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84. 叫び出したい気持ち

 なんだろう?なんとなく、王宮の様子がおかしい。


 殿下と一緒に、王族専用庭園の『秘密の花園』から戻ると、ドアの前で侍女長様が待っていてくれた。


 殿下はそのまま執務室に行くと言うので、私は侍女長様と部屋に戻ることになった。私の頬に軽くキスをしてから、殿下はさわやかな笑みを投げて、仕事へ向かう。


 どうしよう。殿下がかっこよすぎる!


 あんなに素敵なんて、もう犯罪みたいなものだ。しかも、すごくすごく優しい。

 私ってば、あんな人と!もう、叫びだしたいくらい恥ずかしい。でも、すごく嬉しい。つい顔がにやけてしまう。


 侍女長様は、万事心得ましたとばかりに、無表情を貫いてくれている。そんな彼女に従って、庭園の迷路のような生け垣群を抜けると、よく知っている前庭園の大噴水の前に出た。


 そこは多くの紳士淑女が、朝の散歩をする場所。でも、なんだか今朝は様子がおかしい。


 先を促されて、侍女長様を従えて歩くような形になってしまう。それだけでも、相当に居心地が悪い。

 なのに、会う人会う人がみな、私を見て頬を染める。そして、最高敬意を伴った紳士淑女の礼を取ってくるのだ。


 私が慌ててお辞儀を返すと、侍女長様がすかさず説明を入れる。


「この者たちは、昨日から行儀見習いに上がっています。クララ様、お言葉を」

「よ、よろしくお願いします」


 まだ幼さが残る年齢とはいえ、明らかに高位の令嬢たち。学園が閉鎖したままなので、先に王宮で行儀見習いをするんだろう。


 爵位が下の私から、はたして声をかけていいのか。迷ったけれど、王宮のしきたりについては侍女長様に従うのがベストだろう。


 二人はキラキラとした目で私を見ると、「お会いできて光栄です」と声を揃えて返答した。


 なんだろう?なんで光栄? 若いお嬢様たちは、好奇心旺盛だ。でも、私に会っても、特に面白いこともないと思う。


「あなたがた、失礼ですよ。お下がりなさい。さあ、もう参りましょう」


 侍女長さまに叱られて、シュンとなっている令嬢たちを残して歩き出すと、背中から『きゃああ』という歓声が聞こえた。

 そっと振り返ると、さっきの令嬢たちが、同じ年頃の令嬢たちに取り囲まれている。いつの間に、こんなにたくさんの若いご令嬢が王宮に?


「侍女長様、あの方たちは?」

「まだ躾が行き届かず、申し訳ありません。昨日、五十人ほど侍女見習いやメイドを召したのです。今まで王宮は男所帯でしたので、若い娘は必要ありませんでした。でも、これからは、何かと女性が重宝されますからね。青田買いということです」


 あれかな。一昨日、侍女様やメイドさんたちが、原因不明の貧血でバタバタと倒れたから。非常時のために層を厚くして、若い芽を育てようという、侍女長様の新方針なのかもしれない。

 そういえば、王女様が私たちを侍女にしたのも、王宮には若い侍女がいなかったからだった。


 でも、やっぱり何かおかしい。王宮の中には、いたるところに白薔薇が飾られている。

 この広い王宮を、ここまでふんだんに飾るなんて。この冬空で、一体どこに、これだけの薔薇を咲かせる場所があるんだろう。


 しかも、なぜか廊下には赤いカーペットが敷かれていて、花びらが散らしてある。ひどいことをする人がいる。これはお掃除メイドさん泣かせだ。


 そして、すれ違う人がみな、道をあけてくれる。近衛の騎士様まで、最敬礼をして控えている。


 絶対に、何かおかしい!


 まさか、一日王宮を空けたら、魔法で別の異世界に飛ばされてしまったとか? ここは、何かのパラレルワールドなのかもしれない。


 後宮の部屋に戻ろうとすると、当然のように侍女長様に止められてしまった。そして、私が戻された先は、この一ヶ月で使い慣れてしまった殿下の部屋だった。


 寝室から続く続きの部屋には、男爵家から私の荷物が運び込まれていた。まるで、自宅の部屋がそのまま移転してきたみたいだ。


 そして、そこには、王宮メイドの制服を着たマリエルが待っていた。


「クララ様! ご婚約おめでとうございます!」


 侍女長様が退室すると、さっそくマリエルが、満面の笑みで飛びついてきた。なぜか感極まって泣いているマリエルに、私は小さな疑問をぶつけた。


「婚約のこと、どうして知ってたの?」


 マリエルはそれを聞いて、ぽーっと顔を赤らめた。ちょっと、何?なんなの?


「お嬢様。殿下のコロンの残り香を漂わせて、ガッツリ朝帰りしておいて、今更、何を言ってるんですか!いつも白くて綺麗なお肌も、今日はさらにツヤとハリが増してますよ!」

「え、うそ。私、いつもと違う?」

「全然違いますね。色気ムンムンです。肌のあちこちに、真紅の薔薇の花弁みたいな痕が散らされてるし。こんなに瞳を潤ませて!」


 マリエルの指摘に、驚いて鏡を見る。殿下が着せてくれたのは、露出が少ない大人しいデザインのドレスだった。なのに、首や鎖骨の辺りに、殿下がつけたキスマークは、隠しきれていない。


「そんな状態で、王宮の中を堂々と戻ってくるなんて。お嬢様はエロすぎますよ!それにしても、見える位置にこんなにキスマークをつけるとか、殿下ってめちゃくちゃ独占欲強いですね!」


 うそでしょ。ここに来るまでに、これをみんなに見られたってこと? あの若いお嬢さんたちにも?

 どうしよう。私、痴女だわ!恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい!


 私は今度こそ本気で、叫びながら走り出したい気持ちになった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  あははは! こんなとこまでニブいなんて♪
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