87. 正妃の条件
国王陛下との晩餐のために、私はお風呂で全身を磨き上げられた。いくら同性とはいえ、多くの人に身体を見られるのには、全く慣れない。
特に今日は、殿下が私の体に、色々と印を残しているので尚更だ。
晩餐にはローブ・デ・コルテ。首元から背中や胸元まで、大きく見せるドレスを着なくてはならない。それなのに、その辺りにはたくさんのキスマーク!とてもじゃないけれど、人目に晒すことはできない。
そう悩んでいると、侍女長様が聖女様を連れて来てくれた。鬱血痕は魔法で消せるそうだ。
神殿に仕える聖女様たちは、18歳までの乙女と決まっている。若い聖女様が、頬を真っ赤に染めて治療魔法を使うのには、もう、そのまま裸足で逃げたかった。尊い力をこんなことに!もう死んでしまいたい。
それでも、殿下のために、この晩餐で失敗はできない。国王陛下に直接会ったことなどないけれど、殿下のお父様なのだから、きっと優しい方だと思う。
実際に、晩餐の席に案内されてみると、国王陛下は殿下によく面差しが似ていた。歳は40代後半だったはずだけれど、とても若々しく見える。
十年前に最愛の王妃様を亡くしてからは、再婚もせずに国務に専念していると聞いている。愛情が深い方なんだ。
陛下は拙い私の挨拶にも、それほど気を悪くした様子も見せずに、淡々と晩餐と開始した。未だ片付かない政務があるようで、晩餐は大臣様たちとの会議をしながらになった。
幼い頃から顔見知りの宰相のおじ様が、とても心配そうにこちらを気にしている。父から頼まれているのだろう。殿下も申し訳なさそうにしていた。
実は、緊張で倒れそう。でも、ここで挫けたらダメ。努力すると約束して、プロポーズを受けてもらった、私の女が廃る!
「次は、王都に新設された、高度治療専門産婦人科病院に関してでございます」
厚生労働大臣から持ち出された案件は、王家が慈善事業として設立した、不妊治療病院に関してだった。王室による無料治療の提供ということで、多くの妊娠を待つ女性に、広く支持されている。
「そうか。夫婦間の魔力差や、出産年齢の上昇で、妊娠しづらい夫婦が患者か」
そういえば、私には全く魔力がない。殿下も王女様も強い魔力を持っていたし、あの縁組は子宝に恵まれやすいものだったのかも。
そんなことを考えていると、国王陛下が急に言葉をかけてくれた。それは嬉しかったのだけど、その内容は居合わせるもの皆の、度肝を抜くようなものだった。
「ところで、クララ嬢。あなたは既に、王太子の子を身籠っているのか?」
は?い? いや、いや、いやいや。そういうことはないと思う。たぶんだけど。でも、昨日の今日では判定不可能だけれど、だからと言って妊娠していないという確証もない。
「父上。お戯れが過ぎます。クララをからかわないでください」
乏しい脳みそをフル回転して、返答を考えていると、殿下が助け舟を出してくれた。成り行きを見守っていた周囲から、ほっと安堵の息が漏れる。
「戯れごとではないぞ。聞けば、クララ嬢は身分も低いし、魔力もない。それでも王太子の正妃になるのなら、それ相応の対価がなければ納得できないだろう」
「父上!クララを困らせないでください。この婚約は私が望んで……」
「そうは言うが、お前は閨でずいぶんと励んだ後に、求婚を断られたそうじゃないか。体の相性が悪ければ、子もできん。側室は持たないと公言している以上、後継者が得られない結婚には賛成できぬ」
「父上、いい加減にしてください!」
「殿下、いいんです。あの、国王陛下の考えをお聞かせください」
陛下に詰め寄ろうとした殿下を、私は急いで止めた。陛下は豊かな髭をなでている。言っていることは厳しいけれど、とても優しい目をしている。きっと、何かの意図があるんだ。
「なかなかに賢い令嬢だ。王太子に必要なのは後継者。子を身籠れたなら、すぐに結婚を認めよう。どうだ、できるか」
「父上、何を言い出すかと思えば! めちゃくちゃでしょう。どこの世界に、結婚前に子作りをしろと言う親がいますか?」
「できるだろう。お前も経験不足だし、そういうことは日々の修練と場数を踏むことで上達する。少しは彼女を喜ばせてみせろ」
「父上、いくらなんでも、それ以上は……」
「殿下!いいんです。あの、承知いたしました。そのお役目、しっかりと全うさせていただきます!日々精進しますので、どうか殿下のお側に」
私がそう誓うと、殿下はそこで押し黙った。逆に、国王陛下は上機嫌でこう言った。
「よい心がけだな、クララ嬢。ちょうどよい機会だ。王室代表として、この慈善病院の運営にも携わってもうおう。同じ妊活中のものとして、患者たちの理解も得やすかろう。王太子妃教育と並行して、こちらの仕事にも精をだすように。もちろん、子作りのほうも疎かにしてはならんぞ」
「心得ました。重要な仕事を与えてくださったこと、心から感謝いたします」
私がそう奏上すると、陛下はとてもうれしそうな笑顔を見せた。大丈夫。いつか陛下とは、とても仲良くなれる気がする。
そして、その話で会議はお開きになった。晩餐が終わるまで、国王陛下は亡き王妃様の自慢話をされていた。たぶん、とても寂しいんだと思う。早く孫の顔を見せてあげたい。
殿下は、国王陛下と話があるということなので、私は先に部屋へ戻ることになった。
侍女長様は、陛下に悪気はないのだと、何度も何度も謝っていた。本当は慈悲深く、人柄も素晴らしいと、延々と賛辞を聞かされた。
侍女長様はたぶん陛下に恋をしている。私はなぜかそんな気がした。
部屋では、みなが私を待っていてくれた。何がなんでも、陛下に私を認めさせてみせると、ものすごい固い結束ができている。まるで、王宮中が味方になったみたいに。
もしかしたら、陛下はこういう効果を期待していたのかなと、ちょっと勘ぐってしまったのだった。