればよい!」
これによって、1度も宮殿に呼ばれていない、いわゆる負け組な女役人には緊張と激しい不安が取り巻きました。私もその1人です。
この勅令から1ヶ月後に審査は行われることになっていました。女役人は我先にと大金を支払い、新しい肖像画を画家に描かせました。
私も当然そうしようと思いました。しかしタイミングが悪すぎたのです。勅令の3日前に、給料のほとんどを故郷へ仕送りしてしまったのです。手元はほぼゼロでした。
結果、捨て身の大金を支払う数多くの女役人に負けました。私は肖像画を更新できなかったのです。
そして運命の審査日がやってきました。大丈夫、大丈夫と念じますが効果なし。私は眠れません。不安と焦燥が常に頭を横切るのです。その恐怖といったらもう……
結果から言うと、審査に引っかったのは私だけでした。国王は多忙なため、審査基準は肖像画です。その中で唯一の公式ブサイクと決定されたのは、私だけだったのです。
……許せないッ!!
どうして、どうして私だけなんですか! 今でも虫唾が走るほど不機嫌になります。当時は許せないというよりかは、もう訳がわからない感じだったのを覚えています。
ーー添削中のペイジです。つい先日、当時の肖像画がなぜか私の元に届きました。そして納得しました。この肖像画の私、めっちゃブスでした! 他の女役人が賄賂で私の肖像画をランクダウンさせた説が濃厚です。今となっては「画家許せん」状態です。でもこの時の私は国王を憎んでいました。この体験記は当時のありのままの思いをつづる目的のため、本書ではこれからも国王を憎ませていただきます。
それから私は公式ブサイクだと嘲笑ってくる先輩の醜い顔を何度も見てきました。給料も減らされました。正直もう仕事を辞めたくなりました。
ですが、そうも行かないのです。私には4人の弟と妹がいます。仕事しなければ、彼らは日常生活ですら大変なことになってしまうのです。
私は悪目立ちしてしまったせいか、女役人からの嫌がらせも受けるようになりました。具体的な例を出すと、廃水をかけられたり、靴を隠されたり、あらぬ噂を広められたりと。雑用に残業、面倒事も全て押し付けられた。
挙句の果てには部屋がめちゃくちゃになっていたこともあります。しかもこれは、皇太子様がやったことでした。1度現場を目撃したことがあり、その時はひどい脅しを受けました。
「このことは誰にも言わないように。もし言ったら……どうなるか分かるよね?」
これにより私は皇太子様を見かけると息が苦しくなりました。それほど拒絶反応があったのです。
精神的にも肉体的にも、相当限界に近い状態でした。
しかし私には辞められない理由がありましたので、それから半年、歯を食いしばって仕事をしていました。
転機が訪れたのは、アップル王国との戦争が終結した時でございます。
条約の内容はとても不思議な内容でした。グレープ王国は200万ギラという大金を。アップル王国は国内で最も美しい女性を要求したのです。
それが成立した背景は冒頭で説明したと思います。
そしてその女性になんと、私が選ばれたのです。当時は本当に意味不明だったのですが、体験記を書いている今は理由が何となく推測できました。
以降は私が体験記を書いて導き出した答えです。
国王は女好き。その条約は彼にとって、かなりの重大な決断だったと思います。女役人からは誰も手放したくない、かと言ってこれ程の好条件を承諾しないわけにもいかない。
迷った末思いついたのは、まだ1度も招待したことないような公式ブサイクを「グレープ王国1番の美女」として生贄にすることだったのでしょう。私にはそうとしか思えません。
そして後日、私は最初で最後の、国王とのご対面の機会を得ました。王宮の人間を他国へ送るときには、対面して忠誠を誓わなければならないのです。
国王への怒りと憎しみは計り知れませんでしたが、無礼の無いよう、きちんとお別れを告げようと思いました。
宮殿は壮大かつ豪勢。勢いのあるグレープ王国を象徴するような建物でした。初めて見るその容貌に見惚れていると、すぐ横にいた兵士に袋を被せられました。
彼が言うにはこうです。
「国王陛下は、お前の顔も見たくないとおっしゃいました。よって宮殿内ではこの袋を取ってはなりません」
ふざけんなーッ!! って当時暴れそうになりました。もうほんっとにイラッと来ましたね、ハイ。
何も見えないまま兵士に連れて行かれ、座らされました。国王のお言葉が聞こえました。
「汝をアップル王国の次期王妃として送る」
威厳に満ちた覇気のある声。
私は頭を下げて平服した。
「ありがたき幸せでございます。今までお世話になりました」
内心では怒りの炎でメラメラと燃えていたのですが、落ち着いた声でそう言ったのです。袋を被っているおかげで、このまま憎い国王のお顔を見ないで済むと思っていました。
しかし、いくら経っても国王の反応がないのです。私は何かやらかしたかと思いましたが、そうではありませんでした。
「……袋を取れ」
はい?
「疾くせよ!」
私は兵士から言われた忠告を破り、頭に被せらていた袋を取った。怒りで歪んだ顔を慌てて正す。
国王は混乱したような顔をしていた。こっちも混乱してたんですけどね。
私は問われました。
「汝の名は?」
……は? と心でそう思いました。国王がぶっ壊れたかと疑いました。
「ペイジ・メルトンと申しますが……」
私は声を細める。
「そんなはずない! 汝のその容姿、肖像画とはまるで違うではないか!」
本当に何を言っているんだと思った。肖像画とは、その人の書き写しのようなもの。賄賂で美化されていない私のブサイクな顔は、その目で確認したはずでしょうが!
