80. マリエル参上
「さあっ! 一体どういうことなのか、きちんと説明してくださいませ!」
氷のように冷たいマリエルの声に、私は思わず縮み上がった。マリエルは腕を組んで仁王立ちになり、据わった目で私を睨んでいる。
「なんで、マリエルが王宮に?」
昨夜は殿下の寝室じゃなく、後宮の部屋でぼんやりと眠れない夜を過ごした。その翌朝、マリエルが朝食を持って現れたのだった。
このタイミングで登場するなんて、絶対に偶然じゃない!何か裏がある!
「私はヘザー様の直属の部下!王太子妃付第一秘書の補佐ですよ。王宮にいても不思議はありませんっ! 」
え、第一秘書ってヘザーが? でも、王女様はもういないのに、その王太子妃って誰?
「セシル王女様からの異動辞令で、王女付秘書はクララ様の専属になったんです!」
「え、ちょっと話が見えない……。なんで私?」
「は? この一ヶ月、ずっとみなの世話になってて、今更何を言ってるんですか!」
え、あの方々は殿下付きでしょ? 手が空いてるので、私のお世話もしてくれてたんじゃ……。
「ヘザー様は在宅勤務ですけど、最新情報を把握してます。ここのメイドたちは、ヘザー様からの指示で動いているんです!」
ええ?知らないっ!でも納得。みなさん、とても賢いと思ったら、稀代の秀才ヘザーの指揮下なんだ。そりゃ、できる人たちだわ、うん。
「お嬢様との会議の結果、殿下との仲が進展してないことが判明して。ヘザー様から、みなにきついお叱りがあったんです」
それって、あのお見舞いのとき?『そっちはどうなのよ?』っていう、ちらっとした恋バナ?あれはただの雑談でしょ? だいたい、ヘザーの惚気話が主だったし。
「しかも、馬車まで送っていったローランド様の前で、ずいぶん泣かれていたそうじゃないですか!」
なんでそれを!まさか、誰かに見られてたんじゃ? まずいわ、ヘザーが要らぬ心配をしちゃう。
「ローランド様によくよく事情を聞いたら、クララ様は『殿下に愛されてるのか不安だ』と愚痴っていたと。ヘザー様は、とても驚かれたそうですよ」
ローランド、あいつ、今度会ったら覚えとけ!全く事実と違うじゃないっ! そりゃ、ヘザーには本当のことは言えないし、言われたら私も嫌だった。情状酌量の余地はありだけども。
ローランドは既にヘザーの尻に敷かれてる。そこは思っていたとおりだ。笑ってやる!
「だから、ローランド様から、執務室に命令を入れさせたそうなんです」
ちょっと待って! なんか話が不穏になってきたんだけど。執務室まで巻き込んで、ヘザーたち何してるの?
「業務を減らして、殿下を過度に疲れさせない。疲労も過ぎれば、不能の原因になるんですって。そして、遅くとも午後九時には執務室を追い出して、クララ様との夜を確保する」
あの晩、夜中に目を覚ますと、ベッドに殿下がいた。いつもは朝方にしか戻らないから、どうしたのかと思ったら!
うわっ、やだ。あれって、みんな、仕組まれてたってこと?うそ、こわい……。
「もちろん、メイドたちにも厳命が届きましたの。殿下をお迎えするために、抜かり無く夜の準備するようにと。彼女たち、ちゃんと働きましたでしょ?」
そう言われてみれば、目の腫れを引かせるために、食事中も氷嚢を当ててくれてたっけ。眠いからいいって言ったのに、お風呂も丁寧に入れてくれたし。
寝間着も、いつものパイル地のじゃなくて、すごく肌触りのいい上等なシルクだった。まさかあれもヘザーの指示?
「で、いつもより部屋の温度を下げたんです。少し寒かったでしょう?」
そうだったの?全く気が付かなかった! あのときはもう眠くって、それどころじゃなかった。だいたい、実家では冬は寒くて夏は暑い。常時適温設定なんて考えたこともない。
さすが王宮。すごいサービス。でも、冬なのに温度を下げるって何? 変じゃない?
「どうして寒く……」
「激しい運動をしても、汗だくにならなかったでしょ? 私たちの努力の賜物です」
「は? それって……」
マリエルは頬を染めながら、それでも鼻息荒くぶち上げた。
「夜の営みですわ! ほら、ベッドの上で男女がアクロバット的な動きを……」
ぎゃーー、言わないで。想像するだけで死ねる!
「ヘザー様はさすがですわ。そういうのって、未経験者じゃ、ちょっと気が付かないところですもの」
あの二人は猿だから……って、そういう問題じゃない! 何なの? 意味が分からない。熟睡してたし、そんなことしてもされてもないよ、たぶん。熟睡してたから、分からないけど、たぶん。
「そうなると、万一にも失敗されたとき、クララ様が寒いってことに。だから、メイドたちで、中の様子をモニターしてましたの」
「は?失敗って?モニターって……」
それは、どういう意味? 聞くのが怖い。
「お嬢様は初めてで頼りになりませんし、殿下はお疲れです。男性にとっては、デリケートな問題ですしね。萎えるという危険性もありますでしょ」
「ないっ! ないっ! そういうことは全然っ」
なかった。本当にそういうことはない。なのに、マリエルはさらに興奮して、鼻の穴を膨らませながら先を続ける。
「存じてますわ。殿下が寝室にお入りになって、すぐに始まったと報告が入りましたから」
「え、何? 何が始まったの?」
「お嬢様、結構えっちなんですね。他人の口から語らせたいんですか?」
それはどういう……?どうしよう、聞いちゃいけないと思うのに、ちょっと聞いてみたいかも。怖いもの見たさ?
ここで話を止めるべきか否か、私は真剣に悩んでいた。