表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/88

83. 恋人たちの時間(アレクの視点)

 腕の中で、クララはすやすや眠っている。私に抱きしめられても、リラックスしてくれるのはいい傾向だ。

 少なくとも、私のことは嫌っていない。いや、好いてくれていると思う。


 昨夜、皆にさんざん諭された。女性を口説くのに、焦ってはいけないと。


 外堀を埋めるのが一つの手。だが、部下の婚約者を略奪し、寝室に囲っている時点で、もはや根回しもへったくれもあったもんじゃない。

 王宮中が、いや、国中がクララを私の想い人だと認識している。


 そうなると、内から攻めるべきだった。悪友の中には、肉体の繋がりで女性を魅了する方法を主張する者もいた。だが、それについては却下された。

 共寝をした翌朝に求婚を断られた事実から、私には無理だと判断されたらしい。酷い誤解だ。


 結局、精神的な距離を縮めるという正攻法が、一番いいということになった。


 ロマンチックなデートに誘い、美味しいものを食べさせ、高価なプレゼントをする。容姿や性格の素晴らしさを褒め称え、歯が浮くまで愛の言葉をささやく。


 これが基本だそうだ。恋の手練とは、奥が深い。


 直射日光に当たらないよう、私はクララに白い日傘を差し掛けた。ここに人はいない。だが、傘の影に入ったことで、なんとなくプライベートな空間にいる気分が増した。キスをしたいという衝動が抑えられない。


 何度もついばむような軽いキスをすると、クララは私の胸に頬を擦り付けるように抱きついてきた。

 こんな可憐な生き物が存在するなんて、この世の奇跡だと思う。


「殿下。昨日は、ごめんなさい」

「ごめん、起こしたかな?」

「いえ。それより、聞いてもらいたいことが」

「何?」


 クララは私の胸に顔をうずめたまま、さらに私をぎゅっと抱きしめた。耳が真っ赤だ。

 こんな可愛いのは反則だ。それがどんな話であっても、なんでも聞いてやりたくなる。


「殿下が好きです。好きで好きで、どうしようもないくらい好き。だから、側にいられるなら、何でもよかったんです」


 クララの肩が震えている。私は腕に力を込めた。大丈夫、ちゃんと聞いている。そう伝えたくて。


「正妃の責任が重いとか、きちんと務める自信がないとか。ちゃんと向き合わずに逃げてしまって、本当にごめんなさい」


 彼女は平民に近い男爵家の生まれ。自由な個人として育った。その中で培われた健やかで伸びやかな気質こそ、私が惹かれて止まない魅力だ。

 そんなクララの前でだけ、私は王族ではなくて個人として、素直な感情を解放することができる。それが私にとって、どれほど貴重か。クララには想像できないだろう。


「いいんだ。私が焦りすぎた。王族になるということは、簡単なことじゃない。君の気持ちを考えずに、一方的な気持ちを押し付けたのだから、断られて当然だと思う」

「違います。そうじゃないんです!」


 クララが半身を起こしたので、私もクララを離して起き上がった。


「ずっと側にいたいんです。殿下の覚悟を、私も一緒に。最初はうまくできないだろうけど、一生懸命努力します。だから、チャンスをください」

「クララ、私は……」

「殿下、あなたを愛しています。私と結婚してください!」


 クララの告白と求婚に、胸がいっぱいになった。その華奢な体に宿る魂は、美しく清らかで強い。

 彼女に手練を使おうとした自分が恥ずかしかった。その真っ直ぐな気性に憧憬を抱いて、自分もそうありたいと願ってきた。その正しい心を、ずっと愛してきたというのに。


「君には敵わないな。いつも一歩先を行かれてしまう」

「あの、お返事は?プロポーズを受けていただけますか?」


 心配そうに見上げてくるクララに、私は満面の笑みで答えた。


「もちろん。喜んで受けるよ」


 私の答えを聞いて、クララが抱きついてきた。長い長い片思いが終わって、私たちはやっと、恋人同士になったのだ。


 それから、私たちは色々なことを話し合った。今までのこと、これからのこと、子供の頃のこと、将来の夢。

 言えなかった気持ちや、言いたかった思い、そういうものをなんでも思いついただけ、素直な言葉で伝えあった。


「君に市場で再会したとき、なんて強烈な子になったんだろうって思ったよ」

「あのときは、先輩が王太子殿下だって知らなかったから」

「そうだね。僕たちはずっと、ただの先輩と後輩だった。でも、あれが僕たちの本来の姿だったね」

「やだ、先輩!私じゃなくて、僕って言ってる!」

「君だって、先輩って呼んでるじゃないか」


 そうだ。僕はずっと僕だった。本来の僕の心で、ずっとクララと触れ合ってきたんだ。


「僕は王太子じゃなくて、ただのアレク。まだ未熟者だから、それでいいだろ?」

「そうね。王太子殿下はちょっと年寄りくさいわ。アレク先輩のほうがいい。じゃあ、私もただの後輩のクララでいい?」

「もちろん!君が気取った令嬢なんて、見てて吹き出しそうだったよ」

「ひどい!」


 クララはそう言いながら靴を脱いだ。裸足になって草の上に立つ。風がサラサラとなでてる金髪が、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。


 その眩しさに、僕は思わず目を細めた。


「気持ちいいね!素敵なところ。天国にいるみたい!」

「本当にそうだね。気に入ってくれて嬉しいよ。これからも、ちょくちょくに遊びに来よう。暑い日は、湖で泳げるんだ。向こうには、小さなコテージがある。いい隠れ家だよ。お昼を食べたら案内しよう」

「嬉しい!楽しみだわ。あー、おなかペコペコ」


 僕たちは、バスケットから昼食を取り出した。学園のランチでしたように、仲良く分け合って食べる。

 クララと一緒のランチは、いつも美味しかった。でも、今日が今までで一番美味しいと思った。


 これからは、どんな食事も美味しく食べられる。きっとすべてが幸せで満ちていく。


 その日、僕たちは王宮へ戻らずに、コテージに泊まった。満天の星空の下で、永遠の忠誠を誓い合う。

 もう、僕たちを引き離すものはない。これからはずっと一緒に、同じ人生を歩んでいく。


 そしてその夜、クララは僕の妻となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、まさしくヒロイン! クララの告白だったり、そしてそのクララの様を賛美するアレクであったり。 これぞ美しく正しい(シンデレラストーリにおける)ヒーローヒロイン、という感嘆を覚えました。…
[良い点] ようやくようやく! おめでとうーー! [一言] ラブコメ部分が異様なほど面白くて、ニマニマが止まりませんでした(これを書くにあたり再読してまた笑ってます)。 アレクがポンコツってこういう意…
[良い点] >そしてその夜、クララは僕の妻となった。  こういう表現、好き♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