ーー添削中のペイジです。前述しましたが、この時の私は自分の肖像画を見たことがありませんでした。画家の画力を過信していたのかもしれません。あ、ちなみにその性格悪い画家は、賄賂を受け取っていたとバレて後日処刑されたらしいです。
しばらく国王と私の意見が食い違っていたこともあり、近くにいた参謀が国王に耳打ちしました。すると国王は怒鳴り始めます。
「ちょっと待て! まだ我は……」
「もう条約証書は提出してしまいました。メルトン氏の名前も掲載しています。彼女を受け渡さないと、我が国は条約を破ったことになるのですよ!?」
「……くっ! もう良い、下がれ!」
いきなり私は宮殿から追い出された。この時は全く状況がわからなかった。
それから私は馬車に乗り、隣国のアップル王国へ入国した。ここは穏やかな自然に囲まれた国です。
「おぉ。よくぞ来てくださいました。グレープ国王は本当に寛大な御方だ」
そう言って迎え入れてくれたのは、当時のアップル国王、ホーリー・ベッカーズ様。私の義理の父親になる御方です。
しかし当時の私は、王族恐怖症でした。ホーリー国王陛下が優しい御方だとは雰囲気でわかっていたのですが、どうしても抵抗感があるのです。
「早速だが、私の息子、ディロールと婚約を結んではくれないだろうか」
「……はい。ありがたきお言葉でございます」
皇太子様も例外ではない。過去のトラウマを思い出しただけで気分が悪くなりそうだった。
翌日、私は皇太子様の部屋へ参上いたしました。以前はこのような機会もなく、緊張で足が震えまくっていました。なんせ、この部屋の奥にいる皇太子様が、どんな人物か全く分からないのですから。
「……入れ」
かなりか細い声がした。
「失礼いたします」
扉を開けると、そこはかなり荒れた部屋がありました。少しホコリ臭くて、掃除がしばらくされていないことは明らかでした。
「えっと、ディロール・ベッカーズ、です。こんにちは」
カーテンから怯えるように覗く姿。美しい赤髪がチラリと見えた。
「こんにちは皇太子様。ペイジ・メルトンで……」
顔を上げて初対面をした時、私は雷に撃たれたような衝撃が走りました。
白い肌に鼻筋の通った顔面。まつ毛が長ーい。こんなにも美形な男性がいたなんてー! と、内心変に興奮していました。不覚にも私は気絶してしまった。
目を覚ますとベッドの上でした。天井には細やかな彫刻があり、それはまるで天国への入口のように思ったのを覚えています。
「目が、覚めましたか。具合は、良くなりましたか?」
姿は見えないけど、皇太子様の声は私を心配してくださっていた。私は涙が止まらなかった。
「ひぃ!? ご、ごめんなさい!」
「グスッ。……いいえ、謝らないでください。ちょっと、心配されるのが、慣れていなくて」
しばらく泣きっぱなしだった。その間も、皇太子様は特に何も言わなかった。
「どうして、心配されるのが慣れていないんだ?」
その質問に、私は今までのことを話した。
「そうだったんですか……。あなたも大変ですね」
彼はいつの間にか、私のすぐ横に座っていた。
「皇太子様は、女性恐怖症なのですか?」
「……そうさ。僕は女性から、気持ち悪い目で見られることが多かった。昔からそうさ、まるで俺を襲ってくるんじゃないかって、怖いんだ」
でしょうね、と心でツッコんだ。皇太子様は美形過ぎて、女性なら本能的にうずいてしまうと思う。当時は私も顔が緩まないようにすることで精一杯だった。
「なんだかあなたは、僕と似ている気がする」
「そうですか?」
「うん。不思議だ。あなたは、全然怖くない」
「……私もです」
私達はお互い、何かを克服できた気がしたのです。
それから半年の時を経て、私達は結婚しました。
これが、私の体験した全てです。
ふんふ〜んと歌っていた鼻歌が終わる。よし、添削も終わったー。
「ペーイジ!」
「ぎゃあああー!?」
「えぇえええー!?」
私達はお互い大声を出す。体験記は急いで閉じた。でも顔を合わせたあと、クスクスと笑った。
「ごめんね。驚かす気はなかったんだよ?」
「し、知ってますよ」
危ない危ない。バレるところだった。
「面白かったね。その体験記」
バレとるがな! 恥ずかしい……。
「てゆーか、いつから見てました?」
この体験記は先日の昼に書き始めたのですが……
「全部見たよ」
「……ディロール様、あなたはもう皇太子ではなく、アップル国王なのですよ? こんな夜遅くまで何してるんですか」
ホーリー様がご隠居され、国王は息子に継がれた。つまり今私は王妃です。
王妃になったことは嬉しいのだけど、1つ不満がある。それは仕事ができないこと。
私は役人時代の影響で、何か作業しないと落ち着かない体になってしまった。この癖は治りそうにない。今回の体験記を書こうとした動機も、この癖と王妃になってまだ自覚がないのが原因だった。
「わかったよ。じゃあ最後に、歌ってほしい」
「イヤです!」
ディロール様はしきりに私の声を褒めてくる。それが1番嬉しいのだけど、でも人前で歌うのは恥ずかしすぎる。
「まあいい。明日はアップル王国の伝統行事、音楽祭がある。そのフィナーレとして、ペイジのソロ国歌を予定してるからね!」
「イヤです!」
「だめだ! これは仕事だ!」
あぁもう。そんな仕事恥ずかしくてイヤだー! 普通の仕事がしたーい!
王妃に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうです。
読んでいただいてありがとうございます。
評価してもらえると嬉しいです。